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抱いて欲しいと言えなくて 〜あい〜

ほしのかずほどおとこはあれど 1

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 ヘイミッシュ・ハワードは、幼いときから自分が変わっていることを自覚していた。
 少女のように可愛らしいヘイミッシュを誘拐しようとする輩が、性的な関心を持っているのか、それとも貴族であるハワード家の財産狙いなのか、他にも余罪があるのか、気になって抵抗せずに捕まったことがある。そのときに両親はものすごく心配したらしいが、ヘイミッシュにしてみれば杜撰な計画で、自分に指一本触れさせないままに犯人を逮捕させることに成功した。
 好奇心が旺盛で動揺しない子ども。
 それがヘイミッシュだった。
 他人に関心はあるが、それは行動的、心理的な側面で、それ以上のものはない。残酷な殺害現場を目の当たりにしたとしても、ヘイミッシュは動揺しそうになかった。
 そんなヘイミッシュがただ一人、心を許す相手。
 それが、産まれる前からの許嫁のスコットだった。
 両親に連れられて彼がヘイミッシュの屋敷に来ると、胸が高鳴る。彼と話をすると、幸福感に包まれる。彼が笑いかけてくれると、ヘイミッシュも微笑んでしまう。
 母親が女の子が欲しかったからかもしれないが、可愛い容姿のためにふりふりのシャツやフェミニンなキュロットスカート、ワンピースなどを着せられて育てられたヘイミッシュは、活発だったが乱暴な遊びは好まなかった。木登りや追いかけっこはするけれど、取っ組み合いの喧嘩などは絶対に手を出さない。
 その点、スコットは非常に優しく紳士的だった。
 自分のことを「僕」、ヘイミッシュのことを「君」と呼ぶ柔らかい喋り方も、紳士的で王子様のようで、好感しか抱かなかった。自分を臆病だと言う割に、雷が怖くて自分の家では怯えてクローゼットに隠れてしまうのに、ヘイミッシュがいるとずっと手を握ってくれた。ヘイミッシュの方は、あまり自分が怖いものがないせいで、貴族の家系なので誘拐されかけたり、両親に心配をかけていることは気付いていたので、純粋に「怖いものがある」というスコットの普通の感覚に惹かれた。
 その眉の太いきりりとした顔立ちも、大きな体も、大きな手も、低く優しい声も、スコットは全てヘイミッシュの理想だった。
 ただ一点、困ったのは、そんな逞しくカッコいい長身筋肉質なスコットを、ヘイミッシュがこの上なく「可愛い」と思ってしまうこと。少女のような格好で幼少期を過ごしておきながら、ヘイミッシュはしっかりと根本は男性だったようで、スコットを「抱きたい」と思うようになっていた。
 世間的にいえば、細身で顔も中性的なヘイミッシュが、大柄で筋肉もむっちりとついたスコットに抱かれて、本家の血を確実に残すために、子どもを産まなければいけないのだろうが、全く逆のことを考えている。
 どろどろとした貴族社会の中でも、純粋で誠実で素直なスコットは、ヘイミッシュの癒しであり、最愛のひとだった。
 「抱きたい」と言ってしまえば、スコットのヘイミッシュを見る目が変わってしまうかもしれない。美しく可愛いスコットの婚約者でいたいのに、自分が雄だと悟られてはならない。
 抱かれる方が絶対にできないかと言われれば、きっとスコット可愛さと愛しさに、ヘイミッシュは受け入れることができるだろう。抱かれて感じるかどうかは分からない。スコットが感じているのを見たら、それに興奮するかもしれないが、それ以上は期待できない。
「演技……そう、演技ね。私、頑張らなきゃ」
 盲目的にヘイミッシュを愛してくれるスコットはともかくとして、ヘイミッシュの周囲の知り合いはそのドライでクールでスコット以外はどうでもいい性格をよく知っているので、整った顔のわりにヘイミッシュは口説かれたこともなかった。運命の相手で、たった一人の夫と決めているので、ヘイミッシュもスコット以外を視界に入れようとしない。
 大学に入る年になって、スコットはヘイミッシュと同じ大学を選んでくれた。専門はヘイミッシュが犯罪心理学で、スコットは国際警察になるべく実技科目もある科に入っていた。
 興味のあることに没頭すると食べるのも寝るのも忘れるような性格のくせに、料理に精を出し始めたのも、全てスコットの心を掴みたいがためだった。
 大学で一緒にとるランチで簡単なサンドイッチでも、スコットは喜んで食べてくれる。

「僕の未来のお嫁さんが料理上手で幸せだよ」
「私の未来の旦那様は褒め上手ね」

 一人で食べると栄養補給以上の感覚はない食事も、スコットと食べると美味しく感じられた。
 大学が同じなのに一緒に暮らさないのは、ヘイミッシュとしては拍子抜けしてしまったが、真面目なスコットだから仕方がない。

「君のことは大事にしたい。結婚するまでは、清い関係でいたいんだ」

 立派な体躯のスコットもヘイミッシュと同じ18歳。きっと股間には見事なモノがあって、それでヘイミッシュがスコットを抱きたいと思うように、スコットもヘイミッシュを抱きたいと思っているのだろう。それでも、結婚までは誠実に、紳士でいてくれるという。学生で収入がない間に子どもができたりするのを、彼は望んでいないのだろうが、その鋼鉄の理性にますます惚れ直した。
 ヘイミッシュの理性の方は、崩れかけていたのだが。
 大学の飲み会でスコットがヘイミッシュと同じゼミの同級生と同席すると聞いたとき、嫌な予感はしていた。不必要なことに記憶容量を割く趣味はないので、名前も覚えていないその同級生は、ヘイミッシュに誘いをかけてきたのだ。

「結婚前に遊ばない男なんていないよ。ヘイミッシュだって、男だろう?」

 上目遣いの視線、華奢な身体つきと可愛い顔立ち、媚びを売るような姿に、ヘイミッシュは嫌悪感しか覚えない。

「勘弁して。私にはスコットがいるのよ」
「ソッチは全然なのか。じゃあ、スコットを誘おうかな」
「婚約者の前でいい度胸ね?」

 顔立ちは綺麗で整っているが、ヘイミッシュとて身長190センチ近い長身の男性である。低い声で凄めば、小柄な彼は肩を竦めて逃げていった。優秀な遺伝子を持つ相手の子どもを産みたい。そんな目的で彼が様々な男の間を彷徨っていると知ったのは、その後のこと。
 授業が終わってアパートに戻ってもスコットが気になって仕方なくて、ヘイミッシュは一目顔だけでも見てこようと飲み会の行われていたバーに行った。そこで見たのは、同級生の彼に腕を絡められて、ホテル街の方へ連れていかれそうになっているスコットの姿。
 大柄で筋骨隆々なスコットは、振り払おうと思えばその手など軽々と振り払えるし、動かないだけで同級生の彼に連れていかれることもないのだが、なぜついていくのか。
 幼い頃から可愛い、美しいと褒め称えてくれたヘイミッシュは、身長も伸びて彼の好みではなくなったのだろうか。それとも、結婚前にはやはり遊びたいのか。
 混乱して声をかけられずに、尾行の手順を踏んでついていくと、二人の会話が聞こえる。

「嫉妬深い婚約者のせいで遊べないんでしょ? スコットのすごく逞しそう……僕、試してみたいな」
「僕は、ヘイミッシュが……」
「たまには婚約者以外のことも考えた方が良いよ」

 疑ったことが申し訳ないくらい、スコットはヘイミッシュのことだけを気にしてくれていた。同級生の彼を拒めないのも、ただスコットが優しくて、傷付けたくないだけなのだと分かる。

「ごめんね……僕は……」
「スコット、飲み会はもう終わったんじゃないの?」

 ホテルに連れ込まれそうになっている婚約者を助けながら、ヘイミッシュはぎろりと名も知らぬ同級生を睨んだ。
 スコットはヘイミッシュだけのもの。絶対に渡すことはできない。

「彼は優しいから、付け込まないでよ、坊や」
「ぼ、坊やって、そっちこそ、セックスもしたことないくせに!」
「だから? 経験があるからなんなの? そんなことを誇るのがガキだって言ってるのよ」

 言い捨てるヘイミッシュよりも、スコットは大人で優しく同級生の彼に「ごめんね、気を付けて帰って」と声をかけていた。そのことに嫉妬してしまった。
 誠実で清純なスコットは、触れる以上の口付けをヘイミッシュに求めてこない。送り届けたスコットの部屋の前で、ヘイミッシュはスコットの唇を甘噛みして、口を開けさせて、舌を絡めた。舌を吸えば、おずおずとスコットの大きくて熱い手が、ヘイミッシュの骨ばった背中を撫でる。
 腰に回した手で、どれだけその魅力的なお尻に触れたかったか。たっぷりと豊かな大胸筋を捏ね回し、大臀筋を揉みしだき、スコットを喘がせたい獰猛な雄の顔が出そうになったとき。
 震えながらスコットの手がヘイミッシュの鍛えてはいるがさほど厚くない胸を押して、口付けを止めるのに、どうにかヘイミッシュは理性で本能を打ち倒せた。
 とろりとした紅潮した顔は、初めてのディープキスに感じてしまったのだろう。そんなところも可愛くてたまらず、目尻に、頬に、触れるだけのお休みのキスを落とす。

「お休みなさい、愛してるわ、スコット」
「僕も、ヘイミッシュ」

 アパートの部屋に戻ってから、スコットの甘い表情が忘れられず、ヘイミッシュはバスルームで一人、欲望を処理したのだった。
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