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抱いて欲しいと言えなくて 〜こい〜
いとしいとしといふこころ 1
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ヘイミッシュ・ハワードとスコット・ハワードはイギリスの貴族の出身で、ヘイミッシュが本家の跡取り息子、スコットが分家の遠縁だった。二人の婚約が決まったのは、二人ともお腹にいるときで、親友だった母親同士が、産まれた子が男の子でも女の子でも結婚させようと約束したからだった。
黒髪に青い目のお人形さんのように愛らしいヘイミッシュと、金髪に緑の目の凛々しい顔立ちのスコット。赤ん坊の頃から会わせたら機嫌よく二人で遊んでいたと言うが、スコットが初めてヘイミッシュを意識したのは、五歳のときだった。
母親に連れてこられたヘイミッシュは、可愛らしいフリル付きのワンピースを着ていて、髪も綺麗に結い上げていた。男の子だと聞いていたけれど、スコットはその可愛さにすっかり惚れ込んでしまった。
「ヘイミッシュはおおきくなったら、ぼくのおよめさんになってくれる?」
「おおきくなって、スコットがロマンチックにプロポーズしてくれたら、するわ」
僕の可愛いお姫様、私の素敵な王子様。
その後も二人は何度か会っていたが、寄宿学校に入るようになってから、学業も忙しくなり、あまり会えなくなった。12歳のときには180センチを超えていたスコットは大人のようで、少女か少年か分からないような中性的な美しさを持つヘイミッシュと釣り合わないような不安にもかられた。
「僕のこと、離れても好きでいてくれる?」
「スコットこそ、私のこと好きでいてくれる?」
「もちろん、君は僕のお姫様だもの」
別々の寄宿学校に入れられて遠く離れる前に問いかければ、ヘイミッシュは愛らしく微笑んで答えてくれた。体は大きく逞しいのに、「僕」というスコットは、同級生に「お坊ちゃん」と言われてからかわれていた。興味のない相手には何を言われても構わないが、ヘイミッシュがどう思うかは気になる。
「僕って言うの、かっこ悪くない? こんなに大きいのに、僕は臆病で……」
「スコットの喋り方は紳士で、素敵な私の王子様よ。臆病なのも安心するわ」
怖いものがない人間ほど無謀になる。それよりも怖いものがいっぱいあった方が、身を守る心構えができていて安心するというヘイミッシュに、スコットはますます惚れ直した。
「私の方こそ、フェミニンな格好をしたり、喋り方が女の子っぽかったりして、嫌じゃない?」
「全然。すごく似合ってて可愛いよ」
正直に胸の内を打ち明けると、ヘイミッシュが白い頬を薔薇色に染めて微笑む。その美しさと可愛さに、スコットは夢中だった。
美しくて、可愛くて、芯が強くて、決してスコットを否定しないヘイミッシュ。
愛情は会えない間も日に日に募るばかりなのに、性的に成長してくるに連れて、スコットは違和感を覚え始めていた。当然のように、逞しく筋骨隆々で厳ついスコットが、美しく可愛いヘイミッシュを抱くものだと思われているようだし、スコット自身もそう思い込んでいたが、どうやら自分は抱きたい方ではないと気付いてしまった。
甘美な夢の中で、美しく成長した青年のヘイミッシュに、組み敷かれて脚を広げて喘いでいるのは、スコットの方だったのだ。その妄想で夢精して、スコットはひどく落ち込んだ。
最初からヘイミッシュには「およめさんにしてあげる」と言っているし、ヘイミッシュもスコットを「私の王子様」と言ってくれている。王子様が脚を広げてお姫様を受け入れて喘ぐのは、予想外すぎるだろう。
間違いなくヘイミッシュのことは愛していて、好きで好きでたまらないのに、ただその一点だけが噛み合わない。正直に「抱いて欲しい」と告げれば、ヘイミッシュは優しいから抱いてくれるかもしれないが、結婚までは無理かもしれない。
性の不一致とはこういうことかと、スコットは打ちのめされた。
だからといって、誰かにヘイミッシュを奪われるのは我慢ができない。
悩み多き12歳から16歳の間、スコットは寄宿学校の休暇中も理由をつけてヘイミッシュと会わなかった。会えばキスを求められるかもしれない。きっと喜んでスコットはヘイミッシュにキスをする。その後、もっといい雰囲気になったらどうすれば良いのだろう。
会えば性の不一致に気付かれる危険があって、会わなければヘイミッシュの心変わりを心配してしまう。
意を決してもう一度会おうと決めたのは、親の許しがあれば結婚できる年齢、16歳になってからだった。携帯電話の所持は許されていたので、メールで連絡は取り合っていたけれど、実際に会うのは四年ぶり。ヘイミッシュの屋敷に行けば、両親も揃って迎えてくれた。
「スコット、来てくれて嬉しいわ。学校でずっと成績優秀だったんですって? 会わなかった間に、ますます男らしくて素敵になって」
うっとりと笑顔で迎えてくれるヘイミッシュは、元々整った顔立ちだったが、驚くほどの美しい青年になっていた。すらりと背も高く、体つきも細身で肌も艶々として白く、青い目に白目が青みがかって見えるくらい白く美しかった。
「君は、言葉を失うくらい、美しくなった」
「そんな、スコットったら、上手なんだから」
でも嬉しいと頬を染められて、スコットは感じる両親の視線からも、求められていることは分かっていた。二人がずっと想い合っていることを、ヘイミッシュの両親も知っている。
本家と分家、立場から言えば、ヘイミッシュの方が上だ。だから、確実に血を残せるように、産む方……つまりは抱かれる方にはヘイミッシュがなるべきだとも分かっている。
結婚できる16歳になった後でヘイミッシュの家を訪ねたということは、スコットはヘイミッシュにプロポーズするのを望まれているのだ。
ヘイミッシュのことは誰よりも愛している。彼が他の誰かのものになるなんて絶対に我慢できない。そんなことになれば、身を引き千切られるように苦しいだろう。
ただ一言、スコットは言えば良いのだ、「結婚してください」と。
しかし、その言葉の後には「ヘイミッシュに抱いて欲しい」という言葉が続く。
それを口にすれば、ヘイミッシュの両親はスコットとの結婚を許さないだろうし、ヘイミッシュの気持ちも変わってしまうかもしれない。
愛してる。だからこそ、スコットは言えなかった。
「また遊びに来るよ、愛してる、ヘイミッシュ」
「私もスコットが大好きよ」
キスをしようとして躊躇っていると、ヘイミッシュの方から頬にキスをされる。嬉しさに頬に手をやれば、ヘイミッシュがその手を握った。
「浮気しないでね」
「君より素敵なお姫様はいないよ」
その澄んだ青い瞳に胸は高鳴るのに、口付ければスコットは浅ましくヘイミッシュを強請ってしまうかもしれない。
プロポーズはまだできない。抱いて欲しいとも言えない。
そのままに、スコットは寄宿学校に戻って行った。
黒髪に青い目のお人形さんのように愛らしいヘイミッシュと、金髪に緑の目の凛々しい顔立ちのスコット。赤ん坊の頃から会わせたら機嫌よく二人で遊んでいたと言うが、スコットが初めてヘイミッシュを意識したのは、五歳のときだった。
母親に連れてこられたヘイミッシュは、可愛らしいフリル付きのワンピースを着ていて、髪も綺麗に結い上げていた。男の子だと聞いていたけれど、スコットはその可愛さにすっかり惚れ込んでしまった。
「ヘイミッシュはおおきくなったら、ぼくのおよめさんになってくれる?」
「おおきくなって、スコットがロマンチックにプロポーズしてくれたら、するわ」
僕の可愛いお姫様、私の素敵な王子様。
その後も二人は何度か会っていたが、寄宿学校に入るようになってから、学業も忙しくなり、あまり会えなくなった。12歳のときには180センチを超えていたスコットは大人のようで、少女か少年か分からないような中性的な美しさを持つヘイミッシュと釣り合わないような不安にもかられた。
「僕のこと、離れても好きでいてくれる?」
「スコットこそ、私のこと好きでいてくれる?」
「もちろん、君は僕のお姫様だもの」
別々の寄宿学校に入れられて遠く離れる前に問いかければ、ヘイミッシュは愛らしく微笑んで答えてくれた。体は大きく逞しいのに、「僕」というスコットは、同級生に「お坊ちゃん」と言われてからかわれていた。興味のない相手には何を言われても構わないが、ヘイミッシュがどう思うかは気になる。
「僕って言うの、かっこ悪くない? こんなに大きいのに、僕は臆病で……」
「スコットの喋り方は紳士で、素敵な私の王子様よ。臆病なのも安心するわ」
怖いものがない人間ほど無謀になる。それよりも怖いものがいっぱいあった方が、身を守る心構えができていて安心するというヘイミッシュに、スコットはますます惚れ直した。
「私の方こそ、フェミニンな格好をしたり、喋り方が女の子っぽかったりして、嫌じゃない?」
「全然。すごく似合ってて可愛いよ」
正直に胸の内を打ち明けると、ヘイミッシュが白い頬を薔薇色に染めて微笑む。その美しさと可愛さに、スコットは夢中だった。
美しくて、可愛くて、芯が強くて、決してスコットを否定しないヘイミッシュ。
愛情は会えない間も日に日に募るばかりなのに、性的に成長してくるに連れて、スコットは違和感を覚え始めていた。当然のように、逞しく筋骨隆々で厳ついスコットが、美しく可愛いヘイミッシュを抱くものだと思われているようだし、スコット自身もそう思い込んでいたが、どうやら自分は抱きたい方ではないと気付いてしまった。
甘美な夢の中で、美しく成長した青年のヘイミッシュに、組み敷かれて脚を広げて喘いでいるのは、スコットの方だったのだ。その妄想で夢精して、スコットはひどく落ち込んだ。
最初からヘイミッシュには「およめさんにしてあげる」と言っているし、ヘイミッシュもスコットを「私の王子様」と言ってくれている。王子様が脚を広げてお姫様を受け入れて喘ぐのは、予想外すぎるだろう。
間違いなくヘイミッシュのことは愛していて、好きで好きでたまらないのに、ただその一点だけが噛み合わない。正直に「抱いて欲しい」と告げれば、ヘイミッシュは優しいから抱いてくれるかもしれないが、結婚までは無理かもしれない。
性の不一致とはこういうことかと、スコットは打ちのめされた。
だからといって、誰かにヘイミッシュを奪われるのは我慢ができない。
悩み多き12歳から16歳の間、スコットは寄宿学校の休暇中も理由をつけてヘイミッシュと会わなかった。会えばキスを求められるかもしれない。きっと喜んでスコットはヘイミッシュにキスをする。その後、もっといい雰囲気になったらどうすれば良いのだろう。
会えば性の不一致に気付かれる危険があって、会わなければヘイミッシュの心変わりを心配してしまう。
意を決してもう一度会おうと決めたのは、親の許しがあれば結婚できる年齢、16歳になってからだった。携帯電話の所持は許されていたので、メールで連絡は取り合っていたけれど、実際に会うのは四年ぶり。ヘイミッシュの屋敷に行けば、両親も揃って迎えてくれた。
「スコット、来てくれて嬉しいわ。学校でずっと成績優秀だったんですって? 会わなかった間に、ますます男らしくて素敵になって」
うっとりと笑顔で迎えてくれるヘイミッシュは、元々整った顔立ちだったが、驚くほどの美しい青年になっていた。すらりと背も高く、体つきも細身で肌も艶々として白く、青い目に白目が青みがかって見えるくらい白く美しかった。
「君は、言葉を失うくらい、美しくなった」
「そんな、スコットったら、上手なんだから」
でも嬉しいと頬を染められて、スコットは感じる両親の視線からも、求められていることは分かっていた。二人がずっと想い合っていることを、ヘイミッシュの両親も知っている。
本家と分家、立場から言えば、ヘイミッシュの方が上だ。だから、確実に血を残せるように、産む方……つまりは抱かれる方にはヘイミッシュがなるべきだとも分かっている。
結婚できる16歳になった後でヘイミッシュの家を訪ねたということは、スコットはヘイミッシュにプロポーズするのを望まれているのだ。
ヘイミッシュのことは誰よりも愛している。彼が他の誰かのものになるなんて絶対に我慢できない。そんなことになれば、身を引き千切られるように苦しいだろう。
ただ一言、スコットは言えば良いのだ、「結婚してください」と。
しかし、その言葉の後には「ヘイミッシュに抱いて欲しい」という言葉が続く。
それを口にすれば、ヘイミッシュの両親はスコットとの結婚を許さないだろうし、ヘイミッシュの気持ちも変わってしまうかもしれない。
愛してる。だからこそ、スコットは言えなかった。
「また遊びに来るよ、愛してる、ヘイミッシュ」
「私もスコットが大好きよ」
キスをしようとして躊躇っていると、ヘイミッシュの方から頬にキスをされる。嬉しさに頬に手をやれば、ヘイミッシュがその手を握った。
「浮気しないでね」
「君より素敵なお姫様はいないよ」
その澄んだ青い瞳に胸は高鳴るのに、口付ければスコットは浅ましくヘイミッシュを強請ってしまうかもしれない。
プロポーズはまだできない。抱いて欲しいとも言えない。
そのままに、スコットは寄宿学校に戻って行った。
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