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運命を決めるのは自分
恋人は王子様 9
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乳児のときに拐われて、戸籍からなにもかもデタラメだった海直は、容貌と名前からアジア系であるだろうと予測されるくらいで、本当の親と結び付ける情報は皆無に近かった。
宇野海直として13年生きてきた海直にとっては、その名前も、生年月日も全てでっち上げられたものだということが、俄かには受け入れ難かった。
「本物の両親が何者であろうとも、海直は私の運命で、私が育ててきた。渡せというなら、叩き潰してくれる!」
「落ち着いて、クラレンス。犯罪歴もない善良なご両親で、弟さんも大事に育ててるっていうのよ。海直ちゃんはまだ未成年だし、日本から拐われたと分かったら、国際問題として、返さなければいけないの」
激怒しているクラレンスの声と、それを諭すヘイミッシュの声が、どこか遠くに聞こえる。日本に返されてしまうと言われても、物心付いたときにはクラレンスと一緒にいて、イギリスで育ったのだから、海直にはそれが無理やり連れて行かれるような気持ちしかなかった。
「海直くんも心の整理が付かないと思うけど、僕も子どもがいるから分かるけど、拐われてどこに行ったか分からない子どもを探し続けて13年も頑張るのは、ものすごく大変だし、愛情がなくてはできないことだよ」
「愛情なら、私にだってある。海直を11年育てた私の愛情はどうなるんだ」
冷静に説明するスコットの言葉も、クラレンスの怒りも、海直にはよく分かった。
アスター家に帰ってヘイミッシュとスコットを迎えての交渉は、長引きそうだった。
テーブルの上の海直のものとされる書類には、全く知らない名前と生年月日が載っている。生まれた年は同じだが、誕生日がひと月ほど離れていた。
「戸井美冬(とい みふゆ)……これが、僕の名前」
「海直は海直だ。私の海直にはなにも変わりはない」
細い体を逞しい腕でぎゅっと抱き締められて、海直は解決策を必死に考える。両親は海直を迎えにくるために、イギリスにやってくるという。
乳児の頃に拐われて人身売買にかけられた子どもが、異国にいて、それを本国の両親が返還するように求めた場合に、返さなければ、恐らくは国際問題になってしまうのだろう。そんな醜聞に地位も名誉もあるクラレンスを巻き込みたくはない。
しかし、イギリスを離れて仕舞えば、クラレンスとの距離は遠くなり、結婚できるかどうかも分からない。それに、海直には舞踏団でのダンスや歌の仕事もあった。日本でそれを続けられるかどうか分からないし、今までの実績全てを捨ててイギリスから離れることは考えられなかった。
そのことを説明しても、ヘイミッシュとスコットの表情は難しいままである。
「あなたが未成年なのが問題なのよね」
守られる立場である未成年の海直は、国際的にも両親との関係が守られるべきであると判断される。
「後三年すれば、結婚できるのに」
運命なのだから。
今すぐにでも結婚をしたい。
そんな雰囲気のクラレンスに、海直はじっくりと考えて答えを出したかった。
「ミチカは私の弟よ。どこにもやらないで」
アンジェラに手を握られて、海直はその日はヘイミッシュとスコットに帰ってもらった。
「兄さま、ミチカはうちの子よね?」
「誰が奪いにきても渡す気は無い。弁護士に連絡する」
国際的な親権争いの準備を始めようとするクラレンスは、どこまでも本気だった。血気盛んなクラレンスを止めて、海直がイギリスにいられるようにする方法。
「本当に、僕の両親が善良なひとたちだったら……」
幼いときに遠くに行ってしまった海直が死んでいるかもしれないという可能性があることは分かっていながらも、探し続けてくれた、愛情深いひとたちならば、分かり合える方法があるかもしれない。
「次の公演を、僕の両親に観に来てもらうことができますか?」
クラレンスを通して、ヘイミッシュとスコットからその願いは両親に伝えられた。
次回公演は「アニー」というミュージカルをアレンジしたもので、孤児の少女が、政治活動のために孤児を引き取るアピールをした計算高い冷徹な政治家と、心を通わせて本当の家族になっていく物語だった。海直が孤児の少女を演出で変えた少年役で、クラレンスが政治家の役だった。
最初は利益のためだけに一緒にいる政治家は、やがて孤児の少年の姿に心を許していく。しかし、少年の両親を名乗る相手が現れて、少年を連れて行こうとする。
その両親は偽物で、政治家を追い落とそうとする策略だったのだが、政治家は見事少年を助け出し、養子にすることを決める。
ミュージカル舞台が終わってカーテンコールで挨拶をして、楽屋に戻った海直は、クラレンスと手を繋いで、見にきてくれていた両親という男女に会った。
母親の方が海直とよく似ている気がする。
「美冬……」
「ごめんなさい、僕、海直って呼ばれてて、ずっと海直として生きてきたんです」
涙ぐんで近寄ってくる母親に、海直はきっぱりと言った。
「見てくださって分かったと思います。僕は、ここでダンスと歌をしていて、将来はミュージカルを中心とした舞台役者になりたいと思っています。それに、僕にはクラレンスという婚約者と、アンジェラという姉がいます」
本当に善良で自分を愛してくれるひとならば、舞台の上で海直がどれだけ生き生きしていたか、クラレンスとどれだけ信頼し合っているかを分かってくれるような気がしたのだ。
「素晴らしい舞台だったよ」
「立派に育って誇らしいわ」
涙目で言ってくれる両親の手を、海直はそっと握って、その目を覗き込んだ。
「あなたの目がすごく珍しいから、見えているかどうか、今後異常が出ないかどうか、大病院で診てもらったの」
そのときにその目の希少さに気付いた医師が、人身売買のブローカーに情報を流して、海直は攫われたのだという。警察に届けて血眼になって探したが、そのときには海直はもう海外に売られていた。
「ずっと探していたんだよ。その目が付いたまままた会えるとは、正直思っていなかった」
希少な目はとっくの昔に抉り取られてコレクションされて、酷い姿でいるのではないかと心配していたという両親。
「弟もいるのよ。春香(はるか)って言って、あなたの二つ年下なの」
話してくれる内容は優しいもので、海直を本当に思ってくれているのだとよく分かる。
「僕のことを愛してくれているなら、僕がイギリスにいることを許してください。僕にとっては物心ついたときからいる場所で、故郷です。愛するひとのいる場所です。それで……僕、すごく活躍します。世界的に有名になります。僕も会いに行くし、僕に会いに来てください」
イギリスのみならず、日本でも公演ができるように有名になる。そうすれば、両親や弟とも会えるようになるし、クラレンスとも離れずに済む。
両親の愛情を計るような真似をしている自覚はあった。愛しているならば、生きる場所を自分で決めさせて欲しいと願うのは、ずっと海直と一緒に暮らしたかったであろう両親にとっては酷なことだと分かっている。
それでも、海直にはクラレンスの手を離して日本に行くという選択はなかった。
「13歳だからもっと子どもかと思ってたらしっかりしているのね」
「あなたが私たちを両親だと思ってくれるなら、それだけで構わないよ」
本当に彼らが善良だと、海直が思い知った瞬間だった。
海直を今まで通りイギリスのアスター家で暮らすこと、イギリスの国籍を持たせること、全てに両親は納得して了承してくれた。
「クレア……良かった、僕、クレアと一緒にいられます」
全ての手続きが終わった後で、ホッとしてぼろりと大粒の涙を零した海直の顎を掬って、クラレンスが口付けをする。親愛のそれとは違う恋人のそれに、海直は真っ赤になって固まってしまった。
「あの男が来たときに、危ない真似をしないでと海直は私を止めてくれたけど、暴走しそうになる私を止めて、冷静に判断をしてくれる」
私の存在には海直が必要だと言われて、海直はぎゅっとクラレンスに抱き着いた。
宇野海直として13年生きてきた海直にとっては、その名前も、生年月日も全てでっち上げられたものだということが、俄かには受け入れ難かった。
「本物の両親が何者であろうとも、海直は私の運命で、私が育ててきた。渡せというなら、叩き潰してくれる!」
「落ち着いて、クラレンス。犯罪歴もない善良なご両親で、弟さんも大事に育ててるっていうのよ。海直ちゃんはまだ未成年だし、日本から拐われたと分かったら、国際問題として、返さなければいけないの」
激怒しているクラレンスの声と、それを諭すヘイミッシュの声が、どこか遠くに聞こえる。日本に返されてしまうと言われても、物心付いたときにはクラレンスと一緒にいて、イギリスで育ったのだから、海直にはそれが無理やり連れて行かれるような気持ちしかなかった。
「海直くんも心の整理が付かないと思うけど、僕も子どもがいるから分かるけど、拐われてどこに行ったか分からない子どもを探し続けて13年も頑張るのは、ものすごく大変だし、愛情がなくてはできないことだよ」
「愛情なら、私にだってある。海直を11年育てた私の愛情はどうなるんだ」
冷静に説明するスコットの言葉も、クラレンスの怒りも、海直にはよく分かった。
アスター家に帰ってヘイミッシュとスコットを迎えての交渉は、長引きそうだった。
テーブルの上の海直のものとされる書類には、全く知らない名前と生年月日が載っている。生まれた年は同じだが、誕生日がひと月ほど離れていた。
「戸井美冬(とい みふゆ)……これが、僕の名前」
「海直は海直だ。私の海直にはなにも変わりはない」
細い体を逞しい腕でぎゅっと抱き締められて、海直は解決策を必死に考える。両親は海直を迎えにくるために、イギリスにやってくるという。
乳児の頃に拐われて人身売買にかけられた子どもが、異国にいて、それを本国の両親が返還するように求めた場合に、返さなければ、恐らくは国際問題になってしまうのだろう。そんな醜聞に地位も名誉もあるクラレンスを巻き込みたくはない。
しかし、イギリスを離れて仕舞えば、クラレンスとの距離は遠くなり、結婚できるかどうかも分からない。それに、海直には舞踏団でのダンスや歌の仕事もあった。日本でそれを続けられるかどうか分からないし、今までの実績全てを捨ててイギリスから離れることは考えられなかった。
そのことを説明しても、ヘイミッシュとスコットの表情は難しいままである。
「あなたが未成年なのが問題なのよね」
守られる立場である未成年の海直は、国際的にも両親との関係が守られるべきであると判断される。
「後三年すれば、結婚できるのに」
運命なのだから。
今すぐにでも結婚をしたい。
そんな雰囲気のクラレンスに、海直はじっくりと考えて答えを出したかった。
「ミチカは私の弟よ。どこにもやらないで」
アンジェラに手を握られて、海直はその日はヘイミッシュとスコットに帰ってもらった。
「兄さま、ミチカはうちの子よね?」
「誰が奪いにきても渡す気は無い。弁護士に連絡する」
国際的な親権争いの準備を始めようとするクラレンスは、どこまでも本気だった。血気盛んなクラレンスを止めて、海直がイギリスにいられるようにする方法。
「本当に、僕の両親が善良なひとたちだったら……」
幼いときに遠くに行ってしまった海直が死んでいるかもしれないという可能性があることは分かっていながらも、探し続けてくれた、愛情深いひとたちならば、分かり合える方法があるかもしれない。
「次の公演を、僕の両親に観に来てもらうことができますか?」
クラレンスを通して、ヘイミッシュとスコットからその願いは両親に伝えられた。
次回公演は「アニー」というミュージカルをアレンジしたもので、孤児の少女が、政治活動のために孤児を引き取るアピールをした計算高い冷徹な政治家と、心を通わせて本当の家族になっていく物語だった。海直が孤児の少女を演出で変えた少年役で、クラレンスが政治家の役だった。
最初は利益のためだけに一緒にいる政治家は、やがて孤児の少年の姿に心を許していく。しかし、少年の両親を名乗る相手が現れて、少年を連れて行こうとする。
その両親は偽物で、政治家を追い落とそうとする策略だったのだが、政治家は見事少年を助け出し、養子にすることを決める。
ミュージカル舞台が終わってカーテンコールで挨拶をして、楽屋に戻った海直は、クラレンスと手を繋いで、見にきてくれていた両親という男女に会った。
母親の方が海直とよく似ている気がする。
「美冬……」
「ごめんなさい、僕、海直って呼ばれてて、ずっと海直として生きてきたんです」
涙ぐんで近寄ってくる母親に、海直はきっぱりと言った。
「見てくださって分かったと思います。僕は、ここでダンスと歌をしていて、将来はミュージカルを中心とした舞台役者になりたいと思っています。それに、僕にはクラレンスという婚約者と、アンジェラという姉がいます」
本当に善良で自分を愛してくれるひとならば、舞台の上で海直がどれだけ生き生きしていたか、クラレンスとどれだけ信頼し合っているかを分かってくれるような気がしたのだ。
「素晴らしい舞台だったよ」
「立派に育って誇らしいわ」
涙目で言ってくれる両親の手を、海直はそっと握って、その目を覗き込んだ。
「あなたの目がすごく珍しいから、見えているかどうか、今後異常が出ないかどうか、大病院で診てもらったの」
そのときにその目の希少さに気付いた医師が、人身売買のブローカーに情報を流して、海直は攫われたのだという。警察に届けて血眼になって探したが、そのときには海直はもう海外に売られていた。
「ずっと探していたんだよ。その目が付いたまままた会えるとは、正直思っていなかった」
希少な目はとっくの昔に抉り取られてコレクションされて、酷い姿でいるのではないかと心配していたという両親。
「弟もいるのよ。春香(はるか)って言って、あなたの二つ年下なの」
話してくれる内容は優しいもので、海直を本当に思ってくれているのだとよく分かる。
「僕のことを愛してくれているなら、僕がイギリスにいることを許してください。僕にとっては物心ついたときからいる場所で、故郷です。愛するひとのいる場所です。それで……僕、すごく活躍します。世界的に有名になります。僕も会いに行くし、僕に会いに来てください」
イギリスのみならず、日本でも公演ができるように有名になる。そうすれば、両親や弟とも会えるようになるし、クラレンスとも離れずに済む。
両親の愛情を計るような真似をしている自覚はあった。愛しているならば、生きる場所を自分で決めさせて欲しいと願うのは、ずっと海直と一緒に暮らしたかったであろう両親にとっては酷なことだと分かっている。
それでも、海直にはクラレンスの手を離して日本に行くという選択はなかった。
「13歳だからもっと子どもかと思ってたらしっかりしているのね」
「あなたが私たちを両親だと思ってくれるなら、それだけで構わないよ」
本当に彼らが善良だと、海直が思い知った瞬間だった。
海直を今まで通りイギリスのアスター家で暮らすこと、イギリスの国籍を持たせること、全てに両親は納得して了承してくれた。
「クレア……良かった、僕、クレアと一緒にいられます」
全ての手続きが終わった後で、ホッとしてぼろりと大粒の涙を零した海直の顎を掬って、クラレンスが口付けをする。親愛のそれとは違う恋人のそれに、海直は真っ赤になって固まってしまった。
「あの男が来たときに、危ない真似をしないでと海直は私を止めてくれたけど、暴走しそうになる私を止めて、冷静に判断をしてくれる」
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