王子様と運命の恋

秋月真鳥

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運命を決めるのは自分

恋人は王子様 5

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 3歳で舞台デビューした海直は、6歳で小学校に入るまで、保育園に行くことはなく、クラレンスと稽古場に行っていた。稽古場の隅でシッターと遊んでいるか、歌やダンスの稽古を受けているかのどちらかで、退屈はしなかった。
 休日にはクラレンスとアンジェラと海直で家でゆっくり過ごしたり、クラレンスの運転する車で出掛けたりして過ごしていた。ずっとクラレンスと離れずにいたから、小学校の入学式では泣きそうになってしまう。
「クレア、がっこう、どうしてもいかないとだめですか?」
「アンジェラもいるし、終わったら迎えに来てもらって、稽古場に送ってもらうから、その間だけだよ」
「クレアがいないのに、がっこう、いかなきゃだめですか?」
 黒い瞳に涙を浮かべてクラレンスのスラックスから手を離せない海直を、アンジェラが手を引いて校舎の中に連れて行く。毎朝が永遠の別れのように、引き離されるロミオとジュリエットを演じるクラレンスと海直に、アンジェラは呆れ顔だったが、本人たちは真剣そのものだった。
 身長もあまり伸びずに、体も細く、肌は白くて、お目目と髪だけが真っ黒な海直は、アンジェラと行動を共にすることが多いせいか、女の子と間違えられやすい。初対面では、クラレンスもドレスを着ていた海直を女の子だと思っていたというから、顔立ちが中性的なのだろう。
「はじめてあったときに、クレアはぼくを、おんなのこだとおもっていたんでしょう? おとこでも、うんめいだからこんやくしようとおもったんですか?」
 この世界で実しやかに囁かれる『運命』の噂。世界でたった一人だけ、結ばれるべき運命の相手がいて、それに出会うと一目で分かるという。運命の相手と抱き合うのはものすごく悦(よ)くて、運命の相手と引き離されるのはとてもつらいのだとか。この家に来る前のことで、家のハウスキーパーもベビーシッターも話題にしないが、クラレンスの父親は、母親と結婚して20年目の年、クラレンスが15歳のときに運命の相手と出会って、妊娠している母親を捨てて駆け落ちしてしまった。そのせいで、クラレンスが運命というものを信じていなくても、憎んでいても仕方がないはずなのに。
「私は、運命に振り回されるのはまっぴらでね。自分で海直を運命だと決めたのだよ。例え、海直に他の相手が現れても、絶対に渡さないと。だから、性別など些細な問題だよ」
 説明した後に、クラレンスが軽く首を傾げる。真っ直ぐなプラチナブロンドの髪が、さらさらと音を立てて肩を滑り落ちるのに、海直は見惚れてしまった。
「海直は、私が運命の相手で、男で、嫌かい?」
 海直自身も中性的で女の子と間違われるような容貌をしているが、クラレンスは性別を超えた美しさを持っている。それは幼い頃から海直を虜にしていたし、クラレンスは自分で運命だと決めたと言うが、海直にはクラレンス以外が運命だとは最初から思っていない。この美しいひとが海直の運命だ。初めて会った2歳のときから、感じ取っていた。
「クレアがぼくをえらんでくれて、うれしいです」
 頬を染めて告げると、クラレンスが海直に手を差し伸べる。リードされて抱きしめられるようにして踊る海直とクラレンス。密着するクラレンスの体が、顔に似合わずとても逞しいことを、海直はよく知っていた。
 男性として体が出来上がってくる時期のクラレンスは22歳。すらりと伸びた背丈は180センチ以上あって、小さな海直はその腰に届くくらいまでしか背丈がない。それでも、上手にリードして、踊らせてくれる。
「次の舞台は子役の出番がなくて残念だね。また海直と踊りたいのに」
「ぼくもクレアとおどりたいです」
 子役の出る舞台でも、公演時間が夜になると海直は年齢の問題で出してもらえない。3歳でデビューはしていたが、海直が出られる舞台には制限が多過ぎた。
 クラレンスはダンス教室の先生を中心とした舞踏団に入ってはいるが、個人として名が売れていて、ソロ公演や客演のオファーもたくさんくる。メディア露出がないので、どこでもというわけではないが、ダンス好きの間ではダンス界の王子様(プリンス)クラレンス・アスター、ダンス界の帝王ヴァンニ・ベルタッツォ、ダンス界の妖精リュシアン・ボンフィスは、男性ダンサーのトップスリーとも言われる有名人だった。
 クラレンスはどちらともできるが、ヴァンニはラテンが、リュシアンはスタンダードが高評価を得ている。
 デビューした頃からクラレンスを狙い続けているというヴァンニも、最近は落ち着いたのか、クラレンスにちょっかいをかけてこない。それどころか、真剣な眼差しで「相談がある」とお茶に誘ったりする。警戒していたクラレンスも、海直同伴で良いと言われて、稽古場近くのカフェに休憩時間に昼食がてらヴァンニと行った。
「お前は、その……チビを運命だって言い張ってるけど、見た瞬間に電撃が走ったとか、そういうのがあったのか?」
 言いにくそうに問いかけるヴァンニの顔を、クラレンスが二度見する。
「もしかして、そういう出会いがあったのか?」
「き、気になるのか? やっぱり、俺のことが気になるんだな」
「寝言は寝て言え」
 甘い声で優しく海直には囁いて、色気ある仕草で首を傾げたりするのに、ヴァンニに対しては完全に塩対応のクラレンスに、ドーナッツを齧っていた海直は胸がドキドキした。クラレンスにとっては、海直が特別なのだと実感させられる。
「思い違いだと思うんだが……いや、思い違いだろうな」
「回りくどい。何が言いたいんだ、貴様は」
 喋り方も、ヴァンニに対しては乱雑な気がする。ミルクを飲みながらドーナッツを口いっぱい頬張ってもぐもぐしているので話に加われないが、海直は耳だけをしっかりとそばだてていた。
「リュシアンが、俺のことを運命だって言うんだよ……」
「そうか、良かったな」
「あっさりだな! 驚きとかないのか! 嫉妬とか!」
「世迷言はリュシアンに聞いてもらえ」
「相談しがいのない奴だな! 幼馴染で親友だろ?」
 胸ぐらを掴まれそうになって、クラレンスはあっさりとその手を払う。
「幼馴染だが、親友だったことは一度もないな」
「鬼か!」
 激しくツッコミを入れられても、クラレンスは涼しい顔でコーヒーを飲み干して、海直を抱き上げた。
「稽古場に戻ろうか」
 菫色の瞳が、ヴァンニから海直に向いた瞬間に、とろりと甘く蕩ける。腰に脚を絡めて、ぎゅっと抱き着くと、クラレンスは海直の背中を支えて稽古場まで抱っこして帰ってくれた。
「クレアがだっこしてくれるなら、ぼく、からだがちいさくてもいやじゃないです……」
 頬を染めて呟けば、その林檎色の頬にクラレンスがキスをしてくれる。
 家に帰って、クラレンスがシャワーを浴びている間に、海直はお茶の用意をしてもらって、アンジェラとお茶を飲んで夕食までの時間を寛いで過ごす。ミルクたっぷりのロイヤルミルクティーを飲みながら、海直はこの時間にアンジェラに稽古場であったことを話すのが日課になっていた。
「リュシアンが、ヴァンニのこと、うんめいだっていったみたいなんです」
 この日の話題はヴァンニのことで、恋愛絡みだとアンジェラも興味津々で聞いてくれる。
「ずっとにいさまに、むくわれないこいをしていたものね。ヴァンニにも、はるがくるのね」
「いまは、あきですよ?」
 海直が小学生に上がったばかりの今の季節は、秋。それなのに、アンジェラが「春」といっているのが分からずに、首を傾げた海直に、お姉さんらしくアンジェラが説明してくれる。
「はるがくるっていうのは、こいびとができたり、すきなひとができたりすることをいうのよ。ほら、はなもさくし、どうぶつもはるが、こいのきせつでしょう?」
「はるが……それなら、ぼくとクレアはずっとはるですね」
「そういうのを……なんだったかしら、ことはる? だっけ?」
「常春、かな? 海直と私は常春だね」
 バスルームから出てきたクラレンスが、髪を拭きながらソファに腰掛けるのを、海直はぼーっと見つめてしまう。外ではどこで写真を撮られるか分からないので、海直がメガネをかけているように、クラレンスはきっちりとした格好をしていることが多い。だが、家では胸元の開いたVネックのざっくりとしたセーターを素肌に着ていて、そこから見える胸元の白さや、首筋に、どうしても海直は目がいってしまう。こういうときに、お腹が熱くなるのは、男の子だから普通のことだと、以前にクラレンスが教えてくれた。
「いいまちがいよ! もう、にいさまはアンにはやさしくないわ」
「アンジェラは妹で血が繋がっているけれど、海直は将来の伴侶だからね」
 そのことについて、海直はずっと聞きたかったことを、その日、口にした。
「クレアがだんなさまですか? ぼくがだんなさまですか?」
「どっちでも、海直ならば構わないよ」
 海直はどっちがいい?
 甘く微笑まれて、海直はまだ自分がどちらを望んでいるのか、分からずに、答えられなかった。
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