エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚

27.フィンガーブレスレットで変身

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 国王陛下の生誕の式典でも、わたくしとエクムント様は前日から王宮に入っていた。
 王宮では辺境伯家用の客室があって、わたくしとエクムント様は二人きりでその部屋を使う。
 家族が増えたときでも構わないようにその部屋は広く、ベビーベッドや子ども用のベッドが入れられるようになっている。広い部屋に二人きりというのも寂しくはあるが、そのうちに家族が増えることをわたくしは密やかに願っていた。

 エクムント様は今は子どもを望んでいないし、わたくしも自分のことで手一杯で子どもを望める立場ではないのだが、もう少し落ち着いたら産めるのならばエクムント様の子どもを産みたいとわたくしは思っていた。妊娠や出産を軽んじるつもりはないが、わたくしはまだ若いし健康なので、産めるものならば産みたい。
 愛するひととの間に子どもを望むことがいけないことだなんて誰も言わない。辺境伯家の後継ぎを願うものが多いくらいなのだ。

 エクムント様に相談すると急がなくてもいいと言われそうなので自分の胸の中にだけしまっておく。

 翌朝のお散歩ではユリアーナ殿下が新しく仲間に入ったケヴィン殿とフリーダ嬢の実力を試していた。

「あの柱に向かって雪玉を投げてください」

 言われた通りにしたケヴィン殿は柱に命中させるし、フリーダ嬢は少しずれてしまったが柱を通り越すほどの実力の持ち主だった。

「すごいですね。本当に雪合戦は初めてですか?」
「雪遊びは姉としていました」
「雪合戦をするのは初めてですが、ボール投げはよくしていました」

 ケヴィン殿とフリーダ嬢の答えにユリアーナ殿下も納得したようだった。
 チーム分けを考えていく。

「今回、ケヴィン殿という年齢も一番上の男子が参加することになったので、今年も男子チームと女子チームで戦うことにしましょう」
「お仲間には入れて嬉しいです、ケヴィンです。よろしくお願いします」
「フリーダです。兄共々よろしくお願いします」

 ケヴィン殿が最年長、フリーダ嬢はその次のフランツと同じ年ということで、男子チームも女子チームも盛り上がっていた。

「フリーダ、妹とはいえ、手加減はしないよ」
「お兄様、それはこっちの台詞です」

 火花を散らすケヴィン殿とフリーダ殿が入った雪合戦は白熱した。
 女子チームは作戦を立ててナターリエ嬢とマリアが雪玉をひたすら作り、ユリアーナ殿下とフリーダ嬢が投げていたのだが、フリーダ嬢がものすごく強い。次々と当ててフランツもデニス殿もゲオルグ殿も雪の中に沈めていく。対する男子チームはケヴィン殿がナターリエ嬢とマリアの雪玉を作っている場所を狙おうとする。

「お兄様、させません!」
「退け、フリーダ! 雪玉をぶつけられたいのか?」
「お兄様のへろへろの玉などぶつけられても平気ですわ!」

 兄弟の戦いが熾烈になる中、ユリアーナ殿下が横からケヴィン殿を狙って、何度もぶつけて、最終的にぶつけられた回数が一番少ないユリアーナ殿下のいる女子チームが勝利した。

「次はもっと策を練りましょう。フランツ殿、デニス殿、ゲオルグ殿」
「はい。悔しいですが、今回は負けということで」
「次は負けません!」
「次こそは勝ちます」

 作戦以前に、男子チームはもっとチームワークが必要なのではないかとわたくしは思っていたが、どちらかに肩入れすると問題になりそうだったので特に口には出さなかった。

 国王陛下の生誕の式典は昼食会から始まって、わたくしは葡萄酒をグラスに注がれそうになったが、葡萄ジュースに変えてもらった。

「国王陛下の生誕の式典のお祝いの言葉を述べさせていただきます、ユストゥス・ディッペルです。国王陛下は私と同級生で学園を卒業し、私と同じころに国王の座に着きました。学園生活では学友でしたが、卒業してからも私と国王陛下は戦友のようなものでした。これからも国王陛下がこの国の統治という戦場で戦っていけるように、ディッペル家としても支えていきたいと思います。この度は国王陛下、本当におめでとうございます!」

 挨拶を頼まれたのはディッペル家の父だった。父がグラスを持ち上げると貴族たちが全員立ち上がって乾杯をする。

「ありがとう、ディッペル公爵」

 国王陛下も礼を言いながらグラスを持ち上げていた。

 お茶会ではフランツもマリアも、デニス殿もゲオルグ殿も、ガブリエラ嬢もケヴィン殿もフリーダ嬢も、ナターリエ嬢も、ユリアーナ殿下も来られて、会場はとても賑やかになっていた。

「エクムント様、お願いがあります」
「エリザベート夫人にもお願いがあります」

 真剣な表情のデニス殿とケヴィン殿にわたくしとエクムント様は耳を傾ける。

「フィンガーブレスレットの男性用のものがあると聞いたのです」
「あれをつけたら、私は変身できるのではないかと思っています!」
「強く見えるし格好いいのではないかと思っています」
「私たちにフィンガーブレスレットを作ってくれませんか?」

 そういえばデニス殿とゲオルグ殿は夏休みに来たときにも強いという言葉に並々ならぬ執着を見せていた。
 強く見せたいし、強くなりたいお年頃なのだろう。

「私は作れませんが、強そうなフィンガーブレスレットを注文しておきましょう」
「男性の着けるフィンガーブレスレットも素敵なのですよ」
「ありがとうございます、エクムント様、エリザベート夫人!」
「これで変身できます!」
「変身はできないかもしれませんが」
「気持ちの問題です!」

 ゲオルグ殿は気持ちの問題で変身できるのだという。フィンガーブレスレットは確かに前世の変身するヒーローのおもちゃに似ているような気がするので、変身ごっこをするときには有効なのかもしれない。
 この世界に変身できるヒーローが広まっているのかは分からないが、男子はそういうものに憧れるのだろう。

 デニス殿とゲオルグ殿がわたくしたちの返事に満足してそれぞれにお茶をしに行ってしまった後で、ケヴィン殿とフランツがわたくしたちのそばに寄ってきた。

「エクムント叔父上、私もフィンガーブレスレットが欲しいのです」
「エリザベートお姉様、私も……」

 ケヴィン殿とフランツもフィンガーブレスレットが欲しかった。
 男性用のフィンガーブレスレットはお洒落としても、格好いいものとしても広がっているので、ケヴィン殿とフランツが欲しがっても不思議ではないだろう。

「ケヴィンとフランツ殿の分も注文しましょう」
「フィンガーブレスレットは流行っていますからね」
「手の甲の部分に大きめのガラスビーズを付けてください」
「私もお願いします」
「そのように注文しましょう」
「色は何色がいいですか?」
「紫がいいです!」
「黒がいいです!」

 なんだか独特なフィンガーブレスレットができそうな気がしていたが、わたくしはケヴィン殿とフランツの好みには口出ししないことにした。

 注文を取っているとオリヴァー殿がエクムント様のそばにやってくる。辺境伯領でフィンガーブレスレットの製造を任されているのはシュタール家だった。

「シュタール侯爵、注文が入っています」
「聞いていました。手の甲の部分に大きめのガラスビーズを付けた、男性用のフィンガーブレスレットですね」
「よろしくお願いします」
「男性用のフィンガーブレスレットも流行っていて、シュタール家は注文をたくさんもらっているのでありがたいことです」
「フィンガーブレスレットで変身できるとゲオルグ殿が言っていましたが、何かあるのですか?」

 わたくしの問いかけに、オリヴァー殿が答えてくれる。

「エリザベート夫人の元侍女だったマルレーンという作家が、少年向けに物語を書き始めたようで、その中ではドラゴンの血を引く主人公が、手の甲に刻まれた紋章をかざしてドラゴンの力を解放して変身するのです」

 なるほど。
 マルレーンはそんなものまで書いていたのか。
 そういうものはこれまでこの世界にはなかったようだし、国中の男子がその物語に熱狂しているという。
 『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』や『男装の令嬢は辺境伯に溺愛される』といった恋愛ものだけでなく、マルレーンは変身するアクションものまで書けるのか。多彩なマルレーンの才能にわたくしは驚いていた。

「これからも辺境伯領はますます栄えますよ」

 オリヴァー殿の表情に、辺境伯領の未来は明るいのではないかと思っていた。
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