エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚

26.両親のお誕生日のお茶会

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 両親のお誕生日のお茶会には国王陛下と王妃殿下がいらっしゃった。
 国王陛下と王妃殿下に両親は一番に挨拶に行っている。

「ようこそいらっしゃいました、国王陛下、王妃殿下」
「わたくしたちのお誕生日を祝ってくださって嬉しいです」
「ユストゥス……いや、ディッペル公爵だったな。ディッペル公爵夫妻の誕生日を祝うのは当然ではないか」
「お二人ともおめでとうございます」
「それにしても、ディッペル公爵領も落ち着いてきた。そろそろ夫婦別々に祝わないのか?」
「そうなりますと、国王陛下の生誕の式典を挟むことになりますので」
「わたくしたち夫婦は二人一緒で構わないのです」

 そういえば両親のお誕生日は実は近いわけではない。冬の間の二か月に続けてお誕生日があるので、その間でお茶会を開くというようなことをしているのだ。
 その理由をわたくしは節約のためと両親から聞いていたが、ディッペル公爵領は富んでいて、そんなに節約をする必要があるとも思えないのだが。

「ディッペル公爵が公爵位を継いだときには領地は荒れていた。それで、ディッペル家の資金を領地に使えるように誕生日のお茶会は合同にしたのではなかったか?」
「そうですが、今は合同で祝うことが私たちの中で普通になっています」
「夫と合同でお誕生日を祝えるのは嬉しいものですよ」

 国王陛下の説明を聞いてわたくしは両親がそういう理由で合同でお誕生日のお茶会を開いていたのかと理解する。わたくしとエクムント様はお誕生日が近いし、途中でユリアーナ殿下のお誕生日も挟むので慌ただしくなるために自然と合同という形を取ったが、それはディッペル家の両親を見ているからでもあった。
 合同のお誕生日も悪くないと両親を見ていると思うことができたのだ。

「両親が合同でお誕生日のお茶会をしているのがどうしてか、初めて知りました」
「私も初めて聞きましたね。ディッペル家も公爵夫妻が継いだ後は荒れていたのですね」

 エクムント様と話しながらミルクティーをいただくと、牛乳が濃厚でとても美味しい。辺境伯領でもディッペル家と同じようなミルクティーを味わえるようにエクムント様は配慮してくださっているけれども、ディッペル家ではまた違う牛の乳を仕入れたような気がする。ディッペル家では畜産が盛んで酪農も盛んなので、様々な牛乳が手に入れられるのだ。

 ミルクティーを飲んでいると、エクムント様がわたくしに問いかけた。

「エリザベートは緑茶を知っていますか?」
「は、はい。聞いたことはあります」

 前世で飲んでいました、なんて答えられるはずがないので聞いたことがある程度にしておく。

「緑色のお茶だと聞いているのですが、交易で運んでくると緑色ではなくなっているし、聞いたような味わいではなくなっているのですよね」
「それは、船の中で発酵が進んでしまったのではないでしょうか」
「どういうことですか?」
「緑茶と紅茶は同じ茶葉だと聞いたことがあります。緑茶の茶葉を発酵させたのが紅茶なのです。発酵させていない緑の葉を緑茶と呼ぶのだと……どこかで読んだ文献に書かれていましたわ」
「そうなのですか。それでは、紅茶の茶葉で緑茶が作れるということですか?」
「品種が少し違うかもしれませんが、紅茶の茶葉を発酵させずに窯で煎ったり、蒸したりしたら緑茶に近いものができるかもしれません」

 わたくしの話をエクムント様は真剣に聞いてくださっていた。

「緑茶の製法を調べて、辺境伯領から緑茶を広げていくのはどうでしょう」
「飲んでみて美味しいものができ上がったのならば、それもいいと思います」
「飲んでみないと分かりませんね。エリザベートの言う通りです」

 緑茶がこの国でも飲めるようになると、飲み物の幅も広がるのではないだろうか。

「緑茶と紅茶の中間のお茶もあると聞いたことがあります」
「そのお茶も気になりますね」
「製法を調べて、文献がなければ生産している国から伝えてもらうのはどうでしょう」

 そうすればこの国でも緑茶やウーロン茶が飲めるようになる。
 運ぶのが無理ならばこの国で作ってしまえばいいというエクムント様の考えは素晴らしいものだった。
 緑茶ができれば、抹茶を使ったスイーツも開発されるかもしれない。そういうものが辺境伯領から発信されて売れて行けば、辺境伯領はますます豊かになるだろう。

 実際に辺境伯領の下町まで見に行けているわけではないので確かではないが、辺境伯領はまだ隅々まで富が行き渡るようにはなっていないはずだ。フィンガーブレスレットやコスチュームジュエリー、ネイルアートの技術の発展で、少しずつ平民も豊かにはなっているようだが、まだまだ辺境伯領の隅々までそれが行き届いているとはいえない。
 これからも辺境伯領を富ませる努力は必要だった。

「お姉様、難しい顔をなさってどうしたのですか? ダンスが始まっていますよ」
「クリスタ嬢と一曲踊ってきます」
「レーニ嬢、踊ってください!」
「フランツ様、喜んで」
「オリヴァー殿……」
「マリア様踊りましょうか」

 クリスタとハインリヒ殿下も、レーニ嬢とフランツも、マリアとオリヴァー殿も踊りの輪の中に入っている。
 難しい統治の話はここで一旦おしまいにして、わたくしはエクムント様の方を見た。エクムント様が手を差し伸べてくれる。

「踊りましょうか、エリザベート」
「はい、エクムント様」

 エクムント様の手を取って、わたくしは踊りの輪に入って行った。

 踊っていると、エクムント様がわたくしの体を引き寄せる。抱き締められるような形になると、ダンスの音楽が変わった。緩やかな音楽に合わせて、体を密着させるようにして踊るこれは、大人のダンスではないだろうか。
 フランツとレーニ嬢、マリアとオリヴァー殿はダンスの輪から抜けていた。

 国王陛下と王妃殿下、両親もダンスの輪に入ってくる。
 スローなダンスをわたくしとエクムント様はたっぷりと踊った。

 ダンスが終わってお茶会も終わると、わたくしもエクムント様もディッペル家の庭に出てお見送りの列に加わる。最初の馬車は国王陛下と王妃殿下のものだった。

「ディッペル公爵夫妻、次は王都で会おう」
「今日は楽しいお茶会をありがとうございました」
「国王陛下、王妃殿下、次は王宮にお伺いいたします」
「本日は本当にありがとうございました」

 国王陛下と王妃殿下の馬車が動き出すと、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下の馬車が来る。

「ユリアーナ殿下、ボール投げで練習です」
「はい! 練習しておきます!」
「今年もやっぱり女子チームと男子チームがいいです」
「それはケヴィン殿とフリーダ嬢の実力次第ですね」

 マリアと話し合っているユリアーナ殿下は雪合戦に意欲を燃やしているようだった。
 リリエンタール家の馬車がやってきて、デニス殿とゲオルグ殿がフランツに声を掛けている。

「足を一歩踏み出しながら肘を……どうでしたっけ?」
「肘の角度に気を付けるのです、お兄様」
「そうでした。練習しておきますね」
「お願いします、デニス殿、ゲオルグ殿」

 デニス殿とゲオルグ殿とフランツも雪合戦に夢中のようだった。

 キルヒマン侯爵家の馬車が来るとフランツがケヴィン殿に、マリアがフリーダ嬢に駆け寄る。

「雪合戦の練習、お願いします」
「はい。私はボール投げが得意なので雪合戦でもいい成績が取れると思います」
「お兄様、ボール投げはわたくしも得意です」
「フリーダ嬢も期待しています」

 エクムント様の甥と姪のケヴィン殿とフリーダ嬢はさすが、ボール投げもしているようだった。これは雪合戦でも期待できそうだ。

「ディッペル公爵夫妻、本日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」

 キルヒマン侯爵が挨拶をして、両親がお辞儀をしている。
 長い長い貴族の列の最後までお見送りをして、わたくしたちはディッペル家に帰った。
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