エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
505 / 528
最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚

13.辺境伯家の女主人

しおりを挟む
 夏休みに向けてわたくしは辺境伯家で準備をしなければいけなかった。
 夏休みに辺境伯家に来る客人の数を把握して、厨房に知らせて、誰が何泊するのか、食事の好みはどうなのかを伝え、客間を準備する。
 ガブリエラ嬢の食事の好みは分からなかったのでエクムント様にお聞きした。

「エクムント様、ガブリエラ嬢は好き嫌いがありますか?」
「貝類が苦手でしたね。アサリは食べられるのですが、ムール貝やカキなどの大きなものは食べることができません」
「他に苦手なものがありますか?」
「エリザベート、それほど気にすることはないのですよ。ガブリエラも小さな子どもではありません。苦手なものは避けることができますし、食べなくても辺境伯家では他に食べるものがたくさんあります」

 エクムント様はご自分の姪だからそう仰るのかもしれないが、わたくしはガブリエラ嬢も一人の客人としてしっかりと迎えたかったのだ。

「わたくしも辺境伯家の女主人になったのです。侍女やメイド長、厨房の料理長に的確な指示を出して、わたくしが女主人であることを示さねばなりません」

 辺境伯家の女主人として舐められるわけにはいけないのだと主張するわたくしに、エクムント様が苦笑する。

「この屋敷にエリザベートを馬鹿にするようなものはいませんよ。エリザベートは辺境伯家を何度も救ってきた才女として、辺境伯家の使用人全員が尊敬の念をもって接しているのです」
「それは伝わってきますが、それとこれとは別なのです。やはり、わたくしは辺境伯家の女主人として、エクムント様の妻として立派にやり遂げなければいけないのです」

 わたくしは年齢もまだ若いし、この国で一番古い公爵家で王家の血も入っているディッペル家の出身だとしても辺境伯領の人間からしてみれば認められないところの一つや二つはあるに違いない。
 そういうところを認めさせてこそ立派なエクムント様の妻だと言えるのだ。

 張り切るわたくしに、エクムント様がちょっと言いにくそうに咳払いをしている。何か言いたいことがあるのならば聞きたいとエクムント様に詰め寄ると、金色の目を少し伏せてわたくしに小声で問いかけた。

「私はエリザベートに無理をさせていませんか?」
「無理ですか? わたくし、エクムント様にはいつも優しくしていただいていますわ」
「私の方が体力があるので、加減はしているつもりなのですが、エリザベートはいつも早朝に起きられなくなるではないですか」

 これは、もしかして、夜の話なのだろうか。
 真面目に聞いてくるエクムント様にわたくしの頬が熱くなる。

「へ、平気です! 朝食の時間にはいつも目が覚めていますし! 今、体力をつけているところで、体力が付けば早朝にも起きられると……んん!? 加減!? 加減なさってたんですか!?」
「そんな大きな声で言わないでください。エリザベートの体を思いやるのは夫として当然ではないですか」

 わたくし、エクムント様が優しいと思っていたが、それは鉄壁の理性の上に築かれたもののようだった。しかし、加減をしてもらわないとわたくしは朝食の時間にも起きられるかどうか分からなくなってしまう。

「と、とにかく、客人が来ているときには控えます」
「は、はい」

 エクムント様に加減させていた挙句に、客人が来ているときには控えさせるなんていい妻ではないのかもしれないが、フランツもマリアも早朝のお散歩に行きたがるだろうし、お散歩を一緒にできるのも後何年か分からない。クリスタは辺境伯領で夏を過ごすのは今年で最後になるのだ。
 そう考えるとエクムント様の言葉に甘えるしかなかった。

 夏休みの計画についてエクムント様と話し合っていると、使用人が手紙を持ってきた。エクムント様が開いて、わたくしにも見せてくださる。

「ノエル殿下が無事出産されたのですね」
「女の子だそうですよ。名前はディアナ殿下にされたとのこと」
「ディアナ殿下……いい名前ですね」

 母子共に元気で無事だという知らせにわたくしとエクムント様はほっと胸を撫で下ろしていた。

「お祝いを送りましょう。何がいいでしょう?」
「産後もノエル殿下はお酒を飲めないでしょう。辺境伯領の葡萄で作った葡萄ジュースはどうでしょう?」
「それはいいですね。赤と白を送りましょう」
「それに、出産後はサイズが変わることもあると聞いています。辺境伯領の特産品の紫の布をドレス一着分お送りするのはどうでしょう?」
「いいと思います」

 わたくしの提案にエクムント様は賛成してくれてすぐに手続きをしてくれた。
 出産後すぐにお祝いに押しかけていくのはノエル殿下の負担になるので、お祝いの品を送るくらいがちょうどいいのだ。

 ずっとノエル殿下を心配していたノルベルト殿下も安堵されたことだろう。

 一昨年結婚されたノエル殿下とノルベルト殿下の間にもう後継者となる女の子が生まれたとなると、わたくしも焦らないではない。わたくしとエクムント様の間に子どもができるのかは分からないが、わたくしは産めるのならば産みたいと思っている。

「エクムント様は子どもは何人ほしいとか、男の子がいいとか、女の子がいいとか、おありですか?」
「私は産む性ではありません。子どもができるかも、男の子かも女の子かも、私が決められることではありません。私が決められることではないことには、何も口出しすることはできないと思っています」

 はっきりと宣言されたエクムント様にわたくしはその通りだと思ってしまう。
 どんな子どもがわたくしの元に生まれてきてもエクムント様は受け入れてくれる。

「それに、気が早いですよ、エリザベート」
「そうでした」

 まだ結婚から半年も経っていないのだ。気が早すぎると注意されてわたくしはその通りだと反省した。
 それにしても、エクムント様の方が年上なのに子どもに関して焦っている様子もないし、わたくしを急かす相手もどこにもいないし、辺境伯家は本当にありがたい場所だ。カサンドラ様に至っては、子どもができなければ養子をもらえばいいと言ってくださっている。
 できれば自分で子どもを産みたい気持ちはあるが、それがわたくしの気持ちだけでどうにかなることではないというのもよく分かっている。その場合には養子を迎えるという手段を最初から許されているというのは気持ち的にかなり楽だった。

 カサンドラ様は自分が子どもを産めないと分かっていたから結婚をされなかったと仰っていた。自分がそうだったから、カサンドラ様はわたくしにも求めすぎることがないのだろう。
 カサンドラ様の教育もあるのかエクムント様も焦っていないので、わたくしは落ち着いて辺境伯家で生活ができる。

 けれど、ほんの少しだけ、女性として生まれてエクムント様を愛した以上、エクムント様の子どもを産んで腕に抱きたいという願望がわたくしにないわけではない。
 エクムント様を愛し、愛されればなおさらその願望は強くなる。

「わたくしはエクムント様が思っているより短気なのかもしれません」
「そうですか、エリザベート?」
「もっと長い目で人生を見通せるようにならないといけませんね」
「短気かどうかは分かりませんが、気が早いのはあると思います」
「やはりそうですよね。気を付けます」

 急ぎすぎず、エクムント様と歩調を合わせて歩いて行きたい。
 これまでもエクムント様と過ごす時間は長かったと思うのだが、これからはこれまで以上に長い時間をエクムント様と過ごしていくのだ。
 エクムント様とわたくしが年老いて、衰えても、生涯一緒にいるという誓いを国王陛下の前でわたくしはエクムント様と一緒に立てている。

 同じ未来を見据えて歩調を合わせて生きていきたい。

 今は、それが一番の願いだった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...