エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
499 / 528
最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚

7.マリア、九歳

しおりを挟む
 わたくしとエクムント様が前日から王宮に入っていたのには理由があった。
 マリアのお誕生日だ。
 今年も国王陛下と王妃殿下はマリアのお誕生日を王宮の私的なお茶会で祝ってくれようとしているのだ。
 お茶会に招待されていたわたくしとエクムント様は、お茶会の時間になるとわたくしがワンピースで、エクムント様がスラックスとベストとシャツ姿で国王陛下のサンルームに向かう。
 サンルームにはクリスタもフランツもマリアも両親も来ていて、レーニ嬢とオリヴァー殿も来ていた。

「ディッペル家のフランツ殿は六歳、マリア嬢は五歳で婚約したでしょう? わたくしも今年のお誕生日で九歳になります。そろそろ婚約をしてもいいのではないでしょうか?」
「ユリアーナ、ハインリヒはクリスタが十二歳で学園に入学するまで婚約を我慢したのだぞ。ユリアーナも学園に入学するまでは婚約させるつもりはない」
「なぜですか、お父様。わたくし、早く婚約してもいいと思うのです」

 ユリアーナ殿下と国王陛下は真剣に話し合っていたようだが、わたくしとエクムント様が来たのを見ると話をやめる。

「エクムント、エリザベート夫人、よく来てくれたな」
「ご招待いただきありがとうございます」
「マリアのお誕生日のためにありがとうございます」

 エクムント様とわたくしが挨拶をすると、国王陛下は子ども用の椅子に座ってテーブルをバンバンと叩いているディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下に目をやった。ディーデリヒ殿下は白金の髪に青い目で王妃殿下そっくりで、ディートリンデ殿下は黒髪に黒い目で国王陛下そっくりに育っている。

「おなか、ちーた!」
「けーち、ちょーあい!」

 二歳になってお喋りも上手になっているディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下に、ユリアーナ殿下が姉らしく伝えている。

「テーブルをたたいてはいけません。お行儀が悪いですよ」
「おじょーじ?」
「わりゅい?」
「テーブルを叩かないいい子には、わたくしがケーキとサンドイッチを取ってきてあげましょう」
「ねぇね、ちょーあい!」
「てーぶゆ、たたかにゃい」

 ユリアーナ殿下に促されてテーブルを叩く手を止めたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下にユリアーナ殿下がケーキとサンドイッチをお皿に盛って持ってきてくれる。以前のように山盛りではなくて、見栄えがいいように盛っているのはユリアーナ殿下の成長なのかもしれない。
 ケーキとサンドイッチにかぶりついたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下はすっかりと大人しくなっていた。

「食べているときだけ大人しいのですよ。普段はやんちゃで困ります」
「ねぇね、あいがちょ」
「ねぇね、だいすち!」
「わたくしもディーデリヒとディートリンデが大好きですよ」

 ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下が産まれるまでは末っ子だったユリアーナ殿下もすっかりと姉の顔になっている。
 わたくしも六歳までは一人っ子だったが、クリスタという妹が増え、フランツが生まれ、マリアが生まれて長女になっていった。兄や姉というものは、最初からそうであるのではなくて、下に弟妹が生まれるとそうなるものなのだと知った瞬間だった。

 クリスタはハインリヒ殿下と、フランツはレーニ嬢と、マリアはオリヴァー殿と一緒に座って仲良くお茶をしている。この仲睦まじい様子を見れば、ユリアーナ殿下も婚約者が欲しいと思うのも仕方ないだろう。

 わたくしは結婚したので国王陛下と王妃殿下と両親と同じテーブルに着くことが許された。
 国王陛下と王妃殿下と両親には話があったのでちょうどよかった。

 まずは国王陛下にお礼を申し上げなければいけない。

「私の陳述書に基づいて海を隔てた国に書面を送ってくださったこと、本当に感謝しています」
「これで辺境伯領の交易船が襲われることも減り、軍隊が出動することも減るでしょう」
「辺境伯領の交易は我が国の大きな収入源となっている。海賊を使って交易路を独占しようとするならば、それを阻むのは私の仕事だ」

 他の国の交易船は海賊に襲わせて、自分の国の交易船だけが安全に交易路を使えるようにしたいというのが海を隔てた国の考えだった。わたくしは海を隔てた国に仕掛ける準備があった。

「海を隔てた国に交易を申し込むのです。辺境伯領の紫の布、コスチュームジュエリー、フィンガーブレスレットに扇に日傘。海を隔てた国が辺境伯領と交易するのならばそういう特産品を優先的に回すと約束するのです」
「そうすれば、海を隔てた国は辺境伯領を邪魔するのは国益にならないと判断するでしょうね」
「これからは辺境伯領は軍による戦いではなく、ファッションによる戦いで国を守っていくのです」

 海を隔てた国では辺境伯領の紫の布もコスチュームジュエリーもフィンガーブレスレットも扇も日傘も流行しているようなのだが、辺境伯領のものが今はほとんど手に入らなくて高値になっているという噂は聞いていた。それを正規の値段で手に入れられるとなれば、辺境伯領の交易を邪魔するようなことは止めるのではないだろうか。

「ファッションで戦う、か。エリザベート夫人らしいいい考えだと思う。辺境伯領は戦争時の最前線となるのではなく、ファッションの都となるのだな」
「そうなるといいと思っております」
「わたくしも、新しいフィンガーブレスレットとコスチュームジュエリーが欲しいと思っていたところです。陛下、注文してもいいですか?」
「もちろんだ、王妃よ。そなたにはいつも美しくあってほしい」

 王妃殿下から注文が入るとなれば、辺境伯領は王家にも認められたことになる。

 続いてわたくしはヴェールの話を口にした。

「結婚式のヴェールは花嫁を守るものと言われています。ディッペル家から王家に嫁ぐ可愛い妹にわたくしは辺境伯領からヴェールを送りたいと思っているのです」
「辺境伯領から、クリスタの結婚式にヴェールを送るのか」
「エリザベート夫人のヴェールはとても美しかったですね。辺境伯領の刺繍技術が高いのでしょう」
「どうか、皇太子妃となられるクリスタ嬢のヴェールを辺境伯領に任せてはいただけませんでしょうか?」

 エクムント様も頼んで、その言葉に国王陛下が厳かに頷く。

「素晴らしいものを用意してくれると期待しているよ」
「ドレスのデザインとも合わせねばなりませんね。ティアラのデザインとも。そのあたりは、ハインリヒとクリスタ嬢と話し合ってくださいね」

 国王陛下からも王妃殿下からも許可が下りた。
 これでクリスタの結婚式のヴェールは辺境伯領が作成することに決まった。

「クリスタ嬢は美しい金髪なので、金糸で刺繍を入れさせようと思っています」
「エリザベート夫人のヴェールは斬新だったな。裾に花びらが散っているようなデザインで」
「短いヴェールも新鮮でしたわ」
「クリスタのヴェールは長いクラシックなものを考えています」

 クリスタとハインリヒ殿下の結婚式の話をしていると、マリアのお誕生日のケーキが運ばれてくる。
 お誕生日のケーキは丁寧に美しく剥かれたピンク色の果肉のオレンジが組み合わさって薔薇の花のようになったタルトだった。

「国王陛下、王妃殿下、わたくしのためにありがとうございます」
「マリア、お誕生日おめでとう」
「マリア嬢も九歳になるのですね。おめでとうございます」

 国王陛下と王妃殿下に祝われてマリアは誇らしげにしている。
 ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下はタルトが食べたくてもがいていたが、ユリアーナ殿下に促されてマリアに言う。

「ディーデリヒ、ディートリンデ、マリア嬢におめでとうを言ってから食べるのですよ!」
「おめめと!」
「おめめとごじゃます!」
「ありがとうございます、ディーデリヒ殿下、ディートリンデ殿下」

 上手におめでとうが言えたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下はタルトに顔を突っ込むようにして食べていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...