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最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚
5.辺境伯領からファッションを
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カサンドラ様から貰ったスーツを執務中には着るようになってから、侍女たちの態度が変わってきたような気がする。それまでもわたくしに敬意を払ってくれていたのだが、給仕のときに指が触れると顔を赤らめたり、恥じらったりするようになったのだ。
髪型もカサンドラ様を真似て結い上げているが、それがカサンドラ様のように格好よく目に映っているのだろうか。
わたくしが気にしていると、軍の勉強の前にカサンドラ様が笑いながらマルレーンの新刊を渡してきた。マルレーンは無事に『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』を完結させて、新刊に手を付けているらしい。
表紙を見てみると、わたくしによく似ている。
フロックコート形式のスーツを着て、髪を結い上げて腰に剣を下げている黒髪の令嬢と、褐色肌の辺境伯の物語。
題名は『男装の令嬢は辺境伯に溺愛される』だった。
男子しか家を継げない国で、女性ばかりが生まれてついに生まれてきた末っ子を男子として育てることにした公爵と男子として育てられ、士官学校に通って軍人になった公爵令嬢。しかし、年の離れた弟が生まれたことから男装の公爵令嬢の運命は狂っていく。
女に戻れと言われて辺境伯と婚約させられて、反発し、自分は国王陛下のために命を懸けるのだと誓う公爵令嬢と、彼女を溺愛しその心を溶かしていく辺境伯の物語のようだ。
マルレーンは今はわたくしのそばにいないが、表紙の絵がわたくしとエクムント様に似ている気がしてならない。
「これはエリザベートに仕えていた侍女が書いたものなのだな」
「そうです。マルレーンは文章の才能があったようなのです」
「それにしても、似ているな」
「似ていますね……」
わたくしの元を離れても、どうにかして情報を手に入れてマルレーンはわたくしをモデルに書いているのではないかと思わずにはいられない。
この本をエクムント様に見せると苦笑していた。
「この表紙はエリザベートと私のようですね」
「今のわたくしたちを見たことがないはずなのに、どうして分かるのでしょう」
「カサンドラ様の働き方を考えてみれば、エリザベートがスーツを着て髪を結い上げて仕事をするであろうことは分かりますよね」
「そういえばそうですね」
マルレーンはわたくしだけでなくカサンドラ様もモデルにしていたのだ。
それがマルレーンの書き方ならば何も言えないが、わたくしが複雑な気分になってしまうのはどうしようもない。この世界も元々前世でわたくしが生きていた世界の中で書かれたロマンス小説の中なのだから、小説の中で小説を読んで微妙な気分になっているというのも不思議な話だ。
それにわたくしは前世の記憶がそれほど強くはない。わたくしはあくまでもエリザベート・ディッペルとしての意識が強いし、前世はそれについてきた、夢の中のできごとのようなものだった。
「もしもエクムント様とわたくしの生きるこの世界が物語だったらどうしますか?」
ふとエクムント様に聞いてみると、エクムント様の答えは明瞭だった。
「どうもしません。私はエリザベートと幸せに暮らすのみです」
そうなのだ。
物語の中に生まれ変わってしまったからと言ってわたくしができるのはこの世界で精一杯に生きることしかない。
「エリザベート、今日はカサンドラ様も夕食をご一緒するようです。夕食の時間がいつもより少し遅くなりますから、もう少し食べておくといいでしょう」
「いえ、わたくしはもうお腹いっぱいですわ。お茶の時間にそんなに食べないようにしておくと、食べなくても平気になりました」
午後のお茶の時間にエクムント様とマルレーンの新刊のことを話していたのだが、わたくしはサンドイッチを幾つか食べただけで十分に満たされていた。残ったサンドイッチやケーキは使用人たちにお下げ渡しになるのだが、最近はわたくしもエクムント様もケーキを食べないので、厨房もお茶の時間にケーキを出さなくなってきた。
サンドイッチと、時々スコーンとキッシュを食べるくらいで、わたくしはケーキを山盛り食べていた幼い日々を忘れかけていた。
お茶の時間が終わるとエクムント様とわたくしで執務室で執務を続ける。
毎日、朝食後に執務、昼食後に軍の勉強、お茶会の後には執務となっていて、わたくしはとても忙しかったが、充実した日々を送っていた。
執務室には国王陛下から陳述書の返事が届いていた。
「国王陛下が直々に書面を送って、海賊の件を海を隔てた国に突きつけ、今後このようなことがないように交渉するそうです」
「それでは、辺境伯領の海軍が出撃することも少なくなるのですね」
「そうなるといいですね。辺境伯領の海軍には傷付いてほしくないとエリザベートは思っているのでしょう?」
「はい。わたくしはできる限りひとが傷付いてほしくないと思うのです。特に海軍はわたくしの部下に当たりますからね」
国王陛下からの返事に喜んでいると、エクムント様が国王陛下にその旨をお願いする書類を書いて送っていた。
「海賊騒ぎがおさまったら海を隔てた国と交易をするのもいいかもしれません」
「辺境伯領のものを売るのですか、エクムント様?」
「辺境伯領の特産品の布やフィンガーブレスレット、コスチュームジュエリーは海を隔てた国でも有名になっているようです。ただ、今のような状況だと交易ができないので、海を隔てた国の民は手に入らずに、少しだけ手に入ったものを高値で取引しているのだとか」
海を隔てた国に潤沢に辺境伯領の特産品が売れるようになれば、交易路を塞ぐよりも辺境伯領と交易をした方が国の利益になると海を隔てた国も思ってくれるのではないだろうか。
こうして辺境伯領が戦いの場ではなく、ファッションの都になってほしい。
ファッションで周辺諸国との平和を築いてほしいとわたくしは強く思っていた。
夕食を共にしたカサンドラ様の話題も国王陛下のことだった。
「海賊騒ぎは国王陛下の直々の書面でおさまるかもしれない。そうなったら、ハインリヒ殿下の誕生日の式典のときに国王陛下に重々礼を言うように」
「はい、カサンドラ様」
「それにかんしては、そうしようと思っていました」
「海賊が落ち着きさえすれば、この領地は交易の場となる。エリザベートはこの地で作られたヴェールに加工をして結婚式に使ったのだったな?」
「はい、そうです、カサンドラ様」
「ヴェールは花嫁を守るもの。クリスタ嬢の姉として、辺境伯夫人として、エリザベート、クリスタ嬢のヴェールを辺境伯領で請け負ってはどうかな?」
皇太子妃となるクリスタの結婚式のときのヴェールを辺境伯領が請け負って作る。
それはとても名誉なことだった。
辺境伯領と中央の関係性をよりよくするためにも、ぜひ実現させたい。
「わたくし、ハインリヒ殿下とクリスタ、国王陛下と王妃殿下に相談してみます」
カサンドラ様の妙案にわたくしは力を込めて返事をしていた。
「エリザベートが申し出ればきっとクリスタ嬢は喜ぶことでしょうね」
「大切な妹の晴れの舞台のヴェールです。辺境伯領で特注したものをぜひ身に着けてほしいものです」
これは辺境伯夫人としての初めての交渉にもなる。
中央に辺境の印象を強めるとしたら、やはりファッションが一番だと思うのだ。
辺境伯領はこれまで戦いの歴史が続いてきたが、これからはファッションで名が知られるようになってほしい。辺境伯領のファッションを手に入れるために、他国が攻め入るのを躊躇うくらいになってほしい。
そうすれば辺境伯領はずっと平和でいられるのではないだろうか。
エクムント様が前線に出て、傷付くようなことは決してあってはならない。
エクムント様や辺境伯領の軍隊を守るためにも、わたくしはこれからは全く違う戦い方をしなければいけないのではないかと思っていた。
髪型もカサンドラ様を真似て結い上げているが、それがカサンドラ様のように格好よく目に映っているのだろうか。
わたくしが気にしていると、軍の勉強の前にカサンドラ様が笑いながらマルレーンの新刊を渡してきた。マルレーンは無事に『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』を完結させて、新刊に手を付けているらしい。
表紙を見てみると、わたくしによく似ている。
フロックコート形式のスーツを着て、髪を結い上げて腰に剣を下げている黒髪の令嬢と、褐色肌の辺境伯の物語。
題名は『男装の令嬢は辺境伯に溺愛される』だった。
男子しか家を継げない国で、女性ばかりが生まれてついに生まれてきた末っ子を男子として育てることにした公爵と男子として育てられ、士官学校に通って軍人になった公爵令嬢。しかし、年の離れた弟が生まれたことから男装の公爵令嬢の運命は狂っていく。
女に戻れと言われて辺境伯と婚約させられて、反発し、自分は国王陛下のために命を懸けるのだと誓う公爵令嬢と、彼女を溺愛しその心を溶かしていく辺境伯の物語のようだ。
マルレーンは今はわたくしのそばにいないが、表紙の絵がわたくしとエクムント様に似ている気がしてならない。
「これはエリザベートに仕えていた侍女が書いたものなのだな」
「そうです。マルレーンは文章の才能があったようなのです」
「それにしても、似ているな」
「似ていますね……」
わたくしの元を離れても、どうにかして情報を手に入れてマルレーンはわたくしをモデルに書いているのではないかと思わずにはいられない。
この本をエクムント様に見せると苦笑していた。
「この表紙はエリザベートと私のようですね」
「今のわたくしたちを見たことがないはずなのに、どうして分かるのでしょう」
「カサンドラ様の働き方を考えてみれば、エリザベートがスーツを着て髪を結い上げて仕事をするであろうことは分かりますよね」
「そういえばそうですね」
マルレーンはわたくしだけでなくカサンドラ様もモデルにしていたのだ。
それがマルレーンの書き方ならば何も言えないが、わたくしが複雑な気分になってしまうのはどうしようもない。この世界も元々前世でわたくしが生きていた世界の中で書かれたロマンス小説の中なのだから、小説の中で小説を読んで微妙な気分になっているというのも不思議な話だ。
それにわたくしは前世の記憶がそれほど強くはない。わたくしはあくまでもエリザベート・ディッペルとしての意識が強いし、前世はそれについてきた、夢の中のできごとのようなものだった。
「もしもエクムント様とわたくしの生きるこの世界が物語だったらどうしますか?」
ふとエクムント様に聞いてみると、エクムント様の答えは明瞭だった。
「どうもしません。私はエリザベートと幸せに暮らすのみです」
そうなのだ。
物語の中に生まれ変わってしまったからと言ってわたくしができるのはこの世界で精一杯に生きることしかない。
「エリザベート、今日はカサンドラ様も夕食をご一緒するようです。夕食の時間がいつもより少し遅くなりますから、もう少し食べておくといいでしょう」
「いえ、わたくしはもうお腹いっぱいですわ。お茶の時間にそんなに食べないようにしておくと、食べなくても平気になりました」
午後のお茶の時間にエクムント様とマルレーンの新刊のことを話していたのだが、わたくしはサンドイッチを幾つか食べただけで十分に満たされていた。残ったサンドイッチやケーキは使用人たちにお下げ渡しになるのだが、最近はわたくしもエクムント様もケーキを食べないので、厨房もお茶の時間にケーキを出さなくなってきた。
サンドイッチと、時々スコーンとキッシュを食べるくらいで、わたくしはケーキを山盛り食べていた幼い日々を忘れかけていた。
お茶の時間が終わるとエクムント様とわたくしで執務室で執務を続ける。
毎日、朝食後に執務、昼食後に軍の勉強、お茶会の後には執務となっていて、わたくしはとても忙しかったが、充実した日々を送っていた。
執務室には国王陛下から陳述書の返事が届いていた。
「国王陛下が直々に書面を送って、海賊の件を海を隔てた国に突きつけ、今後このようなことがないように交渉するそうです」
「それでは、辺境伯領の海軍が出撃することも少なくなるのですね」
「そうなるといいですね。辺境伯領の海軍には傷付いてほしくないとエリザベートは思っているのでしょう?」
「はい。わたくしはできる限りひとが傷付いてほしくないと思うのです。特に海軍はわたくしの部下に当たりますからね」
国王陛下からの返事に喜んでいると、エクムント様が国王陛下にその旨をお願いする書類を書いて送っていた。
「海賊騒ぎがおさまったら海を隔てた国と交易をするのもいいかもしれません」
「辺境伯領のものを売るのですか、エクムント様?」
「辺境伯領の特産品の布やフィンガーブレスレット、コスチュームジュエリーは海を隔てた国でも有名になっているようです。ただ、今のような状況だと交易ができないので、海を隔てた国の民は手に入らずに、少しだけ手に入ったものを高値で取引しているのだとか」
海を隔てた国に潤沢に辺境伯領の特産品が売れるようになれば、交易路を塞ぐよりも辺境伯領と交易をした方が国の利益になると海を隔てた国も思ってくれるのではないだろうか。
こうして辺境伯領が戦いの場ではなく、ファッションの都になってほしい。
ファッションで周辺諸国との平和を築いてほしいとわたくしは強く思っていた。
夕食を共にしたカサンドラ様の話題も国王陛下のことだった。
「海賊騒ぎは国王陛下の直々の書面でおさまるかもしれない。そうなったら、ハインリヒ殿下の誕生日の式典のときに国王陛下に重々礼を言うように」
「はい、カサンドラ様」
「それにかんしては、そうしようと思っていました」
「海賊が落ち着きさえすれば、この領地は交易の場となる。エリザベートはこの地で作られたヴェールに加工をして結婚式に使ったのだったな?」
「はい、そうです、カサンドラ様」
「ヴェールは花嫁を守るもの。クリスタ嬢の姉として、辺境伯夫人として、エリザベート、クリスタ嬢のヴェールを辺境伯領で請け負ってはどうかな?」
皇太子妃となるクリスタの結婚式のときのヴェールを辺境伯領が請け負って作る。
それはとても名誉なことだった。
辺境伯領と中央の関係性をよりよくするためにも、ぜひ実現させたい。
「わたくし、ハインリヒ殿下とクリスタ、国王陛下と王妃殿下に相談してみます」
カサンドラ様の妙案にわたくしは力を込めて返事をしていた。
「エリザベートが申し出ればきっとクリスタ嬢は喜ぶことでしょうね」
「大切な妹の晴れの舞台のヴェールです。辺境伯領で特注したものをぜひ身に着けてほしいものです」
これは辺境伯夫人としての初めての交渉にもなる。
中央に辺境の印象を強めるとしたら、やはりファッションが一番だと思うのだ。
辺境伯領はこれまで戦いの歴史が続いてきたが、これからはファッションで名が知られるようになってほしい。辺境伯領のファッションを手に入れるために、他国が攻め入るのを躊躇うくらいになってほしい。
そうすれば辺境伯領はずっと平和でいられるのではないだろうか。
エクムント様が前線に出て、傷付くようなことは決してあってはならない。
エクムント様や辺境伯領の軍隊を守るためにも、わたくしはこれからは全く違う戦い方をしなければいけないのではないかと思っていた。
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