エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

48.結婚式後のお見送り

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 眠っているといい香りがする。その香りがわたくしを包み込んで、優しく抱き締める。
 わたくしは香りに誘われるようにそちらの方向に顔を擦り付けていた。

 目が覚めるとエクムント様の腕の中だった。
 しっかりとした腕がわたくしを抱き締め、わたくしは胸にしっかりとおさまっている。この胸に顔を擦り付けてしまったのではないかと慌てるが、腕に囚われて動くことができない。
 じたばたともがいているとエクムント様が目を覚ました。

「おはようございます、エリザベート」
「おはようございます、エクムント様」
「『エクムント様』ではなく、『エクムント』と呼んでほしいですね。今は二人きりなのですから」
「え、エクムント……」

 勇気を出して呼んでみたが恥ずかしくて声が蚊の鳴くような細いものになってしまった。
 耳まで真っ赤になっているわたくしの頬に手を添えるエクムント様に、わたくしは慌ててしまう。

「だ、ダメです、エクムント!」
「どうしてですか? 私たちは夫婦になったのではないですか?」
「洗面をして、歯磨きをしてから!」

 寝起きの顔を見られるのも恥ずかしいし、キスなんてとんでもない。エクムント様の顔を押さえて必死に主張すると、不承不承エクムント様はわたくしを開放してくれた。
 洗面をして、歯磨きもして、軽くお化粧もして着替えて戻ってくると、エクムント様も着替えている。結婚式は終わったのでシャツとスラックスのラフな格好だ。わたくしもワンピースと日よけのカーディガンというラフな格好だった。

 エクムント様も洗面と歯磨きを終えて改めてわたくしの前に立った。
 頬に手を添えられて、わたくしは目を伏せる。

 エクムント様の柔らかくて乾いた唇がわたくしの唇に重なった。
 唇にキスをされている。
 うっとりとしていると、エクムント様がわたくしの手を取る。

「早起きをしたので朝の散歩に行きますか?」
「筋トレやランニングはいいのですか?」
「今日はやめておきます」

 結婚式が開けた初日、エクムント様とわたくしは朝のお散歩に庭に出ていた。
 庭に出るとクリスタとフランツとマリアとレーニ嬢とデニス殿とゲオルグ殿とハインリヒ殿下とユリアーナ殿下がお散歩していた。

 そうだった。結婚式の晩餐会は遅くなったので、中央から来た貴族たちは泊って行ったのだ。

 すっかり結婚式が終わって気が抜けていたが、まだお見送りがあることを思い出してわたくしは気合を入れ直した。

「お姉様、エクムント様、おはようございます!」
「いいお天気になりましたね、エリザベートお姉様」

 クリスタとマリアがわたくしとエクムント様に声を掛けてくれる。

「おはようございます、クリスタ、マリア、フランツ、レーニ嬢、デニス殿、ゲオルグ殿、ハインリヒ殿下、ユリアーナ殿下」
「わたくしたち、冬に向けて雪合戦の作戦会議を開いていたところです」
「ユリアーナは気が早いんだから。まだ春なのに」
「しっかりと連携を取らねば勝てないことを男の子チームにも知ってほしかったのです」

 ユリアーナ殿下とフランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿は冬の雪合戦に向けて作戦会議をしていたようだ。よく見れば子どもたちが集まっていた辺りに小枝が落ちていて、地面に枝で作戦を書いている跡がある。

「本当ならばエクムント様に策を授けてほしいのですが、それはずるいですからね!」
「私の策でいいのですか?」
「う……とても教えてほしいのですが、我慢します」

 勝ちに拘るユリアーナ殿下とマリアはエクムント様の策を欲しがっているようだが、必死に我慢していた。

 朝食はわたくしとエクムント様とカサンドラ様は食堂で食べた。
 カサンドラ様は昨日飲みすぎたようでエクムント様に謝っていた。

「昨日は下世話なことを聞いてしまった気がする。夫婦間の問題なのに悪かった」
「酔っていらしたのでしょう。あまり深酒はなさらないことですね」
「気を付ける」

 朝食を食べていると、エクムント様がわたくしに提案する。

「エリザベートのウエディングドレス姿はとても美しかったです。見送りのときにもウエディングドレスを着ませんか?」
「もう一生でウエディングドレスを着る機会なんてないですものね。着させていただきますわ」
「見送りが終わったら、ウエディングドレスとタキシードで写真を撮りましょう。撮影班を呼んでおきます」
「そうでした。わたくし、写真を撮りたかったのですわ!」

 わたくしが何気なく言った言葉もエクムント様は覚えていて、写真班を準備させてくださるようだった。

 朝食を終えるとウエディングドレスに着替えてお客様を見送る。
 中央から来て泊っていたのは、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下、ディッペル家の家族、リリエンタール家の一家、キルヒマン家の一家だけだった。
 ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下に王家の馬車が用意される。

「王宮での結婚式から辺境伯領での結婚式まで、お越しくださってありがとうございました」
「エリザベート嬢とエクムント殿の結婚式を見届けられてよかったです」
「お父様とお母様にも昨日のことはお話しますわ」
「ありがとうございました、ハインリヒ殿下、ユリアーナ殿下」

 王家の馬車を見送ると、ディッペル家の馬車がやってくる。
 わたくしは両親とクリスタとフランツとマリアに順番に抱き締められた。

「エリザベート、どうか幸せに」
「これでお別れというわけではないのに、涙が出てきますね」
「お姉様、辺境伯領で領主としてしっかり頑張ってください」
「エリザベートお姉様、私のお誕生日にはディッペル家に来てくださいね」
「エリザベートお姉様、辺境伯領でもお幸せに」

 馬車に乗り込む両親とクリスタとフランツとマリアを見ていると、マルレーンがわたくしに頭を下げている。

「わたくしはディッペル公爵領まで奥様や旦那様とご一緒して、そこでディッペル家を辞めて、王都に参ります」
「マルレーンの活躍も楽しみにしています」
「エリザベート様のお世話をできたのがわたくしの誇りです。その誇りを胸に、作家としても頑張っていきます」

 マルレーンも見送って、続いてリリエンタール家の馬車が来る。

「エリザベート嬢、本当にお幸せそうで輝いていますわ」
「ありがとうございます、レーニ嬢」
「住む場所は離れてしまいますが、わたくしたちの友情は永遠です」
「はい、もちろんです」

 レーニ嬢ともハグをしてわたくしは別れを惜しんだ。
 レーニ嬢とデニス殿とゲオルグ殿とご両親が馬車に乗る。

 続いてキルヒマン家の馬車がやってくる。

「エクムント、幸せになるんだよ」
「エリザベート様を幸せにするのですよ」
「はい、父上、母上」
「エクムント叔父様、またキルヒマン家にも来てくださいね」
「ガブリエラは学園で頑張るんだよ」
「はい、エクムント叔父様」

 キルヒマン家のお義父様とお義母様がエクムント様の手を握って涙をこらえている。ガブリエラ嬢も元気にエクムント様に挨拶をしていた。
 キルヒマン家の馬車を見送ると、わたくしとエクムント様は辺境伯家のお屋敷に戻った。
 お屋敷の玄関ホールで撮影班が待っている。

 わたくしはお化粧と身だしなみを確認して、エクムント様も身だしなみを整えて、撮影班に写真を撮ってもらう。
 写真を撮るのには数分かかるが、その間くらいじっとしておくのは苦痛ではなかった。
 現像してもらって、額に入れて手渡されると、鏡写しになった白黒のわたくしとエクムント様が結婚衣装で写っていてそのことに感動する。

「一生の宝物にします」
「私とエリザベートの思い出ですね」
「はい、大事な思い出です」
「これからも一緒に色んなことをして思い出を増やしていきましょう。エリザベート、愛しています」
「わたくしもエクムント様のことをお慕いしています」

 抱き締められてわたくしはエクムント様の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
 同じボディソープ、同じシャンプーを使っているはずなのに、エクムント様はとてもいい香りがした。
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