エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

42.卒業式とプロム

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 卒業論文の発表が終わると卒業が近付いてくる。
 卒業前の最後の試験は、わたくしとハインリヒ殿下が同点で首席、オリヴァー殿とミリヤム嬢が五位以内だった。五年生の首席はクリスタとレーニ嬢が同点だった。四年生の首席はリーゼロッテ嬢だった。
 卒業式には両親とフランツとマリアの他に、エクムント様も来てくださることになっていた。
 卒業式の後にあるプロムに参加するためだ。
 保護者席にディッペル家の家族に交じってエクムント様がいるのを見ると、わたくしはそちらの方に行きたいような誘惑にかられる。わたくしは卒業生なのでぐっと我慢した。
 卒業生代表の挨拶は、ハインリヒ殿下がするかと思われたが、頼まれたのはミリヤム嬢だった。

「ミリヤム・アレンス子爵令嬢、あなたは一年生のときには成績も振るわず、子爵家から学園に来たということで苦労していました。そんなあなたが、上位五位以内に入るようになり、卒業論文は素晴らしいものを書きましたね。ミリヤム・アレンス子爵令嬢、あなたに卒業生代表の挨拶を依頼したいのです」

 お願いされて一番驚いていたのはミリヤム嬢だった。

「わたくしでよろしいのですか?」
「女性の社会進出を書いたあなたの論文。その論文の内容に合わせると、身分の低い貴族ももっと学園に入学して勉強をするように広まって行けばいいと思います。その第一人者として、あなたを私たちは選びました」
「光栄です。お受けいたします」

 成績が首席だった皇太子のハインリヒ殿下でも、公爵家のわたくしでもなく、子爵家のミリヤム嬢が卒業の挨拶をするようにお願いされるというのは、学園は平等なのだという建前に添っている気がする。
 ミリヤム嬢は卒業生の挨拶を考え始めた。

 卒業式で卒業生の挨拶でミリヤム・アレンスの名前が呼ばれる。

 壇上に上がったミリヤム嬢は輝いていた。

「学園に入学してわたくしはたくさんのことを学びました。光栄なことにノエル殿下のお茶会にも招かれて、他の寮の同級生とも親しくさせていただきました。この国では女性の社会進出が進んでいるとはとても言えません。その中でわたくしという一人の女性が学園で学び、学園を卒業して職に就くのは、大きな一歩と言えるでしょう。六年間、この学園で学べたことを誇りに、新しい場所へと向かっていこうと思います。本当にありがとうございました」

 凛と顔を上げたミリヤム嬢に拍手が巻き起こる。
 ミリヤム嬢を苛めていた女子生徒たちはもういない。一年生のときに苛められていたミリヤム嬢は、今や卒業の挨拶を任されるまでに成長して認められていた。
 わたくしも惜しみのない拍手をミリヤム嬢に送った。

 卒業式の後はプロムがある。
 両親に連れられてきていたマリアはわたくしとクリスタの部屋で着替えをしている。オリヴァー殿がプロムのパートナーとして誘ってくださっているのだ。
 年は離れているが、オリヴァー殿はマリアをしっかりと自分の婚約者だと尊重してくれている。

 わたくしもドレスに着替えて、マリアの手を引いて寮の玄関を出た。そこにはエクムント様とオリヴァー殿がわたくしとマリアを迎えに来てくださっている。
 着替えをしたクリスタが出てくると、ハインリヒ殿下が迎えに来ていた。
 レーニ嬢には着替えたフランツが迎えに来ていた。

 体育館に移動して、ダンスとお喋りを楽しむ。
 プロムはこれからわたくしたちが経験する舞踏会の練習のようなものだから、会場には靴で上がれるようにシートが敷いてあって、会場の端には休むための椅子も用意してあって、給仕たちが飲み物も運んでいる。

 去年はシートのつなぎ目に靴の踵を引っかけて足を捻ってしまったが、今年はそんなことがないように気を付けようと思っていた。
 学園最後の日、エクムント様と最高の思い出を作りたい。
 卒業式が終わって、在校生も春休みに入ったら、わたくしはエクムント様と結婚するのだ。
 これは独身最後のダンスになるかもしれない。

「エクムント様、踊りましょう」
「エリザベート嬢、無理をなさらないように」
「今年は気を付けますわ」

 去年のことを覚えているエクムント様にわたくしは頷いて手に手を重ねる。
 エクムント様にリードされて踊るのは楽しい。
 息が上がって頬が上気するのを感じていると、曲が終わった。
 エクムント様の手がわたくしを踊りの輪から外に出す。

「冷たい葡萄ジュースでも飲みますか?」
「はい。エクムント様はシャンパンですか?」
「いや、この会場には葡萄ジュースしかないのではないでしょうか」

 卒業生である六年生と、その下の五年生が主流で、五年生はまだ成人していないので間違いがあってはいけないと会場の飲み物は全部アルコールの入っていないものとなっているようだ。

「葡萄ジュースで平気ですか?」
「私は水をもらいます」

 甘い葡萄ジュースはそれほど好みではなかったようでエクムント様は水をもらって飲んでいる。わたくしは冷えた葡萄ジュースを飲んだ。葡萄ジュースの甘酸っぱさと冷たさが喉を通って行くのが心地よい。

 ハインリヒ殿下とクリスタ、オリヴァー殿とマリア、フランツとレーニ嬢も踊っている。
 マリアとフランツは小さいので跳ねるようにして踊っているが、それもまた可愛い。
 微笑んで見ていると、エクムント様がわたくしの手を取る。

「エリザベート嬢と結婚するまで残り数日となりましたね」
「はい。もう少しです」
「王都での結婚式と、辺境伯領での結婚式があります。きっとエリザベート嬢は疲れ切ってしまうと思います」

 そうなのだ。
 わたくしは二回の結婚式に出席しなければならない。
 結婚式は二日続けて行われるのだ。
 王都での結婚式の後に辺境伯領に移動して、翌日に辺境伯領での結婚式を行う。
 衣装もヴェールも靴も同じなのだが、一度だけでも緊張して疲れる結婚式を二度も行うとなると、かなりの疲労がたまってしまうだろう。

「体力はつけてきたはずです」
「疲れて体調が悪くなったらすぐに教えてくださいね」
「ありがとうございます! そんなことがないように気を付けます」

 花嫁が結婚式の最中に疲れて体調を崩すなどあっていいはずがない。
 前日からしっかりと休んで備えておかなければいけないとわたくしは決意していた。

「エリザベート嬢を辺境伯家にお迎えするのが待ちきれません」
「わたくしもずっと待っていました」

 エクムント様と婚約してから十年、わたくしはエクムント様の花嫁になる日を夢見てきた。
 手を取り合ってエクムント様の金色の目を見詰めていると、こつんと額を合わせられる。

「え、エクムント様!?」
「ダンスの曲が変わりました。誰も見ていません」
「あ、あの」

 もしかしてキスだろうか!?
 プロムの会場でダンスの輪の中にいるひとたちはわたくしとエクムント様など見ていないだろうし、それぞれに自分のパートナーしか見ていないだろうから、そんなに視線は感じないのだが、こんなところでキスをしてしまっていいのだろうか。
 恐る恐る目を瞑ると、エクムント様がそっと離れて行った。

 キスではなかったようだ。

 と、安心させたところでエクムント様がわたくしの手を取って、手の甲に口付ける。

 そっちでしたか!?

 顔が熱くなるのを感じながらエクムント様を見詰めていると、熱っぽい金色の目で見つめ返される。

「もうすぐエリザベート嬢が私のものになる。エリザベート嬢、本当に美しく立派に育ってくださいました」
「う、美しいだなんて。エクムント様こそ、変わらずに格好いいですわ」
「エリザベート嬢にそう言われるために努力はしてきました」

 そうだった。
 エクムント様は体を鍛えているのだ。ランニングをしたり筋トレをしたりしているという。わたくしも結婚して辺境伯領に行ったらエクムント様と共にランニングや筋トレをしたいと思っている。
 カサンドラ様がどんなことを教えてくださるのかよく分かっていないが、訓練もあるだろうから、それに耐えられる体は作っておきたい。

「エリザベート嬢、もう一度踊りますか?」
「はい、エクムント様」

 手を差し伸べられて、わたくしは再びダンスの輪に入って行った。
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