エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

41.卒業論文発表会

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 国王陛下の生誕の式典も終わって、学園に戻ると卒業論文の発表が待っていた。
 卒業論文はしっかりと資料も揃えて書き上げている。
 ハインリヒ殿下はオルヒデー帝国の王家の歴史、オリヴァー殿は辺境伯領の特産品の研究、ミリヤム嬢は女性の社会進出に関して論文を書いていた。
 先に見せてもらったが、ハインリヒ殿下の卒業論文も、オリヴァー殿の卒業論文も、ミリヤム嬢の卒業論文もそれぞれに素晴らしかった。
 卒業論文は一人ずつ呼ばれて、指定の教室に入って専門の先生たちに発表を聞いてもらって評価を付けてもらう。
 卒業論文は評価が付けられるが、点数ではなく、『優』『良』『可』『不可』で、ハインリヒ殿下もオリヴァー殿もミリヤム嬢も『優』をもらっていた。
 わたくしの発表の番がくる。
 辺境伯領の歴史と今後の課題を述べる。
 歴史は辺境伯家の書庫から資料や学園の図書館の資料や、ディッペル家の書庫の資料で調べたものを纏めている。
 その中にわたくしの名前が出てくると少し恥ずかしい。

「ディッペル家のエリザベート・ディッペルが長年辺境伯領の海軍や交易船を悩ませていた壊血病の予防策を発見しました」

 その一行しか書いていないのだが、自ら口に出すと恥ずかしさが勝ってしまう。
 その他にもフィンガーブレスレットのことやネイルアートのこともあったがそれは女性の社会進出を推進したというだけでわたくしの名前は特に出さなかった。

 最後に辺境伯領の今後の課題を述べる。

「辺境伯領は今はフィンガーブレスレットやネイルアートの技術者を育てることと、本来あった葡萄酒の広まりと特産品の紫色の布の生産で栄えています。ただ、海軍や交易には男性ばかりが駆り出されて、女性は家庭を守るものとして、まだまだ女性の社会進出が進んでいないのが現状です。これからはもっと女性の社会進出を考えていけたらよいのではないでしょうか」

 そこで言葉を切り、資料のページをめくる。

「これまでの論文を読んでくださったら分かると思いますが、戦争になると辺境伯領は一番に狙われます。交易船も常に海賊に狙われています。辺境伯領の豊かさは平和の上にしか築かれません。周辺諸国との外交による平和を保つことも辺境伯領の発展に繋がっていくでしょう」

 発表は時間ぴったりに終わった。
 ほっとして席に着いたわたくしだが、司会進行役が「質問はありませんか?」と揃っている先生たちに聞いている。
 一人の先生の手が上がった。

「よく纏まっていて素晴らしい論文でした。コスチュームジュエリーやフィンガーブレスレット、ネイルアートにももっと触れていたら更にいい論文になったでしょう。その部分を最小限に抑えたのは理由があってのことですか?」
「わ、わたくしが関わっていることを客観的に書けるとは思わなかったので、軽く触れるだけにしました」
「そういえば全部エリザベート・ディッペル公爵令嬢の関わっていることでしたね」
「卒業論文の場は、わたくしの功績を述べる場ではありません。あくまでもわたくしの卒業論文のテーマは辺境伯領の歴史とそれを踏まえて今後の課題、でした。わたくしは論文の趣旨を曲げずに述べただけです」
「分かりました。回答ありがとうございました」

 どんな恐ろしい質問が来るかと怯えていたが、普通に終わったようだ。
 ほっとしてわたくしは胸を撫で下ろした。

 わたくしの論文の評価も『優』だった。
 最高の評価がもらえたことを喜びつつ、発表が終わった後のお茶会でハインリヒ殿下とオリヴァー殿とミリヤム嬢に話を聞く。

「私の論文はこれまでの国の変遷を示すようなものでした。王族の歴史はこれだけ国の歴史を表すのだと調べていて私も驚きました」
「ハインリヒ殿下は最後の質問で何を聞かれましたか?」
「国の歴史と王族の歴史を重ね合わせて、私の考えることを聞かれました。それは論文の最後にも書いていたので、それを読むだけで終わりました」
「お疲れさまでした」

 ハインリヒ殿下が話し終わると、視線がオリヴァー殿に向く。

「私は辺境伯領の葡萄酒造り、特産品の布の製造、フィンガーブレスレットの製造などの研究をしました。葡萄酒と特産品の布には長い歴史があって、製法も工夫されて今の形になったことが分かりましたし、フィンガーブレスレットはこれから伸びていく産業として紹介しました」
「特産品の布の工房にはわたくしもお邪魔しましたわ。リラベリーという特別な実から取れる染料で、何段階にも濃さを変えて染め分けていましたね」
「そうなのです。その製法が確立したのがおよそ百年前で、それまでは様々な製法を試行錯誤していたのです」

 オリヴァー殿の話を聞けば、辺境伯領の特産品のことがよく分かる。
 続いてはミリヤム嬢に視線が向いた。

「わたくしは、女性の社会進出について論文を書きました。この国は長子相続で男性も女性も関係なく領主になりますが、平民にはそれは関係のないこと。また、身分の低い貧しい貴族の中でも、男性は領主の補佐として家に残されるけれど、女性は家を出されることが多く、男女が平等とはとても言えません。女性の扱いはまだまだ男性よりも低いのです」
「女性の社会進出についてどのような職があるとミリヤム嬢は思われますか?」
「高貴な貴族にお仕えするのもありますし、文学的な面では女性はまだまだ認められていませんが、女流文学が出てきてもいいのではないかと思っています」
「女流文学! ノエル殿下の詩のように、ですか?」
「ノエル殿下はわたくしが尊敬する方です。わたくし、実は卒業したらノエル殿下の元で働かないかと誘われているのです」

 ひっそりと告げたミリヤム嬢は嬉しそうだった。
 ノエル殿下は今妊娠されているから、子どもが生まれたらミリヤム嬢は乳母になるのではないだろうか。乳母は子どもの教育を担う、一番大事な仕事である。長子の乳母ともなると、家を継ぐ立場の子どもを育てることになるので責任重大だ。

 全員に話を聞き終わって内容を頭の中で纏めていると、クリスタがわたくしに聞いてきた。

「お姉様はどうだったのですか?」
「わたくしは辺境伯領の歴史と今後の課題について述べました」
「壊血病の予防策から、コスチュームジュエリーの名称、フィンガーブレスレットの発案、ネイルアートの原案、お姉様が論文の中で大活躍したのではないですか?」
「わたくしは自分の功績を書くために論文を書いたのではありません。自分のことは最小限にしました」
「なんてもったいない。お姉様は素晴らしいことを成し遂げたのに」
「わたくしの功績を讃える会ではなくて、卒業論文の発表会ですからね!」

 呆れながらクリスタに言うと、少し不満そうだった。
 果物の香りの付いた紅茶を飲みながらクリスタがミリヤム嬢に問いかける。

「ミリヤム嬢は読みましたか、今有名な『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』を」
「読みました。最新刊を読んで続きが気になっています」
「わたくし、あの作者は女性ではないかと思うのです。繊細なエリーの心情が細かく書かれていて、とても共感できるのです」
「女流作家でしょうか」
「そうだといいと思います」

 『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』についてはわたくしはあまりしっかりと読んでいないが、クリスタだけでなくミリヤム嬢もそのファンだった。
 本当にあの小説は売れているのだと実感する。

「実は、わたくしもあの小説を読んでおりまして」
「リーゼロッテ嬢も!? 素敵ですよね」
「はい。主人公エリーの恋心が伝わってきます」

 リーゼロッテ嬢もだった。
 この感じでは貴族の中でもっと広まっていそうな気がする。
 わたくしはあの小説が自分がモデルではないかと思っているので入り込めないだけで、そうでなければ胸をときめかせて読めたのだろうかと考えたが、あまり想像できなかった。
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