エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

39.共同統治の許可

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 国王陛下の生誕の式典のお茶会の席では、国王陛下がわたくしとエクムント様を大広間の前に呼んだ。貴族たちの前に立ったわたくしとエクムント様に国王陛下が問いかける。

「エクムント・ヒンケル、そなたは婚約者のエリザベート・ディッペルと結婚の後、辺境伯領をエリザベートと共同統治したいと私に申し出た。その気持ちに変わりはないか」
「変わりはありません、国王陛下」
「では、エクムントとエリザベートは共に辺境伯領の領主となるということで、結婚式では結婚後の書類と共に共同統治の書類にもサインをするように」
「お許しくださるのですね」
「辺境の地が中央に生まれたキルヒマン家のエクムントと、ディッペル家に生まれた王族の血を引くエリザベートの共同統治となることは、私はとても素晴らしいと思っている」
「ありがとうございます、国王陛下」

 これでエクムント様とわたくしは結婚後辺境伯領を共同統治することが決まった。

「エリザベートは軍についても学んでいるのか?」
「辺境伯領に嫁いだ後に、カサンドラ様から直々に習うことになっております」
「それならば安心だな。エクムント、エリザベート、二人で共に辺境伯領を治めるように」

 国王陛下の許可をいただいたのは心強いことだった。
 わたくしは感謝を込めて深く頭を下げ、エクムント様も膝を折って頭を下げていた。

 お茶会にはクリスタがフランツとマリアを呼んできて、ハインリヒ殿下がユリアーナ殿下を呼んできて、レーニ嬢がデニス殿とゲオルグ殿を呼んできて、オリヴァー殿がナターリエ嬢を呼んできていた。
 子どもたちが参加するとお茶会の場は賑やかになる。

「レーニ嬢、エリザベートお姉様とエクムント様の共同統治とはどういうことですか?」
「エクムント様もエリザベート嬢も領主として共に辺境伯領を治めるのです」
「エリザベートお姉様も領主になるのですか!?」
「そうなのですよ」

 フランツの問いかけにレーニ嬢が丁寧に教えている。
 マリアもよく分かっていなかった様子だが、レーニ嬢の話を聞いて銀色の光沢のある黒い目を瞬かせていた。

「エリザベートお姉様が辺境伯領の領主になるのですね」
「そのようですね。エリザベート様は学園でも辺境伯領のことをよく学ばれて、フィンガーブレスレットやネイルアート、幼い日には壊血病の予防策まで考えられました。辺境伯領への貢献を考えれば、当然のことともいえます」
「わたくしはそんなお姉様を誇りに思いますわ」

 オリヴァー殿が手放しにわたくしを褒めるので、わたくしは恥ずかしくなってしまう。辺境伯領の歴史を調べた卒業論文でも、自分のことはできるだけ省いて書いているのだが、エクムント様ももっとわたくしがしたことを誇りに思うように言われていた。
 そう言われても、自分のことを卒業論文で長々と述べるだなんて恥ずかしいのでわたくしはどうしてもできなかった。

「エリザベート様の貢献も素晴らしいですが、マリア様はシュタール家を助けてくださいました。わたくしはそのことをとても感謝しているのです」
「ナターリエ嬢」
「わたくしはお母様の命と引き換えに生まれてきました。わたくしの養育に忙しかったせいでお兄様は婚約者を決めることもできず、お父様はいつも悲しそうな顔をしていました。マリア様とお兄様が婚約してから、お父様はお兄様にシュタール家の当主を譲ることができて、安心していると思います」
「わたくしがシュタール家のお役に立てていれば嬉しいですわ」
「わたくし、マリア様のことが本当に大好きなのです」

 マリアとナターリエ嬢は友情を育んでいるようだ。
 ナターリエ嬢の隣りにはゲオルグ殿が座っているが、ゲオルグ殿は年上のナターリエ嬢を慕っているようだった。

 わたくしとエクムント様はミルクティーを飲んで体を温めつつ、サンドイッチを食べる。エクムント様に合わせていたらわたくしはそれほどケーキを食べなくても我慢できるようになっていた。

「カサンドラ様は体術も教えてくださるのでしょうか」
「多少は教えると思います。そういうことは苦手ではなかったのですか?」

 あまり荒っぽいことは苦手なのは確かだが、辺境伯領の領主となって、軍を率いていく身になるとある程度は学ばねばならないことは分かっていた。わたくしは苦手であろうともそれを少しでも克服しようと努力することを決めていた。
 せっかくエクムント様が共同統治を申し出てくださったのだ。エクムント様の期待に応えたい。

「荒っぽいことは苦手ですが、辺境伯領の領主になるのですから、苦手も克服していかねばならないと思っております」
「立派です、エリザベート嬢」
「わたくしに軍を指揮することはできないかもしれませんが、エクムント様が軍を指揮するときにその意味を知っておくくらいのことはできるようになりたいのです」

 わたくしの言葉にエクムント様は深く頷いておられた。

 エクムント様に手を取られてわたくしは踊りの輪に入る。
 わたくしがドレスを揺らすと周囲からため息が聞こえるような気がする。

「ディッペル家のエリザベート様、結婚を前にますます美しくなられて」
「エクムント様も大人の色香が漂ってきて素敵です」
「お二人のお似合いなこと」
「辺境伯領を共同統治されるそうですよ」
「美しいだけでなくて、能力もおありなのですね」

 原作では悪役だったわたくしが、エクムント様と共に羨望の眼差しで見られている。そのことにわたくしは驚いていた。
 わたくしの運命は変わったと言えども、世界自体が変化したような気分になってくる。
 吊り目で意地悪な雰囲気だった原作の挿絵のわたくしと、鏡で見るわたくしは似ているような気がするが、目元はそれほど鋭くなく、顔だちも客観的に見たら美しいのではないかと思ってしまう。

 わたくしは原作を変えただけでなくて、わたくし自身も変えてしまったのではないだろうか。

 ひとは生き方によって顔だちもスタイルも全く違ってくるという。生き方が表情や顔だちにも出てくるのだ。
 そう考えると、わたくしはクリスタを引き取ってから両親に愛され、クリスタとも良好な関係を築き、周囲のひとたちとも円満に過ごし、学園も無事に卒業しようとしている。
 公爵位を奪われることもなく、辺境に追放されることもなく、エクムント様と共同統治で辺境伯領の領主となることが決まって、華々しく辺境に嫁いで行ける。

 自分がどれだけ幸せなのか考えていると、エクムント様がわたくしの手を引いて指先に口付ける。
 ダンスの最中に周囲の視線がこちらに向いているのを分かっていながら、見せつけるようなしぐさにわたくしは顔が赤くなるのを感じる。

 ダンスがひと段落して熱々のミルクティーを飲んで休んでいると、クリスタとハインリヒ殿下がわたくしとエクムント様の元に来た。

「共同統治が認められてよかったですね」
「おめでとうございます、お姉様、エクムント様」
「ありがとうございます、クリスタ嬢、ハインリヒ殿下」
「本当に光栄なことです」

 この国は長子相続で女性の領主も多くいるのだが、女性の社会進出ができているかといえば、必ずしもそうとはいえない。特に辺境伯領では女性は家庭の仕事をするものだという考えが根強く残っているようだ。

 わたくしがエクムント様と共に領主になることで、女性の社会進出も推進できるといいとわたくしは考えていた。

「軍についてもカサンドラ様から習うと仰っていましたね。お姉様は苦手なことも努力しようとしていて素晴らしいですわ」
「辺境伯領には海軍が欠かせませんからね」

 海賊と相対する辺境伯領は、海軍の出動が多い。絶対に起きてほしくないが戦争などになれば、一番に戦場になるのは辺境伯領の海域だ。
 それを考えればわたくしが軍のことを習っておくのは当然のことだった。
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