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十三章 わたくしの結婚

33.両親がわたくしとクリスタに隠していたこと

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 ノエル殿下のお誕生日のお茶会でもわたくしはエクムント様とずっと一緒にいた。
 エクムント様のそばにいると過ごしやすいし、安心するので、離れたくないくらいだった。

「エリザベート嬢、結婚すると男は変わると世間では言うそうですね」
「エクムント様はわたくしが赤ちゃんのころからの付き合いで、エクムント様にはわたくしのことを全て知られていると思いますが、わたくしもエクムント様のことはよく知っていると思いますわ」
「結婚すると急に高圧的になったり、暴力的になったりする男性もいるようです」
「エクムント様に限ってそんなことはないと信じています」

 前世でも結婚したとたんに、急にモラハラ夫になったり、DV夫になったりする例をわたくしは知らなかったわけではない。結婚まではそういう男はとても真摯に振舞うので分からないというのもよく言われていた。
 わたくしの言葉にエクムント様が真面目な表情になる。

「私は常に変わってきました。これからも変わっていくでしょう。それがエリザベート嬢にとっていい方向に変わりたいと思うのです」
「わたくしにとっていい方向に」
「いつまでも柔軟にエリザベート嬢の話を聞ける、いい夫であり続けたいのです。そのためには自分の意見を曲げることもあるでしょう。エリザベート嬢の願いをかなえるために自分を変えることもあるでしょう。そうやっていい方向に変わっていきたいのです」
「確かに、ずっと同じであることは難しいかもしれませんね。わたくしも年月を経て変わるところがあるかもしれません。わたくしもいい方向に変われるようにしていきたいと思います」

 最近エクムント様と話すといつも結婚の話になってしまう。それはそれだけエクムント様が結婚を意識してくださっているからに違いないのだ。わたくしもつい結婚の話を口にしてしまう。

「わたくしたち、結婚の話ばかりしていますね」
「それだけ結婚が待ち遠しいのですよ」

 笑い合って、わたくしは軽食やケーキの乗ったテーブルに取り分けに行った。サンドイッチを少しとケーキを一個だけ取り分けると、エクムント様はサンドイッチだけ取り分けていた。
 紅茶を頼んでミルクティーにして飲む。

「エクムント様は三人兄弟の末っ子ですよね。わたくしは四人兄弟の長女です」
「そういえば、私が末っ子で、エリザベート嬢は長女でしたね」
「兄弟の末っ子と長子は相性がいいのだといいますよ」
「そうなのですか? 初めて聞きました」

 前世ではそういうことが言われていた気がする。兄弟の上の方の子と下の方の子は相性がいいのだと。

「そういえば、ノルベルト殿下は長子で、ノエル殿下は末っ子でしたね」
「お二人は仲睦まじいですよね」

 エクムント様はノルベルト殿下とノエル殿下の関係に気付いたようだ。

「クリスタとハインリヒ殿下は第二子同士ですね」
「あのお二人も仲睦まじいですよね」
「クリスタは本当は元ノメンゼン家の長子でしたからね」

 すっかりとわたくしの妹としておさまっているが、クリスタは元ノメンゼン家の長子だった。ノメンゼン家の名前を出すと、エクムント様が声を潜める。

「元ノメンゼン子爵と妾は正妻のマリア夫人を暗殺した罪で裁かれたと聞きます」
「裁かれていたのですね」
「ディッペル公爵夫妻はご令嬢たちに血生臭い話は聞かせたくなかったので耳に入らなかったのでしょう」
「それでは……」

 どう裁かれたのかはっきりとエクムント様は口にしなかったが、血生臭い話となると二人とも処刑されたとしか思えなかった。

「いつ頃のことですか?」
「妾が捕まったころですから、エリザベート嬢と私が婚約したころでしょうか」
「そんな昔に」

 それでは処刑からは十年は経っている計算になる。
 それだけの間わたくしとクリスタはその情報に晒されずに守られてきた。両親が緘口令をしいたのかもしれない。
 それにクリスタはずっとハインリヒ殿下のお気に入りで、ディッペル家の養子にもなっていて、面と向かってクリスタにそのようなことを言えたものはいなかったのだろう。
 学園でローザ嬢に会ったことがあったが、そのときにはローザ嬢は両親を亡くしていたのか。同情する気はないが、クリスタにとっても父親だった相手が亡くなっていたというのは初耳だった。

「ショックを受けられましたか? 言わない方がよかったですね」
「いいえ、言ってくださってよかったですわ。わたくしの周囲の方々は一生口を閉ざしていたと思います。クリスタの元の父親と妾がいなくなったということは、クリスタにとっても安心ですからね」

 下手に減刑されて平民に落とされていたりしたら、クリスタが皇太子妃になってからクリスタをゆすりにくるかもしれないとわたくしは恐ろしかった。クリスタには相応の護衛が付くだろうが、それでも、自分の実の母親を暗殺した男が金をせびりに来ただなんて外聞が悪いことこの上ない。

「クリスタにもこのことはそっと知らせます」
「私から聞いたと仰って構いませんよ」
「ありがとうございます。クリスタも安心すると思います」

 皇太子妃になるにあたって、邪魔な存在となるかもしれない元ノメンゼン子爵と妾はもう処刑された。それを聞いたらクリスタは安心することだろう。

 四歳からディッペル家に引き取られているクリスタは、今は完全にディッペル家の娘なのだし、それに文句を言えるものは誰もいない。

「エクムント様、クリスタのこと、隠さずに教えてくださってありがとうございました」
「エリザベート嬢は血生臭い話は苦手だと分かっていたのですが、成人なさったし、聞いておいた方がいいのではないかと思ったのです」
「わたくし、そういう話も平気になります」
「無理はしないでください」
「いいえ。わたくしは軍人の妻になるのです。軍人としての教育も受けます。誰かが傷付くことはとても怖いし、嫌なのですが、辺境伯領の海軍が海賊たちと戦わなければ、辺境伯領の豊かな交易の実りは得られていません。海軍を戦いに向かわせる命令を出すのがわたくしだとすれば、ある程度のことには慣れなければいけないと思っています」

 これまでは争いごとは怖くて、苦手で、できれば目にしたくないと思っていた。
 けれど、エクムント様が真剣に共同統治を考えてくださって、わたくしも辺境伯領の軍隊に命令を出す立場になるのだったら、わたくしは怖いとか苦手とか言っていられない。
 わたくしは自分をもっとしっかりと持たねばならないと思ったのだ。

「心強いです、エリザベート嬢」
「エクムント様、完全に慣れることはできないかもしれません。そのときにはエクムント様のお力をお借りしますが、できる限りの努力はしてみせます」

 わたくしの言葉にエクムント様は深く頷いてくださった。

 お茶会が終わるとエクムント様と辺境伯家の馬車に乗って駅まで行く。
 わたくしはお茶会の最初から最後までどころか、駅からの道も、駅に戻る道もエクムント様とご一緒だった。

「次はディッペル家でお会いできますね」
「前日から泊って、翌日に帰るようにしていいですか?」
「大歓迎です」

 辺境伯領は遠いので、ディッペル家にはエクムント様は前日から泊っていくことが多い。今回もそのようだ。
 エクムント様と過ごす時間が増えてわたくしは嬉しく思っていた。

「そのころにはディッペル公爵家は雪が積もっているでしょうね」
「暖かい格好をしておいでくださいね」
「朝の散歩もありますからね」

 微笑んで答えるエクムント様に、わたくしも微笑む。

「ご一緒しましょうね」
「喜んでご一緒しますよ」
「フランツとマリアが雪合戦をしたがるかもしれません」
「お相手してもいいですが、手加減はできませんよ?」

 悪戯っぽく笑うエクムント様に、わたくしは「まぁ、怖い」と言ってくすくすと笑う。

 約束をして、駅で馬車から降りてわたくしはディッペル公爵領に、エクムント様は辺境伯領に帰るのだった。
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