エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

32.アッペル大公領に行く馬車の中で

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 貴族でも特に女性は春と秋のドレス、夏のドレス、冬のドレスと持っていなくてはいけないし、ドレスも出席するパーティーの格によって何段階か持っていなければいけないし、同じ時期にパーティーが重なると同じドレスをずっと着ているわけにもいかない。
 これは見栄と意地の世界なのだ。

 アッペル大公領で開かれるノエル殿下のお誕生日には、わたくしはドレスに大いに迷っていた。冬にはその後に両親のお誕生日、国王陛下の生誕の式典があるので、そのときに着るドレスと被ってしまってはいけない。それでいて、大公夫人のお誕生日のパーティーに相応しいドレスとなると、わたくしもそんなにドレスの数を持っていないので困ってしまっていた。
 まだ冬の初めで雪は降り積もっていない。
 秋の終わりごろに着るドレスを着てもいいのだが、季節に合わないドレスを着ていくというのも失礼に当たることがあるので困ってしまうのだ。

 クリスタもドレスに大いに迷っているようだった。
 クリスタにとっては義理の兄になる方の奥方の誕生日なのである。どのドレスを着るかは慎重に選ばなければいけない。

「わたくし、決めました! 今回は、エリザベートお姉様のお譲りのドレスを着ます!」

 わたくしとクリスタのお譲りのドレスをもらっているマリアは、二人分持っているのでどちらを着るかの方に悩んでいるという羨ましさである。わたくしとクリスタは年齢が一つしか違わないので、お譲りをすることなく同時期にほぼ同じサイズのドレスを誂えて来ていた。
 クリスタがディッペル家に来た最初のころには、わたくしのお譲りのドレスを着ていたのだが、それもすぐに入らなくなってしまったのだ。

 ミントグリーンのドレスを合わせて見せに来るマリアはとても可愛い。
 わたくしのドレスを喜んで着ているところも可愛いし、誇らしげにわたくしとクリスタの部屋に見せに来るところも可愛い。

「マリア、とてもよく似合っていますよ」
「ありがとうございます、エリザベートお姉様」
「マリア、素敵ですよ」
「クリスタお姉様、ありがとうございます」

 男性のスーツは女性と違ってそれほど複雑でなく、毎回違うものを着なければいけないというようなことがないので、フランツは今年の冬用に誂えたスーツを着ている。
 フロックコート形式のスーツはフランツの体によく合っている。
 成長が著しいので、フランツは去年のスーツがもう着られなくなっているのだ。

 わたくしも身長は高い方だし、父も背は高い方だ。わたくしや父に似たらフランツは長身になるのではないだろうか。

 母は普通より少し背が高いくらいだが、ほっそりとして顔が小さいのでとてもスタイルがよく見える。そんな母を羨ましく思っていたら、わたくしも客観的に見てみたらそのように見えるらしいので、あまりそういうことは口に出さないようにした。

「わたくし、決めましたわ。ノエル殿下のお誕生日は秋の終わりのドレスで行きます」
「わたくしもそうしようかと思います」

 少し寒いかもしれないが、そのときにはショールを羽織ればいい。ショールも用意してわたくしとクリスタはノエル殿下のお誕生日のお茶会のための準備を整えた。

 ノエル殿下のお誕生日には列車でアッペル大公領まで行って、そこからは馬車でエクムント様と合流してアッペル大公家まで行く。
 駅で馬車に乗ろうとしていると、エクムント様がわたくしたちに問いかけた。

「ディッペル家の馬車は、エリザベート嬢とクリスタ嬢とフランツ殿とマリア嬢が一緒に乗っているのでしょう。狭くはありませんか? よろしければエリザベート嬢は私の馬車に乗りませんか?」

 誘われてわたくしは一台目の馬車に乗ろうとする両親を見つめてしまった。もう成人しているし、エクムント様は婚約者だし、両親の許可がいることはないのだが、つい両親を確認してしまう。

「エクムント殿のお言葉に甘えたらいいのではないですか?」
「エリザベートはエクムント殿の婚約者なのだから、遠慮をすることはないと思うよ」

 両親に言われてわたくしはエクムント様の手を取る。

「よろしくお願いします」
「馬車が狭いというのは口実で、私がエリザベート嬢と一緒に馬車に乗りたかっただけなのですがね」
「エクムント様ったら!」

 悪戯っぽく笑うエクムント様にわたくしは熱くなる頬を押さえた。
 エクムント様と二人で乗る馬車は静かで、馬車が揺れる音しか聞こえない。フランツやマリアの賑やかな声がないのは少し慣れなかったが、エクムント様が隣りに座っていると思うと落ち着かない気持ちになる。

「エクムント様、おかげさまで卒業論文の方もまとまりそうです」
「それはよかった」
「共同統治の件は国王陛下には許可を取られたのですか?」
「その件に関しては、国王陛下の生誕の式典で、許可が下りることになっています」

 許可が下りることになっているというのは、エクムント様があらかじめ国王陛下に申し出ていて、国王陛下もそれを了承して、公の場でわたくしとエクムント様が共同統治をすることを認める儀式的なものをするおつもりなのだろう。
 夫婦で領主として共同統治している貴族は多くはないし、辺境伯領はオルヒデー帝国の中でも一番と言っていいくらい領地が広いので、そこをわたくしとエクムント様が共同統治するとなると、国の儀式的な許可がないと難しいのだろう。

「わたくし、辺境伯領のことをもっと勉強します」
「エリザベート嬢は十分勉強していると思います。過去に学ぶだけでなく、これからの辺境伯領のことは私と一緒に考えて行ってほしい」
「エクムント様と一緒に考えますわ」
「エリザベート嬢が辺境伯家に嫁いで来たら、私はエリザベート嬢を『エリザベート』と呼んでいいですか?」
「呼んでください。とても嬉しいです」
「エリザベート嬢も私のことは『エクムント』と呼んでくれますか?」
「そ、それは、二人きりのときだけなら」

 答えたものの、わたくしは物心ついたときにはエクムント様のことを心の中で『エクムント様』と呼んでいた。ディッペル家に仕えていて、護衛として『エクムント』と呼び捨てにするように両親に言われていたときでも、心の中ではいつも『エクムント様』と呼んでいた。
 それを呼び捨てにすることなどできるだろうか。
 公の場では結婚したらエクムント様のことは「夫」か『エクムント』と呼ばなければいけなくなるだろう。それでも、わたくしは心の中でエクムント様を『エクムント様』と呼び続けてしまう気がしていた。

 アッペル大公家が見えてくる。
 元バーデン家を改装したアッペル大公家は広く大きなお屋敷で、とても立派だ。
 差し伸べられた手に手を重ね、馬車を降りてアッペル大公家に入ると、ノエル殿下とノルベルト殿下が迎えてくれる。

「この度はわたくしのお誕生日にお越しくださってありがとうございます」
「ノエル殿下、お誕生日おめでとうございます」
「ノエル殿下、お招きいただきありがとうございます」

 わたくしとエクムント様で挨拶をすると、ノルベルト殿下がエクムント様に囁く。

「エクムント殿、お願いしていたものは?」
「準備できていますよ」

 エクムント様はノルベルト殿下に細長い箱を渡していた。
 ノルベルト殿下が受け取った箱をノエル殿下に渡している。

「ノエル、君のお誕生日に辺境伯領に注文していたのです」
「何ですか? 開けてもいいですか?」
「開けてほしい」

 箱を開けたノエル殿下は真珠のような光沢のあるガラスのコスチュームジュエリーに青い目を輝かせている。

「とても美しいですね。ノルベルト殿下、身に着けさせてくださいますか?」
「もちろんです、ノエル」

 ノエル殿下の首にネックレスを纏わせて、ノルベルト殿下が金具を止める。ノエル殿下はその場でイヤリングも身に着けていた。
 きらきらと真珠のような光沢のあるネックレスとイヤリングがノエル殿下をなおさら華やかに見せる。

「とてもよくお似合いです、ノエル殿下」
「ありがとうございます、エリザベート嬢」
「エクムント殿、急な注文だったのに間に合わせてくれてありがとうございました」
「ご注文ありがとうございます。お役に立てたならよかったです」

 優雅にお辞儀をするエクムント様にノルベルト殿下はお礼を言っていた。
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