エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
461 / 528
十三章 わたくしの結婚

19.国王陛下の別荘での最後の夏

しおりを挟む
 翌朝はフランツとマリアに起こされて、朝のお散歩に行った。庭に出るとハインリヒ殿下とユリアーナ殿下、エクムント様にオリヴァー殿も待っていてくれた。

「おはようございます、クリスタ嬢。この時間でももう暑いですね」
「わたくしは日傘がありますから少しは平気ですが、ハインリヒ殿下は暑いでしょう」
「木陰で涼みませんか?」

 木陰のベンチに誘われてハインリヒ殿下とクリスタが並んで座っている。
 フランツとマリアとユリアーナ殿下は護衛のために兵士と歩いている犬に興味津々だった。

「この犬は何という種類ですか?」
「ドーベルマンと申します」
「名前はありますか?」
「名前は番号で付けられていますが、私たち世話役の兵士は愛称で呼んでいます」
「可愛いですね、撫でてもいいですか?」
「匂いを覚えさせた方は噛まないように躾けられています。触っても平気ですよ」

 質問攻めにして、触っていいという許可を得てフランツとマリアとユリアーナ殿下はおっかなびっくりドーベルマンを撫でていた。

「ドーベルマンは優秀な護衛犬です。元々は耳が垂れているのですが、耳の病気になりやすいので、耳が立つように切ってしまうのです」
「耳を切るのですか!?」
「痛くないのですか!?」
「少し可哀相な気がします」
「耳を切らないと、耳が蒸れて病気になってしまうことがあるのですよ。必要なので切っています」

 説明を受けてフランツとマリアとユリアーナ殿下は尖った耳にそっと触れて労うように撫でている。撫でられてドーベルマンは舌を出して目を輝かせていた。

「この子はご主人さま方が大好きなようです。撫でてもらって喜んでいます」
「また一緒に遊ばせてください」
「お仕事中、ありがとうございました」
「いつも守ってくれてありがとうございます」

 フランツとマリアとユリアーナ殿下がお礼を言うと、兵士は深々と頭を下げて名残惜しそうなドーベルマンを引っ張って去って行った。

 朝食は食堂でみんなで取った。
 そのときに国王陛下が話をしてくださった。

「この国の国王と、国を継げるようになった年齢の皇太子が同じ場所で避暑を過ごすというのは今後できないことだ。私はユストゥス夫婦を招いて避暑をするかもしれないが、ハインリヒと共に過ごせるのは今年が最後になるな」
「父上、私も皇太子としての自覚を持って、国を支える立場になります。学園を卒業後は父上の政務もいくつか私にお任せください」
「彼の国の国王が養子をとることを決めたそうだ。その祝いの儀に出てくれるか?」
「はい、もちろんです」
「私はこの国を離れられないのでな」

 国王陛下の言葉だと、こういう風に国王陛下が主催になってハインリヒ殿下やノルベルト殿下、ノエル殿下やわたくしやエクムント様やクリスタやレーニ嬢やオリヴァー殿やフランツやマリアを集めて避暑を過ごすのはもう終わりになる。これが最後の全員一緒の避暑になるのだ。

「クリスタ嬢やエリザベート嬢やエクムント殿は来年から私が招きます」
「ノルベルトとノエルとユストゥス夫妻とフランツとマリアとレーニとオリヴァーは私が招くことにしようかな」
「別々にはなってしまいますが、王宮の式典やお茶会ではまた会えますので」
「そうだな。そのときには共に出席しよう」

 ハインリヒ殿下も皇太子として自覚を持って行動しなければいけない時期に来ていたようだ。クリスタが変わったようにハインリヒ殿下も変わって行けるだろう。

 朝食を食べ終わると、両親と国王陛下と王妃殿下は食堂に残って、ソファに移って話をしているが、わたくしはエクムント様に手を取られて廊下に出ていた。クリスタとハインリヒ殿下も、レーニ嬢とフランツも、マリアとオリヴァー殿もそのまま部屋には帰りたくない雰囲気である。

「昨日国王陛下の別荘の書庫をお借りしたのですよ。興味深い本がたくさんありました。エリザベート嬢、今日は料理の本を探してみませんか? 異国の料理の本を」
「それはいいですね。異国の料理には興味があります」
「他の皆様もいらっしゃいませんか?」

 エクムント様の誘いにハインリヒ殿下もクリスタも、レーニ嬢とフランツも、マリアとオリヴァー殿も賛成して、ユリアーナ殿下も一緒に書庫に向かった。
 国王陛下の別荘の書庫は王宮の書庫とは少し違って代々の国王陛下が興味をお持ちだった資料が納められている。
 その中に料理の本もあって、わたくしは手に取っていた。

「トウモロコシ粉で作るトルティーヤだそうです。タコスというお料理が食べられるようです」
「トウモロコシ粉は辺境伯領でも取れますね」
「これも新しいスパイスが必要になりますね」
「辺境伯領ではタコスは食べられていないのですか?」
「私は初めて見ます」

 図解もしてあるタコスのレシピを覚えようとしているわたくしに、エクムント様が書庫の管理人に頼んで紙とペンを貸してもらっている。手渡された紙にペンでわたくしはレシピを書き写した。

「エクムント様がこんなに異国の料理を食べたがるわたくしに協力してくださるなんて思いませんでした」
「私もエリザベート嬢が求める異国の食べ物に興味津々なのですよ。食べるのを楽しみにしています」

 結婚してもたくさん色んな国の料理を調べて食べましょうね。

 そんなことを言われるとわたくしは舞い上がってしまう。
 これならば前世で食べていた料理も色々と再現できるのではないだろうか。
 お刺身は生魚が食べられるか分からないので無理かもしれないが、お醤油を既にわたくしは手に入れているので、作れる料理の幅が増えている。
 後は出汁を取る方法なのだが、鰹節が手に入らないだろうか。

 鰹節が手に入ったら、お好み焼きやたこ焼きも作れるかもしれない。

 懐かしい食べ物を思い浮かべると、前世の記憶が蘇ってくるが、それもわたくしであるという実感は薄く、物語で読んだような感覚だった。前世で生きていたわたくしという人間の物語を今世のわたくしが読んで知っている。
 前世のわたくしにとっては今世のわたくしは物語の中の登場人物だったが、今のわたくしにとってはエリザベート・ディッペルというわたくしが自分以外の何物でもない。
 もう物語の内容も変わっているし、この世界の主人公はクリスタだがわたくしたちはハッピーエンドの先までも生きていくのだ。

 その先に何があってもエクムント様と一緒ならばわたくしは平気だろうと思っていた。

 わたくしとエクムント様が料理の本を見ている間に、クリスタとハインリヒ殿下は装飾の本を見ていたようだ。

「お姉様、見てください。このドレスのデザイン、素敵ではありませんか?」
「白薔薇がたくさんついているデザインなのですね」
「わたくしは王家が決めたドレスを着て結婚します。そのことに何の文句もありません。ですが、お姉様は好きなドレスを着られるのだから、考えて見られてはいかがですか?」

 ドレスのデザインを見せられてわたくしはクリスタからその本を受け取る。クラシックなドレスだが、白薔薇の装飾が美しい。

「エクムント様、このドレスはどうでしょう?」
「とても美しいですね。エリザベート嬢は女性の中でも長身の部類に入るので、よくお似合いになると思いますよ」

 エクムント様にそう言っていただけてわたくしはドレスのデザインの候補としてそのデザインを目に焼き付けるようにじっと見つめた。残念ながらコピー機も何もないので、わたくしが記憶しておくことしかできない。

「このスカートの刺繍を全て銀糸で行ってはどうでしょう。きっとティアラやヴェールの刺繍によく合います」
「それはいい考えですわ、エクムント様」

 ドレスのデザインも実際に絵に描かれているものを見ると固まってきて、わたくしは強く結婚を意識する。

「エクムント様のタキシードにも銀糸で刺繍を施したらいいですね」
「それはいいかもしれませんね」

 結婚式の衣装を決めているときのわたくしは本当に幸せだった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...