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十三章 わたくしの結婚
17.マーガレットの花言葉
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一週間の辺境伯領での滞在が終わって、わたくしたちはディッペル公爵領に戻る。
ディッペル公爵領で少しの間過ごして、今度は国王陛下の別荘に行くのだ。父が国王陛下の学生時代の学友で親友なので、ディッペル家の家族は毎年夏休みには国王陛下の別荘に招かれていた。
招かれているのはディッペル家の家族だけではない。わたくしの婚約者であるエクムント様、フランツの婚約者であるレーニ嬢、マリアの婚約者であるオリヴァー殿もだ。
オリヴァー殿はユリアーナ殿下の詩の教師も務めているので、王宮にも学園が休みの日には顔を出していたはずだ。
ディッペル家で過ごす数日の間にわたくしはハンカチに刺繍を施していた。
エクムント様がわたくしが幼いころにプレゼントしたハンカチをまだ使ってくださっていたから、新しいものを差し上げると約束したのだった。
幸運を示す四つ葉のクローバー、エクムント様との思い出のブルーサルビア、辺境伯家に咲いていたプルメリア、ディッペル家に咲いているマーガレットを刺繍したハンカチを用意して、わたくしはアイロンをかけて綺麗に畳んで箱に詰めた。
エクムント様のお誕生日のプレゼントにすることも頭を過ったが、それよりも早く渡したくて、わたくしはこのハンカチを国王陛下の別荘に持って行くことに決めた。
幼いころよりも刺繍の腕も上がって、綺麗に縫えたと思うのだが、幼いころに差し上げたハンカチはそのころの精一杯の気持ちがこもっているので、捨ててほしいわけではない。大事にしまって取っておくと約束してくださったエクムント様の気持ちが嬉しかった。
国王陛下の別荘に行く日になると、クリスタとフランツとマリアと馬車に乗って、両親の乗った馬車の後ろについていくようにして国王陛下の別荘まで行った。
国王陛下の別荘にはノルベルト殿下とノエル殿下もいらっしゃっていた。
「年に一度、夏くらいは顔を出せと父上に言われました」
「国王陛下の御招待を嬉しく思っていますわ」
ノルベルト殿下とノエル殿下は寄り添い合ってとても仲睦まじかった。
馬車が次々と到着して、エクムント様もレーニ嬢もオリヴァー殿も国王陛下の別荘に降り立つ。
オリヴァー殿は国王陛下にお話がある様子だった。
「お招きいただきありがとうございます。国王陛下にはお伝えせねばならないことがあります」
「話は食堂で聞こう」
「はい」
食堂にみんなで集まって昼食を取る。
国王陛下と王妃殿下の席には、子ども用の椅子が用意されてディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下も食卓に着いていた。
「ユストゥス、ディーデリヒもディートリンデも歯が生えてきて離乳も完了したのだ」
「わたくしたちと同じものを小さく切って食べさせています」
「ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下と食事をご一緒させていただき光栄です」
「子ども用のフォークとスプーンを使っているのですね。とても上手です」
両親がディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下と一緒に食卓に着いていると、オリヴァー殿が先ほど言いかけたことを口にした。
「国王陛下、王妃殿下、私は今年で学園を卒業します。学園を卒業した後はシュタール家の後継者となるために辺境伯領で父に習って仕事をしようと思っています。ユリアーナ殿下に詩をお教えするのも今年度までとさせていただきたく思います」
「そうだったな、オリヴァー。そなたもそのような年齢になったのだな」
「これまでありがとうございました。卒業するまで残りの期間よろしくお願いします」
「私こそ、ユリアーナ殿下と詩を読む時間を持てたこと、とても楽しかったです。ありがとうございました」
オリヴァー殿も無事にユリアーナ殿下に詩を教えるという仕事を終えることができそうだ。
ユリアーナ殿下がオリヴァー殿に向き直る。
「オリヴァー殿、あなたのおかげでわたくしは詩の何たるかを知りました。全く理解できなかった詩というものが、少しだけ理解できるようになった気がします。卒業されるまでの期間、まだ教えてほしいことはたくさんありますが、これまで、ありがとうございました」
「ユリアーナ殿下は優秀な生徒でした。ユリアーナ殿下が学園に入学されるころには、また新しい詩が広まっていることでしょう。その詩をぜひとも積極的に読んでくださったら、私も教えた甲斐があったというものです」
ユリアーナ殿下とオリヴァー殿。詩を通じて出来上がった師弟関係は生涯なくならないだろう。ユリアーナ殿下にとってオリヴァー殿はずっと詩の先生に違いないのだ。
昼食が終わった後で、わたくしはエクムント様の部屋を訪ねた。
独身女性が独身男性の部屋を訪ねるなんてはしたないと思われるかもしれないが、わたくしはエクムント様の婚約者で、エクムント様は紳士で何か起きるはずもない。
ドアをノックするとエクムント様が廊下に出てきてくれた。
「エクムント様、お約束のハンカチを縫ってまいりました」
「ありがとうございます」
シンプルな白地に刺繍の入ったハンカチを、箱を開けてエクムント様が一枚一枚確認する。刺繍が施されたところを指でなぞって、四つ葉のクローバーと、ブルーサルビアと、プルメリアと、マーガレットを確かめている。
「マーガレットの花言葉をご存じですか?」
「いいえ、知りません」
「それならば、調べてみませんか?」
国王陛下の別荘にも書庫がある。
わたくしとエクムント様は書庫を使わせてもらうことにした。
書庫にはたくさん本があって、その中でも植物のことが書かれた本を手にする。
「四つ葉のクローバーは葉っぱの一枚一枚に意味があるそうです。希望、幸福、愛情、健康を意味するとか」
「そんな意味のある刺繍をしていただけて私は幸せですね」
「ブルーサルビアは、家族の徳、知恵、賢人、尊重、永遠にあなたのもの、という意味があると書いてあります」
「エリザベート嬢は永遠に私のものになってくださるつもりで刺繍をしたのですか?」
「意味は知りませんでしたが、け、結果としては、そうなりますね」
エクムント様は全部の花言葉を知っていてわたくしに調べさせているのではないだろうか。何も知らないまま盛大な告白をしていたようで恥ずかしくて赤くなっているわたくしに、エクムント様が次を促す。
「プルメリアは、気品、陽だまり、情熱、恵まれた人、などの意味があるそうです」
「エリザベート嬢にぴったりですね」
「マーガレットは……色によって違うようですが、全般的な意味合いは、恋占い、真実の愛、信頼ですね」
真実の愛と聞いてわたくしの頭を過ったのは原作のことだった。
この世界は『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』という作品の中なのだ。思わぬ花言葉に戸惑っていると、エクムント様がわたくしの手を取る。
「エリザベート嬢の真実の愛を捧げてくださるなら、私も真実の愛を捧げましょう」
いつの間にか、わたくしがこの物語の主人公になってしまっているのか。
そう錯覚してしまいそうなくらい、エクムント様の言葉は自然にこぼれ出た。
「真実の愛を捧げます。エクムント様だけに」
「嬉しいです、エリザベート嬢。私もエリザベート嬢にだけ真実の愛を捧げます」
この世界ではクリスタが読んでいたようなわたくしとエクムント様をモデルとしたロマンス小説が流行っている。
この世界の運命を色々と変えてきた自覚はあったが、わたくしは自分が主人公のようになっているということは認められないでいた。
ハンカチを渡した後で、わたくしは一度クリスタとレーニ嬢のいる部屋に戻った。
「クリスタ、あなたが読んでいた小説を帰ったらわたくしにも貸してもらえませんか?」
「お姉様も興味を持ったのですね。あの小説はとても素敵なので、お姉様も気に入ると思います。帰ったらお貸ししますわ」
「あの有名な小説でしょう? 『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』、わたくしも読みました」
レーニ嬢もその小説のことは知っているようだ。
流行りには疎かったが、わたくしもその小説を読んで確かめたいことがあった。
ディッペル公爵領で少しの間過ごして、今度は国王陛下の別荘に行くのだ。父が国王陛下の学生時代の学友で親友なので、ディッペル家の家族は毎年夏休みには国王陛下の別荘に招かれていた。
招かれているのはディッペル家の家族だけではない。わたくしの婚約者であるエクムント様、フランツの婚約者であるレーニ嬢、マリアの婚約者であるオリヴァー殿もだ。
オリヴァー殿はユリアーナ殿下の詩の教師も務めているので、王宮にも学園が休みの日には顔を出していたはずだ。
ディッペル家で過ごす数日の間にわたくしはハンカチに刺繍を施していた。
エクムント様がわたくしが幼いころにプレゼントしたハンカチをまだ使ってくださっていたから、新しいものを差し上げると約束したのだった。
幸運を示す四つ葉のクローバー、エクムント様との思い出のブルーサルビア、辺境伯家に咲いていたプルメリア、ディッペル家に咲いているマーガレットを刺繍したハンカチを用意して、わたくしはアイロンをかけて綺麗に畳んで箱に詰めた。
エクムント様のお誕生日のプレゼントにすることも頭を過ったが、それよりも早く渡したくて、わたくしはこのハンカチを国王陛下の別荘に持って行くことに決めた。
幼いころよりも刺繍の腕も上がって、綺麗に縫えたと思うのだが、幼いころに差し上げたハンカチはそのころの精一杯の気持ちがこもっているので、捨ててほしいわけではない。大事にしまって取っておくと約束してくださったエクムント様の気持ちが嬉しかった。
国王陛下の別荘に行く日になると、クリスタとフランツとマリアと馬車に乗って、両親の乗った馬車の後ろについていくようにして国王陛下の別荘まで行った。
国王陛下の別荘にはノルベルト殿下とノエル殿下もいらっしゃっていた。
「年に一度、夏くらいは顔を出せと父上に言われました」
「国王陛下の御招待を嬉しく思っていますわ」
ノルベルト殿下とノエル殿下は寄り添い合ってとても仲睦まじかった。
馬車が次々と到着して、エクムント様もレーニ嬢もオリヴァー殿も国王陛下の別荘に降り立つ。
オリヴァー殿は国王陛下にお話がある様子だった。
「お招きいただきありがとうございます。国王陛下にはお伝えせねばならないことがあります」
「話は食堂で聞こう」
「はい」
食堂にみんなで集まって昼食を取る。
国王陛下と王妃殿下の席には、子ども用の椅子が用意されてディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下も食卓に着いていた。
「ユストゥス、ディーデリヒもディートリンデも歯が生えてきて離乳も完了したのだ」
「わたくしたちと同じものを小さく切って食べさせています」
「ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下と食事をご一緒させていただき光栄です」
「子ども用のフォークとスプーンを使っているのですね。とても上手です」
両親がディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下と一緒に食卓に着いていると、オリヴァー殿が先ほど言いかけたことを口にした。
「国王陛下、王妃殿下、私は今年で学園を卒業します。学園を卒業した後はシュタール家の後継者となるために辺境伯領で父に習って仕事をしようと思っています。ユリアーナ殿下に詩をお教えするのも今年度までとさせていただきたく思います」
「そうだったな、オリヴァー。そなたもそのような年齢になったのだな」
「これまでありがとうございました。卒業するまで残りの期間よろしくお願いします」
「私こそ、ユリアーナ殿下と詩を読む時間を持てたこと、とても楽しかったです。ありがとうございました」
オリヴァー殿も無事にユリアーナ殿下に詩を教えるという仕事を終えることができそうだ。
ユリアーナ殿下がオリヴァー殿に向き直る。
「オリヴァー殿、あなたのおかげでわたくしは詩の何たるかを知りました。全く理解できなかった詩というものが、少しだけ理解できるようになった気がします。卒業されるまでの期間、まだ教えてほしいことはたくさんありますが、これまで、ありがとうございました」
「ユリアーナ殿下は優秀な生徒でした。ユリアーナ殿下が学園に入学されるころには、また新しい詩が広まっていることでしょう。その詩をぜひとも積極的に読んでくださったら、私も教えた甲斐があったというものです」
ユリアーナ殿下とオリヴァー殿。詩を通じて出来上がった師弟関係は生涯なくならないだろう。ユリアーナ殿下にとってオリヴァー殿はずっと詩の先生に違いないのだ。
昼食が終わった後で、わたくしはエクムント様の部屋を訪ねた。
独身女性が独身男性の部屋を訪ねるなんてはしたないと思われるかもしれないが、わたくしはエクムント様の婚約者で、エクムント様は紳士で何か起きるはずもない。
ドアをノックするとエクムント様が廊下に出てきてくれた。
「エクムント様、お約束のハンカチを縫ってまいりました」
「ありがとうございます」
シンプルな白地に刺繍の入ったハンカチを、箱を開けてエクムント様が一枚一枚確認する。刺繍が施されたところを指でなぞって、四つ葉のクローバーと、ブルーサルビアと、プルメリアと、マーガレットを確かめている。
「マーガレットの花言葉をご存じですか?」
「いいえ、知りません」
「それならば、調べてみませんか?」
国王陛下の別荘にも書庫がある。
わたくしとエクムント様は書庫を使わせてもらうことにした。
書庫にはたくさん本があって、その中でも植物のことが書かれた本を手にする。
「四つ葉のクローバーは葉っぱの一枚一枚に意味があるそうです。希望、幸福、愛情、健康を意味するとか」
「そんな意味のある刺繍をしていただけて私は幸せですね」
「ブルーサルビアは、家族の徳、知恵、賢人、尊重、永遠にあなたのもの、という意味があると書いてあります」
「エリザベート嬢は永遠に私のものになってくださるつもりで刺繍をしたのですか?」
「意味は知りませんでしたが、け、結果としては、そうなりますね」
エクムント様は全部の花言葉を知っていてわたくしに調べさせているのではないだろうか。何も知らないまま盛大な告白をしていたようで恥ずかしくて赤くなっているわたくしに、エクムント様が次を促す。
「プルメリアは、気品、陽だまり、情熱、恵まれた人、などの意味があるそうです」
「エリザベート嬢にぴったりですね」
「マーガレットは……色によって違うようですが、全般的な意味合いは、恋占い、真実の愛、信頼ですね」
真実の愛と聞いてわたくしの頭を過ったのは原作のことだった。
この世界は『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』という作品の中なのだ。思わぬ花言葉に戸惑っていると、エクムント様がわたくしの手を取る。
「エリザベート嬢の真実の愛を捧げてくださるなら、私も真実の愛を捧げましょう」
いつの間にか、わたくしがこの物語の主人公になってしまっているのか。
そう錯覚してしまいそうなくらい、エクムント様の言葉は自然にこぼれ出た。
「真実の愛を捧げます。エクムント様だけに」
「嬉しいです、エリザベート嬢。私もエリザベート嬢にだけ真実の愛を捧げます」
この世界ではクリスタが読んでいたようなわたくしとエクムント様をモデルとしたロマンス小説が流行っている。
この世界の運命を色々と変えてきた自覚はあったが、わたくしは自分が主人公のようになっているということは認められないでいた。
ハンカチを渡した後で、わたくしは一度クリスタとレーニ嬢のいる部屋に戻った。
「クリスタ、あなたが読んでいた小説を帰ったらわたくしにも貸してもらえませんか?」
「お姉様も興味を持ったのですね。あの小説はとても素敵なので、お姉様も気に入ると思います。帰ったらお貸ししますわ」
「あの有名な小説でしょう? 『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』、わたくしも読みました」
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