エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

14.シュタール家のジャスミンの花

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 翌日はハインリヒ殿下とユリアーナ殿下、レーニ嬢とデニス殿とゲオルグ殿は帰る日だった。
 早朝のお散歩を終えて、汗びっしょりになっているデニス殿とゲオルグ殿とユリアーナ殿下とフランツとマリアはシャワーを浴びて着替えてから朝食を取った。
 大人でも汗ばむのだが、新陳代謝が活発な子どもたちは辺境伯領の気温ではすぐに汗だくになってしまう。
 多めに着替えは持ってきているはずだが、フランツとマリアの分は辺境伯家で洗濯をお願いしなければいけないだろう。

 朝食が終わると、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下の馬車と、リリエンタール家の馬車が準備される。馬車に乗ろうとするハインリヒ殿下の手を握ってクリスタがハインリヒ殿下の目を見つめている。

「国王陛下の別荘でお会い致しましょう」
「クリスタ嬢と結婚して、こうやって別れなくて済むようになるまで、残り二年を切っているのだと思うと、感慨深いです」
「わたくしもお別れしたくないです」

 名残を惜しむ恋人同士だが、別れなければいけない時間は来る。
 ユリアーナ殿下はデニス殿に手を振っていた。

「またお会いしましょうね、デニス殿!」
「私もとても楽しかったです。またお会いしましょう!」

 ユリアーナ殿下とデニス殿もしっかりと関係を築いているようだ。この様子だと、ユリアーナ殿下が学園に入学するころにはデニス殿との婚約が発表されるのではないだろうか。

 ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下の馬車が出ると、次はリリエンタール家の馬車の番になる。
 リリエンタール家の馬車が来ると、フランツがレーニ嬢の両手を自分の両手で握る。男の子なので手も大きくなってきていて、レーニ嬢と変わらなくなってきている。フランツは背も伸びていた。

「レーニ嬢、しばしのお別れです。国王陛下の別荘でまたお会いしましょう」
「はい、フランツ殿。一緒に湖に行けてとても楽しかったですわ」
「私も楽しかったです」

 名残を惜しむフランツとレーニ嬢に、デニス殿とゲオルグ殿が先に馬車に乗り込んで待っている。

「お姉様、お昼までに帰れなくなってしまいますよ」
「お姉様はフランツ殿が大好きなのですね」

 子どもらしいことを言うデニス殿とゲオルグ殿に、レーニ嬢はフランツに別れを告げて馬車に乗り込んでいった。

 リリエンタール家の馬車を見送った後のわたくしたちの今日の予定はシュタール家に行くことだった。
 馬車が用意されて、一番お気に入りの夏のワンピースを着たマリアを先頭に、わたくしたちは馬車に乗る。
 クリスタとフランツとマリアが同じ馬車、両親が同じ馬車、わたくしはエクムント様と同じ馬車だった。

 馬車の中で二人きりになると緊張よりも安心感が強い。
 エクムント様はわたくしを守ってくれるという信頼があった。
 街歩きで軍人の男性の絡まれたときもそうだった。

「エリザベート嬢、昨日は美しいヴェールを確保することができましたね」
「そうでした。本当は真っ白なハイヒールも見たかったのですが、それはできませんでした」
「エリザベート嬢の結婚式のハイヒールはただの白ではなくて、刺繍やカットガラスのビーズで飾られているものがいいかもしれません」
「そんなハイヒールがあるのですか!?」
「注文すればそういうものも扱う店があります」

 エクムント様と一緒にそんなお店に行きたいとわたくしは期待してしまう。
 エクムント様も軍の総司令官としての仕事も、辺境伯領の領主としての仕事もあるのだが、わたくしと一緒のときはわたくしのことを考えていてほしいという我が儘な気持ちが芽生えていた。
 ディッペル家の家族が滞在する一週間、エクムント様は仕事を休んでくださって、一緒に付き合ってくださっているのだろう。

 シュタール家に着くと、オリヴァー殿とナターリエ嬢がわたくしたちを迎えてくれた。
 馬車から降りると花の咲き乱れる庭を通っていく。
 ひと際強い香りが鼻を擽って、わたくしはそちらの方を見た。

「これはジャスミンですか?」
「その通りです。今が盛りですね」

 小さな白い花を咲かせているジャスミンは、お茶に匂いを付けるのでも有名な花だ。ジャスミンの香りにわたくしが浸っていると、ナターリエ嬢が庭師に声を掛けた。

「お部屋に飾りたいので、ジャスミンを少し切ってくれますか?」
「心得ました、ナターリエお嬢様」

 切られたジャスミンを受け取ってナターリエ嬢はお屋敷に入っていく。
 お屋敷の食堂にジャスミンを飾ると、とてもいい香りがしていた。

「昼食をご一緒できて嬉しいです。ディッペル公爵領ほど新鮮で豊富な野菜も肉もないのですが、心を込めた料理をお召し上がりください」

 オリヴァー殿が促すと、食堂に料理が運ばれてくる。
 フルーツサラダに、スープ、鶉のパイ包み、白身魚のソテー、デザートまで全部美味しくて、わたくしは残さず食べてしまった。フランツもマリアも両親も、エクムント様もしっかりと食べている。

「とても美味しかったです。この辺では鶉が獲れるのですね」
「鶉は育てているのですよ。卵も小さいですが美味しいですからね」

 鶉の卵と言えば鶏の卵よりもずっと小さいが、味は美味しかったイメージがある。これは前世の記憶かもしれない。今世ではわたくしは鶉の卵を食べたことがないはずだ。

「鶉の卵は小さいのですか? 食べてみたいです」
「それでは、お茶会のときに出しましょう」

 興味津々のマリアに、オリヴァー殿が笑顔で答えていた。
 お茶会までの間、わたくしたちは客間でオリヴァー殿とナターリエ嬢とお話をする。

「エリザベート様は結婚の準備をされていると聞きました」
「そうなのです。先日はヴェールを見に行きました」
「よいヴェールがありましたか?」
「銀糸で刺繍を施した美しいヴェールがありました。わたくしは一目でそれが気に入ってしまって、お店で取り置きをしてもらっています」
「エリザベート様に銀糸の刺繍はお似合いでしょうね」

 夢見るように呟くナターリエ嬢も花嫁には憧れる年齢なのかもしれない。
 ナターリエ嬢はまだまだ婚約するような年ではないが、想う相手などいるのだろうか。
 マリアの婚約が早かっただけに同じ年のナターリエ嬢のことが気になってしまう。

「ナターリエ嬢は婚約したい方などいるのですか?」
「わたくしはまだまだ幼いですし、婚約など先の話です」

 ナターリエ嬢には気になる方はいないような様子だ。
 婚約が早かったマリアが特殊なのだろう。

「オリヴァー殿、ジャスミンの花を紅茶に浮かべてみたらどうでしょう?」
「いい香りがするかもしれませんね。やってみますか?」
「やってみたいです」

 マリアはオリヴァー殿にジャスミンの花を紅茶に浮かべる提案をしていた。
 ジャスミンの花を千切って紅茶に浮かべると、ジャスミンのいい香りがしてくる。これはフレーバーティーのようだ。

「そういえば、茶葉に香りを付けた紅茶をフレーバーティーというのです。フルーツの香りを付けたフレーバーティーが王都で流行っているのです」
「それは気になりますね」
「忘れていましたが、エクムント様にお土産に持ってきていたのです。帰ったらお渡ししますわ」

 わたくしがエクムント様にフレーバーティーのことを伝えると、エクムント様も興味を持ってくださっていた。わたくしの買ってきたフレーバーティーをエクムント様が気に入ってくださるといいと思う。

「王都にはそのような紅茶が売っている場所があるのですか」
「オリヴァー殿にもお教えしますわ」
「お願いします。フレーバーティーには興味があります」

 オリヴァー殿も興味を持っているので、わたくしは店を教える約束をした。

「夏休みが終わったら、わたくしが主催するお茶会でもフレーバーティーを振舞おうと思っていたのです」
「それは楽しみですね」

 クリスタの言葉にオリヴァー殿が興味を示している。

「お兄様、わたくしにもフレーバーティーを買ってきてくださいね」
「夏休みが終わって、学園が始まったら、フレーバーティーの店に行って、買ってナターリエに送ろう」
「お願いします」

 オリヴァー殿とナターリエ嬢の兄妹の会話も聞こえてきた。
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