エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

12.わたくしの部屋と夫婦の寝室

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 辺境伯領のわたくしの部屋に行くと、クリスタとレーニ嬢が興味深そうに部屋の中を見ている。

「この飴色に磨かれた机、素晴らしいものですね」
「椅子も座りやすそうなものを選んであります」
「ベッドも広くてベッドカバーが夜空のようで素敵です」
「ソファセットもあって、過ごしやすそうな部屋です」

 言われてわたくしも周囲を見回してみると、机は美しく飴色に磨かれているし、椅子は座りやすそうな皮のしっかりとした作りだし、ベッドはしっかりしたものが入っているし、ソファセットもアンティーク調で落ち着いた雰囲気で過ごしやすそうな部屋だった。
 前に来たときには余裕がなくてしっかりと見て回れなかったが、お化粧で使える大きな鏡の付いた洗面所もついているし、お風呂からは近い部屋だし、とても使いやすいのは確かだった。
 エクムント様の心尽くしの部屋に気付くと胸がいっぱいになる。

「エクムント様は素晴らしい部屋を用意してくださったのですね」
「お姉様が嫁いで来られる日を楽しみになさっているのでしょうね」
「エリザベート嬢は愛されているのですよ」

 クリスタとレーニ嬢に言われて感動で胸がいっぱいになる。
 これ以外にも夫婦の寝室もあるのだから、わたくしはとても贅沢だ。辺境伯家の嫁になるということはこれだけ大事にされることだと思うと共に、これだけ大事にされているのはわたくしが辺境伯家にとって重要な人物であることを示している。
 婚約したころには独立派が大勢いた辺境伯領で、中央と辺境伯領を結ぶために選ばれたのがわたくしなのだ。
 初代国王陛下と同じ紫色の光沢の黒髪と銀色の光沢の黒い目を持ち、王家の血を引くこの国で二つしかない公爵家の娘であるわたくし。わたくしと婚約することがエクムント様にとってはオルヒデー帝国との融和を示して、独立派を退けることに繋がっていたのだ。

 けれど、今はそれだけではない。
 エクムント様は心からわたくしを愛してくださっているし、わたくしもエクムント様を愛している。
 その結果として、この素晴らしい部屋がわたくしに用意されたのだ。

 荷物を置いて寛ぐクリスタとレーニ嬢がわたくしに言う。

「そのクローゼットにお姉様の服を置いて行ってもいいのではないですか?」
「いいのでしょうか」
「この部屋はエリザベート嬢のものなのだから、クローゼットも自由に使っていいとエクムント様は仰ると思います」

 エクムント様ならばレーニ嬢の言う通りに仰るだろう。
 大量の荷物の中から数日は泊まれるだけの服や下着や靴下をクローゼットに入れていると、わたくしはしみじみと辺境伯家に嫁ぐのだという気持ちがわいてくる。

 お茶の時間までの間、クリスタとレーニ嬢は部屋で休んでいるようだが、わたくしはエクムント様を訪ねようと思っていた。

 エクムント様の部屋に行くと、ドアをノックする。
 エクムント様はすぐに出てきてくれた。

「エリザベート嬢、私もエリザベート嬢とお話をしたかったところだったのです」
「わたくしと同じですね」
「エリザベート嬢に夫婦の寝室を見ていただきたいと思っていて」

 エクムント様に連れられてわたくしは夫婦の寝室に向かう。
 結婚していないのでまだ使われていない部屋は、よく掃除が行き届いて清潔だった。
 夫婦の寝室には大きな鏡の付いた洗面所が用意されていて、二人で眠るための広いベッドにサイドテーブル、サイドテーブルの上には右端と左端にランプが用意されていた。

「一緒に眠るときでも、エリザベート嬢がベッドで本を読みたい日もあるだろうし、私がベッドで書類を見ている日もあると思います。なので、ランプは二つ用意しました」
「綺麗なランプですね」

 ガラスで作られたランプはかさの部分がステンドグラスのようになっていてとても美しい。スイッチに手を触れると、柔らかなオレンジの灯りが点いた。

「ランプも相談して用意しようかと思ったのですが、私がこのランプを気に入ってしまって」
「わたくしもとても気に入りました。素敵です」

 エクムント様が用意してくれたランプをわたくしはすっかりと気に入ってしまった。

「ベッドカバーはまだ注文していません。どのようなものがいいですか?」
「わたくしが決めていいのですか?」
「二人で相談して決めたいと思っていたのです」

 言われてわたくしは考える。
 辺境伯領は暑いのでディッペル家で使っているようなキルティングのベッドカバーは使えないだろう。涼しくて手触りのいいベッドカバーと考えると、贅沢かもしれないが、わたくしの頭の中に一つの選択肢が浮かんできた。

「辺境伯領の特産品の布の一番濃い色が浮かびました。贅沢かもしれませんが」
「贅沢ではないですよ。私とエリザベート嬢が使うベッドのカバーですからね。確かにあの布は涼しくて手触りがよくてベッドカバーにもいいかもしれませんね」
「いいのですか?」
「辺境伯領の特産品は私たちが積極的に使っていかないといけませんからね」

 思わぬ賛成を得て、ベッドカバーは決まりそうだった。

「掛け布団は綿の柔らかくて涼しいものを用意させています。エリザベート嬢は枕は高い方ですか?」
「わたくしは枕はそれほど高くはないですが、硬めの枕が好きです」
「それでは硬めの枕を用意させましょうね。カーテンはどうしますか?」
「ベッドカバーはわたくしが意見を言ったので、カーテンはエクムント様が決めてください」
「そうですね……ベッドカバーが濃い紫なら、色を合わせて紫にしましょうか」

 ベッドカバーもカーテンも決まりそうでわたくしは安心する。
 結婚した暁には、わたくしはこの部屋でエクムント様と一緒に眠るのだ。
 考えると今エクムント様とわたくしは二人きりで寝室にいるのだ。この状況に気付くとどうしても意識してしまう。

「え、エクムント様、わたくし、自分の部屋に荷物を少し置いて行ってもいいでしょうか?」
「エリザベート嬢の部屋ですから、自由に使ってください」
「辺境伯家にいつでも来られるように」

 言いながらもじりじりとエクムント様からなんとなく離れてしまう。
 近くにいるとものすごく意識してしまうのだ。

 誰もいない寝室に二人きり。
 目の前にはエクムント様が自然体でいる。

「エリザベート嬢、どうしましたか?」
「い、いいえ、な、なんでもないです」

 じりじりとエクムント様から離れるわたくしの背中が壁についてしまった。
 これはもしかして。

「エリザベート嬢?」

 とんっとエクムント様がわたくしを閉じ込めるようにわたくしの肩の横の壁に手を着く。
 これは、壁ドンではないだろうか!?
 心臓がうるさく高鳴るわたくしに、エクムント様がくすりと笑った。

「可愛いですね、エリザベート嬢は」

 耳元で低く甘い声で囁かれて、わたくしは飛び上がってしまった。
 耳に吐息がかかる。

 びっくりして硬直しているわたくしから離れて、エクムント様はわたくしに手を差し伸べた。

「そろそろお茶会の時間ですよ。行きましょう」
「ふぁ、ふぁい!」

 声が裏返っているし、変な返事をしてしまったわたくしは顔を真っ赤にしながら、エクムント様の手を取ったのだった。

 お茶会で食堂に行くと、クリスタもレーニ嬢ももう来ていた。レーニ嬢はフランツと一緒に楽しそうに話している。

「エリザベートお姉様が結婚しても、レーニ嬢は辺境伯家に来ますか?」
「学生の間は夏休みに来させていただこうと思っています」
「それでは、来年までですね」
「デニスとゲオルグが行きたがったら、その後も行くかもしれません」

 レーニ嬢が辺境伯家に来るかがフランツは気になっているようだ。

「わたくし、今年もオリヴァー殿のお屋敷に行きたいです」
「それはシュタール家に聞いてみないといけないね」
「マリアがオリヴァー殿とナターリエ嬢が大好きなのはわかっていますよ」

 マリアはシュタール家に行きたいと両親に言っていた。
 辺境伯家のお茶会はサンドイッチとキッシュとケーキとスコーンの他に、果物やポテトチップスが振舞われる。
 お皿にたくさん取り分けて椅子に座るユリアーナ殿下の横に、自然とデニス殿が座って、その横にゲオルグ殿が座って、仲良くしている様子が見られた。

 わたくしはエクムント様の隣りに座った。
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