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十三章 わたくしの結婚
8.皇帝ダリアと詩
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ハインリヒ殿下のお誕生日の晩餐会ではエクムント様と一緒に踊った。クリスタもハインリヒ殿下と一緒に踊っていた。
今までも美しかったが、皇太子妃になるという自覚を持ってからクリスタはますます美しくなったような気がする。
わたくしはエクムント様の目に美しく映っているのだろうか。
エクムント様はわたくしを美しいと言ってくださるが、本当に心からそう思っているのだろうか。
気になりはしたものの、エクムント様の言葉を信じるしかわたくしには道はない。
エクムント様のような誠実で真摯な方が嘘をつくとも思えなかった。
踊って一息つくと冷たい葡萄ジュースを飲む。エクムント様は葡萄酒を飲んでいた。
葡萄酒がグラスの表面を伝って一筋垂れたのを、エクムント様が素早くハンカチで拭う。そのハンカチはわたくしの見覚えのあるものだった。
「わたくしが刺繍をしたハンカチではないですか。まだ使っていてくれたのですか?」
かなり前にプレゼントしたわたくしが刺繍をしたハンカチは、くたびれていたが刺繍が解けてはいなかった。
「エリザベート嬢にもらったものです。大事に使っています」
「嬉しいですが、少し恥ずかしいです。新しいハンカチを作りますので、それを使ってください」
「私にとってはエリザベート嬢から貰った大事な宝物なのですよ」
エクムント様のことが好きで好きで堪らなくて、一針一針丁寧に刺繍してプレゼントしたことは覚えている。あれはわたくしがまだ学園に入学していない頃のことだ。それからずっと使い続けてくださっているというのは本当にありがたいし嬉しいのだが、まだ幼いころの刺繍なので拙いところもあって恥ずかしくもある。
新しいハンカチをプレゼントするのでそのハンカチは使わないようにお願いすると、エクムント様は了承してくださった。
「使わなくなったハンカチは大事に取っておきます」
「捨ててくださって構わないのに」
「エリザベート嬢から貰ったのです。大事にしますよ」
そのハンカチをずっと持っておいてくださるのかと思うと、恥ずかしいやら嬉しいやらでわたくしは複雑な気持ちだった。
ダンスが終わって部屋に帰るとレーニ嬢も部屋に帰っていた。
「クリスタはまだ帰っていないのですね」
「クリスタ嬢はお声を掛けたら、ハインリヒ殿下が休まれるまではご一緒すると言っていました」
まだ結婚したわけではないし、わたくしたちは未成年なので晩餐会の最後までお付き合いする必要はない。それでもクリスタはハインリヒ殿下にずっと寄り添い続けることを決めたのだろう。
クリスタには悪いがわたくしとレーニ嬢は先に休ませてもらうことにした。
お風呂に入って寝る支度をしていると、クリスタが帰ってきた。部屋にはクリスタ用の軽食が準備されている。
軽食を食べてクリスタもお風呂に入って寝る準備をする。
「クリスタ、お疲れさまでした」
「今何時なのでしょう? こんな時間……わたくし、明日起きられるかしら」
「起きられなかったら起こして差し上げますよ、クリスタ嬢」
「ハインリヒ殿下は朝に弱いと仰っていましたが、こんな時間に寝ていたのならば朝に起きられなくても当然です。それでもハインリヒ殿下は起きて朝のお散歩に付き合ってくださる。わたくしも気合を入れて起きなければいけませんね」
ハインリヒ殿下と同じ時間まで起きていて初めてクリスタはハインリヒ殿下の理解が深まったようだった。
お休みなさいの挨拶をしてわたくしたちは眠る。
翌朝は早朝に起こされて、眠いけれど何とか起きて、フランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿と庭に行った。
庭ではエクムント様とハインリヒ殿下とユリアーナ殿下とオリヴァー殿とナターリエ嬢が待っていてくれた。
「この庭でしか見られない皇帝ダリアを見に行きましょう」
「皇帝ダリアの季節でしたね」
皇帝ダリアの咲く季節になっていると気付かされたのはエクムント様の言葉からだった。
みんなで皇帝ダリアの植えてある花壇まで行く。皇帝ダリアは背が高いので、見上げると圧巻と言った雰囲気である。
「隣国から友好の証に贈られた皇帝ダリア、とても立派ですね」
「大きいです」
見上げてデニス殿とゲオルグ殿が圧倒されている。
六メートルを超えるくらいまで大きく育つこともあるという皇帝ダリア。王宮の皇帝ダリアも五、六メートルはあるのではないだろうか。
「デニス殿は皇帝ダリアについて勉強したのですか?」
「はい。隣国との関係を今勉強しています」
デニス殿もゲオルグ殿も家庭教師をつけて勉強をする年齢になってきている。ユリアーナ殿下の問いかけに答えるデニス殿はレーニ嬢と同じ緑の目を輝かせていた。
「隣国の言葉も勉強していますか?」
「少しずつ勉強しています」
「それでは、隣国の詩の本をデニス殿とゲオルグ殿にお贈りしましょう」
「いいのですか!?」
「わたくしは詩は難しくて分からなかったのですが、オリヴァー殿に習って少しずつ意味が分かってきました。デニス殿もゲオルグ殿も詩の勉強をなさった方がいいと思います」
デニス殿とユリアーナ殿下で詩の話になっているが、詩の話になるとわたくしもエクムント様も落ち着かなくなってしまう。
わたくしは詩はオリヴァー殿に教えてもらっているが、どうしても完全に理解するところまではいかない。エクムント様も詩は苦手だと仰っていた。
芸術というものは難しいのだと分かっているのだが、わたくしとエクムント様のように詩に理解がないと、詩が学園の授業に入ってきたこの国では教養という面で不利かもしれない。
「エクムント様、わたくしも詩の勉強を学園でしてきました。エクムント様の元に嫁いだ暁には、詩のことをお教えできるように頑張ります」
「お願いします。私も不器用な軍人だから芸術は解さないなどと言っていられませんからね」
社交界において教養は必要とされるものだ。
特にこれから開かれるノルベルト殿下のお誕生日のお茶会では、ノエル殿下がご一緒なので詩が発表されることもあるだろう。そのときに全く意味が分からないなどということがあってはならない。
詩の勉強の成果が試されるときが来ているのかもしれないとわたくしは思っていた。
朝のお散歩を終えると、それぞれの部屋に戻って朝食を食べる。
わたくしもエクムント様と結婚したら辺境伯家の部屋で朝食を食べるのかもしれないと考えると、ドキドキしてくるが、今日はディッペル家の部屋で朝食を食べた。
クリスタは昨日あまり食べられていなかったせいか、朝食のパンをお代わりしていた。
朝食を終えて荷物を纏めると、一度ディッペル家に帰ることになる。その後でもう一度出直して、ノルベルト殿下のいらっしゃるアッペル大公領に向かうのだ。
ノルベルト殿下は王家のお誕生日の式典では昼食会とお茶会と晩餐会を開いていたが、アッペル大公領でのお誕生日ではお茶会だけにするようだった。我が家の両親も二人纏めてお誕生日を祝っているうえに、お茶会しか開いていないように、身分が高くなっても昼食会から晩餐会までを開くのは負担が大きいのでお茶会だけに縮小している家がほとんどだった。
ノルベルト殿下もそうするし、ノエル殿下のお誕生日もそのように祝われるだろう。
馬車で列車の駅までは、エクムント様の馬車に見守られながら行くので安心感があった。
列車の駅で別々の列車に乗って、エクムント様とはしばしのお別れをするのだが、エクムント様はわたくしたちが列車に乗るをの見届けて列車の乗るつもりのようで、列車のホームでわたくしに手を振ってくださっていた。
「エクムント様、次はノルベルト殿下のお誕生日のお茶会でお会いしましょう」
「エリザベート嬢、どうか、お気を付けて」
手を振ってくださるエクムント様に、わたくしも手を振り返した。
今までも美しかったが、皇太子妃になるという自覚を持ってからクリスタはますます美しくなったような気がする。
わたくしはエクムント様の目に美しく映っているのだろうか。
エクムント様はわたくしを美しいと言ってくださるが、本当に心からそう思っているのだろうか。
気になりはしたものの、エクムント様の言葉を信じるしかわたくしには道はない。
エクムント様のような誠実で真摯な方が嘘をつくとも思えなかった。
踊って一息つくと冷たい葡萄ジュースを飲む。エクムント様は葡萄酒を飲んでいた。
葡萄酒がグラスの表面を伝って一筋垂れたのを、エクムント様が素早くハンカチで拭う。そのハンカチはわたくしの見覚えのあるものだった。
「わたくしが刺繍をしたハンカチではないですか。まだ使っていてくれたのですか?」
かなり前にプレゼントしたわたくしが刺繍をしたハンカチは、くたびれていたが刺繍が解けてはいなかった。
「エリザベート嬢にもらったものです。大事に使っています」
「嬉しいですが、少し恥ずかしいです。新しいハンカチを作りますので、それを使ってください」
「私にとってはエリザベート嬢から貰った大事な宝物なのですよ」
エクムント様のことが好きで好きで堪らなくて、一針一針丁寧に刺繍してプレゼントしたことは覚えている。あれはわたくしがまだ学園に入学していない頃のことだ。それからずっと使い続けてくださっているというのは本当にありがたいし嬉しいのだが、まだ幼いころの刺繍なので拙いところもあって恥ずかしくもある。
新しいハンカチをプレゼントするのでそのハンカチは使わないようにお願いすると、エクムント様は了承してくださった。
「使わなくなったハンカチは大事に取っておきます」
「捨ててくださって構わないのに」
「エリザベート嬢から貰ったのです。大事にしますよ」
そのハンカチをずっと持っておいてくださるのかと思うと、恥ずかしいやら嬉しいやらでわたくしは複雑な気持ちだった。
ダンスが終わって部屋に帰るとレーニ嬢も部屋に帰っていた。
「クリスタはまだ帰っていないのですね」
「クリスタ嬢はお声を掛けたら、ハインリヒ殿下が休まれるまではご一緒すると言っていました」
まだ結婚したわけではないし、わたくしたちは未成年なので晩餐会の最後までお付き合いする必要はない。それでもクリスタはハインリヒ殿下にずっと寄り添い続けることを決めたのだろう。
クリスタには悪いがわたくしとレーニ嬢は先に休ませてもらうことにした。
お風呂に入って寝る支度をしていると、クリスタが帰ってきた。部屋にはクリスタ用の軽食が準備されている。
軽食を食べてクリスタもお風呂に入って寝る準備をする。
「クリスタ、お疲れさまでした」
「今何時なのでしょう? こんな時間……わたくし、明日起きられるかしら」
「起きられなかったら起こして差し上げますよ、クリスタ嬢」
「ハインリヒ殿下は朝に弱いと仰っていましたが、こんな時間に寝ていたのならば朝に起きられなくても当然です。それでもハインリヒ殿下は起きて朝のお散歩に付き合ってくださる。わたくしも気合を入れて起きなければいけませんね」
ハインリヒ殿下と同じ時間まで起きていて初めてクリスタはハインリヒ殿下の理解が深まったようだった。
お休みなさいの挨拶をしてわたくしたちは眠る。
翌朝は早朝に起こされて、眠いけれど何とか起きて、フランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿と庭に行った。
庭ではエクムント様とハインリヒ殿下とユリアーナ殿下とオリヴァー殿とナターリエ嬢が待っていてくれた。
「この庭でしか見られない皇帝ダリアを見に行きましょう」
「皇帝ダリアの季節でしたね」
皇帝ダリアの咲く季節になっていると気付かされたのはエクムント様の言葉からだった。
みんなで皇帝ダリアの植えてある花壇まで行く。皇帝ダリアは背が高いので、見上げると圧巻と言った雰囲気である。
「隣国から友好の証に贈られた皇帝ダリア、とても立派ですね」
「大きいです」
見上げてデニス殿とゲオルグ殿が圧倒されている。
六メートルを超えるくらいまで大きく育つこともあるという皇帝ダリア。王宮の皇帝ダリアも五、六メートルはあるのではないだろうか。
「デニス殿は皇帝ダリアについて勉強したのですか?」
「はい。隣国との関係を今勉強しています」
デニス殿もゲオルグ殿も家庭教師をつけて勉強をする年齢になってきている。ユリアーナ殿下の問いかけに答えるデニス殿はレーニ嬢と同じ緑の目を輝かせていた。
「隣国の言葉も勉強していますか?」
「少しずつ勉強しています」
「それでは、隣国の詩の本をデニス殿とゲオルグ殿にお贈りしましょう」
「いいのですか!?」
「わたくしは詩は難しくて分からなかったのですが、オリヴァー殿に習って少しずつ意味が分かってきました。デニス殿もゲオルグ殿も詩の勉強をなさった方がいいと思います」
デニス殿とユリアーナ殿下で詩の話になっているが、詩の話になるとわたくしもエクムント様も落ち着かなくなってしまう。
わたくしは詩はオリヴァー殿に教えてもらっているが、どうしても完全に理解するところまではいかない。エクムント様も詩は苦手だと仰っていた。
芸術というものは難しいのだと分かっているのだが、わたくしとエクムント様のように詩に理解がないと、詩が学園の授業に入ってきたこの国では教養という面で不利かもしれない。
「エクムント様、わたくしも詩の勉強を学園でしてきました。エクムント様の元に嫁いだ暁には、詩のことをお教えできるように頑張ります」
「お願いします。私も不器用な軍人だから芸術は解さないなどと言っていられませんからね」
社交界において教養は必要とされるものだ。
特にこれから開かれるノルベルト殿下のお誕生日のお茶会では、ノエル殿下がご一緒なので詩が発表されることもあるだろう。そのときに全く意味が分からないなどということがあってはならない。
詩の勉強の成果が試されるときが来ているのかもしれないとわたくしは思っていた。
朝のお散歩を終えると、それぞれの部屋に戻って朝食を食べる。
わたくしもエクムント様と結婚したら辺境伯家の部屋で朝食を食べるのかもしれないと考えると、ドキドキしてくるが、今日はディッペル家の部屋で朝食を食べた。
クリスタは昨日あまり食べられていなかったせいか、朝食のパンをお代わりしていた。
朝食を終えて荷物を纏めると、一度ディッペル家に帰ることになる。その後でもう一度出直して、ノルベルト殿下のいらっしゃるアッペル大公領に向かうのだ。
ノルベルト殿下は王家のお誕生日の式典では昼食会とお茶会と晩餐会を開いていたが、アッペル大公領でのお誕生日ではお茶会だけにするようだった。我が家の両親も二人纏めてお誕生日を祝っているうえに、お茶会しか開いていないように、身分が高くなっても昼食会から晩餐会までを開くのは負担が大きいのでお茶会だけに縮小している家がほとんどだった。
ノルベルト殿下もそうするし、ノエル殿下のお誕生日もそのように祝われるだろう。
馬車で列車の駅までは、エクムント様の馬車に見守られながら行くので安心感があった。
列車の駅で別々の列車に乗って、エクムント様とはしばしのお別れをするのだが、エクムント様はわたくしたちが列車に乗るをの見届けて列車の乗るつもりのようで、列車のホームでわたくしに手を振ってくださっていた。
「エクムント様、次はノルベルト殿下のお誕生日のお茶会でお会いしましょう」
「エリザベート嬢、どうか、お気を付けて」
手を振ってくださるエクムント様に、わたくしも手を振り返した。
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