エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

4.クリスタちゃんの変化

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 新年度が始まってわたくしとハインリヒ殿下とオリヴァー殿とミリヤム嬢は六年生に、クリスタちゃんとレーニちゃんは五年生に、リーゼロッテ嬢は四年生になった。
 卒業の年と思うとわたくしも身が引き締まる思いだ。
 クリスタちゃんもお茶会の主催を引き継いでするようになって、少し変わってきた気がする。

「春休みにハインリヒ殿下に王宮に連れて行っていただいて感じました。わたくしは皇太子妃になるのです。もっと皇太子妃としての振る舞いを覚えなければいけません」

 春休みにハインリヒ殿下と王宮に行って一人で国王陛下と王妃殿下とハインリヒ殿下と話したのがいい方向に向かったようなのだ。ずっとわたくしとエクムント様のことばかりを見ていて、羨ましがっていたクリスタちゃんに変化が現れた。
 皇太子妃になるということは、将来は王妃殿下になって国母になるということなのだ。その自覚が出てきたのかもしれない。
 前より熱心に自分の振舞い方を学んで、マナーを学び、隣国との関係性も学んでいるクリスタちゃんの立派さにわたくしは感動してしまった。

 クリスタちゃんは成長している。

 わたくしも辺境伯夫人となるために成長しなければいけない。

 きっとエクムント様はこのままでいいと言われるかもしれないけれど、わたくしはこのままの自分で納得していなかった。もっと完璧な淑女になれるはずだ。国一番のフェアレディと呼ばれた母のようになりたいとわたくしは思っていたのだ。

 春からわたくしとクリスタちゃんはますます勉強に励むこととなった。
 クリスタちゃんは内面から輝くように美しくなった。わたくしもそうなりたいと思って努力していた。

 夏の始まりのレーニちゃんのお誕生会にはレーニちゃんのせいではないのだがわたくしは少しだけ怖い思い出がある。レーニちゃんのお誕生日のお茶会に行く途中に両親とふーちゃんとまーちゃんの乗っている馬車が暴走した馬車にぶつけられて、ドアが開かなくなり、横転したのだ。
 幸い両親もふーちゃんもまーちゃんも無事だったが、あのときのことは思い出すだけで胸がざわざわとしてくる。

 レーニちゃんのお誕生日のお茶会に行く途中でわたくしは何度もエクムント様の馬車が後ろから追いかけてきてくださっているのを確認していた。あのときもエクムント様が迅速にドアを外して開けてくださって、両親とふーちゃんとまーちゃんを助けてくれた。
 エクムント様には本当に感謝してもしきれないくらいなのだ。

 無事にリリエンタール家に着くと、ふーちゃんが急いでレーニちゃんの部屋に走って行った。
 ふーちゃんの願いでリリエンタール家にはお茶会の始まるよりかなり前に着いて、わたくしたちが一番の客になっていた。ふーちゃんはレーニちゃんをエスコートしたくて早くリリエンタール家に着くようにしたのだ。

 わたくしが馬車を降りるとエクムント様がわたくしの手を取る。手を引かれて大広間まで連れて行ってもらうとレーニちゃんもふーちゃんに手を引かれて大広間に来たところだった。

「エリザベート嬢、エクムント様、わたくしのお誕生日にお越しくださってありがとうございます」
「レーニ嬢、おめでとうございます」
「フランツがレーニ嬢をエスコートしたがっていたのです。間に合ってよかったですねフランツ」
「はい、エリザベートお姉様!」

 声を掛けるとふーちゃんが嬉しそうに水色の目を輝かせて返事をする。しっかりとレーニちゃんと手を繋いでいるふーちゃんはまだ九歳だがきりりと表情を引き締めてレーニちゃんにいいところを見せようと必死だった。

 エクムント様と少し離れた場所に移って、わたくしは過去のことを思い出す。

「わたくし、あの年にはエクムント様と婚約していたのですね」
「それを言うなら、私はエリザベート嬢の年にはディッペル家にお仕えしていました」
「そうでした!」

 わたくしもそんな年齢になっているのか。エクムント様は士官学校に一年早く入学したようなので、成人の十八歳を待たずに卒業して十七歳でディッペル家にやってきた。ディッペル家で仕えてくださるようになったエクムント様を、「エクムント」と呼び捨てにすることができずにわたくしは胸の中ではずっと「エクムント様」と呼び続けていたのだ。

「懐かしい思い出です。今はこんなに立派な辺境伯となられているエクムント様がディッペル家に仕えていただなんて」
「ディッペル家で過ごした日々がなければ私は辺境伯としてやっていけなかったと思います。ディッペル家ではたくさんのことを学びました。士官学校で学んできたとはいえ、卒業したときにはまだ未成年で、私は未熟でした。カサンドラ様がディッペル家に私を預けたのが今になってよく分かります」
「エクムント様は立派な大人でした」
「エリザベート嬢が小さかったからそう思うのでしょう。私は未熟者だったのですよ」

 いつもわたくしやクリスタちゃんのことを気にかけてくださって、子ども部屋にも様子を見に来てくださっていたエクムント様はわたくしにとってはものすごく大人に思えていたのに、今のわたくしと同じ年だったのかと思うと驚いてしまう。
 わたくしはあの頃のエクムント様のような立派な大人になれているのだろうか。

「わたくしが辺境伯領に行っている間、クリスタは一人で王宮に行っていました。そこで自分が将来皇太子妃になるという重要性に気付いたようなのです」
「クリスタ嬢は大事なことに気付かれたのですね」
「そうです。それで、皇太子妃になるために勉強をしています」

 わたくしが言う前に勉強を始めたクリスタちゃんは、皇太子妃の道を意識して、その道を歩き始めたのかもしれない。わたくしは辺境伯夫人の道を意識して、立派な辺境伯夫人になれるように勉強をしている。

 クリスタちゃんとわたくしの道はこれから別々になっていくのだと思うと、寂しさを感じずにはいられない。
 それでも、将来のために必要なことがクリスタちゃんにも見えてきたのだと思うと、可愛い妹の成長をわたくしは喜ばしく思う気持ちがわいてくる。

「エリザベート嬢とクリスタ嬢、場所は別々になりますが、共に国を支えていく女性となりますからね」
「そうなのです。わたくしは辺境伯夫人、クリスタは皇太子妃として国を支えていくのです」

 わたくしも結婚したら学園を離れて、ディッペル家も離れて辺境伯領に住むことになる。クリスタちゃんはわたくしが結婚してから一年間は学園で勉強をして、その後でハインリヒ殿下と結婚をすることになる。
 王都と辺境伯領で場所は離れてしまうが、国を支えたいという気持ちは同じだと思っている。
 それに、気軽には会えなくなってしまうが、国王陛下の生誕の式典や皇太子であるハインリヒ殿下のお誕生日にはわたくしも王都に行くので会えるはずだ。
 ディッペル家で行われる両親の誕生日も、ふーちゃんの誕生日も、会える場所にはなるはずだ。

 皇太子妃と辺境伯夫人となると、他の貴族にご挨拶もしなければいけないので、しっかりと話ができるかどうかは分からないが、それでも時間を作ろうと思えばできないわけではない。
 わたくしとクリスタちゃんをふーちゃんとまーちゃんが朝のお散歩に誘いに来るかもしれない。そのときにはきっと一緒に過ごせるだろう。

 胸に一抹の寂しさを抱えたわたくしにエクムント様が気付いているのかわたくしの手を握ってくる。

「クリスタ嬢から大事なお姉様を奪うようで心苦しかったのですが、クリスタ嬢も自分の立場を進む道を意識するようになったようですね」
「大事なお姉様を奪うって……」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢はずっと本当に仲がよかったですからね」

 そのことを一番近くで見て知っているのはエクムント様であるという確信はあった。
 小さなころからエクムント様はわたくしとクリスタちゃんのそばにいてくださった。

「エクムント様、わたくし、少し寂しいですが、立派な辺境伯夫人になれるように努力していきます」

 エクムント様の手を握ってわたくしは宣言した。
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