エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十三章 わたくしの結婚

2.カサンドラ様の願い

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「エリザベート嬢、春休みはもう少しありましたよね」

 クリスタちゃんのお誕生日の席でエクムント様に問いかけられてわたくしは頷いた。
 もう新年度が迫っているが、春休みはまだ数日ある。

「カサンドラ様がエリザベート嬢とお話をしたいと仰っています。辺境伯領に来ていただけませんか?」
「わたくし一人だけですか?」
「もうエリザベート嬢も十七歳です。一人で辺境伯領に来てもいい年齢になっているのではないでしょうか」

 わたくしが辺境伯領に行くとなると、シュタール家の春薔薇を見たがっているまーちゃんも一緒に来たがるような気がしているのだが、わたくしはエクムント様に一人で誘われたことをどこか喜んでいた。
 エクムント様がわたくしを大人と認めてくださったような気がしていたのだ。

「両親に許可を取ってまいります。少々お待ちください」

 両親の座る少し離れた席に行って、わたくしはエクムント様から言われたことを両親に相談する。

「カサンドラ様がわたくしとお話をしたいと仰っているそうなのです。辺境伯領に行ってもいいでしょうか?」
「護衛をきちんとつけるのだよ」
「エクムント殿が辺境伯領の駅に迎えに来てくれるようにお願いしましょう」

 そんな小さな子どもではないのだが、公爵家の娘ともなると気軽には外出できないのだ。
 わたくしが両親の言葉に頷いていると、エクムント様がお隣に来ていた。

「私が辺境伯領に帰るときに一緒にお連れしようかと思っていました」
「それならば安心ですね」
「エクムント殿、エリザベートをよろしくお願いします」

 エクムント様と一緒に辺境伯領まで旅ができる。
 それもまたわたくしにとっては嬉しいことだった。

「わたくしも辺境伯領に行きたいです」
「マリア、今回は招かれているのはエリザベートですから、ディッペル家で待っていましょうね」
「きっとカサンドラ様は結婚の話をすると思う。それにはマリアは同席できないからね」

 両親に言われて一緒に行きたがっていたまーちゃんは渋々我慢したようだった。

「お姉様がエクムント様と二人きりで旅行!?」

 目を輝かせているクリスタちゃんに、ハインリヒ殿下が問いかける。

「その間、クリスタ嬢は王宮に来ますか?」
「いいのですか!?」
「結婚指輪の相談をしたいと思っていました。結婚指輪の注文には父上と母上も相談に乗ってくれると思うので、王宮で話をしませんか?」
「お父様、お母様、わたくし行ってもいいですか?」
「エリザベートだけ許して、クリスタを許さないわけにはいかないね」
「王都ならば学園でいつも行っていますし、ハインリヒ殿下もご一緒ならば安心でしょう」

 普段ならばわたくしについてきたがりそうなクリスタちゃんも、ハインリヒ殿下の言葉で王宮に行くことに心が傾いている。
 どうやらわたくしはエクムント様と二人きりの時間が持てそうだった。

 お茶会が終わると、わたくしは大急ぎで荷物の準備をしていた。窓で繋がった隣りの部屋ではクリスタちゃんが荷物の準備をしているのが分かる。廊下ではハインリヒ殿下とエクムント様が話しながらゆったりと待っていてくれた。
 トランクいっぱいの荷物を抱えて部屋から出ると、エクムント様がスマートにわたくしの荷物を持ってくれる。
 クリスタちゃんの荷物はハインリヒ殿下が持ってくれていた。

「それでは参りましょうか」
「はい、エクムント様」
「お姉様、行ってらっしゃいませ。わたくしも行ってきますわ」
「行ってらっしゃい、クリスタ」

 エクムント様に手を取られて、クリスタちゃんに挨拶をしたわたくしは辺境伯家の馬車に乗っていた。
 馬車は四人乗りだが、エクムント様とわたくしは隣同士で座っている。

「エリザベート嬢、急な誘いを受けてくださってありがとうございます」
「カサンドラ様のお話とは何なのでしょうね」
「結婚に関することだと思いますよ」

 結婚に関することをカサンドラ様から話があるというのは、少し緊張する。カサンドラ様はエクムント様の義母にあたって、わたくしがエクムント様と結婚したらわたくしの義母にもなるのだ。
 嫁姑の争いが頭の中に浮かんだのは、前世の記憶かもしれない。前世でわたくしは恋愛に縁がなくて仕事ばかりだったが、本を読むのが大好きで、その本の中で嫁姑の争いを読んだことがある気がする。
 いい嫁にならなくてはいけないと思ってはいるのだが、貴族の嫁となると、料理をするわけでもなく、家事をするわけでもない。大事なのは世継ぎを残すことだと言われているが、カサンドラ様自身が結婚されていなくて、エクムント様を養子にもらって辺境伯を継がせているので、世継ぎに関してどう思っているのかも分からない。
 わたくしはカサンドラ様に何を言われるのだろう。
 緊張感がエクムント様にも伝わったのだろう、エクムント様はわたくしの肩を抱いて微笑んでくださる。

「そんなに緊張することはないですよ。きっといいお話です」
「いいお話、でしょうか。辺境伯家に嫁に入るには何かをしなければいけないとか……わたくし、銃の扱いはできませんわ」

 カサンドラ様が求めてくることと考えると、カサンドラ様自身士官学校を卒業していらっしゃって、軍の司令官でいらっしゃったので、体を鍛えることや銃の扱いと考えてしまうとますますわたくしは困ってしまう。
 わたくしはそのようなことはできる限りしたくないと思っているのだ。

 荒っぽいことはわたくしは怖くてたまらない。戦うなど考えたこともなかった。
 できれば全てを話し合いで解決したい。
 それではいけないのだろうか。

 考え込んでしまうわたくしを馬車から列車に誘いながら、エクムント様がにこやかに告げる。

「心配することは何もありません。エリザベート嬢には私がついていますからね」

 エクムント様がわたくしの味方でいてくれるというのは嬉しいのだが、カサンドラ様のお話というのがどうしてもわたくしには想像が付かないのだ。
 列車で辺境伯領に行くと、エクムント様が馬車に乗り換えて辺境伯家まで連れて行ってくれる。護衛の数は少なかったが、エクムント様は軍人で戦える方なのでわたくしは安心して移動することができた。

 辺境伯家に入るころには時刻はすっかりと夕方になって日も暮れていた。
 暗い庭を歩いて辺境伯家に入ると、食堂に呼ばれる。トランクを部屋に運んでもらって、わたくしはエクムント様と一緒に食堂に行った。
 食堂ではシャツにスラックス姿のカサンドラ様がいた。
 カサンドラ様はビロードの大きめの箱を持っているようだ。

「エリザベート嬢、よく来てくれた。話したいことがあったのだ」
「お話とはなんでしょう、カサンドラ様?」
「私は結婚はしていないが、私がまだ結婚する可能性があると思っていたころに、両親が私のためにティアラを作ってくれたのだ。それは私は一度も被っていない。エリザベート嬢が結婚式の準備をする前に言っておかなければいけないと思って急遽来てもらった」
「ティアラですか?」
「そうなのだ。私は結婚しないとどれだけ言っても、両親は私が結婚することを願って作らずにはいられなかった。エリザベート嬢、もし嫌でなければ、そのティアラを被って結婚式に出てくれないか?」

 本当に結婚のお話だった。
 しかも、ティアラをカサンドラ様からわたくしに譲ってくださるというようなお話だ。
 ビロードの箱を開けてカサンドラ様がわたくしにティアラを見せてくれる。
 銀色でところどころダイヤモンドと思しき宝石が煌めくティアラにわたくしは見入っていた。

「とても美しいです。こんなものをお借りしていいのですか?」
「借りるのではない。もらってほしいのだ」
「でも、ご両親がカサンドラ様のために作られた大事なティアラではないのですか?」
「私は使うことのないものだ。エリザベート嬢に贈れば、エリザベート嬢にいつか子どもが生まれたときに受け継がれるかもしれないだろう。もちろん、子どもが生まれなかった場合には養子で構わないのだが」

 貴族社会では世継ぎを産むことが何よりも大事とされているが、カサンドラ様は自分が結婚もせず子どもも産まなかったので、世継ぎも養子で構わないと言ってくださる。
 わたくしにプレッシャーを掛けまいとするそのお心をありがたく受け取りつつ、わたくしはティアラを手に取った。
 そっと頭の上に乗せてみると、エクムント様の笑みが深くなる。

「とてもお似合いです。エリザベート嬢の銀色の光沢のある黒い目に、銀のティアラがよく映えます」
「カサンドラ様、ありがとうございます。わたくし、喜んで受け取らせていただきます」
「もらってくれるのか、よかった。せっかく作ってもらったのに、私は使うことがなかったから両親にも申し訳なく思っていたのだ。エリザベート嬢が使ってくれるなら両親の想いも浮かばれる」

 カサンドラ様のご両親が作ってくださったカサンドラ様のためのティアラをわたくしは譲り受ける決意をした。
 このティアラを被ってエクムント様の元に嫁ぐのだ。

「夏休みに来るときまでに磨いておいて譲る準備をしよう。それでは、夕食にしようか」

 ティアラをビロードの箱の中に納めて、わたくしは夕食の席に着いた。
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