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十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

42.瑠璃色の懐中時計

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 翌朝、ふーちゃんとまーちゃんに起こされて、クリスタちゃんとエクムント様と朝のお散歩をして、朝食を食べ終わると、わたくしは急いで自分の部屋に戻っていた。
 エクムント様とお出かけをするための服に着替えるのだ。
 どうせコートとマフラーと手袋で見えなくなってしまうが、エクムント様とお出かけをするときには一番可愛い服を着ていたかった。
 冬用のワンピースの中からシックな印象のある紺色に花柄のワンピースを選んで身に着ける。下にシャツを着るタイプだったので、シャツの白い襟が見えて、そこも爽やかで気に入っている。

 準備をして玄関前に降りていくと、エクムント様も準備を終えて待っていてくれた。
 エクムント様に手を取られて馬車に乗る。

 エクムント様が連れてきてくれたのは高級な装飾品の売っているお店だった。
 エクムント様が店に入ると、店員が素早くエクムント様の脱いだコートや帽子、マフラーを受け取っている。わたくしもコートやマフラーを外すと、店員が受け取ってくれる。

「責任をもってお預かりいたしますのでご安心ください」
「注文を入れていた、エクムント・ヒンケルだ」
「お待ちしておりました、ヒンケル辺境伯様」

 エクムント様が名乗ると奥の部屋に連れて行かれる。
 ゆったりとしたソファのある部屋で、座るように促されて、エクムント様と並んでソファに座っていると、店員とは明らかに違う高級なスーツを着た男性が部屋に入ってきた。男性はビロードの箱を持っている。

「ご注文の品は出来上がっております。辺境伯様からご注文を頂けるなど光栄です」
「見せてくれるか?」
「はい、こちらです」

 男性がビロードの箱を開くと、二つの金色の懐中時計が中に入っていた。一個はもう一個より二回りほど小さめに作られている。
 上の部分を押すと懐中時計の蓋が開く。
 金色の蓋が開いた中には、瑠璃色の文字盤があった。

「ご注文通り、ラピスラズリで文字盤を作らせていただきました。こちらには十二時の場所に小さなダイヤモンドを埋め込んであります」
「手に取っても?」
「どうぞ」

 エクムント様が手を伸ばして懐中時計を手に取る。
 きらきらと金色に輝く懐中時計は、文字盤がラピスラズリでできていて、夜空のように輝いていた。

「美しいですね」

 思わずため息を漏らしたわたくしに、エクムント様が小さい方の懐中時計を持たせる。

「女性は懐中時計は使わないかもしれないと思ったのですが、私とお揃いにしたくて注文しました」
「わたくしに?」
「もしよろしければ使ってください」

 外側や縁は金色に輝いて、文字盤がラピスラズリでできていて、十二時の場所に小さなダイヤモンドが埋め込んである懐中時計が、わたくしのものになる。懐中時計には金の鎖もついていた。
 その美しさにうっとりとしていると、エクムント様が支払いを済ませてしまう。

「学園には教室にも部屋にも食堂にも掛け時計があるから、それで時間を見ていました。これがあれば、いつでも時間を確認できますわ」
「気に入ってくださったのならよかったです」
「とても美しくて素敵です。本当にありがとうございます」

 懐中時計を胸に抱くようにしてお礼を言えば、エクムント様がわたくしの肩を抱く。
 店の男性はもう部屋からいなくなっていた。

 ドアは閉じられて部屋には二人きり。

「時計を贈るのは、同じ時を生きたいという意味があるのだと聞いたことがあります。エリザベート嬢と同じ時を生きたいと思って、その懐中時計を贈りました」
「エクムント様……」

 耳元で囁かれる言葉にわたくしは顔が真っ赤になってしまう。
 エクムント様はわたくしの肩を抱いて耳元で囁いてから、わたくしを開放して、わたくしの手を取った。

「帰りの列車までもう少し時間があります。もう一軒行きたい店があるのです」

 エクムント様に立たせていただきながらわたくしは、無言で頷いていた。声を出すと照れで裏返っていそうな気がしたのだ。

 コートとマフラーを受け取り、身に着けて馬車に乗ると、エクムント様はわたくしを町中の小さな店に連れて行ってくれた。
 入り口に飾ってあるトルソーに着せられたワンピースにわたくしは目が離せなくなる。エクムント様は店の中に入って、髪飾りを見ているようだが、わたくしはどうしてもそのワンピースが気になっていた。
 爽やかな空色のワンピース。襟と袖口が白くて、裾には白いレースがついている。腰はベルトで調整するタイプのようで、わたくしにも着られそうだ。

 どうしてもそのワンピースから目を離せないわたくしに、エクムント様が声を掛ける。

「試着してみますか?」
「でも……」
「お似合いになると思いますよ」

 エクムント様に背を押されてわたくしはそのワンピースを試着した。裾の長いワンピースだったので、長身のわたくしでも着ることができた。
 ウエストをベルトで調整して試着室から出てくると、エクムント様が金色の目を見開いている。

「とてもよくお似合いです。エリザベート嬢のために誂えたかのようです」
「あの……でも、わたくし……」

 外出することがそもそもなくて、服は屋敷に仕立て職人を呼んで誂えているので、わたくしは支払ったことがない。わたくしはお金というものを持ち歩く習慣がなかったのだ。
 お出かけだと聞いていたので、持ってくればよかったのだが、そういうことよりもどの服を着るかで頭がいっぱいでそこまで気付かなかった。
 恥ずかしく試着室に戻って元のワンピースに着替えて、このワンピースは申し訳ないけれど買えないと店主に言おうとしたら、店主は試着室から出てきたわたくしからワンピースを受け取って、さっさと包んでしまった。

「これはわたくし、買えないのです」
「お代は旦那様からいただいています」
「え!?」

 エクムント様の顔を見れば、静かに頷いている。

「エリザベート嬢にお似合いだったので、これも私から贈らせてください」
「そんな、申し訳ないです」
「いいのです。元々、エリザベート嬢に髪飾りを買おうと思って寄った店なのです。髪飾りがワンピースになっただけと思ってください」

 どうしてもこのワンピースが欲しかった。
 わたくしはこのワンピースに一目で夢中になってしまったのだ。それをエクムント様は分かっていた。

「ありがとうございます。大切に着ます」
「私と一緒のときに着てください。それが一番嬉しいです」
「エクムント様とご一緒のときに着ますわ」

 約束してわたくしはワンピースの包みを受け取った。

 エクムント様はこれから列車に乗って辺境伯領まで帰らなければならない。
 名残惜しいがわたくしは駅までエクムント様を送っていく。
 帰りはそのまま馬車でディッペル家まで帰れるし、護衛もいるので平気だろう。

 列車の駅に着くと、粉雪がちらついていた。
 エクムント様は帽子を被って、マフラーをして、コートも身に纏ってしっかりと防寒をして列車の駅に降り立つが、辺境伯領に戻ればその防寒も必要なくなるのだろう。

「エクムント様、今日は本当にありがとうございました」
「エリザベート嬢と二人きりの時間を過ごせてよかったです。流行りの喫茶店にでも行く時間があったらよかったですね」
「それは次回のお楽しみに致しましょう。エクムント様、お気を付けて」
「エリザベート嬢も気を付けてディッペル家まで帰られてください」

 本当ならば送るつもりだったのに、申し訳ない。

 エクムント様に謝られてわたくしは首を振る。
 時間が無くなってしまったのは、わたくしが店でワンピースを試着したりして時間がかかってしまったからだ。エクムント様に非はなかった。

「次にお会いするのは国王陛下の生誕の式典ですね」
「エリザベート嬢とまた会えるのを楽しみにしています。本当はこのまま辺境伯領に攫ってしまいたいのですがね」
「エクムント様!?」
「冗談ですよ」

 悪戯っぽく微笑んだエクムント様がわたくしの指先にキスをする。
 時計を贈るのには意味があるとエクムント様は言っていたが、キスをする場所にも、服を贈るのにも意味があった気がする。
 詳しくはわたくしも覚えていなかったので、それはそれとして、列車に乗るエクムント様に手を振って見送った。

 ディッペル家に帰ると、わたくしはクリスタちゃんに質問攻めに遭うのだった。
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