エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

40.乳牛の視察とカレーライス

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 わたくしは今、ディッペル家の子ども部屋の前に立っている。
 ディッペル家の子ども部屋のドアを開けると、もう一枚ドアがあるような状態である。木で作られた柵のドアは隙間なく上の枠までしっかりと覆っている。
 その枠に子猫のシロとクロが上っているのが見えた。

「エリザベート様、今、シロとクロを捕まえます。柵を開けるのは少々お待ちください」

 マルレーンとデボラが椅子を持ってきてシロとクロを柵の一番上から引きはがしていた。子猫というのは小さな隙間から抜け出るし、高い場所にも上ってしまうので、ここまでしなければいけなかった。

 王都からディッペル家に帰って、わたくしは学園の宿題をしつつ、エクムント様がいらっしゃる日を心待ちにしていた。エクムント様がいらっしゃる日にはお気に入りの冬用のワンピースを着て出迎えようと準備をしていたのだ。
 エクムント様はシロとクロのことを気にしていたようだから、子ども部屋でシロとクロと触れ合いながら話すのも悪くないだろう。

 エクムント様の到着を子ども部屋で待っていると、エクムント様がやってくる。
 柵の開け閉めも迅速で無駄がなく、シロとクロを逃がすこともない。

「エリザベート嬢、シロとクロも大きくなりましたね」
「そうなのです。柵から脱走しようと柵に上ってばかりで困ります」

 話していると、わたくしの足元にシロとクロがやってきた。いつも足にすり寄られるのでそれかと思って放っておくと、わたくしのワンピースを上ってくる。

「きゃー!? わたくしのワンピースが破れてしまいます! シロ、クロ、降りてください!」

 急いでシロとクロを降ろそうとするのだが爪が引っかかってなかなか降ろせない。黒いしているとエクムント様が手を伸ばしてシロとクロの爪を外してくれた。

「す、すみません」
「いいのですよ」

 わたくしが謝ればエクムント様は笑顔で応じる。そのエクムント様の足元からシロとクロが上り始めていた。

「シロ、クロ、エクムント様に上ってはいけません!」
「私は構いませんよ。軍服は丈夫にできていますから破れません」

 鷹揚に構えているエクムント様にシロとクロはどんどん上っていく。エクムント様自身が二メートル近くあるから、上り甲斐があるのだろう。
 肩近くまで登ったシロとクロをエクムント様は抱いて椅子に座った。膝の上に乗せて撫でているとシロもクロも喉を鳴らしている。
 エクムント様のように落ち着いている方だったら、子猫との暮らしも無理はないのかもしれないと思った。

「今回はスパイスと大豆で作ったソースを持ってきました。厨房に持っていきますか?」
「はい、ご一緒しましょう」

 本題に入るエクムント様に、わたくしはシロとクロをデボラとマルレーンに任せて、厨房に移動した。
 厨房では料理長がわたくしとエクムント様の訪れを待っていた。

「新しい料理を作られるのでしょう? エリザベート様はポテトチップスといいコロッケといい、肉じゃがといい、面白いものを思い付かれますからね」
「今回はわたくしが思い付いたわけではないのです。王宮の書庫にあった料理です」

 カレーライスの作り方をわたくしは料理長に伝える。

「お米は水で炊きます。今回はチキンカレーを作るので、スパイスを最初に調合して、切った鶏肉と人参とジャガイモを、飴色になるまで炒めた玉ねぎと合わせて炒めて、それに水を足して煮ます。煮た後でスパイスで味付けをして、小麦粉でとろみをつけて、トマトで味の調整をします」
「やってみましょう」

 わたくしが言った手順をメモしていた料理長はチキンカレーを作ってみてくれる。厨房中にスパイスのいい香りが漂う。
 出来上がったカレーライスは、今日の昼食になった。

 昼食に出てきたカレーライスをクリスタちゃんもふーちゃんもまーちゃんも興味深そうに見ている。

「正式な場面では出せませんが、エリザベートの食べたかったものです。いただきましょう」
「これがエリザベートの食べたかったものなんだね」

 両親もカレーライスを食べるのに意欲的である。
 わたくしも少し食べて、懐かしい味に感動してしまった。
 お米の種類が違うので、若干違和感はあるが、それにしてもカレーは美味しくできている。ピリリと辛くて、スパイシーでとても美味しい。
 ふーちゃんとまーちゃんはお水を飲みながら食べていた。

「辛いけれど美味しいです」
「わたくし、汗をかいてきました」

 寒い冬にはスパイスが体を温める、最高の料理になるかもしれない。
 それ以外にも肉じゃがもエクムント様が持ってきてくださった醤油でリベンジしたかったが、今回はカレーライスが成功したのでそれでよしとした。

 昼食を食べ終わると、エクムント様と両親は乳牛の視察に行く。わたくしも汚れても構わない服に着替えてご一緒することにした。

 雪の道を馬車が走る。
 ディッペル公爵領の中でも雪の多い地域に向かって馬車は走って行った。
 農場に着くと、エクムント様がわたくしの手を取って馬車から降ろしてくださる。
 両親を見ると農場のひとたちは帽子を取って頭を下げていた。
 こういう雪の中では、帽子はお洒落ではなくて防寒具の一つだ。頭を上げるとすぐに帽子を被り直している。

「乳牛を見せてもらいに来ました。こちらはエクムント・ヒンケル辺境伯です」
「乳牛を何頭か買い取りたいと仰っている」
「お話は伺っております」
「どうぞこちらへ」

 牛舎の中に入れてもらうと、牛が一頭ずつ区切られたスペースに入れられていた。どの牛も毛が生えていて、その毛がもふもふと長いのだ。

「この牛は授乳期間が長いのです。ですが、この毛は寒さに耐えるために生えているので、辺境伯領で飼育できるか分かりません」
「辺境伯領の中でも涼しい山間の土地で飼育しようと思っている」
「それならば可能かもしれません」

 毛の長い牛は授乳期間が長い、つまり牛乳を出す期間が長いようだ。寒さに耐えるために毛が生えているので、暑い辺境伯領での飼育に向いているかといわれれば、どうか分からないが、エクムント様は辺境伯領の中でも涼しい山間の土地で飼育しようと思っていると仰った。

「この牛は先月子牛を産んだばかりです。子牛も雌で、育てば乳牛になるでしょう」
「それではこの牛と、他にも数頭選んでくれるか」
「分かりました」

 選んでいる間にわたくしたちは農場の端の小屋に招かれた。小屋の中はストーブが焚かれて暖かい。
 農場のひとがわたくしたちにミルクティーを出してくれる。

「あの牛から絞った新鮮な牛乳で作ったミルクティーです」
「いただこう」

 牛乳も温められていて熱々のミルクティーを飲むと、体が温まる。牛乳も味が濃くて美味しい。

「とても美味しいですね、エクムント様」
「さすがディッペル領が誇る乳牛ですね」

 ミルクティーを飲みながらわたくしとエクムント様は談笑した。

 牛の出荷の準備が整うと、エクムント様とわたくしと両親は農場のひとたちにお礼を言って、馬車に乗ってディッペル家に戻って行った。
 とても寒かったが、実際に牛を飼育している場所が見られて有意義な時間だった。

 出荷された乳牛と子牛たちは、エクムント様より先に列車に乗せられて辺境伯領へ運ばれる。
 その後でエクムント様が戻ってから、用意されている山間の農場へと送られるのだろう。

 わたくしがミルクティーを辺境伯領でも飲みたいと言った我が儘が、こうやってエクムント様の誠実な行動によって叶えられようとしている。
 これからは辺境伯領に行っても、美味しいミルクティーが飲めるだろう。
 エクムント様はわたくしの我が儘までしっかりと叶えてくださる。

 辺境伯としての地位を存分に発揮してわたくしの我が儘を叶えてくださるエクムント様に、わたくしは改めて恋するのだった。
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