エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
430 / 528
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

38.醤油の登場

しおりを挟む
 昼食会が終わってお茶会の時間になるとクリスタちゃんがふーちゃんとまーちゃんを呼んできて、レーニちゃんがデニスくんを呼んできて、ハインリヒ殿下がユリアーナ殿下を呼んでくる。
 国王陛下は王妃殿下に語り掛けていた。

「ディーデリヒとディートリンデのお披露目を早くしたいものだな」
「まだあの子たちは小さいので、陛下の生誕の式典まではお待ちください」
「あの子たちの可愛さを私は世界中に知らしめたいのだ」

 ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下のお披露目を心待ちにしている国王陛下に、王妃殿下もくすくすと笑っていた。国王陛下と王妃殿下の夫婦仲はディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下の誕生を経て、ますますよくなっているように見えた。

「エクムント様、ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下を抱っこさせていただきましたよね。とても小さくて可愛かった」
「エリザベート嬢もお二方ほどではないのですが、小さかったのですよ」
「わたくしのことはいいのです」
「私にとってはこの世で一番可愛い赤ん坊でした。よく乳を飲んでふくふくとして、幸せそうに笑っていて、とても可愛かったのです」

 そんなわたくしも記憶にないころのことを言われても困ってしまう。
 エクムント様がそのころからわたくしのことを可愛がってくださっていたのはありがたいのだが、わたくしは物心ついたのが五歳くらいだろうか。それ以前のことはあまり覚えていなかった。

「オリヴァー殿、ナターリエ嬢、お茶をご一緒しましょう!」
「レーニ嬢、お会いできるのが待ち遠しかったです」

 会場にやってきたまーちゃんとふーちゃんは、わたくしのことなど視界に入っていない。

「デニス殿、お茶を致しましょう」
「はい、ユリアーナ殿下。いつも誘ってくださって嬉しいです。私たちは親友ですね!」

 ユリアーナ殿下の気持ちを全く分かっていないデニス殿の言葉も聞こえてくる。
 お茶会には子どもたちも参加して、賑やかになる。
 新しく来た十五歳以下の貴族たちに対して、ノエル殿下が挨拶をしている。

「わたくしの二十歳の誕生日にお越しくださってありがとうございます。この年はわたくしが待ちに待った年です。わたくしは次の春にノルベルト殿下と結婚いたします。この国に嫁いでくるものとして、今後ともよろしくお願いいたします」

 ノエル殿下の挨拶に拍手が沸き起こる。ノエル殿下の隣りに立って微笑んでいるノルベルト殿下も嬉しそうにしていた。

 昼食会でしっかりと昼食を食べたので、わたくしはサンドイッチやキッシュやスコーンやケーキを節制しようと心に決めているはずなのに、目の前にしてしまうと、どれも食べたくなってしまう。
 ドレスのウエストがきつくなるなんてことがあってはならないのだけれど、サンドイッチもキッシュもスコーンとクロテッドクリームとジャムも、ケーキも全種類食べたくなってしまう。
 テーブルを前にぎゅっと拳を握って我慢しているわたくしに、エクムント様が声を掛けてくださる。

「どれを食べますか? 取り分けましょうか?」
「わたくし、ケーキを一つだけにしますわ」
「いいのですか? もっと食べたいのではないですか?」
「い、いいのです」

 この国のドレスは改革があって変わった。腰をコルセットで締め付ける裾の長いものから、少し裾の短いモダンなドレスに変わったのだ。それでも、わたくしはエクムント様に美しいと言ってもらうためにウエストは細めにしていた。
 細目にしているウエストがきつくなるようなことはあってはならない。

「エクムント殿、今度の私たちの誕生日の前に視察に来るというのはどうですか?」
「視察の準備が整いましたか」
「本来ならば春の方がいいのですが、冬に子牛を産む雌もいますからね」

 そういえばエクムント様はミルクティーのための乳牛をディッペル領から連れて行くための視察を両親に申し込んでいたのだった。その準備が整ったので、両親のお誕生日の前に視察の日程が組まれたようだった。

「乳を出す期間が長い乳牛とはどのようなものか、ぜひ見てみたいです」
「辺境伯領で飼育が可能かも検証してみなければいけませんからね」
「数頭辺境伯領に連れ帰りたいと思っています」

 両親と話しているエクムント様が、わたくしの辺境伯領でも美味しいミルクティーを飲みたいという要望に応えようとしてくれているのだと思うと、とてもありがたく、感謝の気持ちしかない。
 エクムント様の視察の日程は決まりそうだった。

「そういえば、子猫のシロとクロも大きくなったのでは?」
「もうすぐ三か月になるでしょうか。子ども部屋を抜け出そうと虎視眈々と狙っているので、子ども部屋にはドアに柵が付けられました」
「元気なようならよかったです」
「視察に来たときにぜひ会ってください」

 子猫のシロとクロもかなり大きくなっていた。
 ディッペル領に帰れたのは一瞬だけだったが、それでも成長の著しさに驚いたものだ。

 話しているとエクムント様はサンドイッチを少しとスコーンをお皿に取っていた。わたくしはケーキ一個で我慢しようと思っていたが、どうしても違うケーキも気になってしまう。
 こんなに食い気があるのに、わたくしが痩せているのは年齢のせいでしかないだろう。このままだと太ってしまいそうなので、今のうちから節制することを覚えなければいけない。

「そっちのケーキも取ってください。スコーンにはジャムをたっぷりと」

 無邪気に乳母に命じているユリアーナ殿下のお皿の上に、大量に乗っているケーキやスコーンやキッシュが少し羨ましい。
 それでもわたくしはミルクティーを飲むことでなんとか我慢した。

 エクムント様とミルクティーを飲みながら話をする。

「エリザベート嬢が作りたいと言っていたカレーライスの香辛料がほとんど集まったのですよ」
「本当ですか?」
「ご両親のお誕生日の前の視察のときに持ってきましょうか?」
「お願いします」

 この世界でカレーライスを作るのはわたくしの願いでもあった。この世界の料理は美味しいのだが、どうしても記憶があると前世の世界の料理を舌が求めてしまうのだ。

「それと、エリザベート嬢が異国の調味料に興味があるということで、辺境伯家で異国の調味料を集めていたら、商人が珍しいものをくれたのですよ」
「どのような調味料ですか?」
「大豆で作ったソースです。黒い色の液体で」
「醤油ですね!」

 まさかこの世界で醤油が手に入るなんて思わなかった。
 辺境伯領は本当に色んな国と交易をしているようだ。まさか醤油まで手に入るとは思わずわたくしは喜んでしまう。

「よくご存じでしたね。私も名称をあやふやにしか覚えていなかったのに」
「それも王宮の書庫で調べたんだったと思います。異国の食材に興味があったので覚えていたのです」

 醤油があれば、未完成だった肉じゃがも完成させられるし、出汁と割って他の料理にも使えるだろう。
 さすがに鰹節やいりこは製法を知らないので再現するのが難しい。この国で出汁と言えば、牛の骨を煮込んだ出汁か、野菜を煮込んだ出汁かなのだが、それではやはり少し違う。
 こうなってくると茶碗蒸しやお刺身の可能性も生まれてくるのだ。

「醤油を辺境伯領で定期的に入手することは可能ですか?」
「できると思いますよ」
「そしたら、作ってみたい料理がたくさんあります」

 夢が広がるわたくしに、エクムント様は微笑んでわたくしの言葉を聞いていてくれた。

「エリザベート嬢と一緒にいると色んなものが食べられそうです」
「わたくしもエクムント様と一緒に、新しい料理を食べてみたいのです」

 この世界に持ち込まれる新しい料理。
 それはわたくしの記憶の中にあっても、材料がなければ再現することができない。
 それを辺境伯領の交易が材料を集めてきてくれる。

 辺境伯家に嫁いだらますます様々な料理を展開できるのではないかと、わたくしはわくわくしていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

処理中です...