上 下
423 / 528
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

31.ユリアーナ殿下のお誕生日

しおりを挟む
 わたくしのお誕生日が終わるとユリアーナ殿下のお誕生日のお茶会が開かれる。
 ドレスが同じものにならないように注意しながらドレスを選んで行く準備をしていると、クリスタちゃんに部屋を繋ぐ窓から声を掛けられた。

「お姉様、爪は塗り直さなくて平気ですか?」
「わたくしは平気ですよ」
「わたくし、右手の人差し指のネイルが剥がれてきているのですよね」

 困っているクリスタちゃんにわたくしは声を掛ける。

「クラリッサに相談してみればどうですか?」
「そうします」

 クリスタちゃんが部屋にクラリッサを呼ぶと、クラリッサはクリスタちゃんの爪を見て決めたようだ。

「時間があまりありませんので、端が剥がれているだけなので、その部分を塗り直して補修したいと思います」
「お願いします、クラリッサ。綺麗にしてください」
「補修したと分からないくらい綺麗に仕上げますよ」

 請け負ってくれたクラリッサにクリスタちゃんは安心しているようだった。
 やはり家に専属のネイルアートの技術者がいてくれるのは心強い。いつでも爪の塗り直しを頼めるのはありがたかった。

「クラリッサ、クリスタお姉様の次は、わたくしの部屋に来て」
「マリア様、終わりましたらすぐに参ります」
「わたくし、少し爪が伸びてしまって、どう切ればいいか分からないのです」
「マリア様は爪を整えましょうね」

 わたくしもクリスタちゃんもまーちゃんも生活に支障がないように爪は丸く切っている。まーちゃんは爪が伸びると危ないので、切りたいのだが爪を塗っているのでどうやって切ればいいのか分からないのだろう。
 そういう爪のケアもしてくれるとなるとますますクラリッサは重宝する。

「クラリッサがいてくれてよかったです。ありがとうございます」
「とんでもありません、クリスタ様」

 爪を塗り直してもらってクリスタちゃんはクラリッサにお礼を言っている。頭を下げてクラリッサはまーちゃんの部屋に行っていた。まーちゃんの部屋では爪を切ってやすりがけをして危険のないようにしてくれるようだ。
 美しさのために爪を伸ばしている貴婦人も見られるが、あれは生活がしにくそうだし、まーちゃんの年だと爪を伸ばしすぎているのはやはり危険だ。クラリッサが細かく切ってくれるのが一番だろう。

 支度を整えると、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんで馬車に乗る。両親は別の馬車に乗っている。

「レーニちゃんのお誕生日のお茶会に行く途中の事故、本当に怖かったですわ」
「ふーちゃんもまーちゃんも無事でよかったです」
「お父様とお母様も無事でした」
「エクムント様のおかげですね」

 馬車に乗るとどうしてもそのことを思い出してしまう。
 王都までの列車に乗り換えて、列車が着いて駅で降りると、エクムント様が馬車でわたくしたちを待っていてくれた。わたくしたちの二台の馬車が動き出すと、エクムント様の馬車は後ろからついてきてくれる。
 両親の死をあんなに恐れていたわたくしだが、エクムント様がそばにいてくれれば両親はそんなことにならないのではないかと少し安心していた。

 王宮について先に馬車から降りたエクムント様がわたくしをエスコートしてくださる。クリスタちゃんはハインリヒ殿下が馬車のところまで迎えに来てくれていた。

「ようこそ、ディッペル家の皆さま、エクムント殿。妹、ユリアーナのために嬉しいです」
「お招きいただきありがとうございます」
「ユリアーナ殿下のお祝いに参りました」
「わたくしとユリアーナ殿下は学友になるのですからね!」

 クリスタちゃんがお礼を言い、エクムント様もお辞儀をして、まーちゃんが胸を張る。元気なまーちゃんの様子にハインリヒ殿下は目を細めていた。
 お茶会会場の大広間に入ると、ユリアーナ殿下が一生懸命ご挨拶をしている。

「本日はわたくしのお誕生日のためにお越しくださってありがとうございます! わたくし、七歳になりました。まだまだ両親にも兄たちにも子どもだと言われますが、わたくしなりに、しっかりと学んで、よく食べ、よく眠り、成長していこうと思います」

 七歳らしい挨拶に拍手が起きる。
 挨拶を終えると、ユリアーナ殿下はデニスくんをお茶に誘いに行っていた。まーちゃんはオリヴァー殿とナターリエ嬢をお茶に誘っている。オリヴァー殿はまーちゃんの婚約者で、ナターリエ嬢はまーちゃんと同じ年で、お茶をするのはちょうどいい相手のようだった。

「マリア嬢、わたくしの隣りに座ってください」
「はい、ユリアーナ殿下」

 ユリアーナ殿下からも誘われてまーちゃんはいそいそとテーブルの方に向かっていた。ユリアーナ殿下も七歳になるが、以前初めてのお茶会で失敗して以来無理をしようとはせず、座ってお茶をするようにしていた。

「ナターリエ嬢はポテトチップスはお好きですか?」
「わたくし、あまり食べたことがありません」
「とても美味しいのですよ。わたくしのお誕生日なので父上と母上にお願いして用意してもらいました」
「それでは、ポテトチップスをいただいてみますわ」

 シュタール家に行ったときもポテトチップスは出ていたが、ナターリエ嬢はあまり食べていなかった記憶がある。新しいジャガイモを揚げたお菓子なので、ナターリエ嬢は慣れていなかったのかもしれない。

 乳母に取り分けてもらって、ユリアーナ殿下とナターリエ嬢とまーちゃんとデニスくんの七歳の子どもたちがポテトチップスを中心に軽食を食べている。

「パリパリですね。シュタール家で作ってもらったものはここまでパリパリではなかった気がします」
「ジャガイモが厚かったのではないですか? それに、このポテトチップスは二度揚げしているのです」
「ジャガイモを極限まで薄くして、二度揚げするのですね」

 ユリアーナ殿下とナターリエ嬢の間でも会話が弾んでいる。同じ年なので仲良くできるのだろう。ナターリエ嬢も成長すればユリアーナ殿下と学友になるかもしれない。
 デニスくんは無言で口にポテトチップスを詰め込んでいた。若干貴族としてどうかと思われるマナーだが、まだ七歳なので仕方がないだろう。
 ふーちゃんは自分で取り分けて、レーニちゃんと二人で立って食べている。ふーちゃんの成長も感じられてわたくしは嬉しかった。

「エリザベート嬢は弟妹思いなのですね」
「可愛いのですもの」
「隣りに私がいても弟妹のことばかり気にしているのですね」
「それはごめんなさい、エクムント様」

 珍しくエクムント様が拗ねたようなことを仰るので、わたくしは謝る。するとエクムント様が笑顔になる。

「もう少し婚約者のことも構ってくださいね」
「構うだなんて……わたくしの方がエクムント様に構っていただいているようなものなのに」
「エリザベート嬢はもう小さなお嬢様じゃなくなったのですよ。私の美しい婚約者です」

 エクムント様の前だとわたくしはつい自分が小さいような気分になってしまうが、わたくしももう十七歳。来年には成人して結婚する年になるのだ。

「わたくし、エクムント様の前に出ると、小さかった時のことをつい思い出してしまうのです」
「エリザベート嬢はもう十分魅力的な女性に育っていますよ」
「エクムント様……」
「辺境伯領にいらしたときには、二人きりの時間を作りましょう」

 二人きりになりたいと思ってくださるほどエクムント様はわたくしを想ってくれている。
 それが嬉しいような、恥ずかしいような、複雑な気持ちである。

 エクムント様を見上げると、エクムント様がわたくしの手を取って手の甲に唇を押し当てた。

 周囲のひとが見ていないことを願いつつ、わたくしは熱くなる頬を解放された手で押さえたのだった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

処理中です...