エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
420 / 528
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

28.ディッペル家に新しい家族が来た

しおりを挟む
 ディッペル家に帰る前に、国王陛下と王妃殿下の取り計らいで、ふーちゃんとまーちゃんは子猫用のミルクや哺乳瓶、離乳食の入った瓶詰をいただいていた。国王陛下の別荘の犬ご用達のペット専用の餌の店から取り寄せたミルクは、シロとクロは哺乳瓶でよく飲み、すくすくと大きくなっていた。
 最初はへその緒が取れたばかりの小さな子猫だったのに、もうふっくらとしてきている気がする。猫の赤ちゃんの成長は著しいようだ。
 お腹がぽんぽこりんになるまでミルクを飲んで、排泄を促してもらって、ふかふかのタオルか敷かれたバスケットの中で眠るシロとクロはとても可愛かった。
 夏休みの間にシロとクロもかなり成長するだろう。

 ディッペル家に帰ると、ふーちゃんとまーちゃんは子ども部屋をシロとクロのための部屋にすることにしたようだ。国王陛下と王妃殿下がプレゼントしてくれたキャットタワーが届いていて、ヘルマンさんとレギーナがそれを組み立てていた。
 猫用のトイレも用意されて、まだ食べられないが、瓶詰の離乳食も用意されている。
 ふかふかのクッションの上に柔らかいタオルを巻いて、シロとクロのベッドも作ると、ふーちゃんとまーちゃんはシロとクロをそこに寝かせた。

 辺境伯領からは、エクムント様がわたくしへのお手紙にシロとクロの首輪を添えて送ってくださっていた。

『間違って逃げてしまっても、ディッペル家の猫だと分かれば、お礼を目当てに保護して連れてきてくれると思います。ディッペル家の紋章と名前を首輪に刻印しておきました』

 万が一ということがないわけではない。
 シロとクロが逃げてしまったら、わたくしたちは探しに行くことができない。貴族なので一人での街歩きは許されていないのだ。護衛を大勢連れての探索がはかどるはずもない。
 使用人たちに探させることになるが、そのときにも、首輪があれば一目で分かるので便利だろう。
 首輪はもう少し大きくなってから使えるサイズになっていたので、わたくしはそれをふーちゃんとまーちゃんに渡して伝えた。

「シロとクロがもう少し大きくなったらつけましょうね」
「そのころには元気に走り回っているでしょうね」
「赤と青の首輪、どっちをシロに、どっちをクロにつけるか決めないといけませんね、お兄様」

 どちらの首輪がシロとクロにつけられるかは、ふーちゃんとまーちゃんが話し合って決めることになりそうだ。

 シロとクロは、一応、オウムのシリルとハシビロコウのコレットにも、見せて挨拶をした。

「シリル、コレット、灰色の方がシロ、ハチ割れの方がクロだよ」
「仲良くしてね」
『フランツ坊ちゃまとマリアお嬢様は猫を飼うことにしたのですね』
『まだ赤ちゃんの猫ですね』

 シリルとコレットの世話役のカミーユとクロードが興味津々でバスケットを覗き込んでいる。シリルとコレットはバスケットの中を一応見たが、あまり興味はなさそうだった。

『部屋の中で飼うので安心して』
『子ども部屋から出さないようにします』
『分かりました。元気に大きくなることを願っています』
『シリルとコレットにも会いに来てくださいね』

 新しい子猫が来たからシリルとコレットに飽きるわけではないが、子猫はかなり世話が大変な生き物だ。ふーちゃんとまーちゃんがシロとクロにかかりきりになっても仕方がないだろう。

『わたくしとクリスタで参りますわ』
『フランツとマリアは忙しいですからね』

 ふーちゃんとまーちゃんは子猫のシロとクロの世話に責任を持っている。責任感を育てるには子猫を引き取ったのは悪くない選択だっただろう。

「この部屋が猫の部屋になるのですね」
「この部屋でエリザベートもフランツもマリアも育ったんだよ。その部屋が猫の部屋になるというのは少し不思議な感じがするね」

 両親が猫のお世話をするふーちゃんとまーちゃんを見ながら話している。

 そういえば、クリスタちゃんはわたくしが一人部屋をもらってから引き取られたので、クリスタちゃんも隣りの部屋で暮らすことになって、子ども部屋では暮らしていない。
 わたくしにはマルレーンという乳母のような存在がいて、クリスタちゃんが来てからはクリスタちゃんのためにデボラが雇われた。
 マルレーンもデボラも今もディッペル家に仕えている。

 わたくしにはマルレーン、クリスタちゃんにはデボラ、ふーちゃんにはヘルマンさん、まーちゃんにはレギーナという乳母がいる。マルレーンは正確には乳母ではないのだが、わたくしの乳母だった女性が結婚のためにわたくしの乳母を辞めてから、わたくしのために雇われた乳母のような存在だ。クリスタちゃんは元ノメンゼン家から引き取られたときに誰も連れていなかったし、乳母もいなかったような様子なので、デボラが雇われた。
 マルレーンとデボラとの付き合いももう十年以上になるのだ。

 マルレーンにもデボラにもたくさんお世話になったが、学園に入学してわたくしとクリスタちゃんはもうディッペル家から離れている時間が長くなってきているので、マルレーンとデボラはヘルマンさんとレギーナを助ける立場に変わっている。

 時の経過を懐かしく感じていると、ふーちゃんとまーちゃんが声を上げた。

「シロとクロ、お目目が開いています」
「青いお目目です」

 覗き込んでいるふーちゃんとまーちゃんに、わたくしは小さいころ読んだ動物図鑑の内容が蘇る。
 確か、子猫はみんな青い瞳なのではなかっただろうか。

「子猫はみんな青い目で、大きくなるにつれて色が変わってくるそうですよ」
「本当ですか、エリザベートお姉様?」
「動物図鑑に書いてあるかしら」
「本棚にある動物図鑑に書いてあると思います」

 わたくしが言えば、ふーちゃんとまーちゃんは本棚に駆け寄って、動物図鑑を取り出してテーブルの上に広げた。

「へその緒が取れたり、自分の足を舐めたりできるようになるのが生後一週間……」
「シロとクロはへその緒が取れてます。お目目も開きました」
「シロとクロは生後一週間以上経っているということだね」
「体全体を地面につけるような姿勢でバランスを取りながら歩行を始めるのが生後二週間……」
「まだ二週間にはなっていないようです」

 真剣に動物図鑑の子猫の項目を読んでいるふーちゃんとまーちゃんに、わたくしは首輪のお礼をしなければいけないと考えて、部屋に戻った。
 部屋に戻って、エクムント様へのお手紙を書き始める。

 もうすぐ夏休みも終わって、わたくしのお誕生日になる。
 お誕生日のお茶会ではお会いできるので、エクムント様にそのときにお礼を言えばいいのかもしれないが、エクムント様に早く言葉を伝えたかったのだ。

 最後に署名をするところで、わたくしはペンを止めた。

 『あなたのエリザベート』と書きたい気持ちと、恥ずかしくて書けない気持ちが複雑に絡み合う。

「まだ気が早いかもしれませんわ」

 やはり勇気が出なくて、わたくしは『エリザベート・ディッペル』と署名をした。

 エクムント様と結婚したら『あなたのエリザベート』と書けるのだろうか。
 エクムント様はそれを見て喜んでくれるだろうか。

 細やかな気遣いのできるエクムント様。
 その素晴らしさにわたくしは毎日好きが増していくような気がする。

 今のうちからシロとクロの首輪を用意してくれたのも、シロとクロがいなくならないために考えてくださったのだろう。
 わたくしだけでなく、わたくしの家族も、飼っている猫までも大事にしてくれるエクムント様には感謝しかない。

 封筒に封をして、わたくしは辺境伯領に届けるように使用人にお願いした。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

処理中です...