エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

27.小さな侵入者

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 翌朝、わたくしは犬の吠える声に目を覚ました。
 ノエル殿下のお部屋にベッドを入れて泊まらせていただいているので、クリスタちゃんもレーニちゃんもノエル殿下も犬の声に目を覚ましたようだった。
 ちょうどそれと同時にドアの向こうからふーちゃんとまーちゃんとユリアーナ殿下の声が聞こえる。

「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、犬が吠えています!」
「侵入者でしょうか?」
「今日のお散歩は中止かしら」

 残念そうなユリアーナ殿下の声に、わたくしはまず、この犬の吠え声の理由を探らねばならないと思っていた。
 身支度をして別荘のエントランスホールまで降りていくと、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とエクムント様とオリヴァー殿が集まっていた。

 国王陛下の別荘で放されている犬は、ただの飼い犬ではない。警護のために訓練された犬なのだ。その犬が吠えているとなると何かが起きたに違いない。

 わたくしが聞くより先にノエル殿下がハインリヒ殿下とノルベルト殿下に聞いていた。

「これは何事なのですか? 侵入者ですか? 皆様無事でしょうか?」
「今、警護の兵士が報告に来ます」

 報告に来た警護の兵士は手に小さな生き物を抱いていた。

「庭に母猫が子猫を置き去りにしたようなのです。子猫が母猫を探して鳴いているのに犬が反応してしまいまして」
「侵入者はいなかったのですね?」
「隅々まで探しましたが、いませんでした。国王陛下の別荘は安全です」

 安全なのはいいのだが、手の平に乗ってしまうような小さな子猫の行方が決まらない。
 国王陛下の別荘では犬を警備に使っているので、猫を飼うことはできないようだった。

「この子猫をどうしましょう?」
「とても小さいですね。生まれたばかりではないでしょうか?」

 目も開いていないような灰色の猫とハチ割れの猫が一匹ずつ。二匹は兄弟のようだ。
 みゃーみゃーと鳴いているが、その声も細く、今にも途切れそうに思える。

「目の前で死なれては困ります。ミルクをあげましょう」

 使用人たちに聞けば、卵黄を混ぜた牛乳をあげるといいと教えてくれる。
 パウリーネ先生から針を外した注射器を借りてふーちゃんが飲ませると、次は排泄だ。

「排泄は、暖かいタオルで拭ってあげて促すようですよ」
「誰がしますか?」
「わたくしがやります!」

 手を上げてまーちゃんが積極的に排泄を促してあげている。
 ふーちゃんとまーちゃんに面倒を見られて、子猫たちは満腹になって眠っている。

 眠っている小さな子猫を手に抱いて、ふーちゃんとまーちゃんは一度自分たちの部屋に戻ったようだ。わたくしたちも後を追いかけると、ふーちゃんとまーちゃんが必死に両親に頼んでいる。

「この子猫は、国王陛下の別荘では飼えません」
「このままでは捨てられてしまいます」
「私たち、一生懸命お世話をするので、ディッペル家で飼ってください」
「コレットとシリルに悪戯しないように、いい子に育てます! コレットとシリルとは出会わないように、お部屋の中だけで飼います」
「お願いします、お父様、お母様」
「お願いです!」

 お願いしているふーちゃんとまーちゃんに両親も考えるところはあったようだ。

「ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下を抱っこして、フランツとマリアは命の大事さを学んだのだったね」
「フランツとマリアが育てないとその小さな命は消えてしまうかもしれないのですね。ディッペル家にはコレットとシリルがいますから、他の動物を飼うのは躊躇っていたのですが、そういう事情ならば仕方がないでしょう」
「しっかりとその子猫を躾けるのだよ」
「フランツとマリアがその子猫の親となるような気持でなければいけませんよ」
「はい、お父様、お母様」
「ありがとうございます、お父様、お母様」

 両親に許可をもらって、ふーちゃんとまーちゃんは子猫をふかふかのタオルを敷いたバスケットの中に寝かせていた。
 両親のことだから子猫の世話はふーちゃんとまーちゃん任せにせずに、乳母のヘルマンさんやレギーナも手伝うようにしてくれるのだろうが、できる限りはふーちゃんとまーちゃんにさせるだろう。
 それを覚悟してふーちゃんもまーちゃんも灰色の子猫とハチ割れの子猫を家族にすると決めた。

 朝食の席にもバスケットを持ってきていつでも面倒が見られるようにしているふーちゃんとまーちゃんに、事情をユリアーナ殿下から聞いていた国王陛下と王妃殿下はそれを許していた。

「子猫がいるのならば仕方がない。しっかり面倒を見るのだよ、フランツ、マリア」
「はい、国王陛下!」
「わたくし頑張ります!」
「子猫の名前が決まったら教えてくださいね」

 念願の猫を飼うことができてふーちゃんもまーちゃんも嬉しいはずなのだが、それよりあまりにも小さい子猫を見て責任感がわいているようで、バスケットを自分たちのそばに置いて、いつでも鳴き声が聞こえるようにしていた。

「灰色の子猫は白っぽいのでシロ、ハチ割れの子猫は黒い部分が多いのでクロという名前にします」
「シロとクロです。よろしくお願いします」
「可愛い名前ですね」
「わたくしは犬がいるから飼えません。フランツ殿とマリア嬢が可愛がってあげてください」

 ユリアーナ殿下も子猫を飼いたそうにはしていたが、国王陛下の別荘には警護の犬がいるし、猫を飼うことは難しいと理解しているようだ。我慢している様子が、御立派で、やはり姉になったのだと思わされる。

「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、私たちで勝手に決めてしまってごめんなさい」
「いいのですよ。シリルとコレットを飼うときには、フランツとマリアの意志はありませんでしたからね」
「エリザベートお姉様とクリスタお姉様も可愛がってあげてください」
「えぇ、シロとクロを可愛がります」

 猫は長いものは三十年近く生きるという。それだけの覚悟がなければ飼ってはいけない生き物なのだ。それを分かっていながら両親はふーちゃんとまーちゃんにシロとクロを飼うことを許した。
 わたくしとクリスタちゃんとまーちゃんが嫁いでも、ふーちゃんがしっかりとシロとクロをディッペル家で守っていくと考えたのだろう。
 ディッペル家を留守にしている間は使用人たちが面倒を見るだろうが、それ以外の時間はふーちゃんとまーちゃんが面倒を見るし、バスケットから自由に動けるようになっても、庭には出さずに完全に家猫として飼うことになるだろう。
 家猫として飼われる方が猫は長生きすると言われているので、わたくしはシロとクロがこれから健やかに育ち、長生きすることを願っていた。

 昼食の時間も、お茶の時間も、夕食の時間も、国王陛下と王妃殿下に許可をもらってふーちゃんとまーちゃんはバスケットを食堂に持ち込んでいた。
 バスケットの中でシロとクロが鳴くとすぐにミルクを上げて、排泄を促す。まだ小さいので胃袋が小さくて一度にたくさんは飲めないのだろう。シロとクロのミルクの間隔はとても短かった。
 食事の途中に呼ばれると、ふーちゃんとまーちゃんはきりっと表情を引き締めて国王陛下と王妃殿下に頭を下げる。

「子猫が鳴いているので、少し失礼します」
「子猫の親になるようにと両親に言われておりますので」

 ふーちゃんとまーちゃんが少しの間離席していても、国王陛下も王妃殿下も大らかに許してくれていた。

 ミルクを飲ませて、排泄を促して、バスケットの中にまた寝かせて、手を洗って戻ってくるふーちゃんとまーちゃんは手際よくお世話ができている。国王陛下と王妃殿下をお待たせしてはいけないという緊張感があるのだろう。

「王都にはペット専門の餌を売っている店がある」
「よろしければ紹介いたしましょうか?」

 ハシビロコウのコレットは魚、オウムのシリルはドライフルーツや穀物や青菜などを食べさせていたが、猫の食事となると特別に配合されたものを与える方がいいのかもしれない。

「そのペット専門の餌のお店には、赤ちゃん用の餌もありますか?」
「離乳食やミルク、ミルクを飲ませる哺乳瓶も売っていたと思いますよ」
「この別荘の警備の犬たちもその店の餌を食べている」

 国王陛下の別荘の警備にあたっている犬たちもその店の餌を食べているとなれば、その店は超一流なのだろう。

「教えてください、国王陛下、王妃殿下」

 ふーちゃんがお願いして、まーちゃんも国王陛下と王妃殿下に「お願いします」と頭を下げていた。
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