エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

19.夏休みの始まりは辺境伯家に行くことから

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 夏休みの始めは辺境伯領に行く準備に当てられる。
 辺境伯領にはわたくしたちディッペル家の家族は一週間、レーニちゃんとデニスくんとゲオルグくんと、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下は三日間の滞在となる。
 レーニちゃんとデニスくんとゲオルグくんと、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下がいるときには、ご一緒したいので、シュタール家には行かないことにして、残りの日程で行くように調整されているはずだ。シュタール家は辺境伯家の片腕となるとても重要な家なので、エクムント様も反対はしないはずだ。
 シュタール家はフィンガーブレスレットの工房や、ネイルアートの技術者を育てる事業を任せられているはずだ。

 王宮でエクムント様が問い合わせを受けていたときに、シュタール侯爵家が予約を引き受けていた。
 オリヴァー殿も事業のために辺境伯領ではシュタール侯爵を手伝っていると言っていた。

 わたくしと同じ年なのにもう事業を手伝っているオリヴァー殿はしっかりしていると思わずにはいられない。王都の学園にいる間はユリアーナ殿下の詩の授業も受け持っているというのだから、オリヴァー殿は本当に働き者だ。
 まーちゃんがオリヴァー殿に恋心を抱いたときにはどうなるかと思った。年の差を指摘されて、「自分で選んでこの年に生まれてきたのではない」「オリヴァー殿と同じ年に生まれたかった」と涙したまーちゃんを思うと、まーちゃんが婚約できて本当によかったと思っている。

 シュタール侯爵家はディッペル公爵家とも釣り合いが取れるし、わたくしが辺境伯家に嫁いだ後も、まーちゃんが辺境伯領のシュタール家に嫁いできてくれるのはとても心強い。
 まーちゃんが幼いので心変わりをしたらすぐにでも婚約を破棄して構わないとオリヴァー殿は言っているが、わたくしはまーちゃんの気持ちが変わるとは思わなかった。
 わたくしも幼いころから……物心ついたときにはエクムント様に恋心を抱いていたが、それは今になっても変わっていない。それどころか、年々気持ちが強くなってきているくらいなのだ。
 ふーちゃんも幼いときに年上のレーニちゃんに恋心を抱いて、六歳で婚約をしたし、わたくしはエクムント様と八歳で婚約している。五歳で婚約するのは少々早かったかもしれないが、まーちゃんはわたくしやふーちゃんの血を引いていて、オリヴァー殿と婚約したらもう放さない気でいるのは間違いなかった。

 オリヴァー殿の妹のナターリエ嬢とも仲がいいみたいだし、わたくしはまーちゃんを応援していた。

 辺境伯家に向かう馬車はわたくしとクリスタちゃんが大きくなっているし、荷物も多いので二台になっている。両親とふーちゃんとまーちゃんが一台目の馬車に乗って、わたくしとクリスタちゃんが二台目の馬車に乗る。
 これは他のパーティーに出るときにも、国王陛下の別荘に行くときにも同じだった。
 ディッペル家の家族は、両親とふーちゃんとまーちゃんとわたくしとクリスタちゃんで、人数が多くなりすぎて、馬車一台では乗れなくなっているのだ。
 護衛たちは馬で馬車を守っている。

 馬車二台で駅まで行って、列車に乗り換えて、辺境伯領まで行って、馬車にまた乗り換えて、辺境伯家まで行く。
 辺境伯家ではエクムント様とカサンドラ様が出迎えてくれた。
 ちょうどお昼時で、日が高く暑い時間だが、庭には水が撒かれて、少しでも涼しくしようと噴水の水も高く吹き上げられていた。

「エリザベート嬢、ディッペル家の皆様、ようこそいらっしゃいました」
「エクムント様、お招きいただきありがとうございます。カサンドラ様、お久しぶりです」

 エクムント様に挨拶をされてわたくしは丁重にお辞儀をしてご挨拶をする。

「エリザベート嬢も夏が終われば十七歳になるのか。立派に成長されて」

 カサンドラ様に声をかけられて、わたくしは気付いてしまった。ずっと女性の中では背が高い方だと思っていたカサンドラ様とわたくしはほとんど変わらない身長になっていた。
 辺境伯を退いてから数年はエクムント様の教育のために一緒にいたカサンドラ様だが、今は辺境伯家で引退してのんびりと過ごしているはずだ。それでも以前と変わらずドレスやワンピースではなく、スーツを纏っているカサンドラ様は格好いい。

 わたくしがカサンドラ様と背の高さが変わらないのは、靴の踵のおかげもあるので、やはりカサンドラ様の方が少し背は高いようだ。それでも、わたくしは母よりもずっと大きくなっていたし、クリスタちゃんよりも頭半分くらい背が高くなっていた。
 踵の高い靴を履くと、わたくしは男性並みの身長になってしまうのだが、エクムント様は男性の中でも頭ひとつ抜けて背が高いので、わたくしがどれだけ踵の高い靴を履いても平気だということには安心していた。

 それにしても、長身で胸の膨らみもほとんどないとなると、女性として魅力的かと聞かれればわたくしも分からない。エクムント様はどんなわたくしでも構わないと仰ってくださるので安心だが、鏡を見るとそこに映っているのは、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の悪役、エリザベート・ディッペルで、わたくしは運命が変わったとしても、どきりとしないわけではない。
 物語の中でエリザベートは公爵位を奪われて、辺境に追放されるのだが、クリスタちゃんはディッペル公爵家の養子になっているし、公爵位を譲られるのはわたくしではなくふーちゃんだし、両親が死んでしまう運命も回避されたようなので、わたくしは追放されるのではなく、望まれて辺境伯家に嫁ぐ未来しかない。

 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では、子爵家の娘であるクリスタちゃんが皇太子殿下であるハインリヒ殿下と婚約するという、読んでいたときには気にしていなかったが、貴族社会で生きているととても無理のある展開だったのだが、クリスタちゃんがディッペル公爵家に養子になった時点でその問題も解決している。
 クリスタちゃんが公爵位を奪う必要もないのだ。
 しかも、原作ではクリスタちゃんはバーデン家に利用されている様子だったが、今のクリスタちゃんはそんなこともなく、ディッペル公爵家から堂々と王家に嫁げるのだから何の問題もない。
 物語の中核となっていた、クリスタちゃんが治めるはずだったハインリヒ殿下とノルベルト殿下の皇太子をめぐる確執も、起こる気配さえなく、ハインリヒ殿下は皇太子であることを最初から受け入れ、ノルベルト殿下もノエル殿下と結婚して、元バーデン家が持っていた所領を治めてアッペル大公となることが決まっている。

 運命は全て大団円に向けてしか動いていなかった。

 昼食の前にレーニちゃんとデニスくんとゲオルグくんがやってきて、少し遅れてハインリヒ殿下とユリアーナ殿下もやってきて、全員で昼食になる。
 庭の見える食堂で窓を開けて涼しい風を部屋の中に入れながら、昼食は和やかに進んだ。

「今年は湖には行きますか?」
「デニス殿とゲオルグ殿とユリアーナ殿下とは、湖に行ったことがありませんでしたね。今年はご一緒しましょうか」
「あの……写真も撮るのでしょうか?」
「もちろん、人数分撮ってプレゼントしたいと思っていますよ」

 控えめに聞くレーニちゃんは、デニスくんとゲオルグくんに写真撮影を体験して欲しい様子だった。写真撮影などわたくしもエクムント様が準備してくださったときしか経験したことがない。

「写真を撮るのですか? わたくし、写真を撮ったことがありません」
「それならば、ユリアーナ殿下のお写真をぜひお撮りしないと」
「嬉しいです、エクムント殿。ありがとうございます」

 写真に興味はあるようだが経験はしたことのない様子のユリアーナ殿下も興味津々で青い目を煌めかせている。

「写真を撮ってもらったら、ディーデリヒとディートリンデが大きくなったら、見でもらうのです。お兄様たちの写真を見て、わたくし、写真に写ってみたいと思っていたのです」

 楽しみにしている様子のユリアーナ殿下に、エクムント様が微笑んで写真を撮る約束をしていた。
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