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十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

12.葡萄酒と葡萄ジュースをすり替えたのは

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 翌朝はいつもよりもずっと早く起きてシャワーを浴びて髪を乾かして、支度を整えていた。だから、ハインリヒ殿下とエクムント様がふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんの来訪に合わせて来られても、わたくしは準備が整っていた。

「ハインリヒ殿下、眠そうですね」
「起きなければいけないような事態が起こってしまったのです」
「クリスタとレーニ嬢は支度中なので、わたくしだけでお聞きしていいのですか?」
「エリザベート嬢に聞いていただかねばなりません」

 ハインリヒ殿下もエクムント様も難しい顔をしている。ハインリヒ殿下の後ろには申し訳なさそうに頭を下げている若い召使いがいた。

「このものは昨夜の晩餐会で給仕をしていました。そのときに辺境伯領の褐色の肌の貴族に脅されたのです。喋ることを許すので事情を話してみよ」

 ハインリヒ殿下に命令されて召使い……昨日の給仕はぼそぼそと話し出す。

「辺境伯領の容貌の貴族様が、エリザベート様にお渡しする葡萄ジュースを葡萄酒とすり替えて、蒸留酒を混ぜるように言ったのです」
「何かおかしいと思っていたのだ。私が給仕に葡萄ジュースを葡萄酒と言い間違えるはずはないし、エリザベート嬢も葡萄酒グラス半分で歩けないほど酔っ払ってしまった。婚約者とはいえ未婚の女性の飲むものだから、匂ってまで確認するのは失礼だと思ったのがいけなかった」

 エクムント様は昨日の葡萄ジュースがどうして葡萄酒になっていて、わたくしがグラス半分しか飲んでいないのに酩酊してしまったかを疑っていたようだ。ハインリヒ殿下に相談したのだろう。それで一人の給仕の名前が上がってきた。

「言う通りにしないと、悪評を振り撒いて王宮にいられないようにしてやると脅かされたのです」
「脅かされたのであろうとも、やったことは重罪。蒸留酒を混ぜた葡萄酒でエリザベート嬢が急性アルコール中毒にでもなっていれば、殺人罪になっていたかもしれないのだぞ」
「お許しください! 貴族様には逆らえなかったのです」

 床に崩れ落ちるようにして頭を下げている給仕にエクムント様は冷徹に問いかける。

「いくらもらったのだ?」
「そ、そんな、まさか……」
「王宮で長く働けばそんな金、はした金だと思えただろうに、残念だったな。このようなことをしたのならば、もう王宮で働くことはできない」
「私は脅されていただけなのです!」
「ハインリヒ殿下、この者の処分はお願いいたします」
「分かりました。父上ともよく話し合って決めましょう」
「エリザベート嬢の飲み物に異物を混入させた罪、飲み物をすり替えた罪、決して許されるものではありません」
「はい、エクムント殿。しっかりと処分を下します」

 ハインリヒ殿下にすら恐れられているような気配を纏っていたエクムント様が、わたくしを前にすると急に申し訳なさそうな顔になる。

「私がもっと気を付けていればよかったですね。エリザベート嬢、頭が痛かったり、気分が悪かったりしませんか?」
「わたくしは平気です」
「あの貴族に関しては、私が相応しい場所に送って差し上げましょう」

 すっと冷たい顔になったエクムント様にわたくしもびくりと肩を震わせてしまった。
 エクムント様がこんな顔をするのも、わたくしを心配してのことなのだ。

「葡萄ジュースを蒸留酒の混ざった葡萄酒と取り換えて、酔ったエリザベート嬢とダンスをして何をしようと考えていたのか……。本当にああいう下衆は始末するに限る」

 エクムント様の口から怖い単語が出てきたような気がしたけれど、わたくしの周囲にはふーちゃんもまーちゃんもデニスくんもゲオルグくんもいるし、ハインリヒ殿下がユリアーナ殿下も連れてきていたので、小さな子たちの前で怖い話は追及しないことにした。

「エリザベートお姉様、お酒を飲んでしまったのですか?」
「間違えて飲んでしまったのです」
「それに関しては私にも責任がありますし、何より、葡萄ジュースと葡萄酒をすり替えさせた貴族に大きな責任があります。フランツ殿、エリザベート嬢は悪くないのです」
「エリザベートお姉様、具合は悪くありませんか?」
「平気ですよ、マリア」

 ふーちゃんもまーちゃんもわたくしを心配してくれていた。
 給仕のことがあったので、朝のお散歩は短めになってしまったけれど、庭ではオリヴァー殿とナターリエ殿とも合流して、まーちゃんは楽し気に庭を駆けていた。

「冬には王宮の庭には雪が一面に積もるのです。そのときには、一緒に雪合戦をしましょうね」
「はい、マリア様」

 ナターリエ嬢とまーちゃんの関係も良好のようである。

 朝食を食べ終わってから、昼食の時間までわたくしとクリスタちゃんは一度部屋に戻っていた。レーニちゃんも部屋に戻ってワンピースを選んでいる。
 国王陛下一家とのお茶会は、正式なものではないので、ドレスを着なくてもいい。毎年お気に入りの綺麗なワンピースを着ているのだが、今年のワンピースはどれにしようか悩んでしまう。
 ドレスを着なくてもいい気軽なお茶会はわたくしにとってもクリスタちゃんにとっても、楽だった。クリスタちゃんは王家の一員としてほとんど食べられないなんてこともない。

「ふーちゃんは何色のスラックスをはいてくるでしょう?」
「部屋に行って聞いてきますか?」
「ふーちゃんの着ているものと色を合わせたいのですが」

 綺麗なストロベリーブロンドのレーニちゃんは明るい色を好むので、ふーちゃんの着る服とは色を合わせるのは難しいかもしれない。

「ふーちゃんは暗い系のスラックスしか持ってきていなかったので、何色でも合うと思いますよ」
「辺境伯領の紫色の布を使ったスラックスだったら、わたくしがオレンジや黄色を着ると、目がちかちかしてしまうかもしれませんわ」
「そういう布は余所行きにしか使わないので平気ですよ」

 心配しているレーニちゃんにわたくしもクリスタちゃんも大丈夫だと伝えて宥めていた。

 お茶の時間になると部屋にエクムント様とハインリヒ殿下とふーちゃんが迎えに来る。

「エクムント・ヒンケルです。エリザベート嬢、お迎えに上がりました」
「ハインリヒ・レデラーです。クリスタ嬢、御一緒いたしましょう」
「フランツ・ディッペルです。レーニ嬢、一緒に参りましょう」

 わたくしはエクムント様に手を取られて、クリスタちゃんはハインリヒ殿下に手を取られて、レーニちゃんはふーちゃんと手を繋いで国王陛下一家の居住区のサンルームまで歩いていく。
 後ろを確認すると、オリヴァー殿がまーちゃんの手を引いているのが見えた。まーちゃんもオリヴァー殿が迎えに来てくださったようで、とても嬉しそうに跳ねるように歩いている。

 お茶会の席で国王陛下が最初に言ったのは、あの給仕のことだった。

「エリザベートの飲み物をすり替えた給仕は、王宮から追放した。王宮から追放されたので、他の貴族もあの給仕を雇うことはないだろう」
「飲み物をすり替えることを指示した貴族に関しては、処分はエクムント殿に一任するとのことです」

 国王陛下と王妃殿下にエクムント様が深く頭を下げる。

「ありがとうございます。エリザベート嬢の婚約者として、エリザベート嬢を害そうとした貴族の処分はきっちりと行わせていただきます」

 それがどういう処分なのかわたくしは怖くて聞けなかった。
 葡萄酒にアルコール度数の高い蒸留酒を混ぜさせるなど、わたくしを酔いつぶそうとしていたのは確かだし、そんなわたくしにダンスを申し込んで何をしようとしていたのか考えるだけでおぞましい。
 足元もおぼつかないほとんど抵抗することのできないわたくしが、あの貴族とダンスをしていたらどうなったか、考えたくもない。
 エクムント様は静かな怒りを燃やしているようで、その結果としてあの貴族がどのような処分をされようとも仕方がないとしか言いようがなかった。

「気を取り直して、マリアのお誕生日を祝おうではないか。マリア、何歳になったのだね?」
「国王陛下、ありがとうございます。わたくし、七歳になりました」
「それはとてもめでたい。子どもが元気に成長していくことはこの国を支える大事な人材が育つということだ。どの国も人材なしにしては成り立たない。子どもが健やかに育つことこそが国力を蓄えることなのだ」
「わたくし、とても元気です。ディーデリヒ殿下も、ディートリンデ殿下もお元気でしょうか?」
「二人とも健やかに育っている。出生時は小さかったが、よく乳を飲んですっかり大きくなっているよ」

 はきはきと国王陛下にも返事ができているまーちゃんにわたくしは七歳にもなるとこんなに立派になるのかと感動してしまう。

「ディーデリヒとディートリンデを見てやってください」

 乳母に抱かれてやってきたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は小さかったが、生まれたときよりはずっと大きくなっていて、抱っこされてお目目をくりくりとさせていた。
 王妃殿下もお二人の成長が嬉しくてたまらないようだった。

「国王陛下、王妃殿下、少しだけ抱っこさせていただいてよろしいですか?」
「わたくしも抱っこしたいです」
「わたくしも」
「わたくしもよろしいですか?」

 母が申し出ると、わたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんも後に続く。

「順番に抱っこしてあげてください。よろしいですよね、陛下?」
「もちろんだ。ディーデリヒとディートリンデの可愛さを堪能してくれ」

 笑み崩れる国王陛下も双子の末っ子たちが可愛くてたまらない様子だった。
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