エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語

4.ゲオルグくんの涙

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 学園に戻るときにはマニキュアを剥がしておかなければいけない。ネイルアートの技術者の女性がリムーバーを準備してマニキュアと溶かして拭き取ってから、手を香油を垂らしたお湯につけて清めてから、爪にネイルクリームを塗ってくれる。手もマッサージしてくれて、わたくしもクリスタちゃんもすっかりとリラックスしてしまった。

「ネイルアートの技術者さんはみんなこんなことまでしてくれるのですか?」
「お客様には心地よく過ごしていただくために、このようにするように習いました」

 女性の心が分かっている指導者だったのだと考えてから、ネイルアートの技術者を育て始めたのはエクムント様だからエクムント様が考えたという可能性に気付いてわたくしはそうであったら女性の気持ちがよく分かってすごいと感心してしまった。
 ネイルアートを使うのは女性だけではないかもしれないが、女性のお客さんが多いだろうし、技術者も女性が育てられていた。
 女性ならば貴族の屋敷でも女性に爪を塗っても気にされないだろうという配慮なのだろう。

 それに、辺境伯領では女性の社会進出が遅れていると聞いていた。フィンガーブレスレットの工房もだったが、ネイルアートの技術者を育てている工房でもほとんどの働き手は女性だった。エクムント様は辺境伯領での女性の地位向上を考えていらっしゃるのかもしれない。

「わたくしはまだ取らなくてもいいでしょう? 自然に剥がれてしまうまで、大事にとっておきたいのです」

 まーちゃんはマニキュアを剥がしてもらわなくていいように母にお願いしている。

「せっかく塗ってもらったのですから、わたくしもしばらくはこの爪を楽しみましょう」
「お母様の爪もとても素敵です」

 自分のマニキュアを剥がさなくてよくなってまーちゃんはにこにこしていた。

 学園に戻ると日常が始まる。
 学園では女子生徒と男子生徒で授業が別れることがある。
 女子生徒はピアノや声楽などの音楽、刺繍や縫物や編み物などの手芸を身につけなければいけないが、男子生徒は護身術や銃の撃ち方などを習っていると聞く。
 男女の差がある時代なのでどうしようもないのだが、わたくしはこの生活にそれほど嫌な気はしていなかった。
 刺繍や編み物は楽しいし、ピアノは小さいころから習っているのでかなり上達していた。
 銃の撃ち方や護身術を女性にも教えられた方が戸惑ってしまうかもしれない。

 エクムント様は士官学校でみっちりと戦い方を教わったようだが、わたくしはそういう荒事はあまり得意ではなかった。
 乗馬は好きだし、体を動かすことも好きだが、人を傷つけるかもしれない行為に関しては、あまり積極的になれない。

 この国は第一子が当主を継ぐことになっているので、女性にも護身術や銃の扱い方を教えるべきだという動きもあるが、わたくしはできる限りそういうことはしたくなかった。

 わたくしとエクムント様の間に生まれた子どもは、男女を問わず、第一子が辺境伯家を継ぐことになるので、士官学校に通わせることになりそうだった。それを考えると、わたくしも少しは護身術や銃の知識を持っていた方がいいのかもしれないとは思うのだが、あまり積極的にはなれなかった。

 ピアノと声楽の授業ではわたくしはほとんどピアノで伴奏を弾いている。歌うことよりもピアノの方がわたくしは好きなのだ。逆にクリスタちゃんは他の生徒にピアノを弾いてもらって、歌うことを優先しているようだった。

 授業が終わってお茶の時間になると、ペオーニエ寮の中庭のサンルームにハインリヒ殿下とノルベルト殿下とオリヴァー殿とミリヤムちゃんとリーゼロッテ嬢とクリスタちゃんとレーニちゃんが集ってくる。
 レーニちゃんは今、自分のお誕生日のお茶会の招待状を書き溜めているようだ。
 招待状は大量にあるのだが、全部手書きで送るのが礼儀とされている。印刷技術もあるのだが、個人が手軽に使えるようなものではないからだ。

「ゲオルグがお茶会に出たがっていて困るのですよ」
「ゲオルグ殿はお幾つでしたか?」
「四歳になりました」

 まーちゃんは四歳からお茶会に出ているし、クリスタちゃんも四歳からお茶会に出ているが、二人とゲオルグくんは状況が違う。まーちゃんは末っ子で大人びていて、十分にお茶会でもレディの振る舞いができると分かっていたので四歳でお茶会に出席するようになったのだし、クリスタちゃんは元ノメンゼン子爵の妾がクリスタちゃんを虐待する口実を作るために幼くして連れてこられた。

 ユリアーナ殿下も四歳でお茶会に出席したが、失敗して熱い紅茶をこぼしてしまい、わたくしが軽い火傷をするようなことになってしまった。あれがユリアーナ殿下に直接降り注いでいたら、体の小さなユリアーナ殿下は広範囲の火傷をして大怪我になっていたかもしれない。それを思うとわたくしが庇うことができて本当によかったと思う。

「ゲオルグ殿は四歳では少し早いのではないでしょうか」
「わたくしもそう思うのです。でも、わたくしとデニスがお茶会に出ていると、羨ましがって部屋で泣いているというのです」

 部屋で泣いている四歳の弟を思うとレーニちゃんがゲオルグくんをお茶会に出席させてあげたいと思うのもおかしくはなかった。

「フランツやマリアは、両親のお誕生日のときだけ、赤ちゃんのころからお茶会に出ています。お茶会に出るのはリリエンタール公爵家が主催のときだけと約束して出させてあげるのはいかがですか?」

 クリスタちゃんの提案に、わたくしもそうだったと思い出す。ふーちゃんやまーちゃんはヘルマンさんやレギーナがつきっきりでそばにいて、遊ぶスペースも作っておいて、お茶会に出席させられていた。あれは父がどうしても可愛い息子と娘をみんなに見てもらいたかったからだった。

「フランツとマリアは乳母についていてもらって、遊ぶ場所も準備して両親のお誕生日だけお茶会に出席していました。レーニ嬢のところのゲオルグ殿もそうするのがいいのではないでしょうか」

 わたくしも提案するとレーニちゃんが明るい表情になっている。

「それなら大丈夫かもしれませんね。一人で部屋で泣かせておくのはあまりにも可哀相だったのです」
「わたくしも気持ちは分かりますわ。わたくしとお姉様がお茶会に出席している間、部屋で小さいころのフランツとマリアはお昼寝をしなかったり、お茶を飲まなかったり、乳母を困らせていました」
「クリスタ嬢のところも同じだったのですね」
「姉がお茶会に参加すると弟妹も参加したいもののようです。特にゲオルグ殿にはデニス殿というそんなに年の離れていないお兄様がいますからね」

 デニスくんは六歳で、ゲオルグくんとは二歳半くらいしか年が離れていない。
 ふーちゃんとまーちゃんが一緒にお茶会に参加するようになったように、一緒に参加できるのが一番いいのだろうが、まーちゃんのようにゲオルグくんは大人しくなかった気がする。

 そう考えるとふーちゃんもまーちゃんもいい子で大人しくてわたくしは自分の弟妹であるふーちゃんとまーちゃんが基準になってしまうが、世間の子どもとはもっとやんちゃなものかもしれない。

「今度のわたくしのお誕生日はリリエンタール家主催ですから、ゲオルグも出られるように工夫してみましょう。他に何か工夫していたことがありますか?」
「好きなおもちゃや絵本を用意していましたわ」
「しっかりと乳母にそばについてもらっていました」

 わたくしとクリスタちゃんがアドバイスするとレーニちゃんは真剣にそれを聞いていた。
 次のレーニちゃんのお誕生日にはゲオルグくんも参加するかもしれない。そのときには、デニスくんが一緒についていてあげるのではないだろうか。

 ゲオルグくんが泣かずに済むように、わたくしもゲオルグくんのお茶会参加が許されるように願っていた。
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