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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット

41.エクムント様の「好き」

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 レーニちゃんが社交界デビューしたことに関して、一番複雑だったのはふーちゃんかもしれない。
 一番にレーニちゃんに駆け寄って褒めていたが、そのうちに眉が垂れてしょんぼりとした顔付きになってしまう。

「レーニ嬢だけが先に社交界デビューを果たして、私はまだ七歳で、社交界デビューまでの年月が、今まで生きてきた年月よりも長いだなんて」

 ふーちゃんの苦悩も分からなくはない。
 わたくしもエクムント様に出会ったときには物心つかない赤ちゃんだったが、そのときにはエクムント様は十一歳で士官学校に入学するという話になっていたのだ。
 ずっと置いて行かれている気がしていて、追いかけても追いかけても追いつけない気がしているのはふーちゃんだけではない。

「お兄様はまだいいですわ。わたくし、オリヴァー様と十歳も年が離れているのですよ」
「マリアはレディだからまだいいよ。私は男性だから、自分が年下なのが気になるんだ」
「男女の差はありません。わたくしは早くオリヴァー様に追いつきたくて必死なのです!」
「マリア……」
「お兄様は自分だけが悲劇のヒーローになったつもりかもしれませんけれど、わたくしもオリヴァー様に追いつけないことを焦っていますし、エリザベートお姉様もそうだったと思います。エリザベートお姉様は今はあんなに立派に美しくエクムント様の隣りに立っていらっしゃるじゃないですか。お兄様も弱音を吐くのはやめて、エリザベートお姉様を見習うのです」
「エリザベートお姉様は女性で、私は男性なんだけどな」
「男女の差は関係ないと言ったじゃないですか!」

 まーちゃんに説教されてふーちゃんはたじたじになっている。まーちゃんは自分がオリヴァー殿と「オリヴァー様」と言ってしまっていることに気付いていないようだ。
 わたくしがそばに行ってそっと伝える。

「マリア、言っていることは立派ですわ。ただ、『オリヴァー殿』ですよ」
「まぁ、わたくしったら!」

 可愛く口を押えて慌てるまーちゃんにオリヴァー殿が微笑んでいる。

「マリア様はお兄様のことが大好きなんですね。伝わってきます。お兄様のことを大好きな方とお兄様が婚約できて嬉しいです」

 ナターリエ嬢はまーちゃんの話を聞いてにこにこしていた。
 まーちゃんと話してふーちゃんも気持ちを切り替えられたようだ。

「レーニ嬢、私が大きくなるまで待っていてください」
「はい、待っています、フランツ殿」
「レーニ嬢のことが大好きです」
「嬉しいです」

 大好きと言って大好きと返ってこないのは、まだふーちゃんが七歳で年の差があるからに違いなかった。わたくしもエクムント様に好意を見せてもらったのは最近のことなので、ふーちゃんが大好きと言ってもらえるまでにはまだまだ時間がかかるかもしれない。

 エクムント様もわたくししか好きになる女性はいないとはっきり仰ってくれているし、あれはある意味告白なのかもしれない。
 わたくしがエクムント様を見上げていると、エクムント様が微笑んでソーサーからカップを持ち上げる。ミルクティーを飲んでいるエクムント様に、わたくしもミルクティーを飲んで喉を潤す。
 寒い冬は大広間にもストーブが何台か置かれて暖められるのだが、乾燥してくるのはどうしようもなかった。

「エリザベート嬢、踊りましょうか?」
「はい、エクムント様」

 手を差し伸べられて、わたくしは踊りの輪に入っていった。

 お茶会が終わると晩餐会になる。
 会場を食堂に変えての晩餐会は、昼食会、お茶会、晩餐会と続くのでそれほど空腹は感じていない。
 ふーちゃんやまーちゃんやユリアーナ殿下やナターリエ嬢やデニスくんはお茶会だけ出席して、晩餐会の時間は部屋に戻っていた。

 お茶会でサンドイッチを少し摘まんだだけだったので、わたくしは何とか晩餐会の料理も食べることができた。食べられなければ使用人にお下げ渡しになるとは分かっているが、せっかく出てきた料理を食べないという選択肢はわたくしにはなかった。
 お茶会ではエクムント様がそんなに軽食を食べないし、ケーキやスコーンなどは全く食べないので、わたくしもそれに合わせていたら、お腹はちょうどいいくらいになっていた。

「エリザベート嬢、今日は晩餐会の舞踏会まで出席するのでしょう?」
「そのつもりです」

 これまではふーちゃんとまーちゃんが部屋で待っているということもあったし、わたくしは正式に去年から社交界デビューしたが、クリスタちゃんがまだ正式に社交界デビューしていないということもあったので、晩餐会の後の舞踏会は遠慮させていただいて部屋に戻っていた。
 今年もまだクリスタちゃんは正式には社交界デビューしていないが、レーニちゃんは社交界デビューしたし、クリスタちゃんも生まれが遅いだけで社交界デビューできる年に春にはなるので、晩餐会の後の舞踏会にも参加しようと決めていたのだ。

「エリザベート嬢は美しいので、舞踏会の華になりますね」
「エクムント様にだけ美しいと思われていればいいです」
「可愛いことを言われる。エリザベート嬢、好きですよ?」
「す、すき!? わ、わたくしも、エクムント様が大好きです!」

 急に告白されて驚いて椅子から飛び上がりそうになってしまったが、そんな無作法なことができるはずがないので、必死に我慢する。顔は完熟したトマトのように真っ赤だろう。
 エクムント様は最近わたくしに妙に甘いような気がする。嬉しいのだがわたくしの心臓が追いつかない。
 わたくしはエクムント様を追いかけていつまでも追いつけないと思っていただけに、いざエクムント様の隣りに並べるようになると挙動不審になってしまっている気がするのだ。

「エクムント様、あまりわたくしを驚かせないでください」
「私がエリザベート嬢を想っているというのは、そんなに意外ですか?」
「わたくしはずっとエクムント様の恋愛対象にはなっていないと思っていましたから」

 正直に言えばエクムント様はわたくしの手を取って金色の目でわたくしの銀色の光沢のある黒い目を見つめてくる。

「最初からエリザベート嬢は私にとって特別な方でした。私がエリザベート嬢も覚えていないようなころから可愛がっていましたからね。私にとって可愛い大切な存在でした。そのエリザベート嬢が大人に近づくにつれて、私の気持ちも変わってきてもおかしくはないのではないでしょうか」
「エクムント様、わたくしはエクムント様の恋愛対象になっているということですか?」
「エリザベート嬢が十八歳になるのが待ち遠しいくらいですよ。そうでなければ、あんなことはしません」

 おでこへのキス。
 頬へのキス。
 指先へのキス。

 エクムント様の気持ちが伝わってくる行動がなければ、わたくしもすぐにはエクムント様の気持ちを信じられなかったかもしれない。
 エクムント様もわたくしのことが好きで、わたくしもエクムント様のことが大好きで、わたくしとエクムント様は両想いなのだ。

 考えるだけで頭が煮えそうになるくらい熱くなってくる。
 喜びはあるのだが、それ以上にまだ信じられない思いや、どう受け止めればいいのか分からない困惑がある。

 追いかけても追いつけない、ずっと片思いだと思っていたエクムント様が、今、わたくしと同じ場所に立っているという事実が、まだわたくしにはよく分からない。
 これが現実なのかどうか疑ってしまう。


 舞踏会会場に行ってエクムント様と踊っても、足元がふわふわするようでわたくしはうまく踊れない。ダンスの練習はしっかりとしているはずなのに、こういうときにうまくいかないのは悔しい。

 エクムント様の足を踏んでしまって、わたくしは慌てて謝る。

「ごめんなさい、わたくし……」
「いいのですよ。少し休みましょうか」

 舞踏会会場の端の椅子にわたくしを座らせてくださって、エクムント様が飲み物を給仕に持ってこさせた。
 それにしても夜も更けてきていて眠くなっている。
 眠いし、足元はふわふわするし、困っているわたくしに、エクムント様が促してくださる。

「本日はこの辺で部屋に戻られますか? お送りしますよ」
「お願いします」

 エクムント様ともっと一緒にいたかったけれど、疲れと眠さには勝てずにわたくしはエクムント様に部屋に送ってもらった。
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