エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット

22.フィンガーブレスレットとネイルアート

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 ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下は早起きが得意ではない。
 翌朝、ふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんが元気よくわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんの部屋にやってきたが、少し遅れてやって来たユリアーナ殿下は明らかに元気がなかった。
 眠そうに頭をグラグラとさせている。
 ふーちゃんもまーちゃんも早朝にお散歩に行くのが習慣化しているし、デニスくんとゲオルグくんも同じようだ。早起きはふーちゃんもまーちゃんもデニスくんもゲオルグくんも毎日のことなので気にしていないが、早起きの習慣がないユリアーナ殿下にはかなりつらいものがあるようだった。

「ユリアーナ殿下、髪を整えましょうか?」
「わたくし、かみが……?」
「レーニ嬢は三つ編みがとても上手なのですよ。レーニ嬢に編んでもらったらよいと思います」

 乳母はついて来ているはずだが、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下と同室ということで、ユリアーナ殿下は髪まで支度が行き届いていない様子だった。レーニちゃんが素早くユリアーナ殿下の髪を解いて、ブラシで梳いて、綺麗な三つ編みに編み上げる。
 三つ編みの端にリボンを付けたユリアーナ殿下は眠そうだったが目を輝かせていた。

「わたくし、かわいいですか?」
「とてもお似合いですわ」
「ユリアーナ殿下、三つ編みも似合いますこと」

 褒められてスキップしながら廊下に出るのだからユリアーナ殿下もまだ五歳の少女だった。
 庭を散歩しているとブーゲンビリアやハイビスカス、アラマンダやプルメリアが咲き乱れているのが見える。その美しさに目を奪われていると、ふーちゃんが落ちていたハイビスカスの花を拾ってレーニちゃんに差し出している。

「レーニ嬢、綺麗なので、これを」
「ありがとうございます、フランツ殿」

 心温まる交流をしている二人を見ているとわたくしも羨ましくなってしまう。

「おはようございます、エリザベート嬢。クリスタ嬢も、レーニ嬢も、ユリアーナ殿下も、フランツ殿も、マリア嬢も、デニス殿も、ゲオルグ殿もおはようございます」
「おはようございます、エクムント様」

 エクムント様も最近は朝のお散歩に同行してくださるのでわたくしは朝のお散歩がこれまで以上に楽しみになっていた。

「エクムントさま、このえだをどうおもいますか?」
「遊べそうな枝ですね」
「エクムントさま、わたしのえだはどうですか?」
「いい長さですね。扱いには気を付けてくださいね」

 風で落ちて来た枝を拾ってポーズを付けているデニスくんとゲオルグくんにもエクムント様は優しく声をかけている。

「デュクシ!」
「デュクシ! デュクシ!」

 意味不明の掛け声をかけながらポーズを取るデニスくんとゲオルグくんを、ユリアーナ殿下が理解できないものを見る目で見ていた。

 朝のお散歩の後は朝食なのだが、ハインリヒ殿下は目が開いていない。
 ほとんど寝たままのハインリヒ殿下をノルベルト殿下が引きずるようにして連れて来て、椅子に座らせている。

「ディッペル家の方々とリリエンタール家の方々が朝のお散歩に行くと聞いて、ユリアーナが自主的に早起きを始めて本当によかったです。そうでなければ、僕はユリアーナを抱っこして、ハインリヒを引っ張って朝食に来なければいけなかった」
「ノルベルトおにいさま、そういうことはいわないでください!」
「ユリアーナ、気にする年になったんだね」

 顔を真っ赤にしているユリアーナ殿下は、自分が早起きが苦手なことをデニスくんに知られるのが嫌な様子だった。

 その日はフィンガーブレスレットの工房に午前中に行って、昼食を挟んで午後にネイルアートの技術者を育てる工房に行くことになっていた。
 フィンガーブレスレットの工房は大きな工場になっていて、そこで何人もの女性たちが椅子に座って図案通りにフィンガーブレスレットを編んでいく。所々ビーズを編み込んだりするのも全部図案に書かれているようだ。
 フィンガーブレスレットの工房の案内役はオリヴァー殿が務めてくれた。

「フィンガーブレスレットの製造は辺境伯家よりシュタール家が仰せつかっております。今は王都や中央から注文が大量に入っていて、仕事が忙しい時期になっています」
「手の大きさによって編み方を変えているのですか?」

 問いかけたのはとても小さいお手手にぴったりのフィンガーブレスレットを作ってもらったまーちゃんだった。まーちゃんのようなサイズから、大きなサイズまで様々なサイズが作られているのだろう。

「図案でSSサイズからLLサイズまで編み分けてもらっています。最近は男性用のフィンガーブレスレットも開発している途中です」
「男性もフィンガーブレスレットを着けるのですか?」
「男性用のものは格好いい作りになっていて、スーツに合うようにデザインされています」

 男性用のものまで商売を広げるとは、流石オリヴァー殿だと思わずにはいられない。
 わたくしが作ったものをエクムント様に送ったら、エクムント様はすぐにそれを製品にする手はずを整えた。エクムント様もそういうところでは商才がおありなのだろう。
 商才のあるエクムント様の元で辺境伯領はますます栄えている。
 わたくしは辺境伯領に嫁いでいくのに何も心配はしていなかった。まーちゃんもオリヴァー殿がしっかりとしているので将来は安心だろう。

 フィンガーブレスレットの工房を見た後で一度辺境伯家に帰って昼食を取った。昼食の後で今度はネイルアートの技術者を育てる工房に向かう。
 ネイルアートの技術者を育てる工房では、マニキュアと除光液の独特の匂いが漂っていた。
 技術者となる女性たちはお互いにネイルを塗り合っている。
 ユリアーナ殿下の目が輝く。

「このがらはなんですか? ゆびごとにちがういろをぬるのですか?」
「こちらはエリザベート嬢の考えたボヘミアンネイルです。ピーコック柄という孔雀の羽根を模した色と柄を塗っていくのです」
「こちらはなんですか? なみのようです」
「こちらは、水面のゆらめきをイメージしたラグーンネイルです」

 興味津々のユリアーナ殿下にエクムント様が一つ一つ教えていく。
 ユリアーナ殿下は自分の小さな爪を見て一生懸命考えているようだった。

「わたくしにぬってもらえませんか?」
「技術者の中でも技術力の高い指導者に塗ってもらいましょう。どの柄がいいですか?」
「ラグーンネイルがいいです」

 椅子に座ったユリアーナ殿下に、技術者の女性が温かなお湯を持って来て、指先を浸けさせて、温める。丁寧に香油を塗って爪を保護するところから始められて、ユリアーナ殿下は嬉しそうだった。

「とてもいいかおりです。きぶんがおちつきます」
「色はどうしますか?」
「ピンクがいいです」

 じっくりとユリアーナ殿下が塗ってもらっている間、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんとまーちゃんにもお声がかかった。

「せっかくですので、エリザベート嬢もクリスタ嬢もレーニ嬢もマリア嬢も体験して行かれませんか?」
「嬉しいです、ありがとうございます、エクムント様」
「よろしくお願いします」
「わたくしはどれにしましょうか」

 椅子に座りながらわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんはどの柄を塗ってもらうか悩んだのだった。

 ピカピカの塗りたての爪で辺境伯家に帰って来たわたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんもユリアーナ殿下もとても満足していた。
 お茶の時間にはポテトチップスが出る。
 初めてのポテトチップスにユリアーナ殿下は興味津々だった。

「これはジャガイモですか?」
「そうです。エリザベート嬢が考えた食べ方です」
「ジャガイモをおちゃのじかんにたべるだなんてふしぎです」

 言いながらも取り分けて手に取ったユリアーナ殿下が、あっという間に食べてしまって、お代りを取り分けるまではそれほど時間はかからなかった。
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