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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット

20.言われたい言葉

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 レーニちゃんとわたくしとクリスタちゃんは同室だった。
 同じ部屋で顔を見合わせてわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは身を寄せ合う。昼食が終わって部屋で一息ついているときだった。

「エリザベートお姉様は、最近のお茶会には髪を上げて来られますね」
「そうなのです。わたくしも十五歳になったので、髪を上げるようにしようと思ったのです」
「とてもお似合いですわ。あの結い方はどうやっているのですか?」
「三つ編みにしてから後頭部で巻いてピンで留めているような感じですわ」

 実際にレーニちゃんのさらさらのストロベリーブロンドの髪を結い上げて見せると、鏡を見てレーニちゃんが喜んでいる。

「この髪型、気に入りました。わたくしもしてもいいですか?」
「いいですよ」
「クリスタちゃんも一緒にしてお揃いにしましょう」
「お姉様とレーニちゃんとお揃い! 嬉しいですわ」

 お互いに髪を編み合って、わたくしたちはお茶会に出た。お茶会にはオリヴァー殿も招かれていた。
 正式なお茶会ではないので、わたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんもまーちゃんも母もサマードレスで、ふーちゃんと父とデニスくんとゲオルグくんとお父様はシャツとスラックス姿だった。
 エクムント様もシャツとスラックス姿で、オリヴァー殿もシャツとスラックス姿でリラックスしている。

 オリヴァー殿はまーちゃんと同じくらいの女の子を連れていた。褐色の肌に黒い髪濃い緑色の目の女の子だ。

「本日はお招きいただきありがとうございます。こちらは妹のナターリエです」
「初めまして、ナターリエ・シュタールです」

 まーちゃんと同じ年くらいだが、まーちゃんと同じくしっかりとした話し方をしている。それだけ教育が行き届いているのだろう。

「ナターリエ嬢初めまして。わたくしは、オリヴァー殿の婚約者のマリアと申します」
「マリア様、シュタール家のために兄と婚約してくださったこと、兄から聞いております。本当にありがとうございます」
「シュタール家はわたくしの姉のエリザベートが嫁ぐ辺境伯家の支えとなる大事な家。放ってはおけなかったのです」

 小さなまーちゃんとナターリエ嬢が話し合っているのを見るのも心が和む。まーちゃんはナターリエ嬢とも仲良くなりたい様子だった。

「ナターリエ嬢はいつ頃のお生まれですか?」
「わたくしは夏の生まれで、先日六つになったばかりです」
「それでしたら、わたくしの方が生まれは早いですわね。わたくしとナターリエ嬢、学園に入学するころには学友になれるかもしれません」
「それはとても光栄なことです」

 まーちゃんが学園に入学するまでにはまだ六年の年月が必要だが、まーちゃんとナターリエ嬢が学友になって、ユリアーナ殿下も一緒に過ごしているところを考えると、わたくしは胸がいっぱいになる。

「エリザベート様、兄がお世話になっております」
「ナターリエ嬢、そんなに緊張しないで寛いでくださいませ」
「エリザベート様もマリア様も、紫色の光沢の黒髪に銀色の光沢の黒い目。肖像画で見たことのある初代国王陛下と同じです。こんな方が辺境伯領に嫁いできてくださるのですね」

 濃い緑色の目を輝かせているナターリエ嬢に、わたくしは面はゆいような、照れるような気分になってしまう。
 髪の色も目の色も生まれたときからのもので、偶然そうなっただけでわたくしの手柄でもなんでもない。それでも、初代国王陛下と同じ色彩ということで中央の象徴のようなわたくしが辺境伯領に嫁いでくることは辺境伯領の貴族からすればものすごいことなのだろう。

「それに、エリザベート様は壊血病の予防法を思い付いたと聞いています。コスチュームジュエリーの名前を考えたのもエリザベート様。最近ではネイルアートやフィンガーブレスレットを辺境伯領にもたらして、女性の社会進出を助けていると聞いています」
「それもわたくしが最初に思い付いただけで、実行されたのはエクムント様です」
「謙遜なさっているのですね。わたくし、エリザベート様を尊敬しているのです」

 六歳の純粋な目で見つめられると何となく身の置き場がなくなってしまう気がする。
 壊血病の予防法も、コスチュームジュエリーの名前も、ネイルアートの知識も、フィンガーブレスレットのデザインも、全て前世の知識があってのことだった。それを口に出せないのでわたくしは自分の手柄のように言われてしまうのが申し訳なくなってしまう。

「エリザベート嬢は辺境伯領になくてはならない存在になっているのですよ」

 エクムント様に肩を抱かれてわたくしは耳まで熱くなってしまう。ダンスのときにエクムント様に腰を抱かれ、エクムント様の肩に手を置くことはあるのだが、それとは違って今はダンスをしているわけではない。
 エクムント様の声が耳を擽るように聞こえてくる。

「エリザベート嬢という稀有な人材を辺境伯領が手に入れることができて本当に幸運だと思っています。私はエリザベート嬢と結婚できて本当に幸せ者ですね」
「本当に、そう思ってくださいますか?」
「勿論ですよ」

 わたくしと結婚できるのは幸せだといってくださるエクムント様にわたくしは思わず聞き返してしまった。エクムント様がわたくしに恋愛感情を向けてくださっているのかが気になってしまうのだ。

「エクムント様は、わたくしのこと、どう思っていますか?」
「素晴らしい方だと思っています」
「そういう意味じゃなくて……その、す、す、す……」

 駄目だ。
 ストレートに「好きですか?」なんて聞けるはずがない。耳まで真っ赤になっているわたくしにクリスタちゃんが気付いてエクムント様に問いかけた。

「エクムント様はお姉様のことを愛しているのですか?」

 ストレートすぎる!
 その返事が「はい」だったら、わたくしはエクムント様の腕から駆け出して恥ずかしくて逃げてしまいそうな気がする。

「その答えはエリザベート嬢がもう少し大人になってから、エリザベート嬢と二人きりのときにお答えします」
「そうやって答えを有耶無耶になさるのですね。ハインリヒ殿下もわたくしに、『愛している』とは言ってくださらないし」
「『愛している』と真摯に告げるのには勇気がいるのですよ。クリスタ嬢、どうかハインリヒ殿下が言えるようになるまで待って差し上げてください」

 クリスタちゃんもハインリヒ殿下に『愛している』と言われたい様子だった。
 ハインリヒ殿下も十六歳になったばかりなので、真摯に愛を囁くなどまだ難しいのかもしれない。
 そして、わたくしはまだ十五歳だからエクムント様に愛を囁かれるのは難しいのかもしれない。
 一言「好き」と言って欲しいだけなのに、もっと大袈裟なことになってしまってわたくしは「好き」の言葉はもらえないのだとがっかりしてしまった。

 二人きりになって、もう少し大人にならないとエクムント様はわたくしの欲しい言葉を下さらない。エクムント様に愛されたい、好きと言われたい気持ちは、わたくしだけが強くなっているのだろうか。

「わたくしはエクムント様が好きなのに……」

 小さく呟いた言葉がエクムント様に聞こえなかったはずはない。しかしエクムント様は小さく微笑んでそれに答えては下さらなかった。
 十五歳という年齢が恨めしい。
 社交界デビューで来たときには、十五歳という年齢がとても大人に感じられたのに、エクムント様の隣りではまだまだ子どもだと思い知らされる。

「オリヴァー殿はわたくしが好きですか?」
「とても可愛いと思っていますよ」
「好きですか?」
「大事に思っています」

 とてもストレートに聞いているまーちゃんに、オリヴァー殿も返事を有耶無耶にしている。十歳の年の差があるとそうなるのかもしれない。
 まして、わたくしとエクムント様の年の差は十一歳だ。
 いつかエクムント様はわたくしに言ってくださるだろうか。

――愛しています
――エリザベート嬢が好きです

 それがいつになるのか、わたくしは待つことしかできなかった。
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