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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット
16.異国の国王陛下
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少し離れた異国の国王が倒れた話については、学園のお茶会でも話題に上がった。
「国王陛下には病弱な息子が一人しかおらず、その息子が亡くなってからすっかりと気を落として床につかれることが多くなったと聞いています」
「もし亡くなったら跡目争いであの国は荒れるのでしょうね」
ノエル殿下の出身国である隣国のそのまた隣りの国であるというのだから、接している隣国は警戒態勢に入っていることだろう。
異国の政治には手を出さないというのがこの国の方針ではあるが、その国とも交易はあるので情勢を見守っている貴族は多いという。
ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もその国の情勢について気を配っている様子だった。
「養子でももらってくださって、後継者がしっかりと決まるとよいのですが」
「皇太子殿下を失った悲しみに、すぐにはそんなことを考えられないような状況に陥っているようなのです」
「国の指導者なのですから、後継者がないままに自分がこの世を去ってしまったら残されたものがどうなるかを考えないものなのでしょうか」
「理性的に考えられるだけの気力があれば、床に臥したりはしていないでしょうね」
わたくしとクリスタちゃんはすぐに合理的に考えてしまうが、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はそのようには考えられない国王陛下の気持ちを分かっているようだった。
「彼の国は東西南北に公爵家があって、それぞれが代々国王陛下に嫁いでいると聞きます。四つの公爵家が国王陛下が亡くなったら、どう動くかに注目されていますね」
ノルベルト殿下の言葉にわたくしはこんなストーリーが原作にあったかと考えてしまう。原作では隣国のこともほぼ出てこなかったし、その隣りにオルヒデー帝国と交流のある国があるという事実も出て来たことはない。
この世界に生まれ変わってから様々な体験をしてきたが、その中には原作にないものもたくさんあった。原作では辺境伯領のことなどほとんど書かれていなくて、わたくしが追放になるということだけが最後に書かれていただけだったのだが、実際に暮らしてみると辺境伯領はこの国にとってなくてはならない土地であるし、わたくしたちにとってなじみの深い土地になった。
今回のことも書かれていなかっただけでどこかでは起きていたことなのかもしれない。
原作の知識は通用しないが、それ以外のこの世界で学んだ知識は生かせるかもしれないとわたくしは思っていた。
「貴族が手を出すと国際問題になりそうですが、国王陛下が彼の国の皇太子殿下が亡くなったことに対して、お悔やみの手紙を送るくらいのことはよいのではないでしょうか」
「父上に話してみますか?」
「手紙のやり取りをしていれば、彼の国の国王陛下も少しは元気が出るかもしれません」
わたくしの言葉をハインリヒ殿下は真剣に聞いてくださる。
国王陛下同士の交流であれば問題はないのではないかとわたくしは思うし、それで心慰められた彼の国の国王陛下が少しでも力付けられることをわたくしは願っていた。
お茶会が終わるとわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは寮の部屋に帰るのだが、クリスタちゃんはハインリヒ殿下に呼び止められていた。
「クリスタ嬢、相談がありまして」
「なんでしょう、ハインリヒ殿下?」
「彼の国の国王陛下は、私のお祖母様の従弟にあたるのです」
国同士の繋がりとして王族が結婚をするのは珍しくはない。ハインリヒ殿下のお母上の王妃殿下も隣国の出身であるし、ノルベルト殿下の婚約者のノエル殿下も隣国の出身で、王妃殿下の姪にあたる。
「父上はユリアーナを彼の国の国王陛下が養子に求めないか、心配しているのです」
彼の国の国王陛下がハインリヒ殿下のお祖母様の従弟だとすれば、ユリアーナ殿下にもハインリヒ殿下にもその血は流れている。
ユリアーナ殿下を養子にと求められて国王陛下が頷くはずはないとわたくしは確信していた。国王陛下は王妃殿下との間に生まれたユリアーナ殿下を溺愛している。小さく愛らしいユリアーナ殿下を異国にやるなど考えられないことだろう。
「それは国王陛下のお心のままに、お断りしていいと思います」
「ユリアーナが彼の国の女王となるのならば、そうしたいと思う貴族もいるかもしれません」
「ハインリヒ殿下も不安なのですね」
「私も不安なのだと思います」
素直に心の内を打ち明けたハインリヒ殿下に、クリスタちゃんは微笑んで手を握って励ましている。
「国王陛下はユリアーナ殿下をどこにもやったり致しません。国王陛下を信じましょう」
「そうですね、クリスタ嬢と話したら気持ちが軽くなりました」
ハインリヒ殿下の顔に笑みが戻ってクリスタちゃんも安心しているようだった。
それにしても、彼の国の国王陛下がハインリヒ殿下のお祖母様の従弟だということは、跡継ぎ争いにこの国も巻き込まれる要素がますます濃くなってきたと言えるだろう。
こういうときエクムント様ならどう考えるだろう。
わたくしはエクムント様の話を聞きたかった。
部屋に戻ってからもクリスタちゃんは彼の国のことを考えているようだった。わたくしも気にはなっていた。
このまま国王陛下が持ち直せば国を立て直して、養子をもらい、跡継ぎ争いも落ち着くのだろうが、今はどうなるかが分からない。
ハインリヒ殿下のお祖母様の従弟だとすれば、年齢的に幾つくらいになるのだろう。
まず、わたくしの父と国王陛下が同じ年で確か三十四歳のはずである。その親世代なのだから二十歳足すとして、五十四歳くらいか。
五十四歳ならばまだ年齢的に若い気がするのだが、この世界の平均寿命は前世のように長くはなかったはずだ。それでも五十四歳は平均寿命よりも若いのは確かだ。
この国の平均寿命は、乳幼児死亡率が高いので、引き下げられていて六十五歳くらいだった気がする。それでも長く生きる者はいるし、特に健康が管理された貴族は平民よりもずっと長命なイメージしかなかった。
「お姉様、難しい顔をして、考え事ですか?」
「えぇ、まぁ、少し」
気が付けば夕食の時間になっていたようで、わたくしはクリスタちゃんと一緒に、レーニちゃんにも声をかけて食堂に行った。
食堂でミリヤムちゃんとオリヴァー殿と合流する。
「ミリヤム嬢はお兄様がおられるのでしたか?」
「はい、兄がおります。アレンス家は兄が継ぐことに決まっております」
ミリヤムちゃんに聞いてからわたくしは少し考えてしまう。
例え異国の女王になれると分かっていても、ハインリヒ殿下がユリアーナ殿下を異国にやりたくない気持ちは痛いほど分かる。
わたくしもまーちゃんを養子に欲しいと他の国から要請を受けたら納得できるはずがないのだ。
「国王陛下はどのような症状で床に伏していらっしゃるのでしょう」
「食欲をなくして、全身がだるく、下半身に倦怠感があるとか」
あれ?
そういう症状をわたくしは聞いたことがある。
「足の痺れや浮腫み、動悸、息切れがあるとか?」
「そのようですよ」
まだ確信はなかったが、一応、わたくしは詳しい様子なのでオリヴァー殿に確認してみる。
「国王陛下は偏食だったりしますか?」
「そのような噂が流れていますね」
これは、当たりなのではないだろうか。
国王陛下は、ビタミンB1不足……つまり、脚気なのではないか。
脚気には豚肉や赤身肉、全粒穀物、ナッツ、大豆、カリフラワーやホウレン草がいいとされているが、そういうものを彼の国の国王陛下は嫌っていたのではないだろうか。
「食事を改善すれば……もしかすると……」
でも、これはわたくしが思い付いた仮説でしかないし、彼の国の国王陛下に伝えるすべがない。
どうすればいいのか。
わたくしは悩んでいた。
「国王陛下には病弱な息子が一人しかおらず、その息子が亡くなってからすっかりと気を落として床につかれることが多くなったと聞いています」
「もし亡くなったら跡目争いであの国は荒れるのでしょうね」
ノエル殿下の出身国である隣国のそのまた隣りの国であるというのだから、接している隣国は警戒態勢に入っていることだろう。
異国の政治には手を出さないというのがこの国の方針ではあるが、その国とも交易はあるので情勢を見守っている貴族は多いという。
ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もその国の情勢について気を配っている様子だった。
「養子でももらってくださって、後継者がしっかりと決まるとよいのですが」
「皇太子殿下を失った悲しみに、すぐにはそんなことを考えられないような状況に陥っているようなのです」
「国の指導者なのですから、後継者がないままに自分がこの世を去ってしまったら残されたものがどうなるかを考えないものなのでしょうか」
「理性的に考えられるだけの気力があれば、床に臥したりはしていないでしょうね」
わたくしとクリスタちゃんはすぐに合理的に考えてしまうが、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はそのようには考えられない国王陛下の気持ちを分かっているようだった。
「彼の国は東西南北に公爵家があって、それぞれが代々国王陛下に嫁いでいると聞きます。四つの公爵家が国王陛下が亡くなったら、どう動くかに注目されていますね」
ノルベルト殿下の言葉にわたくしはこんなストーリーが原作にあったかと考えてしまう。原作では隣国のこともほぼ出てこなかったし、その隣りにオルヒデー帝国と交流のある国があるという事実も出て来たことはない。
この世界に生まれ変わってから様々な体験をしてきたが、その中には原作にないものもたくさんあった。原作では辺境伯領のことなどほとんど書かれていなくて、わたくしが追放になるということだけが最後に書かれていただけだったのだが、実際に暮らしてみると辺境伯領はこの国にとってなくてはならない土地であるし、わたくしたちにとってなじみの深い土地になった。
今回のことも書かれていなかっただけでどこかでは起きていたことなのかもしれない。
原作の知識は通用しないが、それ以外のこの世界で学んだ知識は生かせるかもしれないとわたくしは思っていた。
「貴族が手を出すと国際問題になりそうですが、国王陛下が彼の国の皇太子殿下が亡くなったことに対して、お悔やみの手紙を送るくらいのことはよいのではないでしょうか」
「父上に話してみますか?」
「手紙のやり取りをしていれば、彼の国の国王陛下も少しは元気が出るかもしれません」
わたくしの言葉をハインリヒ殿下は真剣に聞いてくださる。
国王陛下同士の交流であれば問題はないのではないかとわたくしは思うし、それで心慰められた彼の国の国王陛下が少しでも力付けられることをわたくしは願っていた。
お茶会が終わるとわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは寮の部屋に帰るのだが、クリスタちゃんはハインリヒ殿下に呼び止められていた。
「クリスタ嬢、相談がありまして」
「なんでしょう、ハインリヒ殿下?」
「彼の国の国王陛下は、私のお祖母様の従弟にあたるのです」
国同士の繋がりとして王族が結婚をするのは珍しくはない。ハインリヒ殿下のお母上の王妃殿下も隣国の出身であるし、ノルベルト殿下の婚約者のノエル殿下も隣国の出身で、王妃殿下の姪にあたる。
「父上はユリアーナを彼の国の国王陛下が養子に求めないか、心配しているのです」
彼の国の国王陛下がハインリヒ殿下のお祖母様の従弟だとすれば、ユリアーナ殿下にもハインリヒ殿下にもその血は流れている。
ユリアーナ殿下を養子にと求められて国王陛下が頷くはずはないとわたくしは確信していた。国王陛下は王妃殿下との間に生まれたユリアーナ殿下を溺愛している。小さく愛らしいユリアーナ殿下を異国にやるなど考えられないことだろう。
「それは国王陛下のお心のままに、お断りしていいと思います」
「ユリアーナが彼の国の女王となるのならば、そうしたいと思う貴族もいるかもしれません」
「ハインリヒ殿下も不安なのですね」
「私も不安なのだと思います」
素直に心の内を打ち明けたハインリヒ殿下に、クリスタちゃんは微笑んで手を握って励ましている。
「国王陛下はユリアーナ殿下をどこにもやったり致しません。国王陛下を信じましょう」
「そうですね、クリスタ嬢と話したら気持ちが軽くなりました」
ハインリヒ殿下の顔に笑みが戻ってクリスタちゃんも安心しているようだった。
それにしても、彼の国の国王陛下がハインリヒ殿下のお祖母様の従弟だということは、跡継ぎ争いにこの国も巻き込まれる要素がますます濃くなってきたと言えるだろう。
こういうときエクムント様ならどう考えるだろう。
わたくしはエクムント様の話を聞きたかった。
部屋に戻ってからもクリスタちゃんは彼の国のことを考えているようだった。わたくしも気にはなっていた。
このまま国王陛下が持ち直せば国を立て直して、養子をもらい、跡継ぎ争いも落ち着くのだろうが、今はどうなるかが分からない。
ハインリヒ殿下のお祖母様の従弟だとすれば、年齢的に幾つくらいになるのだろう。
まず、わたくしの父と国王陛下が同じ年で確か三十四歳のはずである。その親世代なのだから二十歳足すとして、五十四歳くらいか。
五十四歳ならばまだ年齢的に若い気がするのだが、この世界の平均寿命は前世のように長くはなかったはずだ。それでも五十四歳は平均寿命よりも若いのは確かだ。
この国の平均寿命は、乳幼児死亡率が高いので、引き下げられていて六十五歳くらいだった気がする。それでも長く生きる者はいるし、特に健康が管理された貴族は平民よりもずっと長命なイメージしかなかった。
「お姉様、難しい顔をして、考え事ですか?」
「えぇ、まぁ、少し」
気が付けば夕食の時間になっていたようで、わたくしはクリスタちゃんと一緒に、レーニちゃんにも声をかけて食堂に行った。
食堂でミリヤムちゃんとオリヴァー殿と合流する。
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「はい、兄がおります。アレンス家は兄が継ぐことに決まっております」
ミリヤムちゃんに聞いてからわたくしは少し考えてしまう。
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わたくしもまーちゃんを養子に欲しいと他の国から要請を受けたら納得できるはずがないのだ。
「国王陛下はどのような症状で床に伏していらっしゃるのでしょう」
「食欲をなくして、全身がだるく、下半身に倦怠感があるとか」
あれ?
そういう症状をわたくしは聞いたことがある。
「足の痺れや浮腫み、動悸、息切れがあるとか?」
「そのようですよ」
まだ確信はなかったが、一応、わたくしは詳しい様子なのでオリヴァー殿に確認してみる。
「国王陛下は偏食だったりしますか?」
「そのような噂が流れていますね」
これは、当たりなのではないだろうか。
国王陛下は、ビタミンB1不足……つまり、脚気なのではないか。
脚気には豚肉や赤身肉、全粒穀物、ナッツ、大豆、カリフラワーやホウレン草がいいとされているが、そういうものを彼の国の国王陛下は嫌っていたのではないだろうか。
「食事を改善すれば……もしかすると……」
でも、これはわたくしが思い付いた仮説でしかないし、彼の国の国王陛下に伝えるすべがない。
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