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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット
15.お散歩で現実を見るユリアーナ殿下
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ハインリヒ殿下のお誕生日のお茶会も晩餐会も何事もなく過ぎた。
部屋に戻ったクリスタちゃんはハインリヒ殿下が用意してくださっている軽食を食べてシャワーを浴びて布団に入った。わたくしもレーニちゃんも疲れていたので早く布団に入って眠ってしまった。
翌朝、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは可愛らしい子どもの声で起こされた。
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、お散歩に行きましょう」
「お姉様たち、ユリアーナ殿下もいらっしゃっています」
「おはようございます、マリアじょう、フランツどの、デニスどの、ゲオルグどの」
「おはようございます、ユリアーナでんか」
「ユリアーナでんかもおさんぽがすきになりましたか?」
元気がいいふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんの中、ユリアーナ殿下は眠そうにしていたが一生懸命挨拶をしていた。
ユリアーナ殿下をお待たせするわけにはいかないので急いで準備をして廊下に出ると、ふーちゃんがレーニちゃんの手を握って、逆の手をゲオルグくんが握って、ゲオルグくんの手をデニスくんが握る。
デニスくんと手を繋ぎたそうにしているユリアーナ殿下だったが、素早く手が繋がれてしまったので手出しできなかった。
「おねえさま、きのうはかぜがつよかったので、いいえだがいっぱいおちています」
「おにいさま、わたしにもわけてください」
「さきにひろったほうがもらうのですよ」
王宮の庭に落ちている枝を拾うのにデニスくんとゲオルグくんは夢中になっている。いい感じの枝を拾うと、ポーズを取る。
「デュクシ!」
「デュクシ! デュクシ!」
掛け声をかけてデニスくんとゲオルグくんが遊んでいるのをユリアーナ殿下が目を丸くして見つめている。
「あの『デュクシ!』というのはなんですか?」
「デニスとゲオルグが気に入っている掛け声なのです。何の掛け声なのかわたくしにも分かりません」
「あんなにえだをふりまわして、けがをしませんか?」
「怪我はしないように気を付けさせています」
レーニちゃんが説明している間に、ゲオルグくんが振り回した枝が勢い余って自分の額にぶつかってしまった。痛くて泣き出したゲオルグくんにデニスくんが駆け寄る。
「だいじょうぶですか、ゲオルグ?」
「おにいさま、えだがわるいのです! わたしをたたきました!」
「いけないえだです! えい! えい!」
ゲオルグくんの手から枝を取ってデニスくんがその枝を踏みつける。枝に制裁が下されたのでゲオルグくんも満足したようで泣き止んでいた。
「おとこのこって……」
「ユリアーナ殿下、すみません。うちの弟たちは本当に子どもで」
「おとこのこって、よくわからない」
デニスくんのことを可愛いといって気に入っているユリアーナ殿下だが、男の子特有のこういう動作には理解が及ばない様子だった。
デニスくんとゲオルグくんが戻ってくると、エクムント様がわたくしたちに合流する。エクムント様は今日は辺境伯領に帰るので軍服で、腰に軍の儀礼用の剣を下げていた。
「デニス殿、ゲオルグ殿、剣を見せてあげる約束をしていましたね」
「いいのですか、エクムントさま!」
「みたいです!」
鞠のように跳ねてエクムント様に駆け寄っていくデニスくんとゲオルグくんに、ふーちゃんとまーちゃんも興味津々でエクムント様に近寄って行く。
「本当に切れますから気を付けてくださいね」
言いながらすらりと剣を抜いたエクムント様に、小さな四人の顔が近付いていく。
剣は幅が五センチくらいあって、長さは一メートル以上の大きなものだった。
よく磨かれた刃にデニスくんとゲオルグくんとふーちゃんとまーちゃんの顔が映っている。
「ほんもののけんです」
「かっこういいです」
「国王陛下も国宝の剣をお持ちです。首打ち式の際などには使われます」
「くびうちしきとは、なんですか?」
「首打ち式とは、騎士を叙任するときに行います。主従関係を結ぶ方法です。私も辺境伯ですが、国王陛下を守る騎士の一人なので、辺境伯になった際には国王陛下に剣の平らな部分で肩を叩いていただきました」
興味津々のゲオルグくんにエクムント様が説明をしている。どんなときも、どんな小さな子でも馬鹿にすることなく、詳しく説明してくれるのがこのエクムント様という方なのだ。
「わたくしのちちうえもけんをもっているのですね」
「持っておられますよ。普段は錫杖と王冠が国王陛下の証ですが、ときに国宝の剣を使われることもあります」
ユリアーナ殿下も自分の父上の知らない姿をすることができて真剣に話を聞いていた。
お散歩の最後にはユリアーナ殿下は呟いていた。
「デニスどのはかわいいけれど、まだまだこどもなのですね。わたくしはあきらめませんが、いそがないことにしました」
デニスくんのことが好きであってもデニスくんはまだまだ枝を拾って「デュクシ!」と掛け声をかけて戦いごっこをする方が好きな小さい男の子だった。まだ五歳なので仕方がない。それをユリアーナ殿下も理解して、デニスくんを好きな思いは一度落ち着かせて、もう少し大きくなってからアプローチをかけた方がいいようだと分かったようだ。
苦手な早起きをしてユリアーナ殿下がデニスくんとお散歩をしなければ分からなかったことである。やはり好きならば自分から歩み寄っていくことが大切なのだとユリアーナ殿下も学んだことだろう。
朝食を食べ終えて荷物を纏めてわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは王都の学園の寮に直接帰り、両親とふーちゃんとまーちゃんはディッペル家に、レーニちゃんのご両親とデニスくんとゲオルグくんはリリエンタール家に帰る。
別々の馬車に乗るわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんを、ふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんが名残を惜しんでくれる。
「レーニ嬢、次はレーニ嬢のお誕生日にお会いしましょうね」
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、わたくしいい子で待っていますわ」
「おねえさま、おたんじょうびにはかえってきてね」
「おねえさま、だいすき」
可愛い弟妹と別れるのは寂しかったけれど、わたくしは学園に戻らないわけにはいかない。ふーちゃんを抱き締め、まーちゃんの髪を撫でて、二人の額にキスをすると、ふーちゃんとまーちゃんの水色と銀色の光沢のある黒の目が潤んで来た気配がする。
泣かせてはいけないと、わたくしは手を振って馬車に乗り込んだ。
馬車の中で後ろを振り向けば、ふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんがずっと手を振っているのが見えた。
四人が見えなくなるまで、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんも手を振った。
寮に帰ると洗濯物を決められた袋に入れてドアノブにかけて、楽な格好になって学園の食堂に行く。途中でレーニちゃんの部屋にも声をかけて一緒に移動する。
食堂にはオリヴァー殿もミリヤムちゃんも揃っていた。
オリヴァー殿はリーリエ寮、ミリヤムちゃんはローゼン寮なのでテーブルが違うのだが、わたくしが招けばペオーニエ寮のテーブルに着くことができる。
昼食を注文して一息ついていると、ミリヤムちゃんに訪ねられた。
「今年もハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日の式典は豪華だったのでしょう?」
「それが、わたくしは王家側で出席するので、豪華な料理を全然食べられないのです」
「クリスタ様はハインリヒ殿下の婚約者ですからね」
「美味しそうな料理が手を付けずに下げられていくのはつらいものがありました」
「それはおつらかったでしょう」
心底つらそうに言っているクリスタちゃんは、それだけ式典の最中にお腹を空かせていたのだろう。育ち盛りの十四歳なのだから料理を食べたいと強く思っても仕方がない。
「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下は幼い頃からこんな風だったのかと思うと、ご苦労がしのばれます」
「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下は王族ですからね」
「もう少しこういう風習がどうにかならないものなのか考えてしまいますわ」
真剣なクリスタちゃんにわたくしはコホンと咳払いをする。
「クリスタ、食べることばかり言っているとはしたないですわよ。レディとしてどうかと思います」
「そうでしたわ。わたくしったら、つい、熱くなってしまって」
注意するとクリスタちゃんもすぐに自分が必死になりすぎていたことに気付いたようだった。
「お料理も豪華で楽しい式典でしたよ」
「わたくしにとっては一生縁のないことでしょうが」
「いいえ、ミリヤム嬢。ノエル殿下の元で働くことになったら、ミリヤム嬢もノエル殿下に同席することになりますよ」
「わたくしがノエル殿下の元で働く……。そうなればいいのですが」
ミリヤムちゃんは恐縮しているが、その日が遠くないような気がわたくしはしていた。
部屋に戻ったクリスタちゃんはハインリヒ殿下が用意してくださっている軽食を食べてシャワーを浴びて布団に入った。わたくしもレーニちゃんも疲れていたので早く布団に入って眠ってしまった。
翌朝、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは可愛らしい子どもの声で起こされた。
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、お散歩に行きましょう」
「お姉様たち、ユリアーナ殿下もいらっしゃっています」
「おはようございます、マリアじょう、フランツどの、デニスどの、ゲオルグどの」
「おはようございます、ユリアーナでんか」
「ユリアーナでんかもおさんぽがすきになりましたか?」
元気がいいふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんの中、ユリアーナ殿下は眠そうにしていたが一生懸命挨拶をしていた。
ユリアーナ殿下をお待たせするわけにはいかないので急いで準備をして廊下に出ると、ふーちゃんがレーニちゃんの手を握って、逆の手をゲオルグくんが握って、ゲオルグくんの手をデニスくんが握る。
デニスくんと手を繋ぎたそうにしているユリアーナ殿下だったが、素早く手が繋がれてしまったので手出しできなかった。
「おねえさま、きのうはかぜがつよかったので、いいえだがいっぱいおちています」
「おにいさま、わたしにもわけてください」
「さきにひろったほうがもらうのですよ」
王宮の庭に落ちている枝を拾うのにデニスくんとゲオルグくんは夢中になっている。いい感じの枝を拾うと、ポーズを取る。
「デュクシ!」
「デュクシ! デュクシ!」
掛け声をかけてデニスくんとゲオルグくんが遊んでいるのをユリアーナ殿下が目を丸くして見つめている。
「あの『デュクシ!』というのはなんですか?」
「デニスとゲオルグが気に入っている掛け声なのです。何の掛け声なのかわたくしにも分かりません」
「あんなにえだをふりまわして、けがをしませんか?」
「怪我はしないように気を付けさせています」
レーニちゃんが説明している間に、ゲオルグくんが振り回した枝が勢い余って自分の額にぶつかってしまった。痛くて泣き出したゲオルグくんにデニスくんが駆け寄る。
「だいじょうぶですか、ゲオルグ?」
「おにいさま、えだがわるいのです! わたしをたたきました!」
「いけないえだです! えい! えい!」
ゲオルグくんの手から枝を取ってデニスくんがその枝を踏みつける。枝に制裁が下されたのでゲオルグくんも満足したようで泣き止んでいた。
「おとこのこって……」
「ユリアーナ殿下、すみません。うちの弟たちは本当に子どもで」
「おとこのこって、よくわからない」
デニスくんのことを可愛いといって気に入っているユリアーナ殿下だが、男の子特有のこういう動作には理解が及ばない様子だった。
デニスくんとゲオルグくんが戻ってくると、エクムント様がわたくしたちに合流する。エクムント様は今日は辺境伯領に帰るので軍服で、腰に軍の儀礼用の剣を下げていた。
「デニス殿、ゲオルグ殿、剣を見せてあげる約束をしていましたね」
「いいのですか、エクムントさま!」
「みたいです!」
鞠のように跳ねてエクムント様に駆け寄っていくデニスくんとゲオルグくんに、ふーちゃんとまーちゃんも興味津々でエクムント様に近寄って行く。
「本当に切れますから気を付けてくださいね」
言いながらすらりと剣を抜いたエクムント様に、小さな四人の顔が近付いていく。
剣は幅が五センチくらいあって、長さは一メートル以上の大きなものだった。
よく磨かれた刃にデニスくんとゲオルグくんとふーちゃんとまーちゃんの顔が映っている。
「ほんもののけんです」
「かっこういいです」
「国王陛下も国宝の剣をお持ちです。首打ち式の際などには使われます」
「くびうちしきとは、なんですか?」
「首打ち式とは、騎士を叙任するときに行います。主従関係を結ぶ方法です。私も辺境伯ですが、国王陛下を守る騎士の一人なので、辺境伯になった際には国王陛下に剣の平らな部分で肩を叩いていただきました」
興味津々のゲオルグくんにエクムント様が説明をしている。どんなときも、どんな小さな子でも馬鹿にすることなく、詳しく説明してくれるのがこのエクムント様という方なのだ。
「わたくしのちちうえもけんをもっているのですね」
「持っておられますよ。普段は錫杖と王冠が国王陛下の証ですが、ときに国宝の剣を使われることもあります」
ユリアーナ殿下も自分の父上の知らない姿をすることができて真剣に話を聞いていた。
お散歩の最後にはユリアーナ殿下は呟いていた。
「デニスどのはかわいいけれど、まだまだこどもなのですね。わたくしはあきらめませんが、いそがないことにしました」
デニスくんのことが好きであってもデニスくんはまだまだ枝を拾って「デュクシ!」と掛け声をかけて戦いごっこをする方が好きな小さい男の子だった。まだ五歳なので仕方がない。それをユリアーナ殿下も理解して、デニスくんを好きな思いは一度落ち着かせて、もう少し大きくなってからアプローチをかけた方がいいようだと分かったようだ。
苦手な早起きをしてユリアーナ殿下がデニスくんとお散歩をしなければ分からなかったことである。やはり好きならば自分から歩み寄っていくことが大切なのだとユリアーナ殿下も学んだことだろう。
朝食を食べ終えて荷物を纏めてわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは王都の学園の寮に直接帰り、両親とふーちゃんとまーちゃんはディッペル家に、レーニちゃんのご両親とデニスくんとゲオルグくんはリリエンタール家に帰る。
別々の馬車に乗るわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんを、ふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんが名残を惜しんでくれる。
「レーニ嬢、次はレーニ嬢のお誕生日にお会いしましょうね」
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、わたくしいい子で待っていますわ」
「おねえさま、おたんじょうびにはかえってきてね」
「おねえさま、だいすき」
可愛い弟妹と別れるのは寂しかったけれど、わたくしは学園に戻らないわけにはいかない。ふーちゃんを抱き締め、まーちゃんの髪を撫でて、二人の額にキスをすると、ふーちゃんとまーちゃんの水色と銀色の光沢のある黒の目が潤んで来た気配がする。
泣かせてはいけないと、わたくしは手を振って馬車に乗り込んだ。
馬車の中で後ろを振り向けば、ふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんがずっと手を振っているのが見えた。
四人が見えなくなるまで、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんも手を振った。
寮に帰ると洗濯物を決められた袋に入れてドアノブにかけて、楽な格好になって学園の食堂に行く。途中でレーニちゃんの部屋にも声をかけて一緒に移動する。
食堂にはオリヴァー殿もミリヤムちゃんも揃っていた。
オリヴァー殿はリーリエ寮、ミリヤムちゃんはローゼン寮なのでテーブルが違うのだが、わたくしが招けばペオーニエ寮のテーブルに着くことができる。
昼食を注文して一息ついていると、ミリヤムちゃんに訪ねられた。
「今年もハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日の式典は豪華だったのでしょう?」
「それが、わたくしは王家側で出席するので、豪華な料理を全然食べられないのです」
「クリスタ様はハインリヒ殿下の婚約者ですからね」
「美味しそうな料理が手を付けずに下げられていくのはつらいものがありました」
「それはおつらかったでしょう」
心底つらそうに言っているクリスタちゃんは、それだけ式典の最中にお腹を空かせていたのだろう。育ち盛りの十四歳なのだから料理を食べたいと強く思っても仕方がない。
「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下は幼い頃からこんな風だったのかと思うと、ご苦労がしのばれます」
「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下は王族ですからね」
「もう少しこういう風習がどうにかならないものなのか考えてしまいますわ」
真剣なクリスタちゃんにわたくしはコホンと咳払いをする。
「クリスタ、食べることばかり言っているとはしたないですわよ。レディとしてどうかと思います」
「そうでしたわ。わたくしったら、つい、熱くなってしまって」
注意するとクリスタちゃんもすぐに自分が必死になりすぎていたことに気付いたようだった。
「お料理も豪華で楽しい式典でしたよ」
「わたくしにとっては一生縁のないことでしょうが」
「いいえ、ミリヤム嬢。ノエル殿下の元で働くことになったら、ミリヤム嬢もノエル殿下に同席することになりますよ」
「わたくしがノエル殿下の元で働く……。そうなればいいのですが」
ミリヤムちゃんは恐縮しているが、その日が遠くないような気がわたくしはしていた。
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