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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット
14.ハインリヒ殿下のお誕生日と護衛の数
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ハインリヒ殿下のお誕生日の昼食会で、クリスタちゃんは辺境伯領の特産品の布で作ったドレスを着て王家の席に座っていた。クリスタちゃんの布は特製品で、ピンクがかった薄紫なのだ。
クリスタちゃんの好きな色を用意してくれたエクムント様にクリスタちゃんはとても感謝していた。
わたくしのドレスも辺境伯領の特産品だが、こちらは目の覚めるような鮮やかな紫。最近では赤紫や青紫も注文によっては作っていると聞いているが、わたくしは髪の光沢にも合わせて紫が気に入っていた。
エクムント様と並んでご挨拶に向かうと、国王陛下と王妃殿下から声をかけられる。
「ハインリヒの誕生日のためにありがとう」
「エクムント殿、エリザベート嬢ありがとうございます。エリザベート嬢、わたくしも真似をして爪を侍女に塗らせてみたのです」
王妃殿下が見せて来る爪は丸フレンチになっていた。
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。ハインリヒ殿下の十六歳がよい年になることを願っております」
「ハインリヒ殿下にお祝いを。そして、王妃殿下、とてもお似合いですよ」
ご挨拶と共に爪も褒めると王妃殿下は白い頬を紅潮させて喜んでいた。
王妃殿下までネイルアートに心酔しているとなると、他の貴族たちも爪を気にしている様子である。
「あのネイルアートはどうすればできるのでしょう?」
「自分でやろうとして見たけれど、上手くできませんでした」
貴族たちの声が聞こえてくる。
それを聞きながらもわたくしはハインリヒ殿下とクリスタちゃんの前に出た。
クリスタちゃんは飲もうとしていた葡萄ジュースのグラスを音をさせないように上品にテーブルに戻していた。
「エリザベート嬢、エクムント殿、ようこそお越しくださいました」
「ハインリヒ殿下のお誕生日に来てくださってありがとうございます」
「ハインリヒ殿下の一年が輝かしいものとなりますように」
「ハインリヒ殿下、クリスタのこともどうかよろしくお願いします」
「はい。クリスタ嬢とますます仲睦まじく過ごせたらと思っております」
仲良く並んでいるクリスタちゃんとハインリヒ殿下を見るとわたくしの心まで和んでくる。それにしてもクリスタちゃんは飲み物もほとんど飲めていないのではないだろうか。わたくしとエクムント様に声をかけられて置いたグラスは減っている気配がない。
お茶会の時間になったら少しは自由になれるので、わたくしはクリスタちゃんを誘ってミルクティーを飲もうと決めていた。
昼食会の料理はとても豪華で美味しかった。食べられないクリスタちゃんやハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、ノエル殿下に国王陛下と王妃殿下には悪いのだが、わたくしもエクムント様もしっかりとそれを味わった。
黒トリュフ塩で味わうポークソテーは絶品だった。
そういえば、この世界には修道院はあるのに、宗教の名前は聞いたことがない。前世では浮かぶ宗教は三つくらいあるのだが、そのどれもこの世界には存在していないようなのだ。
「エクムント様、修道院では何に祈っているのですか?」
「神に祈っていますよ」
「神……どう呼べば?」
「神の名前を呼ぶのは禁忌とされています。姿を形にするのも禁忌とされています。エリザベート嬢は神については詳しくなかったのですね」
宗教的な行事がないことから、この世界では神に関してはそれほど生活に根付いているわけではなさそうだ。わたくしも家庭教師から神について習ったわけではない。
「辺境伯領は少し趣が違って、海神を信仰しています。辺境伯領に漁師や海軍が多いからでしょうね」
「海神は地元の神なのですか?」
「そうです。辺境伯領だけで祀られている神です。一度、社にお連れしましょう」
「社!?」
この世界は十九世紀の疑似ヨーロッパ的な雰囲気なのだと思っていた。そこに社という聞き慣れた単語が出て来ることにわたくしは驚いてしまう。
考えてみればおかしな話ではない。作者は日本人なのだから社が出て来ても突飛な話ではないのだ。
「辺境伯領だけにしかない場所です。エリザベート嬢は辺境伯領で結婚式を挙げるときには、社にもお参りに行きますよ」
「そうなのですね。そのときにお世話になるのだったら、先にご挨拶をしておかないと」
結婚式の話がエクムント様の口から出てわたくしは胸がドキドキしてくる。エクムント様の顔を見ているといつもの余裕ある顔なのでちょっと悔しくなってくる。
「わたくしは、今年で十六歳になります」
「私は今年で二十七歳になりますね」
「もう子どもではありません」
「私は立派なおじさんですよ」
「エクムント様はおじさんではありません」
話を誤魔化されそうになってわたくしは言い直してからエクムント様の顔をじっと見た。
「わたくし、大人として扱って欲しいのです」
「エリザベート嬢に私は紳士として振舞っているつもりですが」
「そうではなくて……もっと、ロマンチックな話がしたいのです」
ガブリエラちゃんのお誕生日のときにテラスに呼び出されてわたくしは胸を躍らせていた。それなのに話されたのは恋愛のことではなくて、商売のことだった。
エクムント様は紳士なのはいいのだが、あまりにも優しすぎてわたくしはいつまで経っても子ども扱いされている気になってしまうのだ。
「エクムント様、わたくしのことをどう思っていますか?」
「いつまでも変わりなく可愛いと思っております」
「可愛いではなくて……」
「最近は美しくなって、私もどきりとすることが多くなりました。エリザベート嬢、あまり私を煽らないでください。私は紳士ですが、一人の男性でもあるので」
一人の男性でもある。
そんな言葉がエクムント様の口から出てわたくしは心臓が飛び上がりそうになる。
エクムント様もわたくしのように余裕がなくなったりすることがあるのだろうか。
その言葉を引き出せただけで今回の昼食会は大きな収穫があったと言える。
お茶会の会場に移動するとふーちゃんとまーちゃんとユリアーナ殿下とデニスくんとレーニちゃんも参加していた。ユリアーナ殿下はデニスくんにお誘いをかけている。
「デニスどの、おちゃをごいっしょしませんか?」
「おねえさまにきかないとわかりません。おねえさま、いいですか?」
「デニス、失礼のないように」
「はい、わかりました。ユリアーナでんか、おちゃをごいっしょいたしましょう」
デニスくんとユリアーナ殿下は無事にお茶を一緒にできそうだった。
レーニちゃんはふーちゃんに誘われているし、まーちゃんはオリヴァー殿に誘われているし、クリスタちゃんはハインリヒ殿下とご一緒だし、わたくしは自然とエクムント様と一緒になる。
エクムント様は金色の目で会場を見回していた。
「どうかなさいましたか?」
「護衛の数が例年に比べて多い気がします。国王陛下は何か気がかりなことがあるのでしょうか」
護衛の数などわたくしはよく見ていなかったが、エクムント様は毎年チェックしているようだった。
エクムント様が気になるのならばわたくしも気になる。
国王陛下は話の中心にいるので聞きに行くことはできないが、国王陛下に一番親しい相手といえば父がいるではないか。
父のところに行くと、父も難しい顔をしていた。
「お父様、エクムント様が護衛の数が多いような気がすると仰っているのですが、何か起きたのですか?」
「少し離れた異国で国王が倒れ、跡継ぎがいないというような状況に陥っているようなのだよ。跡目争いが起きるかもしれない」
そのときにこの国に援助を求めて来る貴族がいるかもしれない。その貴族に手を貸すものがいれば、この国も戦乱に巻き込まれる可能性がある。
「話しは聞いていましたが、本当だったのですね」
「エクムント殿は特に気を付けて欲しいですね。辺境伯家は軍隊を潤沢に持っているので助力を頼まれることもあるでしょう」
一応国王陛下の名のもとに、その国へは不可侵でいることを告げているのだが、次の国王となるものに助力できれば交易の幅が広がるかもしれないと欲を出すものもいないとは限らない。
「きな臭いことにならなければよいのですが」
エクムント様も眉間に皺を刻んでいた。
クリスタちゃんの好きな色を用意してくれたエクムント様にクリスタちゃんはとても感謝していた。
わたくしのドレスも辺境伯領の特産品だが、こちらは目の覚めるような鮮やかな紫。最近では赤紫や青紫も注文によっては作っていると聞いているが、わたくしは髪の光沢にも合わせて紫が気に入っていた。
エクムント様と並んでご挨拶に向かうと、国王陛下と王妃殿下から声をかけられる。
「ハインリヒの誕生日のためにありがとう」
「エクムント殿、エリザベート嬢ありがとうございます。エリザベート嬢、わたくしも真似をして爪を侍女に塗らせてみたのです」
王妃殿下が見せて来る爪は丸フレンチになっていた。
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。ハインリヒ殿下の十六歳がよい年になることを願っております」
「ハインリヒ殿下にお祝いを。そして、王妃殿下、とてもお似合いですよ」
ご挨拶と共に爪も褒めると王妃殿下は白い頬を紅潮させて喜んでいた。
王妃殿下までネイルアートに心酔しているとなると、他の貴族たちも爪を気にしている様子である。
「あのネイルアートはどうすればできるのでしょう?」
「自分でやろうとして見たけれど、上手くできませんでした」
貴族たちの声が聞こえてくる。
それを聞きながらもわたくしはハインリヒ殿下とクリスタちゃんの前に出た。
クリスタちゃんは飲もうとしていた葡萄ジュースのグラスを音をさせないように上品にテーブルに戻していた。
「エリザベート嬢、エクムント殿、ようこそお越しくださいました」
「ハインリヒ殿下のお誕生日に来てくださってありがとうございます」
「ハインリヒ殿下の一年が輝かしいものとなりますように」
「ハインリヒ殿下、クリスタのこともどうかよろしくお願いします」
「はい。クリスタ嬢とますます仲睦まじく過ごせたらと思っております」
仲良く並んでいるクリスタちゃんとハインリヒ殿下を見るとわたくしの心まで和んでくる。それにしてもクリスタちゃんは飲み物もほとんど飲めていないのではないだろうか。わたくしとエクムント様に声をかけられて置いたグラスは減っている気配がない。
お茶会の時間になったら少しは自由になれるので、わたくしはクリスタちゃんを誘ってミルクティーを飲もうと決めていた。
昼食会の料理はとても豪華で美味しかった。食べられないクリスタちゃんやハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、ノエル殿下に国王陛下と王妃殿下には悪いのだが、わたくしもエクムント様もしっかりとそれを味わった。
黒トリュフ塩で味わうポークソテーは絶品だった。
そういえば、この世界には修道院はあるのに、宗教の名前は聞いたことがない。前世では浮かぶ宗教は三つくらいあるのだが、そのどれもこの世界には存在していないようなのだ。
「エクムント様、修道院では何に祈っているのですか?」
「神に祈っていますよ」
「神……どう呼べば?」
「神の名前を呼ぶのは禁忌とされています。姿を形にするのも禁忌とされています。エリザベート嬢は神については詳しくなかったのですね」
宗教的な行事がないことから、この世界では神に関してはそれほど生活に根付いているわけではなさそうだ。わたくしも家庭教師から神について習ったわけではない。
「辺境伯領は少し趣が違って、海神を信仰しています。辺境伯領に漁師や海軍が多いからでしょうね」
「海神は地元の神なのですか?」
「そうです。辺境伯領だけで祀られている神です。一度、社にお連れしましょう」
「社!?」
この世界は十九世紀の疑似ヨーロッパ的な雰囲気なのだと思っていた。そこに社という聞き慣れた単語が出て来ることにわたくしは驚いてしまう。
考えてみればおかしな話ではない。作者は日本人なのだから社が出て来ても突飛な話ではないのだ。
「辺境伯領だけにしかない場所です。エリザベート嬢は辺境伯領で結婚式を挙げるときには、社にもお参りに行きますよ」
「そうなのですね。そのときにお世話になるのだったら、先にご挨拶をしておかないと」
結婚式の話がエクムント様の口から出てわたくしは胸がドキドキしてくる。エクムント様の顔を見ているといつもの余裕ある顔なのでちょっと悔しくなってくる。
「わたくしは、今年で十六歳になります」
「私は今年で二十七歳になりますね」
「もう子どもではありません」
「私は立派なおじさんですよ」
「エクムント様はおじさんではありません」
話を誤魔化されそうになってわたくしは言い直してからエクムント様の顔をじっと見た。
「わたくし、大人として扱って欲しいのです」
「エリザベート嬢に私は紳士として振舞っているつもりですが」
「そうではなくて……もっと、ロマンチックな話がしたいのです」
ガブリエラちゃんのお誕生日のときにテラスに呼び出されてわたくしは胸を躍らせていた。それなのに話されたのは恋愛のことではなくて、商売のことだった。
エクムント様は紳士なのはいいのだが、あまりにも優しすぎてわたくしはいつまで経っても子ども扱いされている気になってしまうのだ。
「エクムント様、わたくしのことをどう思っていますか?」
「いつまでも変わりなく可愛いと思っております」
「可愛いではなくて……」
「最近は美しくなって、私もどきりとすることが多くなりました。エリザベート嬢、あまり私を煽らないでください。私は紳士ですが、一人の男性でもあるので」
一人の男性でもある。
そんな言葉がエクムント様の口から出てわたくしは心臓が飛び上がりそうになる。
エクムント様もわたくしのように余裕がなくなったりすることがあるのだろうか。
その言葉を引き出せただけで今回の昼食会は大きな収穫があったと言える。
お茶会の会場に移動するとふーちゃんとまーちゃんとユリアーナ殿下とデニスくんとレーニちゃんも参加していた。ユリアーナ殿下はデニスくんにお誘いをかけている。
「デニスどの、おちゃをごいっしょしませんか?」
「おねえさまにきかないとわかりません。おねえさま、いいですか?」
「デニス、失礼のないように」
「はい、わかりました。ユリアーナでんか、おちゃをごいっしょいたしましょう」
デニスくんとユリアーナ殿下は無事にお茶を一緒にできそうだった。
レーニちゃんはふーちゃんに誘われているし、まーちゃんはオリヴァー殿に誘われているし、クリスタちゃんはハインリヒ殿下とご一緒だし、わたくしは自然とエクムント様と一緒になる。
エクムント様は金色の目で会場を見回していた。
「どうかなさいましたか?」
「護衛の数が例年に比べて多い気がします。国王陛下は何か気がかりなことがあるのでしょうか」
護衛の数などわたくしはよく見ていなかったが、エクムント様は毎年チェックしているようだった。
エクムント様が気になるのならばわたくしも気になる。
国王陛下は話の中心にいるので聞きに行くことはできないが、国王陛下に一番親しい相手といえば父がいるではないか。
父のところに行くと、父も難しい顔をしていた。
「お父様、エクムント様が護衛の数が多いような気がすると仰っているのですが、何か起きたのですか?」
「少し離れた異国で国王が倒れ、跡継ぎがいないというような状況に陥っているようなのだよ。跡目争いが起きるかもしれない」
そのときにこの国に援助を求めて来る貴族がいるかもしれない。その貴族に手を貸すものがいれば、この国も戦乱に巻き込まれる可能性がある。
「話しは聞いていましたが、本当だったのですね」
「エクムント殿は特に気を付けて欲しいですね。辺境伯家は軍隊を潤沢に持っているので助力を頼まれることもあるでしょう」
一応国王陛下の名のもとに、その国へは不可侵でいることを告げているのだが、次の国王となるものに助力できれば交易の幅が広がるかもしれないと欲を出すものもいないとは限らない。
「きな臭いことにならなければよいのですが」
エクムント様も眉間に皺を刻んでいた。
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