エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット

11.エクムント様と見る皇帝ダリア

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 去年もだったが、レーニちゃんはわたくしとクリスタちゃんの部屋に一緒に泊まっていた。両親と一緒の部屋に泊まるにはレーニちゃんは年齢的に成長しすぎていたが、一人だけで部屋に泊まるのは不安だし楽しくもないということでわたくしとクリスタちゃんと一緒だった。
 まだ社交界デビューしていないレーニちゃんはお茶会が終わると先に部屋に戻っていたが、わたくしとクリスタちゃんが晩餐会を終えて部屋に戻るまで起きて待っていてくれた。

「エリザベートお姉様とクリスタちゃんが戻ったらすぐにお風呂に入れるように、わたくしは先に済ませておきました」
「ありがとうございます、レーニちゃん」
「わたくし、くたくたですわ」

 クリスタちゃんは晩餐会の後に大広間でハインリヒ殿下にダンスに誘われて、何度も踊っていた。ハインリヒ殿下は美しいクリスタちゃんを周囲に見せるようにしてダンスをしていた。

「ハインリヒ殿下が、ダンスが終わると何かを言いかけるのです。でも、わたくし察しのいい方ではないので、よく分からなくて」

 眉を下げるクリスタちゃんはテーブルに用意されている軽食に喜んで椅子に座っていた。テーブルの上の軽食は昼食会でも晩餐会でもほとんど食べられなかったクリスタちゃんのためにハインリヒ殿下が用意してくださったものだった。
 サンドイッチを食べ、キッシュにフォークで切り込みを入れて食べ、ケーキまで食べ終わってクリスタちゃんは息をつく。
 その間にお風呂に入っていたわたくしは、出てからクリスタちゃんに聞いてみた。

「ハインリヒ殿下はなんと仰ろうとしていたのですか?」
「『あ』とか『あい』とか『い』とか、繰り返していました」

 それだけでわたくしにはハインリヒ殿下がクリスタちゃんに言おうとしたことが察せられてしまった。
 「愛してる」とハインリヒ殿下に言われたことがない。
 クリスタちゃんが前に観劇のときに言っていたことだ。それをハインリヒ殿下は聞いていて努力しようとしていたのだ。
 しかし、ハインリヒ殿下はまだ十六歳になる直前である。「愛してる」とかそういう言葉をさらりと口にできる性格でもないし、年齢でもない。
 四苦八苦して言おうとしてうまく言えず、何度もクリスタちゃんをダンスに誘って、そのたびに言おうとして挫折してを繰り返していたのだろう。
 このことはわたくしの口から言うべきことではないので、クリスタちゃんがお風呂に入るのをわたくしは見送った。

 眠る準備をしてベッドに入ると、レーニちゃんがわたくしとクリスタちゃんに聞いてくる。

「今日の昼食会と晩餐会はどうでしたか?」
「お料理がとても美味しそうでした。わたくしは相変わらず一口も食べられていないのですが」
「クリスタちゃんには悪いですがお料理はとても美味しかったですよ。ノルベルト殿下はノエル殿下と仲睦まじくて幸せそうでした」

 ノルベルト殿下とノエル殿下も料理は一口も口にできていないのだろうが、ずっとそうだったので、慣れている様子である。クリスタちゃんやわたくしのように未練がない。
 一口も食べないで料理が下げられてしまうという経験は、わたくしにとってもクリスタちゃんにとってもつらいものだった。料理が使用人たちにお下げ渡しになることを知って、無駄にならないというのはせめてもの救いだったのだが、それでも一口も食べられないのはとても残念だ。
 わたくしも辺境伯家が主催の昼食会や晩餐会では経験していたし、クリスタちゃんは王家が主催の昼食会や晩餐会で十二歳のときから経験している。

「わたくしもディッペル公爵家が主催の昼食会や晩餐会ではそうなるのでしょうか」
「ディッペル公爵家は両親の誕生日もお茶会だけで済ませています。両親の誕生日のお茶会が父と母の分開かれず、一度に纏まっているのもそうですが、節約のためだそうです」
「それならば、わたくしは平気かもしれませんね」

 ふーちゃんが社交界デビューしてからのことを考えるレーニちゃんは、ディッペル家の次期当主の婚約者としての自覚がしっかりとある。ふーちゃんが小さいからといってレーニちゃんは結婚がないものになるかもしれないという可能性は全然考えていないようだ。
 それもそのはず。公爵家同士の婚約となると、簡単に破棄できるものではないのだ。国の一大事業として進められている。
 破棄がされるとしたらレーニちゃんかふーちゃんに著しいスキャンダルがあったなどの理由が必要なのだが、それもレーニちゃんとふーちゃんに限ってはあり得ないとわたくしは思っている。

 布団に入るとわたくしは昼間の疲れでぐっすりと眠ってしまった。

 翌朝は元気な声に起こされた。

「お姉様たち、お散歩に行きましょう!」
「いいお天気ですよ!」

 ふーちゃんとまーちゃんだけではない。

「おねえさま、エリザベートじょう、クリスタじょう、おさんぽにいきませんか?」
「おねえさま、もうおきてください」

 デニスくんとゲオルグくんの声もしている。
 小さい子の方が早起きなようでわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは急いで洗面を終えて、着替えて、支度を整えてドアの前に出る。
 ふーちゃんがレーニちゃんの方に手を差し出すと、レーニちゃんはふーちゃんの手を取る。逆の手を素早くゲオルグくんが握って、ゲオルグくんの逆の手をデニスくんが握る。

「わたくし、男の子に囲まれてしまいましたわ」
「おねえさまとおにいさまとおててをつなぐの」
「ゲオルグはあまえっこなんだから」

 レーニちゃんとデニスくんの間に挟まれてゲオルグくんはにこにことしていた。
 庭に出ると背の高い人影にわたくしの心臓が跳ねる。
 優雅にお辞儀をするのはエクムント様だ。

「おはようございます。そろそろお散歩に来られるかと思っていました」
「エクムント様も早起きなのですね」
「朝の散歩は嫌いではないのですよ。辺境伯家でも朝はよく散歩をしています」

 オリヴァー殿を招いたときにエクムント様は朝食からオリヴァー殿を呼んでいた。庭の風景を見て欲しいと言っていたのだ。それだけエクムント様は辺境伯家の庭を愛しているのだろう。
 わたくしがエクムント様に並ぶと、エクムント様が自然にわたくしの手を取る。手を繋ぐ形になって、わたくしは心臓が早く脈打つ。

「エリザベート嬢はダリアがお好きでしたね」
「はい、一番好きな花です」
「王宮にしかないダリアの花壇を見たことがありますか?」
「いいえ、ありません」

 わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんが歩く散歩コースはいつも決まっていて、そこから外れたことはない。王宮の庭はとても広いので自由に歩いてしまうと、迷子になってしまう危険性があるのだ。

「皇帝ダリアと呼ばれているのですが、隣国で開発された種類で、隣国との友好の証に王宮に贈られたのです」
「どのようなダリアなのですか?」
「それは見てのお楽しみということで」

 エクムント様の案内でわたくしとクリスタちゃんとまーちゃんとレーニちゃんとふーちゃんとゲオルグくんとデニスくんが王宮の庭を歩いていく。
 見上げるような茂みがあってわたくしは足を止めた。
 この国はメートル法ではないが、わたくしの感覚として五、六メートルはあるだろうか。ものすごい草丈のその花は、薄紫にも似たピンク色をしていた。

「こんなに背が高いものなのですか?」
「驚かれたでしょう。皇帝ダリアはとても草丈が高いのですよ」
「花まで手が届きそうにありません」
「特別な品種なので、手折るには国王陛下の許可が必要となります」

 手折って見せることはできないのでお連れしました。
 エクムント様の気持ちにわたくしの胸が暖かくなる。
 ダリアが好きだということを覚えていてくれただけでなく、特別なダリアを見せてくれた。

「美しい花ですが、首が痛くなります」
「わたくしも思い切り見上げて首が痛くなりそうです」

 ふーちゃんとレーニちゃんは見上げて素直な感想を言い合っている。

「おにいさま、ユリアーナでんかにプレゼントしたらどうですか?」
「どうして、ユリアーナでんかに?」
「ユリアーナでんかは、おにいさまのことがすきなのですよ」
「おともだちになりたいのでしょうか? こうえいなことですが」

 デニスくんはユリアーナ殿下の気持ちに気付いていないようだが、ゲオルグくんは小さいのに聡く気付いている様子だ。
 ユリアーナ殿下は今日のお茶会にデニスくんを招くつもりなのではないだろうか。

「ゲオルグ、このおはなは、こくおうへいかのきょかがないときってはいけないのだよ」
「そうなのですか」
「ユリアーナでんかにおはなをおくるのだったら、べつのおはなにしないと」
「ざんねんです」

 エクムント様の話をしっかりと聞いていたデニスくんはゲオルグくんにしっかりと言い聞かせていた。

「去年、わたくしは白薔薇を一本切ってもらいました。デニス殿、白薔薇はいかがですか?」
「わたしがユリアーナでんかにはなをさしあげるりゆうがないですし……」
「そうですね……」

 全然ユリアーナ殿下の好意に気付いていないデニスくんも、まだ小さいので無理はない。
 朝の散歩を終えて、エクムント様にわたくしはお礼を言った。

「皇帝ダリアを一緒に見られてとても嬉しかったです。ありがとうございました」
「また一緒に見に行きましょう」
「はい、ぜひご一緒したいです」

 エクムント様と離れるのはつらかったが、お茶会ではまた会える。
 お茶会までの時間がわたくしには長く感じられた。
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