エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット

8.テラスでの会話

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「エリザベート嬢」

 エクムント様から声をかけられてわたくしは軽食やケーキの乗っているテーブルに向かおうとしていた足を止めた。

「テラスに出ませんか?」
「はい、ご一緒します」

 誘われてわたくしは喜んでエクムント様と一緒にテラスに出る。テラスからはキルヒマン家の庭が見下ろせた。
 わたくしが赤ん坊のころに両親と一緒に通ってきていて、エクムント様に抱っこされて散歩をした庭だ。その頃の記憶はないけれど懐かしく見下ろしていると、エクムント様がわたくしの手を取った。

「爪を今日はグラデーションに塗っているのですね。とても綺麗です」
「ありがとうございます。クリスタのマニキュアを借りました」
「借りなくてもいいように、エリザベート嬢にマニキュアをもっとたくさんプレゼントしてもいいのですが」
「いえ、学園にいる間はマニキュアは使えませんし、お茶会に参加するときなどに使っているだけですから、たくさんあってももったいないだけですわ」

 断りはしたもののネイルアートはもっと幅広くできるのではないかとわたくしは考えてはいた。波の模様のネイルや、ピーコック柄と呼ばれる孔雀の羽根をイメージしたボヘミアンネイル、水面のゆらめきをイメージしたラグーンネイルや、ギンガムチェックネイルなどは、色さえあればできてしまうのではないだろうか。

 こういう考えもエクムント様と共有したいのだが、エクムント様は男性で、ネイルに理解があるとはいえ、細かくネイルの柄を説明されても困ってしまうのではないだろうか。

 考えていると、エクムント様がわたくしに提案する。

「エリザベート嬢の発想をもっと広めたいと考えているのです。辺境伯領から出資して、爪を塗る専門の職人を育てて、王都やオルヒデー帝国の様々な場所に店を出すのはどうかと考えているのです。貴族たちがその店から職人を家に呼んで爪を塗ってもらうことがステイタスになるのではないかと思っています」
「ネイルアートも事業になさるおつもりだったのですか?」
「エリザベート嬢の発想は私には全くないもので、いつも感心しています。エリザベート嬢の話をもっと聞いて、私はそれを形にしたいと思っているのです」

 エクムント様はどこまでもわたくしの理解者であろうとしてくれている。わたくしはそれが嬉しかった。

「波模様のネイルや、ボヘミアンネイル、ラグーンネイル、ギンガムチェックネイルなど、考えているものはあります」
「どのようなものですか?」
「口で説明するのは難しいので、描いたものを送ってもよろしいでしょうか?」
「図案を送ってくださるのですね。お願いします」

 色の指定をして、図案を書いたものを送る約束をしていると、テラスにガブリエラちゃんが顔を出した。フリーダちゃんとケヴィンくんもいる。

「エクムント叔父様、エリザベート様を独り占めはずるいですわ!」
「わたくしもエリザベート様とお話ししたいです」
「僕もお話ししたい!」

 元気いっぱいに声をかけられて、エクムント様が笑いながら両手を上げて降参の意を示している。

「エリザベート嬢は私の婚約者なのだから、少しは独り占めさせてほしいな。まぁ、悪かったよ。エリザベート嬢をお茶に誘いに来たんだね」
「はい、エクムント叔父様もご一緒しましょう」
「私がおまけのような扱いだね」
「エクムント叔父様、拗ねないでください」

 可愛い甥や姪にはエクムント様は弱いようだった。わたくしと共にテーブルと椅子のある場所に連れて行かれてしまう。

「エクムント叔父様、わたくしのお隣りに座って」
「駄目よ、フリーダ。エクムント叔父様はエリザベート様のお隣りに座るの!」
「もう片方のお隣りは空いてるじゃない!」

 これだけ姪に言われるだけあって、エクムント様はフリーダちゃんとガブリエラちゃんに懐かれているのだろう。

「エクムント叔父様、僕も……」
「ケヴィンは妹に譲りなさい」
「えー! いつもそうなんだ。僕は神様にお願いしてお兄ちゃんになったわけじゃないのに、フリーダに譲らなきゃいけない」

 不満そうにしているケヴィンくんにちらりとエクムント様がわたくしの顔を見る。

「エリザベート嬢、今日はフリーダとケヴィンと座ってもいいですか?」
「構いませんわ」
「エリザベート嬢は正面に座ってください」
「分かりました」

 これだけ甥や姪に慕われているのだし、ケヴィンくんが兄として生まれたのはケヴィンくんのせいではないのだから、年が下なのでフリーダちゃんに無条件で譲れという話もおかしなことだとわたくしも思っていた。

「エリザベート様すみません、弟と妹が」
「気にしないでください。エクムント様が慕われているのが分かってとても微笑ましいですわ」

 答えてわたくしは軽食とケーキを取って来てエクムント様の正面の席に座った。
 わたくしの右隣にまーちゃんが座って、その隣りにオリヴァー殿が座って、左隣にふーちゃんが座って、その隣りにレーニちゃんが座っている。

「お兄様、エリザベートお姉様のお隣りに座れる貴重な機会を逃しませんわね!」
「マリアもそうじゃないか」
「わたくしもエリザベートお姉様のお隣りに座りたかったのです」

 わたくしはわたくしで、可愛い弟妹に囲まれて幸せな気分になっていた。

「フランツとマリアに先を越されましたわ。わたくしもお姉様のお隣りに座りたかった!」

 クリスタちゃんが悔しがっているのを見て、クリスタちゃんまでそうだったのかと今更ながらに知る。
 エクムント様の隣りには座れなかったけれど、今日はわたくしがどれだけ弟妹に慕われているかを知るよい機会だったようだ。

「テラスでエクムント様と二人きりだったのでしょう。何を話していたのですか?」

 好奇心丸出しで聞いてくるクリスタちゃんに、わたくしは素直に答える。

「エクムント様はネイルアートに興味をお持ちでしたの。わたくしの発想を形にするために辺境伯領でネイルアートの職人を育てて、様々な領地に出店しようと考えていたようです」
「事業のお話をしていたのですか?」
「そうです」
「二人きりになって?」
「はい、そうです」

 クリスタちゃんの問いかけに答えていると、クリスタちゃんがエクムント様の方に身を乗り出す。

「二人きりで話すことといえばもっと違うことがあるでしょう! エクムント様はお姉様をどう思っているのですか?」
「素晴らしい発想力のある婚約者だと思っています」
「それだったら、もっとロマンチックなこととかお話しされないのですか?」

 単刀直入に問いかけたクリスタちゃんに対して、エクムント様は苦笑しているようだった。

「そういうことは私とエリザベート嬢の問題ですから」
「そうでした。口を出し過ぎました。許してください」
「いえ、妹君としてクリスタ嬢が気になるのも分かります」
「お姉様は小さな頃からわたくしの憧れでした。お姉様のように素晴らしい女性はこの世に他にいないと思っていました。わたくし、お姉様をエクムント様に取られたような気分になっていた時期もあったのですよ」

 告白するクリスタちゃんにエクムント様は静かにそれを受け止めている。

「エリザベート嬢のことは生涯大切にしようと思っています。私にとっても、辺境伯領にとっても、得難い方が私の元に来てくださるのだと感謝しています」

 誠実なエクムント様の言葉にクリスタちゃんも少し落ち着いたようだった。
 二人きりで話す時間は楽しかったし、エクムント様がわたくしを認めてくださることも嬉しい。
 ただ、もう少し大人扱いしてくださって、ロマンチックなことがあってもいいのではないかと期待してしまうのを、わたくしは止められなかった。
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