上 下
331 / 528
十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約

38.わたくしの寂しさとエクムント様の気持ち

しおりを挟む
 可愛い弟のふーちゃんはレーニちゃんを誘ってお茶をするようになった。
 可愛い妹のまーちゃんは、今後オリヴァー殿を誘ってお茶をするようになるだろう。オリヴァー殿はこれから中央のお茶会にはほとんど招かれるようになるに違いない。

 クリスタちゃんはハインリヒ殿下とお茶をすることにしているし、わたくしは少し胸に寂しさを抱えていた。

 ふーちゃんとまーちゃんの早すぎる婚約や、クリスタちゃんは原作でもハインリヒ殿下と婚約する予定だったがそれが早まったことで、わたくしは可愛い弟妹を取られたような気分になってしまっていたのだ。
 クリスタちゃんのときにはクリスタちゃんも十二歳でハインリヒ殿下と築き上げてきた年月があったので納得するしかなかったが、ふーちゃんは六歳ととても幼かった。レーニちゃんはそもそもふーちゃんと結婚してディッペル家に嫁ぐためにリリエンタール侯爵家の後継者を退いたのだ。仕方がないと言えば仕方がないのだが、あまりにも早すぎる。
 それをやっと受け入れることができたと思ったら、まーちゃんが五歳で婚約することになった。

 まーちゃんの婚約に関してわたくしも手を貸していないわけではないが、実際に話が纏まって、国王陛下の許可が下りてしまうと寂しくないわけではなかった。

 ため息をついているわたくしにエクムント様は気付かれたようだ。

「どうされましたか? 話しにくいことならば、テラスに出ましょうか?」

 周囲に聞かれたくないことならばテラスに出て聞いてくださるというエクムント様にわたくしは甘えることにした。
 テラスは秋風が吹いていて、夏の暑さがやっと通り過ぎた風情だった。
 テラスにはわたくしとエクムント様しかいない。

 長く息を吐いて、わたくしは話し始めた。

「フランツもマリアも婚約してしまって、わたくしはとても幸福なはずなのに、少し寂しいのです。いつかわたくしも辺境伯領に嫁ぐ。そのときにはフランツやクリスタとは離れなければいけない。マリアは辺境伯領に嫁いでくるのでそばにいるかもしれないけれど、それでも、今はフランツやマリアの婚約に胸に穴が空いたような気分になります」

 正直に自分の寂しさを口にすると、エクムント様は静かにそれを聞いていてくれた。

「フランツ殿もマリア嬢も、自分の好きな相手と結婚するためには、今婚約しておく他ないですからね」
「そうなのです。適齢期になるレーニ嬢やオリヴァー殿の結婚を待たせておく理由がなくなってしまう。他に婚約者を持たれてしまってはいけないので、フランツもマリアもレーニ嬢とオリヴァー殿と結婚するには今婚約しておく他は方法がない。それは分かっているのです」
「それでも、姉としては複雑ですよね」
「フランツは六歳、マリアはまだ五歳です。わたくしはフランツの生まれた日も、マリアが生まれた日もよく覚えています。二人ともわたくしにとっては可愛い愛しい弟妹なのです」

 心の内を吐露すると、少し落ち着いてくる。
 解決することはなくても、エクムント様はわたくしの気持ちを否定せずに傾聴することでわたくしが納得するのを手伝ってくれていた。

「私は、エリザベート嬢が婚約したときに、相手が自分でなければ複雑だったかもしれません」
「え? エクムント様?」
「赤ん坊のころから知っていて、私はエリザベート嬢をたくさん抱っこさせていただきました。抱っこして庭を歩くのはとても楽しかった。エリザベート嬢は私に取って誰よりも可愛い相手だったのです」
「わたくしが婚約したときに、相手が別の方だったら、複雑なお気持ちだったのですか?」
「そうでしょうね。小さい頃から知っているエリザベート嬢がたった八歳で年上の男性と婚約させられてしまう。それを考えると、相手が自分でなければ、辺境伯の後継という立場を使って、阻止しに行っていたかもしれません」

 小さい頃からエクムント様に可愛がられているが、わたくしはそれほどエクムント様がわたくしに強い気持ちを持っていたとは知らなかった。
 可愛い妹を取られてしまうような気持で、わたくしがふーちゃんやまーちゃんの婚約に複雑な気持ちを抱くのと変わらないのだろうが、それにしても、辺境伯の後継という立場を使って阻止するとまで言われてしまった。

「わたくしはエクムント様と婚約できて嬉しく思っています」
「私も、エリザベート嬢が別の誰かと婚約するよりは自分でよかったと思っています。年が離れすぎているので、エリザベート嬢は無理をして私と婚約してくれたのではないかとは思っているのですが」
「そんなことはありません。わたくしは当時八歳でしたが、自分の意思で婚約を決めました」

 はっきりと言えばエクムント様が唇を笑みの形にする。

「内緒にしておいてくださいね。失礼かもしれないけれど、私は自分がエリザベート嬢をどれだけ可愛いと思っていたか、あのときに思い知ったのです」
「婚約のときに……」
「幼い頃から触れ合わせていただいて、護衛としても一緒に過ごさせていただきました。私にとってはエリザベート嬢は最愛の妹以上の存在だったのです」

 まだ妹枠からは抜けられていないが、最愛の妹とまで言われると悪い気はしない。
 照れながらもその言葉を噛み締めていると、エクムント様が目を細める。

「今日のマリア嬢のドレスは、エリザベート嬢がかつて着ていたものでしたね」
「はい。マリアはわたくしとクリスタのように幸せな婚約がしたいと憧れて、わたくしとクリスタのお譲りを着たがるのです」
「エリザベート嬢の小さな頃を思い出しました。あの頃のエリザベート嬢もとても可愛かった」
「可愛いと言っていただけるのは嬉しいですが、わたくしはもうすぐ十五歳ですよ?」

 正式に社交界デビューする年齢になるのだ。
 それなのにいつまでも「可愛い」と言われているのは気になってしまう。

「美しくなられました。でも、私の中にはいつまでもあの小さなエリザベート嬢がいるのです。小さくて柔らかくて私に抱っこを強請って来た可愛いエリザベート嬢が」
「エクムント様、わたくしはエクムント様の妹になるために嫁ぐのではありません」
「そうですよね。どこかで切り替えられたらと思うのですが、すみません、今はまだ難しくて」

 「可愛い」の言葉が嬉しくないわけではないが、十五歳になるのだからもっと別の誉め言葉があってもいい気がするのだ。
 わたくしはエクムント様に一人の女性として愛されたい。
 それはまだ今は難しいようだった。

「そういえば、エクムント様は男性三人のご兄弟でしたね。マリアのように服をお譲りすることがありましたか?」

 聞いておきたかったことを口にすれば、エクムント様は微妙な笑顔になる。

「女性はそれほどでもないのでしょうが、男子というのは、なかなかに難しいものでして」
「公式の場での服は着る頻度も少ないし、保存状態がよければお譲りできるのではないですか?」
「それが、なぜか裏ポケットに石が大量に入れられて穴が空いていたり、胸ポケットに虫を入れていてそれが潰れてシミになっていたり……」
「あぁー……」

 ふーちゃんは大人しい方で、上に姉が二人、下に妹と女性に囲まれているのでそんなやんちゃなことはしなかったが、男性だけの兄弟になってくると、両親の見ていない隙にやることが違うようだ。
 話を聞いてこれはお譲りなどという段階ではないと判断する。

「そうなのですね」
「参考にならなくてすみません。女性同士の姉妹ならば参考になるかもしれないのですが」
「女性同士の姉妹……」

 言われてわたくしは考えてしまう。
 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は男性二人にユリアーナ殿下という妹君が一人。
 レーニちゃんはデニスくんとゲオルグくんという弟君が二人。
 ミリヤムちゃんはお兄様がおられるようだ。
 ノエル殿下は姉君と兄君がおられるようだが、王族なのでお譲りなどしていないだろう。

 全く参考にならない方々しかわたくしの周囲にはいないことに気付いて困るわたくしに、エクムント様が言葉を添えてくださる。

「ガブリエラにはフリーダという妹がいます。ガブリエラに今度聞いてみましょうか」
「ガブリエラ嬢には妹君がいましたね」
「フリーダもケヴィンもお茶会に参加する年になっています。ドレスをお譲りしているのか聞いてみましょう」

 貴族社会でもお譲りはよくあることなのか。
 わたくしはエクムント様と話したことによって、ふーちゃんとまーちゃんの婚約の寂しさが紛れて、そちらの方が気になっていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...