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十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約
32.まーちゃんの涙
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ディッペル家に帰ってからふーちゃんとまーちゃんは犬のぬいぐるみを大事に部屋に抱いて戻っていた。犬のぬいぐるみはふーちゃんの部屋の列車のおもちゃの入った箱の横に、まーちゃんの部屋の本棚の横にそれぞれ飾られた。
犬のぬいぐるみをふーちゃんとまーちゃんが大事にしているのを見て、わたくしは一つ思い出したことがあった。
わたくしがふーちゃんとまーちゃんより少し大きくなってから買ってもらったお人形だ。
クリスタちゃんと遊んだ思い出があるお人形はとても大事なものだった。
「クリスタちゃん、ふーちゃんとまーちゃんにお人形を見せてあげませんか?」
「いいですね、お姉様」
クローゼットの奥からお人形を取り出して子ども部屋で遊んでいるふーちゃんとまーちゃんに見せに行くと、ふーちゃんもまーちゃんも目を丸くしている。
両親も子ども部屋に来ていた。
「懐かしい人形だね」
「エリザベートもクリスタも人形に名前を付けて可愛がっていましたね。エリザベートが男の子の人形にすると言ったときには驚いたものです」
両親の言葉にわたくしは人形に名前を付けていたことを思い出していた。
わたくしのお人形はわたくしと同じ黒髪に黒い目で、名前はジャンくんだった。クリスタちゃんのお人形はクリスタちゃんと同じ金髪に水色の目で、名前はマリーちゃんだった。
「思い出しました、わたくしのお人形はジャンくんです」
「わたくしはマリーちゃんでしたわ」
「このお人形は双子ということにしていましたよね」
「そうです。男の子と女の子の双子だから、二卵性双生児です」
懐かしくてクリスタちゃんと話していると、ふーちゃんとまーちゃんの目がお人形に向いているのがよく分かる。
わたくしはジャンくんをふーちゃんに差し出した。同じくクリスタちゃんがマリーちゃんをまーちゃんに差し出している。
「わたくしの大事なお友達のジャンくんと一緒に遊んでくれますか?」
「これからはマリアがマリーちゃんと一緒に遊んでくれますか?」
「いいのですか、エリザベートお姉様?」
「かわいいおにんぎょう! クリスタおねえさまと、おにいさまとおなじおめめとかみのいろ!」
受け取ってふーちゃんとまーちゃんは喜んでいる様子だった。着替えの入った箱もふーちゃんとまーちゃんに渡す。
ふーちゃんは男の子なのでお人形遊びをしないなんて思い込みはわたくしは持っていなかった。まーちゃんが女の子なのに列車遊びに夢中なのを知っているからだ。
これまではふーちゃんが好きだから列車のおもちゃばかりだったが、これからは違うおもちゃも増やしていければいい。そうして、ふーちゃんとまーちゃんが様々な遊びを経験してくれればいいとわたくしは思っていた。
お人形をもらったふーちゃんとまーちゃんは着せ替えをしたり、お人形をソファに座らせてお茶会ごっこをしたり楽しそうに遊んでいた。そこには犬のぬいぐるみもしっかりと参加していた。
夏休みの終わりまでにわたくしとクリスタちゃんはかなりの量の宿題をしなければいけなかった。
クリスタちゃんはわたくしの部屋に来て、わたくしの隣りに椅子を置いて机で勉強する。リップマン先生はふーちゃんとまーちゃんの勉強を担当してくださっているが、分からないところがあれば聞きに行けばすぐに教えてくれた。
教科書に載っている範囲で分からない問題はほぼないのだが、時々ケアレスミスで間違うこともあるので、わたくしは宿題がひと段落するとリップマン先生に見てもらっていた。
クリスタちゃんも一緒に行ってリップマン先生に見てもらう。
「全問、きちんと解けていると思います」
「ありがとうございます、リップマン先生」
「リップマン先生、詩の解釈はどう思いますか?」
「わたくしは、詩はあまり芸術に聡くないので分からないのですよ」
リップマン先生も詩が理解できない様子だった。クリスタちゃんは残念そうにしているが、わたくしは少し安心していた。ノエル殿下の詩は誰にでも分かるものではない。それが証明された気がしたのだ。
詩の解釈についてはあまり自信はないものの、オリヴァー殿の教えがあってから少しは分かるようになってきた気もする。オリヴァー殿の言うように深く考えず、深刻にならず、明るく軽く考えればいいのだと思うと心が軽くなる。
詩の解釈については、夏休み明けに学園が始まってからオリヴァー殿にまた教えてもらおうと思っていた。
宿題を終えて子ども部屋にふーちゃんとまーちゃんの様子を見に行くと、まーちゃんがソファに座ったわたくしのお膝の上に座って来た。まーちゃんもまだ五歳なので、お膝の上に座りたくなるときもあるだろうと、受け入れていると、まーちゃんがもじもじしながらわたくしを見上げて来る。
「エリザベートおねえさまは、へんきょうはくりょうにとつぐときめたとき、なんさいでしたか?」
「わたくしはエクムント様が辺境伯の後継者と宣言されて、その後で八歳のときにエクムント様と婚約しました」
「おにいさまはろくさいでレーニじょうとこんやくしています。わたくしも、こんやくしてもいいのではないかとおもっているのです」
「まーちゃん、婚約したいのですか!?」
あまりのことに大きな声が出てしまった。少し離れた場所で遊んでいたクリスタちゃんとふーちゃんが、話を聞きつけて近くに寄ってくる。
「まーちゃん、婚約したいの?」
「わたくし、もうごさいですもの。こんやくしてもいいとしだとおもうのです」
「さすがに早すぎると思いますわ」
「おにいさまはろくさいでこんやくされたのです。わたくしがこんやくできないはずはないわ!」
「ふーちゃんは理由があって婚約したのです。まーちゃんには急いで婚約する理由はないでしょう?」
「いそいでこんやくしないと、あのかたは、ほかのかたとこんやくしてしまうかもしれない」
両手で顔を覆って悲観的になっているまーちゃんに、「あの方」というのが誰か分かってしまってわたくしは複雑な気分になる。わたくしも物心ついたときからエクムント様が好きだったが、五歳で婚約しようとは考えなかった。
まーちゃんの周囲には幼くて婚約した前例があるので、まーちゃんも婚約を急いでしまうのかもしれない。
「まーちゃんはまだ幼いのです。婚約には早いですわ」
言い聞かせるとまーちゃんの銀色の光沢のある黒い目が潤んでくる。
「わたくし、すきでおさないのではありません。わたくしだって、あのかたとおなじとしにうまれたかった。でも、わたくしがうまれたときには、あのかたはずっととしうえだった。それはわたくしがわるいのですか?」
ぽろぽろと涙を流して訴えるまーちゃんに、まーちゃんが悪いだなんて言えるはずがなかった。この気持ちはわたくしも小さい頃に持っていたものだ。
「まーちゃんは、オリヴァー殿が好きなのですね」
「エリザベートおねえさま、きづいていたのですか!?」
「気付きもします。オリヴァー殿と婚約したい気持ちは分かりますが、相応の理由がなければ婚約はできませんよ?」
「わたくし、どうすればいいのですか?」
「そうですね……わたくしにもいい考えが浮かびません。オリヴァー殿はユリアーナ殿下に詩を教える特別講師になりました。中央のお茶会にもこれからたくさん参加されることでしょう。そのお茶会で、まーちゃんは自分のことをオリヴァー殿に知ってもらうことから始めなければいけませんね」
「それでこんやくできますか?」
「分かりません。でも、オリヴァー殿はユリアーナ殿下の特別講師もされる方ですから、まーちゃんに相応しいのは間違いありません」
ディッペル家は公爵家だが、シュタール家は侯爵家で辺境伯領に家がある。
両親がまーちゃんが辺境伯領に嫁ぎたいと思っていることを知ったら、どう思うか分からないが、まずはまーちゃんがオリヴァー殿と交友を持つことが大事だった。
オリヴァー殿はユリアーナ殿下の特別講師もされるので、ディッペル家の末っ子であるまーちゃんの嫁ぎ先としては相応しいと言えるだろう。
身分には問題がないのだが、あるのは年の差だ。
まーちゃんが焦っている理由もそれだろう。
オリヴァー殿が婚約者を得る前にまーちゃんが婚約しなければ、まーちゃんとオリヴァー殿の結婚は叶わない。
五歳のまーちゃんの婚約についてこんなに考えさせられるとは思っていなかったので、わたくしも予想外のことがたくさんだった。
まーちゃんの涙を拭きながら、抱き締めて、わたくしはいい方法がないものか考えていた。
犬のぬいぐるみをふーちゃんとまーちゃんが大事にしているのを見て、わたくしは一つ思い出したことがあった。
わたくしがふーちゃんとまーちゃんより少し大きくなってから買ってもらったお人形だ。
クリスタちゃんと遊んだ思い出があるお人形はとても大事なものだった。
「クリスタちゃん、ふーちゃんとまーちゃんにお人形を見せてあげませんか?」
「いいですね、お姉様」
クローゼットの奥からお人形を取り出して子ども部屋で遊んでいるふーちゃんとまーちゃんに見せに行くと、ふーちゃんもまーちゃんも目を丸くしている。
両親も子ども部屋に来ていた。
「懐かしい人形だね」
「エリザベートもクリスタも人形に名前を付けて可愛がっていましたね。エリザベートが男の子の人形にすると言ったときには驚いたものです」
両親の言葉にわたくしは人形に名前を付けていたことを思い出していた。
わたくしのお人形はわたくしと同じ黒髪に黒い目で、名前はジャンくんだった。クリスタちゃんのお人形はクリスタちゃんと同じ金髪に水色の目で、名前はマリーちゃんだった。
「思い出しました、わたくしのお人形はジャンくんです」
「わたくしはマリーちゃんでしたわ」
「このお人形は双子ということにしていましたよね」
「そうです。男の子と女の子の双子だから、二卵性双生児です」
懐かしくてクリスタちゃんと話していると、ふーちゃんとまーちゃんの目がお人形に向いているのがよく分かる。
わたくしはジャンくんをふーちゃんに差し出した。同じくクリスタちゃんがマリーちゃんをまーちゃんに差し出している。
「わたくしの大事なお友達のジャンくんと一緒に遊んでくれますか?」
「これからはマリアがマリーちゃんと一緒に遊んでくれますか?」
「いいのですか、エリザベートお姉様?」
「かわいいおにんぎょう! クリスタおねえさまと、おにいさまとおなじおめめとかみのいろ!」
受け取ってふーちゃんとまーちゃんは喜んでいる様子だった。着替えの入った箱もふーちゃんとまーちゃんに渡す。
ふーちゃんは男の子なのでお人形遊びをしないなんて思い込みはわたくしは持っていなかった。まーちゃんが女の子なのに列車遊びに夢中なのを知っているからだ。
これまではふーちゃんが好きだから列車のおもちゃばかりだったが、これからは違うおもちゃも増やしていければいい。そうして、ふーちゃんとまーちゃんが様々な遊びを経験してくれればいいとわたくしは思っていた。
お人形をもらったふーちゃんとまーちゃんは着せ替えをしたり、お人形をソファに座らせてお茶会ごっこをしたり楽しそうに遊んでいた。そこには犬のぬいぐるみもしっかりと参加していた。
夏休みの終わりまでにわたくしとクリスタちゃんはかなりの量の宿題をしなければいけなかった。
クリスタちゃんはわたくしの部屋に来て、わたくしの隣りに椅子を置いて机で勉強する。リップマン先生はふーちゃんとまーちゃんの勉強を担当してくださっているが、分からないところがあれば聞きに行けばすぐに教えてくれた。
教科書に載っている範囲で分からない問題はほぼないのだが、時々ケアレスミスで間違うこともあるので、わたくしは宿題がひと段落するとリップマン先生に見てもらっていた。
クリスタちゃんも一緒に行ってリップマン先生に見てもらう。
「全問、きちんと解けていると思います」
「ありがとうございます、リップマン先生」
「リップマン先生、詩の解釈はどう思いますか?」
「わたくしは、詩はあまり芸術に聡くないので分からないのですよ」
リップマン先生も詩が理解できない様子だった。クリスタちゃんは残念そうにしているが、わたくしは少し安心していた。ノエル殿下の詩は誰にでも分かるものではない。それが証明された気がしたのだ。
詩の解釈についてはあまり自信はないものの、オリヴァー殿の教えがあってから少しは分かるようになってきた気もする。オリヴァー殿の言うように深く考えず、深刻にならず、明るく軽く考えればいいのだと思うと心が軽くなる。
詩の解釈については、夏休み明けに学園が始まってからオリヴァー殿にまた教えてもらおうと思っていた。
宿題を終えて子ども部屋にふーちゃんとまーちゃんの様子を見に行くと、まーちゃんがソファに座ったわたくしのお膝の上に座って来た。まーちゃんもまだ五歳なので、お膝の上に座りたくなるときもあるだろうと、受け入れていると、まーちゃんがもじもじしながらわたくしを見上げて来る。
「エリザベートおねえさまは、へんきょうはくりょうにとつぐときめたとき、なんさいでしたか?」
「わたくしはエクムント様が辺境伯の後継者と宣言されて、その後で八歳のときにエクムント様と婚約しました」
「おにいさまはろくさいでレーニじょうとこんやくしています。わたくしも、こんやくしてもいいのではないかとおもっているのです」
「まーちゃん、婚約したいのですか!?」
あまりのことに大きな声が出てしまった。少し離れた場所で遊んでいたクリスタちゃんとふーちゃんが、話を聞きつけて近くに寄ってくる。
「まーちゃん、婚約したいの?」
「わたくし、もうごさいですもの。こんやくしてもいいとしだとおもうのです」
「さすがに早すぎると思いますわ」
「おにいさまはろくさいでこんやくされたのです。わたくしがこんやくできないはずはないわ!」
「ふーちゃんは理由があって婚約したのです。まーちゃんには急いで婚約する理由はないでしょう?」
「いそいでこんやくしないと、あのかたは、ほかのかたとこんやくしてしまうかもしれない」
両手で顔を覆って悲観的になっているまーちゃんに、「あの方」というのが誰か分かってしまってわたくしは複雑な気分になる。わたくしも物心ついたときからエクムント様が好きだったが、五歳で婚約しようとは考えなかった。
まーちゃんの周囲には幼くて婚約した前例があるので、まーちゃんも婚約を急いでしまうのかもしれない。
「まーちゃんはまだ幼いのです。婚約には早いですわ」
言い聞かせるとまーちゃんの銀色の光沢のある黒い目が潤んでくる。
「わたくし、すきでおさないのではありません。わたくしだって、あのかたとおなじとしにうまれたかった。でも、わたくしがうまれたときには、あのかたはずっととしうえだった。それはわたくしがわるいのですか?」
ぽろぽろと涙を流して訴えるまーちゃんに、まーちゃんが悪いだなんて言えるはずがなかった。この気持ちはわたくしも小さい頃に持っていたものだ。
「まーちゃんは、オリヴァー殿が好きなのですね」
「エリザベートおねえさま、きづいていたのですか!?」
「気付きもします。オリヴァー殿と婚約したい気持ちは分かりますが、相応の理由がなければ婚約はできませんよ?」
「わたくし、どうすればいいのですか?」
「そうですね……わたくしにもいい考えが浮かびません。オリヴァー殿はユリアーナ殿下に詩を教える特別講師になりました。中央のお茶会にもこれからたくさん参加されることでしょう。そのお茶会で、まーちゃんは自分のことをオリヴァー殿に知ってもらうことから始めなければいけませんね」
「それでこんやくできますか?」
「分かりません。でも、オリヴァー殿はユリアーナ殿下の特別講師もされる方ですから、まーちゃんに相応しいのは間違いありません」
ディッペル家は公爵家だが、シュタール家は侯爵家で辺境伯領に家がある。
両親がまーちゃんが辺境伯領に嫁ぎたいと思っていることを知ったら、どう思うか分からないが、まずはまーちゃんがオリヴァー殿と交友を持つことが大事だった。
オリヴァー殿はユリアーナ殿下の特別講師もされるので、ディッペル家の末っ子であるまーちゃんの嫁ぎ先としては相応しいと言えるだろう。
身分には問題がないのだが、あるのは年の差だ。
まーちゃんが焦っている理由もそれだろう。
オリヴァー殿が婚約者を得る前にまーちゃんが婚約しなければ、まーちゃんとオリヴァー殿の結婚は叶わない。
五歳のまーちゃんの婚約についてこんなに考えさせられるとは思っていなかったので、わたくしも予想外のことがたくさんだった。
まーちゃんの涙を拭きながら、抱き締めて、わたくしはいい方法がないものか考えていた。
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