エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約

31.国王陛下の別荘からの帰り

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 国王陛下と王妃殿下にとっては休日とは国王陛下の別荘でゆっくりと過ごすことだったようだ。辺境伯領に行ったときのように出かけることはなかった。
 三泊四日の滞在期間が終わって、帰る準備をしているわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんと共に、ノエル殿下も隣国に帰る準備をしていた。
 夏休みは毎年隣国に帰ってお過ごしになるので、ノエル殿下はこの四日間のためだけにオルヒデー帝国に来ていたのだ。

「とても楽しかったですわ。王宮で食べられなかった晩餐が食べられるなんて思いもしなかったですし」
「わたくしもノエル殿下とご一緒できて楽しかったです」
「ノエル殿下にお聞きしたかったのですが、学園を卒業されたらどうなさるのですか?」

 クリスタちゃんが問いかけたが、それはわたくしも興味のあるところだった。ノエル殿下は学園を卒業した時点ではまだノルベルト殿下が学園の四年生で、結婚することはできない。

「わたくし、二年間、大学に通おうかと思っております」
「大学ですか!?」
「さらに勉強なさるのですか?」

 大学という響きにわたくしは少し驚いてしまった。この世界に大学があったとしても、十九世紀モデルなのでおかしくはないのだが、それでも「大学」という聞き慣れた名称だったことに驚いたのだ。

「ノルベルト殿下と共にわたくしは大公家のものになります。大学に通って、オルヒデー帝国と我が国との友好をますます深める方法を探すのです」
「大学はどちらの大学に通われますか?」
「オルヒデー帝国の大学に通おうと思っています」

 女性が大学まで進むのはとても珍しいことだ。大学は医学や法学を志す者には進路として当然としてあるのだが、政治学や歴史を学ぶための学科は少ないと聞いている。
 ノエル殿下の成績ならば入れない大学はないだろうが、わざわざオルヒデー帝国の大学を選ぶということは、それだけノルベルト殿下と離れたくない気持ちがおありなのだろう。

「わたくしの母も大学に行くことは賛成してくれています。卒業後もオルヒデー帝国でよろしくお願いしますね」

 笑顔になるノエル殿下にわたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんも頭を下げる。

「わたくしの方こそ、よろしくお願いします」
「大学でもノエル殿下がご活躍することを願っております」
「ノエル殿下がオルヒデー帝国に残って下さることは嬉しいです」

 わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんの言葉に、ノエル殿下は笑顔のまま頷いていた。

 馬車は基本的に身分の順に用意される。
 最初に用意されたのはノエル殿下の馬車だった。

「リリエンタール公爵の事業で、我が国との行き来が楽になりました。ノルベルト殿下、夏休みが明けたらお会いしましょう」
「ノエル殿下、お待ちしております」

 ノエル殿下の手を取ってノルベルト殿下が馬車のステップを上がらせる。馬車の窓から手を振るノエル殿下に、ノルベルト殿下も大きく手を振っていた。

 続いてはわたくしたちディッペル家の番になる。
 わたくしにはエクムント様が、クリスタちゃんにはハインリヒ殿下が付き添ってくださる。

「エリザベート嬢、今度こそ、次にお会いするのは私の誕生日ですね」
「はい。婚約者として精一杯務めます」
「辺境伯領でお待ちしております」
「エクムント様、楽しい日々をありがとうございました」

 エクムント様がいてくださったからわたくしは楽しく国王陛下の別荘で過ごせたのだとお礼を言えばエクムント様は優しく微笑んでいる。

「私もエリザベート嬢がいてくださったから楽しかったです」

 その言葉にわたくしの心臓が跳ねる。

「私はエリザベート嬢よりも十一歳年上で、エリザベート嬢たちと年が離れています。それでもエリザベート嬢は私の年齢に構わず、婚約者として扱ってくださるので、居心地がよかったです」
「それはわたくしにも言えることですわ。エクムント様は辺境伯領でいつもわたくしを婚約者として大事にしてくださいます」
「それでは、お相子ですね」

 手を取って馬車のステップを上がらせてくれるエクムント様に、名残惜しかったけれどわたくしは馬車に乗った。

「ハインリヒ殿下、エクムント様のお誕生日には来られますか?」
「はい、行く予定です」
「それでは、そのときにまたお会い致しましょう」
「それまでは、クリスタ嬢に会えないのは寂しいですが、会える日を楽しみにしています」

 クリスタちゃんとハインリヒ殿下も名残を惜しんでいた。

「レーニ嬢、毎朝お散歩に一緒に行ってくださってありがとうございました」
「レーニじょうといっしょで、とてもたのしかったです」
「わたくしの弟たちもいたらきっとお散歩に行きたがっていたでしょう。フランツ殿とマリア嬢と一緒にお散歩ができて楽しかったです」
「レーニ嬢、お別れするのがつらいです」
「またすぐに会えますわ」
「レーニじょう、おげんきで」

 レーニちゃんはふーちゃんとまーちゃんに挟まれて名残を惜しまれていた。ふーちゃんは婚約者なので当然だが、まーちゃんもレーニちゃんが大好きなようだった。
 荷物に入れないで欲しいと願っていたので、ふーちゃんもまーちゃんも犬のぬいぐるみをしっかりと抱き締めている。

 ノエル殿下から頂いた犬のぬいぐるみはふーちゃんとまーちゃんの大のお気に入りになったようだった。

「レーニ嬢、またお会い致しましょう!」
「レーニじょう、おげんきで!」
「フランツ殿もマリア嬢もお元気で!」

 今生の別れのようになっているが、夏休みの終わりには辺境伯領でエクムント様のお誕生日のパーティーがあって、そこで会えることをふーちゃんもまーちゃんも知っているはずだ。知っていながらもこれだけ別れを惜しむのだから、どれだけふーちゃんとまーちゃんがレーニちゃんに懐いているかがよく分かった。

「フランツどの、マリアじょう、またきてください」
「はい、ユリアーナ殿下」
「またまいりますわ」
「あきにはわたくしのおたんじょうびもあります。わたくしはおたんじょうびからおちゃかいにさんかします。ぜひきてください」
「お誘いありがとうございます」
「いかせていただきます」

 ユリアーナ殿下はふーちゃんとまーちゃんを自分の誕生日に誘っている。ユリアーナ殿下のお誕生日は、正式にユリアーナ殿下がお茶会に参加することになるので、わたくしもクリスタちゃんも招待されるであろうことは分かっていた。
 レーニちゃんのお誕生日の初めてのお茶会では失敗してしまったユリアーナ殿下だが、学習されたのでもう失敗はしないだろう。
 できないことをできないと認めることが、ユリアーナ殿下には難しかったのだが、それを認めることで大きく成長された。

「エクムント殿、エリザベートをありがとうございました」
「レーニ嬢、フランツとマリアをありがとうございました」

 両親もエクムント様とレーニちゃんにお礼を言っている。

「私の方こそエリザベート嬢にお礼を言わなければいけないくらいですよ」
「わたくし、弟がおりますからフランツ殿が可愛くてなりません。妹はおりませんので、マリア嬢が本当に可愛いのです。こんなに慕われて幸せです」

 エクムント様もレーニちゃんも笑顔で答えていた。

「ユストゥス、テレーゼ夫人、楽しい時間をありがとう」
「ハインリヒもノルベルトもユリアーナも楽しかったようです。ありがとうございました」

 両親は国王陛下と王妃殿下からもお礼を言われていた。

「私たちが来たことでベルノルト陛下と王妃殿下が楽しまれたのなら何よりです」
「エリザベートもクリスタもフランツもマリアも楽しかったようです。本当にありがとうございました」

 両親も国王陛下と王妃殿下にお礼を言って馬車に乗り込んでいた。

 馬車の中からわたくしはエクムント様に、クリスタちゃんはハインリヒ殿下に、ふーちゃんとまーちゃんはレーニちゃんとユリアーナ殿下に手を振っていた。
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