エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
317 / 528
十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約

24.まーちゃんの短歌

しおりを挟む
 三日間の滞在を終えて、レーニちゃんは四日目の朝に馬車と列車でリリエンタール領まで帰って行った。
 馬車に乗り込むレーニちゃんにふーちゃんは本当に名残惜しそうにしていた。
 レーニちゃんの馬車が見えなくなるまで見送って、ふーちゃんは少し涙ぐんでいたのかもしれない。
 辺境伯領から帰ったら国王陛下の別荘に行くのだが、そこでもレーニちゃんに会えるとしても、少しの間でもふーちゃんはレーニちゃんから離れるのが寂しかったようだ。

 まーちゃんはオリヴァー殿が帰ってから毎日のように両親に聞いていた。

「こくおうへいかのべっそうに、オリヴァーどのはこないのですか?」
「国王陛下に招かれているのはディッペル家のもので、レーニ嬢はフランツの婚約者だから許されているのです。オリヴァー殿は関係ないでしょう?」
「ノエルでんかのしも、クリスタおねえさまのしも、おにいさまのしも、あんなにすばらしくかいしゃくされるのです。ノエルでんかはオリヴァーどのがきたらうれしいのではないでしょうか?」
「そうは言っても、レーニ嬢は公爵家の令嬢だし、オリヴァー殿は侯爵家の子息だし、身分の差もあるんだよ。エリザベートからもお願いされていたし、オリヴァー殿はいい青年だとは思ったが、国王陛下の別荘に招くにはそれなりの理由がないといけない」
「わたくし、オリヴァーどのがいたら、ノエルでんかやクリスタおねえさまやおにいさまのしも、りかいできるようなきがするのです」

 まーちゃんはすっかりとオリヴァー殿に夢中になってしまっている。
 わたくしもいずれはオリヴァー殿をきっかけに辺境伯領の貴族たちが中央の貴族や王族と交流できればいいと思っていたが、ここまで露骨に言うことはできなかった。

「マリア、お父様とお母様を困らせてはいけませんよ」
「エリザベートおねえさま……」

 わたくしが窘めると、まーちゃんは唇を尖らせて両親から離れて部屋の隅に行ってしまった。
 淑女として教育されているが、まーちゃんはまだまだ五歳で幼いのだ。色んなことが分かっていないし、子どもっぽく拗ねてしまうこともある。

「マリア、こういうときはお手紙を書くんだよ」
「おにいさま……」
「私はレーニ嬢に会えないときにはお手紙を書いていたよ」

 ふーちゃんに慰められて、まーちゃんは部屋のソファに座って一生懸命便箋に文字を書いていた。
 五歳のまーちゃんの握力では、まだペンがしっかりと固定できない。どうしても文字が大きくなってしまって、便箋一枚に五文字くらいしか入らないことを嘆いているまーちゃんにわたくしは何かできないかと考えていた。

 その間にふーちゃんがまーちゃんの隣りに座って解決策を囁く。

「詩を書けばいいんだよ」
「むりです」
「大丈夫、マリアにもきっとできる」
「できません。したくありません」

 きっぱりと断ったまーちゃんに、ふーちゃんが首を傾げている。

「オリヴァー殿は詩がとても好きだと思ったのに」
「それはわかっていますが、わたくしに、しは、むずかしすぎます!」
「そんなに難しくないから。心に思ったことを書けばいいだけだよ?」
「むりです」

 はっきりと断るまーちゃんに、クリスタちゃんが折衷案を出す。

「ハイクに挑戦してみるのはどうでしょう?」
「ハイク……?」
「五文字、七文字、五文字で、短く、季節の言葉を入れて読む詩です。季節の言葉がないものもあったかしら。それなら、少ない文字数で気持ちを伝えられるのではないでしょうか」

 名案とばかりに嬉しそうに言うクリスタちゃんに、まーちゃんは明らかに困惑している。

「ごもじ、ななもじ、ごもじで、きせつのことば……!? ものすごくむずかしくないですか!?」
「ハイクはお姉様が得意なのです。教えてもらったらいいではないですか」
「え!? わたくし!?」

 いつの間にかわたくしが巻き込まれていた。
 俳句の難しさに目を回しそうになっているまーちゃんに、わたくしはどう語り掛けようか迷ってしまう。

「季節の言葉、季語がない俳句を川柳と言います。川柳を読んでみますか?」
「センリュウ……。わたくしにできますか?」
「難しいですが、言いたいことをまず教えてください」
「オリヴァーどの、せんじつはありがとうございました。おかげでわたくしもしのことがすこしわかりました。オリヴァーどのにまたあうひがとてもたのしみです。はやくおあいしたいです」
「確かに、それだけの量を川柳に纏めるのは無理ですね」
「わたくしも、ぜんぶかけるならかきたいのですが、そうするとびんせんがなんまいになるかわからないのです」

 眉をへの字にして泣き出しそうな顔になっているまーちゃんに、わたくしはなんとか力を貸してあげたかった。

「五文字、七文字、五文字、七文字、七文字の短歌ならば、伝えられるかもしれません」
「タンカ!?」
「東方の詩です。三十一文字ならば、マリアも便箋が大量にならないでしょう?」

 わたくしに促されてまーちゃんはしばらく唸っていたが、わたくしの顔を見てゆっくりと短歌を詠んだ。

「またあうひ、こころまちにす、わたくしは、あなたにあいたい、はやくあいたい」

 まーちゃんが初めて短歌を読んだ瞬間だった。

「マリア、とても素晴らしいです! 会いたい気持ちが伝わってきます」
「会いたいを二回繰り返しているのがいいですね」
「マリア、できたじゃないか!」

 わたくしもクリスタちゃんもふーちゃんも、まーちゃんの頑張りに拍手を送っていた。まーちゃんは褒められて誇らしげに胸を張り、便箋に文字を書き始める。
 短歌ならばまーちゃんの気持ちを伝えられるかもしれない。詩をあれだけ称賛しているオリヴァー殿に対しては、短歌は有効かもしれない。
 二つの思いでまーちゃんに勧めた短歌だったが、予想以上の出来になったようだった。

 まーちゃんは便箋に短歌を書き終えて、折り畳んで封筒に入れていた。

「おとうさま、おかあさま、これをオリヴァーどのにおくってください」
「分かったよ、マリア」
「マリアはオリヴァー殿に本当に懐いているのですね」

 これが恋心だなんてことは、多分両親は気付いていない。絵本を読んでくれたオリヴァー殿にまーちゃんが懐いているだけだと思っている。
 まーちゃんがこの年でオリヴァー殿に恋をしているなんて知ったら、両親は驚くだろうし、止めるかもしれないので、わたくしはまーちゃんのためにも黙っていることにした。
 わたくしは物心ついたら、エクムント様に恋をしていたが、その件に関してずっと両親には隠していた気がする。わたくしの恋が知られてしまうと、エクムント様はその頃我が家の護衛の騎士だったので、立場上よくないような気がしていたのだ。

 まーちゃんとオリヴァー殿の恋を両親が知るのはいつ頃だろう。
 その頃にはまーちゃんは何歳になっているのだろう。

 わたくしは自分の小さな頃のことを思い出して、まーちゃんの初恋は実って欲しいような、姉として複雑なような、微妙な気持ちだった。

 その後、市には行けなかったが、カサンドラ様とエクムント様が市の露店の商人をお屋敷に呼んでくれて買い物をしたり、コスチュームジュエリーを作るガラス工房に行ったりして、辺境伯領で過ごした。

 一週間の滞在期間が終わって帰るときには、エクムント様とカサンドラ様が見送りに来てくださっていた。

「次にお会いするのは私の誕生日ですね」
「エリザベート嬢にはエクムントの隣りに座ってもらうことになる」
「はい。喜んでご一緒します」
「またお会いできるのを楽しみにしています」

 見送られて、わたくしはエクムント様の手を借りて馬車のステップを上がる。

「エクムントさま、ありがとうございました!」
「カサンドラ様、エクムント様、またお会い致しましょう」

 わたくしは馬車の中からエクムント様に手を振り続けていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

処理中です...