上 下
295 / 528
十章 ふーちゃんとまーちゃんの婚約

2.クリスタちゃんのお誕生日のお茶会の終わり

しおりを挟む
 クリスタちゃんのお誕生日のお茶会は寛いだ雰囲気で行われていた。
 ふーちゃんとまーちゃんはレーニちゃんを挟んで座って、お喋りをしている。

「おにいさまが、ごめいわくをおかけしています」
「わたしはめいわくなんてかけていないよ、マリア」
「おにいさま、レーニじょうにしをたくさんおくっているでしょう」
「しはめいわくなのですか!?」

 謝るまーちゃんにふーちゃんがショックを受けている。

「迷惑ではありませんよ。ただ、フランツ殿の詩は高度なので、わたくしにはよく意味が分からないところもあるだけです」
「おにいさまのしは、むずかしいのです。もっと、わかりやすくかくといいのです」
「わたしは、レーニじょうへのきもちをすなおにかいているだけなんだけど」
「おにいさま、あまりしつこいと、レーニじょうにきらわれますよ?」
「わたくしはフランツ殿を嫌ったりしませんわ。頻繁に下さるお手紙も、少しずつ字が上手になって、成長を感じられてとても嬉しいのですよ」
「レーニじょうはこうおっしゃってくれているよ?」

 ふーちゃんとまーちゃんで詩に関する見解が違うようだ。
 国王陛下と王妃殿下がふーちゃんの詩を認めて、ノエル殿下の詩が教科書に載るような事態になっているのだ。
 やはり、この国ではノエル殿下やクリスタちゃんやふーちゃんの詩が認められる時代になっているのだ。

 時代といえば、前世のことで思い出したことがある。
 『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』は前世で母が読んでいたものをもらったのだが、前世の世界では昔にノエル殿下やクリスタちゃんやふーちゃんのような詩が流行ったのではなかっただろうか。
 前世の母の持っていた雑誌にそういう詩が載っていた記憶が朧気にある。

 鮮明には思い出せないのだが、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』が書かれた時期が、その雑誌の刊行時期と同じだったならば、この世界でノエル殿下やクリスタちゃんやふーちゃんの詩が認められていてもおかしくはない。
 作者の描いた世界観として、そこが強く根付いているのかもしれない。

 わたくしにはよく意味が分からないし、そんな詩を書くことはできないのだが、ノエル殿下の詩が認められて教科書として授業に使われるようになると、貴族の嗜みとして詩を読み書きできる世の中になってしまうのかもしれない。
 意味のよく分からない詩が横行する世界になることに、わたくしは多少の恐怖を覚えていた。

「エクムント様は、ノエル殿下やクリスタやフランツの詩をどう思いますか?」
「私は何度も言っていますが、芸術を解さない不器用な軍人なので、詩はよく理解できません」
「わたくしも詩はよく分からないのです。ノエル殿下やクリスタやフランツの詩は、高度過ぎると思うのです」
「エリザベート嬢と同感です」
「エクムント様、わたくしが詩の授業を受けても、エクムント様に詩を捧げられなくてもお許しください」
「私の方こそ、エリザベート嬢に詩を捧げるようなことはできません。分かってください」

 どうやらこの世界の全員が同じ感覚ではなくて、エクムント様はわたくしと同じ感覚で詩を見ているようだ。レーニちゃんも分からないと言っているし、まーちゃんは兄であるふーちゃんを嗜めるようなことを言っている。

「エリザベート嬢とエクムント殿も詩の意味が分からないのですか……。実は私もです。素晴らしいのでしょうが、私には芸術を解する心がないようです」
「それでは、ハインリヒ殿下に詩を贈るのはご迷惑でしょうか?」
「い、いえ、クリスタ嬢。詩をいただくのは嬉しいです。私が芸術を解する心がなくて、詩を書けずに、お返しができないのが心苦しいのですが」
「それは気にしないでください。ハインリヒ殿下を想うとわたくしの胸から詩が溢れて来るのです」
「は、はぁ」

 ハインリヒ殿下もクリスタちゃんの詩がよく分からないようだった。それに対してクリスタちゃんは自分の詩を贈らない方がいいのかと言っているが、ハインリヒ殿下は一応、クリスタちゃんを立てている。
 クリスタちゃんの詩も国王陛下と王妃殿下に認められたものだし、何よりもクリスタちゃんが楽しんで書いているのでハインリヒ殿下も止めることはできないのだろう。

 心から溢れて来るとまで言われたらハインリヒ殿下も断りづらいに違いない。

 エクムント様がわたくしと同じ感覚の持ち主でよかったとわたくしは心から思っていた。

 お茶会が終わるとお見送りに出る。
 ハインリヒ殿下はクリスタちゃんの手を握って別れを惜しんでいた。

「クリスタ嬢、また学園でお会いしましょう」
「はい。そのときにはハインリヒ殿下は三年生、わたくしは二年生ですね」

 前世の記憶では欧米では秋に進級するのだが、この世界では春に進級するという日本の進級制度が使われている。これは作者が日本人だからだろう。
 これに関してはわたくしも分かりやすいので助かっているが、前世の十九世紀ヨーロッパをモデルにした小説としては違和感があったかもしれない。
 わたくしが前世で読んでいたときには、若かったせいもあってあまり気にしていなかった。

「エリザベート嬢、学園で学んで来てくださいね」
「エクムント様を支えられる立派な淑女になれるように頑張ります」
「エリザベート嬢は既に私を助けてくれているのですが、今まで以上に支えてくださるのですね。ありがたいです」

 辺境伯領の葡萄酒が王都でよく飲まれるようになったのもエクムント様の努力あってのことだし、辺境伯領の紫色の布が中央で大流行したのもエクムント様がわたくしたち一家に布をくださって、それが王妃殿下の目にまで留まったからに違いない。コスチュームジュエリーもエクムント様がわたくしにくださらなければ、わたくしは名称を思い出すこともなかった。

 全ての始まりはエクムント様なのにエクムント様はわたくしの功績のように言ってくださっている。
 わたくしは嬉しいような申し訳ないような気分になる。

「エリザベート嬢、今年の夏休みも辺境伯領に来て下さったら嬉しいです」
「去年、辺境伯領でとても楽しく過ごせました。今年も行けたらと思います。両親と相談してみますね」
「いいお返事をお待ちしています」

 微笑んで馬車に乗り込むエクムント様に、わたくしは手を振る。エクムント様も馬車の窓を開けてわたくしに手を振り返してくれた。

 レーニちゃんが馬車に乗るときには、ふーちゃんが手を引いて、まーちゃんが横に並んで歩いていた。

「レーニじょうとたくさんおはなしができてたのしかったです」
「わたくしもフランツ殿とマリア嬢とお話ができて楽しかったです」
「わたくしのおたんじょうびも、レーニじょうにおいわいしてほしいです」
「マリア嬢のお誕生日はノルベルト殿下とハインリヒ殿下のお誕生日の間なので、王都で国王陛下主催の個人的なお茶会で祝われるのではないですか?」
「そのおちゃかいに、レーニじょうもさんかしてくださるように、おねがいしてみます」
「わたくしも参加してもいいか、国王陛下に聞いてくださるのですね」

 まーちゃんは言い回しが変になっているが、それを否定せずにレーニちゃんは優しく言い直してあげていた。
 賢く見えてもまーちゃんはまだ四歳なのだ。敬語が上手く使えなかったり、言い回しがおかしくなることもある。

「レーニじょう、おてがみをかきます」
「わたくしもお返事を書きますわ」
「レーニじょう、おきをつけて」

 今回のお茶会ではふーちゃんとまーちゃんに挟まれて、わたくしたちとはあまり話ができなかったレーニちゃんだが、弟が二人いるせいか、ふーちゃんとまーちゃんと話すのも嫌ではなさそうだった。
 大きく手を振って送り出すふーちゃんとまーちゃんに、レーニちゃんも手を振り返していた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

処理中です...