エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

52.春休み前のお茶会

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 冬休みから春休みまではとても短い。
 ノエル殿下の詩の授業は準備が間に合わず、来年度から始めるということになったようだ。
 わたくしは春休みを楽しみにしていた。

 ふーちゃんの誕生日にはふーちゃんとまーちゃんがお茶会に正式に参加するようになるのだ。可愛い弟妹の成長がわたくしには本当に嬉しかった。

「フランツ殿のお誕生日は、お茶会が開かれるのですか?」
「今年からそうなると思います。フランツもマリアもお茶会に参加することになりましたので」

 春休み前の学園での最後のお茶会でノエル殿下がわたくしに問いかけるのに、わたくしはふーちゃんとまーちゃんの成長を誇らしく思いながら答えた。

「フランツ殿のお誕生日のお茶会にぜひ参加したいですね」
「クリスタ嬢とお誕生日がとても近かった気がするのですが、どうするのですか?」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の問いかけにはクリスタちゃんが答えた。

「わたくしの両親のお誕生日は一緒に祝っているでしょう? わたくしも両親に言ってフランツとお誕生日は一緒に祝ってもらおうかと思うのです。二人で一緒に祝えることがわたくしは嬉しいのです」

 お誕生日についてのクリスタちゃんの意見をはっきりと聞いたのはこれが初めてだが、わたくしはそうなるのではないかと思っていた。両親は半月お誕生日がずれているが一緒に祝っているし、クリスタちゃんも両親のようなお誕生日に憧れていたのだろう。
 特にふーちゃんのことは可愛がっているので、一緒に祝えるのは嬉しいと言っている。

「お姉様、いいですわよね?」
「わたくしは賛成しますわ。フランツもクリスタと一緒にお誕生日を祝えて嬉しいと思います」

 クリスタちゃんとふーちゃんのお誕生日は一週間程しか離れていないので、一緒に祝うのは合理的とも言えた。

「小さな頃にハインリヒとお誕生日のお茶会が一緒だったことを思い出します」
「私は早く一人で祝って欲しいと思っていました」
「僕はハインリヒと一緒で嬉しかったんだよ」
「そうだったんですか、ノルベルト兄上?」
「僕は生まれが複雑だよね。それでも、王妃殿下は僕をハインリヒと分け隔てなく可愛がってくださった。ハインリヒと一緒に誕生日を祝うのも、ハインリヒと僕を同等に扱ってくれているようで嬉しかったんだ」

 ハインリヒ殿下は早く自分のお誕生日に別々にお茶会を開いて欲しかったようだが、ノルベルト殿下はハインリヒ殿下と合同のお茶会が嬉しかったようだ。こんな話もクリスタちゃんがふーちゃんと一緒にお誕生日を祝うと言わなければ聞けなかっただろう。

「ノルベルト兄上がそんなことを思っていただなんて……。私は幼くて、ノルベルト兄上と一緒にお誕生日を祝われることに拗ねていたのです。ノルベルト兄上がそんなことを考えていたのなら、ずっと一緒でもよかったです」
「ハインリヒが皇太子になったら別々になるだろうとは思っていたよ。ハインリヒが別々に祝って欲しがっていたのも感じていたし」
「ノルベルト兄上は私と一つしか変わらないのに、大人で、自分の立場を弁えていて、尊敬します」
「ハインリヒが僕のことを兄と慕ってくれるからだよ。弟がいないと兄は成り立たないものなんだよ」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の仲のよさにわたくしは感動してしまう。
 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』ではあんなにも仲が拗れて、話をすることすら困難だったのに、目の前の二人は異母兄弟であることを忘れさせそうなくらい仲がよかった。

「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のように、わたくしもフランツと仲良くしたいのです。フランツがもう少し大きくなって別々にお茶会を開きたいと言うまでは、一緒にお茶会を開きたいと考えています」

 クリスタちゃんの言葉でお茶会の雰囲気は和やかになっていた。
 紅茶を飲みながらゆったりと過ごしていると、レーニちゃんの表情が優れないことに気付いた。レーニちゃんに何かあったのだろうか。

「レーニ嬢、何か悩みがあるのですか?」

 問いかけてみると、レーニちゃんはため息を吐く。

「わたくしの従兄のラルフ殿がしつこいのです。リリエンタール家が公爵家になったこともあるのでしょうが、婚約をする気がないかと持ちかけて来て。わたくし、ホルツマン伯爵家とは関わり合いになりたくないのです」

 ホルツマン伯爵家はレーニちゃんの前の父親の出身の家で、レーニちゃんの前の父親はレーニちゃんのことを嫌っていた。血の繋がった実の父親であろうとも、リリエンタール家から離縁されてホルツマン家に戻されたとなれば、レーニちゃんとは関わりのない人物になっているはずだ。

「レーニ嬢がホルツマン家に嫁ぐわけがないことを知らしめてやらねばなりませんね」
「レーニ嬢を困らせているのならば、そのラルフ殿には自分の立場を思い知らせてやらねばなりません」

 ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もレーニちゃんに同情的である。

「ホルツマン家のラルフ殿と学園以外で会うことはありますか?」
「いいえ。ホルツマン家は王家の式典にも招かれておりませんし、ディッペル家やリリエンタール家のお茶会にも招かれておりません」
「それならば、学園で一言わたくしが注意致しましょうか」
「ノエル殿下が注意してくださるのですか?」
「レーニ嬢は公爵家の令嬢になりました。何より、わたくしの親しい友人です。困っていることがあるなら、助けるのは当然です」

 隣国の王女であるノエル殿下から注意されたとあれば、ラルフ殿がレーニちゃんに手を出すことは難しくなる。どんな場所で注意をされるのが一番ラルフ殿に効くのか、わたくしは考え始めていた。

「ノエル殿下は本当に優しいですね。わたくしのことも助けてくださって」
「ミリヤム嬢はわたくしの大事な友人ですからね。あれくらいのことは致します」
「ノエル殿下のおかげでわたくしは寮でも暮らしやすくなって、学園でも苛められることがなくなって感謝しております。エリザベート様も、クリスタ様も感謝しています」

 ローゼン寮の同級生や卒業した上級生を集めたお茶会のことを知っていなければ、ミリヤムちゃんの話はよく分からないだろう。分からないなりに、ノエル殿下とわたくしとクリスタちゃんがミリヤムちゃんを助けたのだと、レーニちゃんもハインリヒ殿下もノルベルト殿下も納得している。

「ラルフ殿の件は来年度の学園が始まってからしっかりと対策しましょう。それまでレーニちゃんは安全ですからね」

 優しく微笑むノエル殿下に、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が首を傾げる。

「ちゃん……?」
「今、ノエル殿下は『レーニちゃん』と仰いましたよね?」
「いいえ、レーニ嬢と言いました」
「そ、そうですか」
「聞き間違えたかもしれません」

 ノエル殿下はうっかりとレーニちゃんを「ちゃん付け」で呼んでしまっていた。わたくしもうっかり口から出てきそうになることはあるが、ノエル殿下はわたくしよりも口の滑りが多いようだ。
 咳払いをして誤魔化しているノエル殿下に、わたくしもクリスタちゃんもレーニちゃんもミリヤムちゃんも、内心ドキドキしていた。
 「ちゃん付け」はわたくしたち女子だけの特別な呼び方だ。
 ハインリヒ殿下やノルベルト殿下に発覚してはいけないことだった。

「わたくしも庶民的な呼び方に憧れることもあるのです。心の中で親しみを込めて呼んでいたのが出てしまったのかもしれませんね」
「ノエル殿下もそんな呼び方に憧れるのですね」
「王女殿下ですからね、庶民的な呼び方をしてみたいというのは分かる気がします」

 心の中でだけ呼んでいることにするノエル殿下に、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も否定的なことは言わなかった。

「そうなると、クリスタ嬢から私は『ハインリヒくん』と呼ばれるのでしょうか?」
「僕はノエル殿下から『ノルベルトくん』でしょうか? これはこれで楽しそうですね」

 笑っているハインリヒ殿下とノルベルト殿下に、実際にノエル殿下がわたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんとミリヤムちゃんのことを、女子だけのときには「ちゃん付け」で呼んでいるなんて言えるはずがなかった。

「ハインリヒ殿下を『くん付け』なんて畏れ多いですわ」
「ノルベルト殿下もです」

 わたくしもクリスタちゃんも笑ってごまかしておいた。
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