上 下
288 / 528
九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

48.わたくしとクリスタちゃんの演奏と、ノエル殿下とクリスタちゃんの詩

しおりを挟む
 国王陛下の生誕の式典は滞りなく進んでいた。
 昼食会からお茶会に移ると、わたくしとクリスタちゃんにはピアノが用意される。
 お茶会で国王陛下が挨拶をした後にわたくしがピアノを弾いて、クリスタちゃんが歌うのだ。

「今日は私のお祝いのために二つの催し物が準備されている。ディッペル家のエリザベートとクリスタのピアノと歌の演奏と、ディッペル家のクリスタと隣国の王女ノエル殿下の詩だ。私はこれをとても楽しみにして来た」
「わたくしも楽しみですわ」
「まずはディッペル家の姉妹、エリザベートとクリスタの演奏に耳を傾けるとしよう」

 紹介されてしまうとわたくしも演奏をしなければいけなくなる。
 緊張しながらクリスタちゃんと並んで一礼してわたくしがピアノの椅子に座って、クリスタちゃんがピアノのそばに立つ。
 クリスタちゃんを見詰めていると、小さく頷いたので、わたくしはピアノの演奏を始めた。

 学園でも一年生のときに習う声楽の曲で、わたくしとクリスタちゃんはしっかりと練習して来ていたので失敗しなかった。

 高く美しいクリスタちゃんの歌声が王宮の大広間に響く。
 大広間の天井はドーム状になっていて、音楽がよく響いた。
 クリスタちゃんの美しい歌声に貴族たちが魅了されているのを感じる。

 視線を受けながら演奏を終えて、わたくしがピアノの椅子から立ち上がるとクリスタちゃんはわたくしの手を握って一緒にお辞儀をした。クリスタちゃんの手は震えていたが、わたくしの手も震えていた。

「クリスタ、エリザベート、とても素晴らしかった」
「クリスタ嬢の声は本当に美しく、歌も上手なのですね。エリザベート嬢はその歌の世界を広げる素晴らしい伴奏をしました。見事でした」

 国王陛下からも王妃殿下からもお褒めの言葉をいただいて、わたくしはホッとして座り込んでしまいそうになる。膝も震えているわたくしに気付いたのか、素早くエクムント様が歩み寄って、わたくしの肩を抱いてくれた。
 こんな風にエクムント様と密着するのは初めてでわたくしは胸が高鳴る。

「やり遂げましたね。さすがエリザベート嬢とクリスタ嬢です」
「ありがとうございます、エクムント様」
「お褒めに預かり光栄ですわ」

 クリスタちゃんも何とか立っているが、膝が震えているのは隣りにいるので伝わってくる。エクムント様がハインリヒ殿下に視線を投げると、ハインリヒ殿下がクリスタちゃんの手を取ってソファのところまで連れて行って休ませてくれた。
 わたくしもエクムント様に肩を抱かれて支えられてソファまで連れて行ってもらう。
 ソファに座ると、エクムント様は離れて行った。

 エクムント様の温もりがなくなってわたくしは少し寂しくなる。
 ハインリヒ殿下がわたくしとクリスタちゃんとエクムント様とご自分の分の紅茶を持って来させて、紅茶を飲んでわたくしたちは少し落ち着いた。

「エリザベート嬢のピアノは見事でした。クリスタ嬢は高く響く美しい声でした」
「ありがとうございます、ハインリヒ殿下」
「わたくしも王家の一員として認められたでしょうか?」
「クリスタ嬢、そんなことを心配していたのですか? 私の婚約者はクリスタ嬢以外に相応しい方はいないと思っています」

 恋愛感情があって婚約するのはベストなのだろうが、貴族社会ではそんな甘いことは言っていられない。その中で、ハインリヒ殿下の婚約者としてクリスタちゃんが選ばれた最終的な決め手は、クリスタちゃんがこの国で唯一だった公爵家の娘だということだった。
 元が子爵家の娘でも関係はない。クリスタちゃんは公爵家に養子に入って、わたくしの妹になったのだ。何より、母の妹であるマリア叔母様の娘なので、わたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんは血が繋がっている。

 ディッペル家と縁の深い元ノメンゼン家から養子に来たクリスタちゃんは、間違いなく公爵家の娘として大事にされる立場となった。

 ハインリヒ殿下がクリスタちゃんを好きで望んでいるからという理由があったとしても、クリスタちゃんが子爵家の娘のままだったら婚約は難しかっただろう。

 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』はそういうところを無視して書かれているのだから、クリスタちゃんが皇太子妃となった後は国王陛下との確執もあっただろうし、揉めたに違いないことは今のわたくしならばよく分かる。
 わたくしがクリスタちゃんに声をかけて、クリスタちゃんをディッペル家で保護するように両親にお願いして、両親がクリスタちゃんを養子にする決断をしたからこそ、原作とは全く違う、円満な婚約が結ばれているのだ。

「わたくし、王族の一員となれるか試されているような気分でした。わたくしには得意なことが歌くらいしかありません。妹のマリアは赤ん坊のころからわたくしの歌をとても気に入ってくれていました。歌で皆様を納得させなければいけないかと思っていました」
「そんなことはありませんが、今日の演奏を聞いた貴族の方々は、クリスタ嬢が私の婚約者にますます相応しいと感じたに違いないと思っています。クリスタ嬢、私のために頑張ってくれたのですね。ありがとうございます」
「ハインリヒ殿下、わたくし、ハインリヒ殿下に釣り合うと言われたかったのです」

 クリスタちゃんが心の内を吐露すれば、ハインリヒ殿下はクリスタちゃんに感謝している。二人の仲が今回の演奏でますます深まったのは間違いなかった。

「エリザベート嬢のピアノの澄んだ音、弾くひとによってあんなに音が違うのですね。あんな音を出せるのはエリザベート嬢だけでしょう」

 エクムント様に真正面から褒められてわたくしは顔が赤くなるのを感じる。

「そう言っていただけると嬉しいです。わたくし、ピアノの成績だけは不思議といいのです」
「不思議とではないでしょう。エリザベート嬢には才能が有ります」

 声楽の授業よりもピアノの授業が好きなことを素直に口にすれば、エクムント様はわたくしにピアノの才能があると言ってくださる。
 母の教えで小さな頃からピアノを習ってきたが、わたくしには才能があったようだ。前キルヒマン侯爵夫妻がわたくしとクリスタちゃんの演奏を褒めてくれていたが、あの頃から前キルヒマン侯爵夫妻はわたくしたちの才能に気付いてくれていたのかもしれない。
 前キルヒマン侯爵夫妻の息子であるエクムント様は、わたくしの才能に関しても言及してくれた。

「わたくし、もっとピアノの腕を磨きます」
「エリザベート嬢が辺境伯家に来たら、ピアノのサロンを開いたらいいかもしれませんね」

 わたくしが嫁いだ後に関しても話をするエクムント様にわたくしは胸がときめいてしまう。

 ピアノと歌の演奏の後は、ノエル殿下とクリスタちゃんの詩の披露だった。
 クリスタちゃんは連続での発表だが、ハインリヒ殿下にもらった言葉で自信がついたのか、顔を上げて凛々しくノエル殿下と並んで国王陛下と王妃殿下の前に出て行った。

「わたくし、ノエル・リヴィエより、国王陛下を讃える詩を読ませていただきます」

 ノエル殿下が詩の書かれた紙を取り出す。

「国王陛下、あなたはこの国を照らす太陽です。太陽がなければ、ひとや動物は生きていけず、作物の実りもありません。太陽に寄り添うのは、美しき月。どうか永久に太陽と月が輝きながらこの国を見守って下さることを願っています」

 太陽が国王陛下で、月が王妃殿下なのだろう。
 これは少しは意味が分かる詩だった。いつもの意味の分からない詩を警戒していたわたくしもホッとする。隣りに立つエクムント様の顔を見て見れば、同じく安堵しているのが分かった。

「わたくし、クリスタ・ディッペルより、国王陛下を讃える詩を捧げさせていただきます」

 クリスタちゃんもパーティーバッグから紙を取り出す。

「国王陛下、その威光は素晴らしく、わたくしは輝かしきそのお姿に目が眩みそうです。国王陛下のおそばにいられることはわたくしの心からの喜びです。全ての国民のために、いつまでも輝き続けてください。例えそのお姿を直視できなくても、わたくしの胸には国王陛下の凛々しいお姿が映っているのです」

 多少分からない部分もあるが、大筋は理解できる気がする。
 わたくしが安堵していると、隣りに立つエクムント様も安堵しているような気がした。
 さすがに国王陛下を讃える詩で妖精さんや花の表現は出てこなかった。

 こうしてお茶会は無事に終わったのだった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!

Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜! 【第2章スタート】【第1章完結約30万字】 王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。 主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。 それは、54歳主婦の記憶だった。 その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。 異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。 領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。             1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します! 2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ  恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。  <<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

ある公爵の後悔

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
王女に嵌められて冤罪をかけられた婚約者に会うため、公爵令息のチェーザレは北の修道院に向かう。 そこで知った真実とは・・・ 主人公はクズです。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

転生したらドラゴンに拾われた

hiro
ファンタジー
トラックに轢かれ、気がついたら白い空間にいた優斗。そこで美しい声を聞いたと思ったら再び意識を失う。次に目が覚めると、目の前に恐ろしいほどに顔の整った男がいた。そして自分は赤ん坊になっているようだ! これは前世の記憶を持ったまま異世界に転生した男の子が、前世では得られなかった愛情を浴びるほど注がれながら成長していく物語。

処理中です...