上 下
284 / 528
九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

44.詩の広まり

しおりを挟む
 突然のふーちゃんの詩作に両親は戸惑っているし、わたくしもエクムント様もよく意味が分からなくて困っている。
 そこに声をかけたのは国王陛下と王妃殿下だった。

「その詩は即興でフランツが作ったのか?」
「はい、わたし、レーニじょうがだいすきです。レーニじょうにささげるためにつくりました」
「レーニ嬢は幸せなことですね。こんなに素晴らしい詩をいただいて」

 国王陛下と王妃殿下の言葉に驚いたのは両親である。

「国王陛下と王妃殿下は詩の意味が分かるのですか?」
「素晴らしい詩だと思われましたか?」
「あぁ、素晴らしい詩だ。即興でこれだけの詩を作れるなんて、フランツは本当に才能がある」
「フランツ殿の心が伝わってくるいい詩でしたわ」
「この詩は、素晴らしい……?」
「意味が、分かるのですね……?」

 戸惑っている両親を他所に、褒められたふーちゃんは胸を張ってレーニちゃんの手を取っている。

「わたし、ダンスのれんしゅうをしました。いっしょにおどってくれますか?」
「フランツ様、お誘いありがとうございます。喜んで踊らせていただきます」

 ふーちゃんの方が背がかなり低いのだが、手を取って踊り出す二人はとても眩しい。素敵な光景なのだけれど、わたくしの心には困惑の嵐が吹き荒れていた。
 国王陛下と王妃殿下にはあの詩の意味が分かったのだ。
 わたくしやエクムント様があの詩の意味が全く分からないとは言い出しにくくなってしまっている。

「父上、母上、フランツ殿の詩のよさが分かるのですか?」
「ハインリヒ、お前は分からなかったのか?」
「ハインリヒの胸には響きませんでしたか?」
「私は詩を解するような情緒的な男ではないようです。クリスタ嬢の詩もよく分からなくて」
「クリスタ嬢も詩を読むのですね」
「ノエル殿下も詩を読んでいたな。クリスタとノエル殿下の詩を聞いてみたいものだ」

 大変だ。
 両親のお誕生日会のはずが、詩の発表会になってしまった。

「わたくしは、即興では浮かびませんので、過去の作品から読ませていただきます。辺境伯領に布の製作を見学に行ったときに作った詩です」
「わたくしもそのときの詩を披露いたしますわ」

 ノエル殿下とクリスタちゃんが咳払いをして準備を整える。

「夢の紫を作り出す妖精さんは、どこから来たのでしょう。この国の貴婦人はみんなその紫に夢中。辺境伯領の紫の布は女性を虜にさせる魔法のかかった布。その布を纏うとき、わたくしも魔法にかかったような気分になるのです。鏡に映るわたくしは美しいでしょうか。鏡に問いかけても答えてはくれません」

 ノエル殿下がすらすらと読んだ詩に国王陛下と王妃殿下が拍手をしている。

「隣国の王女ともなるとさすがの教養だな」
「辺境伯領の布の素晴らしさがよく伝わってきます」

 続いてクリスタちゃんが詩を読む。

「濃淡でひとを魅了する魔法の布よ。あなたはどうしてそんなに美しいのでしょう。その布を纏うとき、わたくしは自分が美しくなったかのように錯覚してしまいます。罪な布よ、魔法の布よ。どうかわたくしに夢を見させたままでいてください」

 その詩にも拍手が上がった。
 もうこの場でふーちゃんの詩も、ノエル殿下の詩も、クリスタちゃんの詩も意味が分からないと言えるひとはハインリヒ殿下くらいしかいなくなってしまった。
 国王陛下と王妃殿下がその価値を認めてしまったのだ。
 愕然としている両親はクリスタちゃんとふーちゃんを何度も見ているし、わたくしも口は閉じているが心の中は荒れている。
 エクムント様も顔を見れば難しい表情になっていた。

「上流階級の嗜みとして詩を読むことを入れよう」
「誰もがノエル殿下やクリスタ嬢やフランツ殿のように読めませんから、ノエル殿下の作った詩を印刷して学園で配るのはどうでしょう?」
「それはいい考えだ」

 ノエル殿下の詩は印刷されて学園で配られるようにまでなると決まってしまいそうだ。
 この場を離れたいわたくしがエクムント様を見れば、エクムント様はわたくしの手を取って下さる。

「お、踊りましょうか、エリザベート嬢」
「はい、エクムント様」

 詩の話から逃れるには、賑やかな踊りの輪に入るしかない。それがエクムント様の出した結論だった。
 わたくしもそれに合わせてエクムント様の手を取って踊りの輪に入っていく。
 ピアノの音が聞こえてエクムント様と踊っていると、二人きりになったような気がしてしまう。

「エリザベート嬢はピアノが得意でしたね」
「はい、わたくしはピアノ、クリスタは歌が得意ですわ」
「エリザベート嬢のピアノ演奏でクリスタ嬢の歌を聞きたいものです。キルヒマン家で姉妹でピアノ演奏と歌を披露してくれたときのことを思い出します」
「あの頃は小さかったから、恥ずかしいですわ」
「素晴らしかったですよ。私の両親も絶賛していました」

 前キルヒマン侯爵夫妻はもう侯爵位を退いていたが、ずっとわたくしとクリスタちゃんを可愛がってくれていた。
 もしもクリスタちゃんと一緒に歌とピアノを披露するのならば、前キルヒマン侯爵夫妻が見ている場にしたかった。

「前キルヒマン侯爵夫妻にも聞いて欲しいですわ」
「招待状を送れば、喜んでくると思います」
「わたくしは祖父母を知りません。わたくしの祖父母はわたくしが生まれたときには、公爵位を退いて別々に自由に暮らしていたと聞いています。前キルヒマン侯爵がわたくしの祖父母のようなものでした」
「分かります。ディッペル公爵夫人はキルヒマン家に一度養子に入ってディッペル家に嫁ぎましたからね」

 わたくしの言葉にエクムント様は深い理解を示してくれる。わたくしにとっては前キルヒマン侯爵夫妻は特別にわたくしたちを可愛がってくれた大事な方たちだった。

 踊り終わって戻ってくるともう詩の話題は終わっていてわたくしはほっと胸を撫で下ろす。
 わたくしが安心していると、クリスタちゃんがわたくしに声をかけて来た。

「エクムント様とどんな話をしていたのですか?」
「エクムント様がわたくしのピアノとクリスタの歌を聞きたいと言ってくださっているのです」
「それは嬉しいですわ」

 クリスタちゃんが喜んでいると、それをノエル殿下とハインリヒ殿下が聞き付けて話しが大きくなる。

「それならば、国王陛下の生誕の式典でクリスタ嬢の歌をエリザベート嬢の伴奏で披露するのはどうでしょう?」
「それはいいかもしれませんね。お茶会の席ならば、砕けたイメージがありますしクリスタ嬢の歌をエリザベート嬢のピアノ伴奏で披露するのもいいでしょう」

 乗り気のノエル殿下とハインリヒ殿下に、わたくしはできれば前キルヒマン侯爵夫妻に聞いて欲しいということを言えなくなってしまった。

「父上、どうでしょう?」
「クリスタは将来王家に迎えられるハインリヒの婚約者だ。エリザベートは辺境伯家に嫁ぐことが決まっている。いいのではないかな」

 鶴の一声とでもいうのだろうか。
 それでわたくしとクリスタちゃんのお茶会での歌とピアノの披露は決まってしまった。

「とても楽しみですね、国王陛下」
「そうだな、王妃よ」
「私たちの娘が光栄なことです」
「ありがたいことですわ」

 両親もわたくしとクリスタちゃんの歌とピアノの演奏の披露には賛成してくれているようだ。
 問題は、詩のことだった。

「ノエル殿下とクリスタ嬢には国王陛下を讃える詩を読んでもらいましょうか?」

 王妃殿下が青い目を煌めかせている。
 そんなことになるような気がしていたのだ。
 わたくしは頭痛を覚えながらその話を聞いている。ノエル殿下とクリスタちゃんのよく意味の分からない詩を、国王陛下の生誕の式典という大きな場で披露されるとは、あの不可思議な詩がそれだけ広まってしまうことを示していた。
 それでもわたくしにそれを止めることはできない。

 わたくしはそっと目を伏せた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。  しかも、定番の悪役令嬢。 いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。  ですから婚約者の王子様。 私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...