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九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学
39.ミリヤムちゃんの憂い
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わたくしのお誕生日のお茶会が終わると、エクムント様はわたくしと一緒にお客様を見送って下さった。
来てくださった貴族の中では、エクムント様はハインリヒ殿下とノルベルト殿下の次に位が高いし、距離で言えば間違いなく一番遠くから来てくださっているというのに、わたくしの婚約者としての役割をしっかりと果たしてくださったのだ。
馬車に乗り込むときにハインリヒ殿下はクリスタちゃんの手を握っていた。
「学園でお会いしましょう。運動会ではクリスタ嬢にいいところを見せられるように頑張ります」
「クリスタ嬢をダンスにお誘いしたらいいんじゃないかな?」
「いえ、私はクリスタ嬢に走るところを見て欲しいのです」
名残惜しそうにクリスタちゃんの手をもう一度握り締めて、ハインリヒ殿下は馬車に乗った。ノルベルト殿下も同じ馬車に乗る。
「フランツ様とわたくし、文通をしておりますの。フランツ様によろしくお伝えくださいませ」
「分かりましたわ、レーニ嬢。今日はありがとうございました」
「わたくしの方こそ、ありがとうございました」
レーニちゃんはふーちゃんによろしくと言って馬車に乗り込む。ふーちゃんはレーニちゃんに会いたかったに違いないが、両親のお誕生日のお茶会までは会うことはできないだろう。
「こんな豪華なお茶会に参加できて光栄でした。お招きいただき本当にありがとうございました」
ミリヤムちゃんは恐縮している様子だった。
子爵家の娘なので、馬車に乗るのも最後の方になってしまっている。
「ミリヤム嬢が来てくださって楽しかったですわ」
「また学園でお会いしましょうね」
「はい、ミリヤム嬢」
ミリヤム嬢も送り出すと、遂にエクムント様の番になる。
エクムント様は荷物を馬車に乗せて、わたくしの手を握った。
「十四歳……エリザベート嬢はますます美しくなられた。エリザベート嬢の十四歳という年が素晴らしいものであるように祈っています」
「ありがとうございます、エクムント様」
目を伏せてお礼を言えば、エクムント様はわたくしの手の甲に触れるだけのキスをして、馬車に乗り込んで行かれた。
キスをされた手を胸に抱いて、わたくしは耳まで真っ赤になっていただろう。
エクムント様の馬車を見送ってから、わたくしとクリスタちゃんはドレスから制服に着替えて、学園の寮に戻って行った。
学園の夏休みはとうに終わっていたのだが、エクムント様のお誕生日とわたくしのお誕生日があったから、わたくしとクリスタちゃんは休みを少し伸ばしてもらっていたのだ。
婚約者のお誕生日と自分のお誕生日となると、出ないわけにはいかないし、クリスタちゃんも姉の婚約者のお誕生日と姉のお誕生日となると出ないわけにはいかない。
同じく、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も辺境伯のお誕生日と、この国唯一の公爵家であるディッペル家の娘のお誕生日には出ないわけにはいかないので、学園はお休みしていたのだ。
寮に戻ると時間も遅かったので、夕食を食べてわたくしとクリスタちゃんはお風呂に入って着替えて休んだ。
次の日からは学園生活が始まったのだが、近付いている運動会のせいで学園は活気に満ちていた。
「エリザベート嬢は去年と同じ、乗馬の競技に出るのですか?」
「そのつもりです」
「クリスタ嬢はどうするつもりですか? わたくしとノルベルト殿下はダンスに出場しますが、ハインリヒ殿下がリレーに出るのであれば、クリスタ嬢はパートナーがいませんよね」
ノエル殿下に問いかけられてわたくしは乗馬で出場するつもりでいることを答えたが、クリスタちゃんは何で出場するか決められない様子だった。
去年はわたくしが乗馬、ハインリヒ殿下がリレー、ノエル殿下とノルベルト殿下がダンスで出場したので、その競技ばかりに目が行っていたが、他の競技もあるようだ。
「他には大縄跳び、走高跳び、走り幅跳び、砲丸投げなどがありますが、わたくしは走り幅跳びで去年は参加しました」
ミリヤムちゃんが説明してくれるのをクリスタちゃんは真剣に聞いている。
「走り幅跳びは砂場に飛び込んで跳んだ距離を競うのでしょう? 走り高跳びはバーを落とさないように飛び越えるのですよね。砲丸投げは鉄の玉を投げる……。わたくし、大縄跳びに興味があります」
「大縄跳びですか?」
「はい。体育の授業でやりましたが、みんなで心を一つにして飛ぶのが楽しかったです」
クリスタちゃんは大縄跳びで参加する気になったようだ。
「わたくしも大縄跳びで参加しますわ」
「レーニ嬢、一緒に頑張りましょうね」
レーニちゃんはクリスタちゃんと一緒に大縄跳びに参加することに決めたようだ。
これで今年の運動会の参加競技は決まった。
わたくしが乗馬、ノエル殿下とノルベルト殿下はダンス、ハインリヒ殿下がリレー、クリスタちゃんとレーニちゃんが大縄跳び、ミリヤムちゃんが走り幅跳びだ。
「今年こそは一位を取りたいと思います」
「去年はリーリエ寮に負けてしまいましたからね。ペオーニエ寮が優勝するようにしたいものですね」
去年のことを思い出すと悔しくなってしまうのは、わたくしが負けず嫌いだからかもしれなかった。わたくしは去年はリーリエ寮の選手に負けてしまったのだ。
ノーミスだったが、リーリエ寮の選手の方がタイムがよかったようなのだ。
今年は負けないと誓うわたくしに、ハインリヒ殿下も拳を握り締めている。
「今年はクリスタ嬢にいいところを見せます! リレーで一位になってみせます」
「ハインリヒ殿下、応援していますわ」
「クリスタ嬢に応援してもらえたら、力がわいてきます」
クリスタちゃんとハインリヒ殿下の仲睦まじい様子にわたくしは目を細めていた。
「ローゼン寮は今年も最下位なのでしょうね」
ミリヤムちゃんは浮かない顔をしている。ミリヤムちゃんを苛めていたようにローゼン寮は全員で力を合わせるという考えがなく、協力体制がないのかもしれない。
そんな寮で残りの四年間を過ごすというのはつらいかもしれないが、ミリヤムちゃんは子爵家の娘なので仕方がない。
ペオーニエ寮は王家と公爵家と侯爵家の高位の貴族たちが集う寮で、リーリエ寮は侯爵家と伯爵家の中間の貴族が集う寮で、ローゼン寮は伯爵家と子爵家という学園の中では下位の貴族の集う寮になっている。
身分できっちりと分けられているのは、学園生活では生徒は平等と言いながらも、貴族の身分は乗り越えられないものであるという現実を示していた。
そんな中でミリヤムちゃんは数少ない子爵家の娘なのだ。
アレンス家は子爵家だが娘のミリヤムちゃんを学園に入学させられるだけの資産を持っている家だからこそ、ミリヤムちゃんは妬まれて苛められたとも考えられるのだ。
ノエル殿下主催のお茶会に苛めた同級生と上級生は集めて、ノエル殿下の叱責を受けさせたので、今後ミリヤムちゃんが苛められることはないだろうが、ローゼン寮の寮生と仲良くなれることもないだろうとわたくしは思っていた。
自分を苛めた過去を持つローゼン寮の生徒をミリヤムちゃんが信頼するはずがないし、苛めていた生徒たちも、ミリヤムちゃんがノエル殿下のお気に入りとなったことを知って表面上は手の平を返しても、胸中で何を考えているか分からないのだ。
そんな状況で仲良くするなど冗談ではない。
ミリヤムちゃんは苛めていた生徒たちを許さなくていいし、苛めていた生徒たちはノエル殿下のお茶会で叱責されたことで、親からもきつく言い渡されていることだろう。
「ミリヤム嬢がペオーニエ寮だったらよかったのに」
クリスタちゃんがぽつりと呟いた言葉に、身分という壁がある以上そういうわけにはいかないのだが、わたくしも同じように思わずにはいられなかった。
「わたくしたちはミリヤム嬢を応援していますよ。頑張ってくださいね」
「そうです、寮が違っても応援してはいけないという決まりはありません」
「私たちも応援しています」
ノエル殿下とノルベルト殿下とハインリヒ殿下に言われて、ミリヤムちゃんは深く頭を下げて恐縮している。
「とてもありがたいことです。わたくし、自分のできる限りの力を以て頑張ります」
ミリヤムちゃんの気持ちがノエル殿下とノルベルト殿下とハインリヒ殿下の言葉で少しでも明るくなったのならば何よりだ。
運動会の日はもうすぐそこまで来ていた。
来てくださった貴族の中では、エクムント様はハインリヒ殿下とノルベルト殿下の次に位が高いし、距離で言えば間違いなく一番遠くから来てくださっているというのに、わたくしの婚約者としての役割をしっかりと果たしてくださったのだ。
馬車に乗り込むときにハインリヒ殿下はクリスタちゃんの手を握っていた。
「学園でお会いしましょう。運動会ではクリスタ嬢にいいところを見せられるように頑張ります」
「クリスタ嬢をダンスにお誘いしたらいいんじゃないかな?」
「いえ、私はクリスタ嬢に走るところを見て欲しいのです」
名残惜しそうにクリスタちゃんの手をもう一度握り締めて、ハインリヒ殿下は馬車に乗った。ノルベルト殿下も同じ馬車に乗る。
「フランツ様とわたくし、文通をしておりますの。フランツ様によろしくお伝えくださいませ」
「分かりましたわ、レーニ嬢。今日はありがとうございました」
「わたくしの方こそ、ありがとうございました」
レーニちゃんはふーちゃんによろしくと言って馬車に乗り込む。ふーちゃんはレーニちゃんに会いたかったに違いないが、両親のお誕生日のお茶会までは会うことはできないだろう。
「こんな豪華なお茶会に参加できて光栄でした。お招きいただき本当にありがとうございました」
ミリヤムちゃんは恐縮している様子だった。
子爵家の娘なので、馬車に乗るのも最後の方になってしまっている。
「ミリヤム嬢が来てくださって楽しかったですわ」
「また学園でお会いしましょうね」
「はい、ミリヤム嬢」
ミリヤム嬢も送り出すと、遂にエクムント様の番になる。
エクムント様は荷物を馬車に乗せて、わたくしの手を握った。
「十四歳……エリザベート嬢はますます美しくなられた。エリザベート嬢の十四歳という年が素晴らしいものであるように祈っています」
「ありがとうございます、エクムント様」
目を伏せてお礼を言えば、エクムント様はわたくしの手の甲に触れるだけのキスをして、馬車に乗り込んで行かれた。
キスをされた手を胸に抱いて、わたくしは耳まで真っ赤になっていただろう。
エクムント様の馬車を見送ってから、わたくしとクリスタちゃんはドレスから制服に着替えて、学園の寮に戻って行った。
学園の夏休みはとうに終わっていたのだが、エクムント様のお誕生日とわたくしのお誕生日があったから、わたくしとクリスタちゃんは休みを少し伸ばしてもらっていたのだ。
婚約者のお誕生日と自分のお誕生日となると、出ないわけにはいかないし、クリスタちゃんも姉の婚約者のお誕生日と姉のお誕生日となると出ないわけにはいかない。
同じく、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も辺境伯のお誕生日と、この国唯一の公爵家であるディッペル家の娘のお誕生日には出ないわけにはいかないので、学園はお休みしていたのだ。
寮に戻ると時間も遅かったので、夕食を食べてわたくしとクリスタちゃんはお風呂に入って着替えて休んだ。
次の日からは学園生活が始まったのだが、近付いている運動会のせいで学園は活気に満ちていた。
「エリザベート嬢は去年と同じ、乗馬の競技に出るのですか?」
「そのつもりです」
「クリスタ嬢はどうするつもりですか? わたくしとノルベルト殿下はダンスに出場しますが、ハインリヒ殿下がリレーに出るのであれば、クリスタ嬢はパートナーがいませんよね」
ノエル殿下に問いかけられてわたくしは乗馬で出場するつもりでいることを答えたが、クリスタちゃんは何で出場するか決められない様子だった。
去年はわたくしが乗馬、ハインリヒ殿下がリレー、ノエル殿下とノルベルト殿下がダンスで出場したので、その競技ばかりに目が行っていたが、他の競技もあるようだ。
「他には大縄跳び、走高跳び、走り幅跳び、砲丸投げなどがありますが、わたくしは走り幅跳びで去年は参加しました」
ミリヤムちゃんが説明してくれるのをクリスタちゃんは真剣に聞いている。
「走り幅跳びは砂場に飛び込んで跳んだ距離を競うのでしょう? 走り高跳びはバーを落とさないように飛び越えるのですよね。砲丸投げは鉄の玉を投げる……。わたくし、大縄跳びに興味があります」
「大縄跳びですか?」
「はい。体育の授業でやりましたが、みんなで心を一つにして飛ぶのが楽しかったです」
クリスタちゃんは大縄跳びで参加する気になったようだ。
「わたくしも大縄跳びで参加しますわ」
「レーニ嬢、一緒に頑張りましょうね」
レーニちゃんはクリスタちゃんと一緒に大縄跳びに参加することに決めたようだ。
これで今年の運動会の参加競技は決まった。
わたくしが乗馬、ノエル殿下とノルベルト殿下はダンス、ハインリヒ殿下がリレー、クリスタちゃんとレーニちゃんが大縄跳び、ミリヤムちゃんが走り幅跳びだ。
「今年こそは一位を取りたいと思います」
「去年はリーリエ寮に負けてしまいましたからね。ペオーニエ寮が優勝するようにしたいものですね」
去年のことを思い出すと悔しくなってしまうのは、わたくしが負けず嫌いだからかもしれなかった。わたくしは去年はリーリエ寮の選手に負けてしまったのだ。
ノーミスだったが、リーリエ寮の選手の方がタイムがよかったようなのだ。
今年は負けないと誓うわたくしに、ハインリヒ殿下も拳を握り締めている。
「今年はクリスタ嬢にいいところを見せます! リレーで一位になってみせます」
「ハインリヒ殿下、応援していますわ」
「クリスタ嬢に応援してもらえたら、力がわいてきます」
クリスタちゃんとハインリヒ殿下の仲睦まじい様子にわたくしは目を細めていた。
「ローゼン寮は今年も最下位なのでしょうね」
ミリヤムちゃんは浮かない顔をしている。ミリヤムちゃんを苛めていたようにローゼン寮は全員で力を合わせるという考えがなく、協力体制がないのかもしれない。
そんな寮で残りの四年間を過ごすというのはつらいかもしれないが、ミリヤムちゃんは子爵家の娘なので仕方がない。
ペオーニエ寮は王家と公爵家と侯爵家の高位の貴族たちが集う寮で、リーリエ寮は侯爵家と伯爵家の中間の貴族が集う寮で、ローゼン寮は伯爵家と子爵家という学園の中では下位の貴族の集う寮になっている。
身分できっちりと分けられているのは、学園生活では生徒は平等と言いながらも、貴族の身分は乗り越えられないものであるという現実を示していた。
そんな中でミリヤムちゃんは数少ない子爵家の娘なのだ。
アレンス家は子爵家だが娘のミリヤムちゃんを学園に入学させられるだけの資産を持っている家だからこそ、ミリヤムちゃんは妬まれて苛められたとも考えられるのだ。
ノエル殿下主催のお茶会に苛めた同級生と上級生は集めて、ノエル殿下の叱責を受けさせたので、今後ミリヤムちゃんが苛められることはないだろうが、ローゼン寮の寮生と仲良くなれることもないだろうとわたくしは思っていた。
自分を苛めた過去を持つローゼン寮の生徒をミリヤムちゃんが信頼するはずがないし、苛めていた生徒たちも、ミリヤムちゃんがノエル殿下のお気に入りとなったことを知って表面上は手の平を返しても、胸中で何を考えているか分からないのだ。
そんな状況で仲良くするなど冗談ではない。
ミリヤムちゃんは苛めていた生徒たちを許さなくていいし、苛めていた生徒たちはノエル殿下のお茶会で叱責されたことで、親からもきつく言い渡されていることだろう。
「ミリヤム嬢がペオーニエ寮だったらよかったのに」
クリスタちゃんがぽつりと呟いた言葉に、身分という壁がある以上そういうわけにはいかないのだが、わたくしも同じように思わずにはいられなかった。
「わたくしたちはミリヤム嬢を応援していますよ。頑張ってくださいね」
「そうです、寮が違っても応援してはいけないという決まりはありません」
「私たちも応援しています」
ノエル殿下とノルベルト殿下とハインリヒ殿下に言われて、ミリヤムちゃんは深く頭を下げて恐縮している。
「とてもありがたいことです。わたくし、自分のできる限りの力を以て頑張ります」
ミリヤムちゃんの気持ちがノエル殿下とノルベルト殿下とハインリヒ殿下の言葉で少しでも明るくなったのならば何よりだ。
運動会の日はもうすぐそこまで来ていた。
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