エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

文字の大きさ
上 下
278 / 528
九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

38.コスチュームジュエリーを着けてお誕生日を

しおりを挟む
 クリアな水色のコスチュームジュエリーを身に着けてわたくしはドレスを纏ってお誕生日のお茶会に出た。
 お茶会にはハインリヒ殿下もノルベルト殿下もレーニちゃんもガブリエラちゃんも来ている。
 当然エクムント様もいて、エクムント様に手を引かれてわたくしは会場に入る。

「わたくしのお誕生日に来てくださって誠にありがとうございます。十四歳の誕生日を迎えられて大変嬉しく思っております」

 わたくしが挨拶をすると、会場から拍手が上がる。
 わたくしの元にいち早く挨拶に来たのは、辺境伯領から招待していたラウラ嬢だった。ラウラ嬢はわたくしの首を飾る豪華なネックレスと、耳を飾るイヤリング、手首に巻いたブレスレットに釘付けである。

「エリザベート様、そのネックレスとイヤリングとブレスレットはどうなさったのですか!? あ、いけませんわ、わたくしったら、ご挨拶もせずに。この度はお誕生日おめでとうございます。ご招待いただきありがとうございます」
「ラウラ嬢、このネックレスとイヤリングとブレスレットの素晴らしさに気付いてくださったのですね。これはエクムント様がお誕生日のお祝いにくださったのです」
「さすがはエクムント様ですね。趣味がいいですわ。とてもお似合いです」

 もうラウラ嬢はこのネックレスとイヤリングとブレスレットの虜になってしまった様子である。そこにクリスタちゃんが言葉を挟む。

「そのジュエリーは、宝石や貴金属を使ったジュエリーが『ファインジュエリー』というのに対して、『コスチュームジュエリー』という素晴らしい名前をお姉様が考えたのです」
「コスチュームジュエリー。新しい響きですね。新鮮でいい名前だと思います」
「エクムント様もそう思われるでしょう? お姉様の名付けたコスチュームジュエリーを辺境伯領から広げていきましょう」

 あぁ、わたくしが名付けたことになってしまった。
 この世界の原作となっている物語は十九世紀がモデルになっていて、まだコスチュームジュエリーという言葉ができていない時期だったのだ。それでわたくしが前世の記憶を元にコスチュームジュエリーという名称を思い出してしまったがために、わたくしが思い付いたように誤解されてしまっている。

「エリザベート様は商才もおありのようですね。素晴らしい商品があっても名称が貧弱だったら流行りませんものね。コスチュームジュエリー、いい名称です」

 ラウラ嬢まですっかりとわたくしが思い付いたというのを信じてわたくしに尊敬のまなざしを向けている。
 前世のことなど言い出せるわけがないのだが、複雑な心境のわたくしだった。

「エリザベート嬢のネックレスやイヤリングやブレスレットには特別な名前が付いているのですか?」
「そうです。宝石や貴金属を使うジュエリーを『ファインジュエリー』といいますが、それに対して、宝石や貴金属を使わないジュエリーをお姉様が『コスチュームジュエリー』と名付けたのです」
「いい名称ですね。流行りそうです。クリスタ嬢にも辺境伯領のガラスでコスチュームジュエリーをプレゼントしたいです」
「宝石や貴金属を使わないということは、ガラスのネックレスやイヤリングやブレスレットはコスチュームジュエリーにあたりますよね。ノエル殿下にお送りしたのもコスチュームジュエリーになりますね」

 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下にもクリスタちゃんが大喜びで伝えてしまったので、あっという間にコスチュームジュエリーの名称が広がってしまう。

「ガラスで作った模造パールのコスチュームジュエリーをノエル殿下に贈るのはどうでしょう?」
「ガラスの模造パールならば手入れが大変ではないので、普段使いできますね」
「コスチュームジュエリーは使い勝手がよさそうですね」

 ノルベルト殿下とエクムント様の会話も弾んでいる。
 わたくしはもうコスチュームジュエリーがわたくしの思い付いたものではないと言える範囲を超えていることに気付いていた。
 こうなってしまったからには仕方がない。
 辺境伯領発のコスチュームジュエリーを流行らせるに限る。

「レーニ嬢も辺境伯領のコスチュームジュエリーに興味はありませんか?」
「わたくしは贈ってくださる殿方もおりませんし……」

 興味はありそうなのだが俯いてしまうレーニちゃんに、リリエンタール侯爵が話を聞いてレーニちゃんの肩を叩く。

「レーニ、辺境伯にお話を伺って来なさい。欲しいのでしたら、わたくしがレーニのために注文して差し上げます」
「いいのですか、お母様?」
「リリエンタール家は立派な侯爵家です。その娘のあなたが、遠慮などすることはないのですよ。己を飾ることもまた、貴族の嗜みです」

 リリエンタール侯爵に背中を押されて、レーニちゃんはエクムント様の前に立った。

「わたくし、オレンジ色やレモンイエローなど、元気の出るような明るい色が好きなのです。そのような色に合う色のガラスでコスチュームジュエリーを作ることができますか?」
「辺境伯領のガラスは様々な色が用意できます。黄みがかったピンクや、オレンジがかった赤なども作れますよ」
「その色で、辺境伯領にコスチュームジュエリーの注文をしてもいいですか?」
「喜んで承ります」

 商談が一つ成立した。
 これはエクムント様にとってもとても利益になることだ。
 わたくしがエクムント様にいただいたネックレスとイヤリングとブレスレットを着けていたから、この商談は成立したのだと思うと誇らしくなってくる。

「私もコスチュームジュエリーを注文したいです」
「僕もお願いします。僕は模造パールのコスチュームジュエリーです」
「私はクリスタ嬢に似合うピンクや赤系のガラスを使ったものがいいです」

 ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もエクムント様の元に押しかけて、エクムント様は注文を取っている。

「わたくしも、コスチュームジュエリーを注文したく思っております。辺境伯領に戻ってから、詳細を伺ってもいいでしょうか?」
「いつでもどうぞ、ラウラ嬢」

 ラウラ嬢はその場では決められないのか、辺境伯領に戻ってから注文するとのことだった。

「あの……エリザベート様、この度はお招きいただきありがとうございます」

 ミリヤムちゃんに声をかけられてわたくしはミリヤムちゃんにまで気を配ることができていなかったことに気付いた。

「来てくださってありがとうございます、ミリヤム嬢」
「レーニ嬢のお誕生日にも来られていましたよね」
「はい、ミリヤム・アレンスです。エクムント様、その……コスチュームジュエリー、わたくしも興味があるのですが」
「お話を伺いましょう」

 ミリヤムちゃんもコスチュームジュエリーに興味津々の様子だった。

 辺境伯家が窓口になって辺境伯領のガラスで作られたコスチュームジュエリーを売り出す。これは大きな商戦である。
 辺境伯領のコスチュームジュエリーが有名になれば、他の場所でもコスチュームジュエリーが作られるようになるだろう。それより先に顧客を開拓しておけるのが一番にコスチュームジュエリーを開発した辺境伯領の強みである。

 コスチュームジュエリーはこれからの辺境伯領を大きく変えるくらいの流行になりそうな兆しを見せていた。

 注文を取り終わるとエクムント様はスマートにわたくしの隣りに戻って来てくださって、紅茶を給仕に頼んで、軽食やケーキを取り分ける。
 昔のようにわたくしはクリスタちゃんとべったりではなくなっていたので、エクムント様と二人きりでお茶をすることができた。
 挨拶に来ている貴族たちも、エクムント様とわたくしがお茶をしていると遠慮して声をかけないでくれる。

「エクムント様が作らせたネックレスとブレスレットとイヤリングが素晴らしかったから、こんなにも有名になってしまいましたよ」
「それは、私の功績ではないかもしれません」
「え?」
「どれだけ素晴らしい商品があっても、名称が貧弱では売れるものも売れません。エリザベート嬢が『コスチュームジュエリー』という素晴らしい名称を付けてくださったから、広まったのです」
「そ、それは……」
「エリザベート嬢の発想は本当にすごい。感心しますね」

 褒められてしまってわたくしはそうではないのだと胸の中で弁解していた。コスチュームジュエリーというのは前世では既に存在した名称であるし、わたくしが考えたわけではない。
 センスのある方が考えた名称なのだろうから、耳触りがよくて、広まりやすいキャッチャーな名称であって当然なのだ。
 その栄誉をわたくしが横取りしてしまったようで何となく申し訳ない。

 けれど、この世界にまだコスチュームジュエリーという名称がなかったのだから仕方がないだろう。

「わたくしがお役に立てたのなら幸いですわ」
「エリザベート嬢は常に辺境伯領のことを考えてくださる。最高の婚約者ですよ」

 そう言われて嫌な気分はしなかった。
 エクムント様に気に入られる存在でありたいというのは、わたくしの常日頃からの願いである。
 それが叶えられるのならば、コスチュームジュエリーの名称を考えた方には申し訳ないが、わたくしが考えたことにさせていただこうと思っていた。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

処理中です...