エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない

秋月真鳥

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九章 クリスタちゃんの婚約と学園入学

37.コスチュームジュエリー

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 ディッペル公爵領に帰ってから、わたくしはドレスや髪飾りの準備を始めた。
 わたくしが髪飾りを選んでいると、両親が声をかけてくれる。

「エリザベートは小さい頃の髪飾りをまだ使っているようだね」
「クリスタもそうですね。ドレスは体の成長に合わせて新調してきましたが、髪飾りまでは気が付きませんでした」

 新しい髪飾りを作ってくれるという両親に、わたくしは持っている髪飾りを眺めて悩んでしまった。
 クリスタちゃんとお揃いで作った薔薇の髪飾りには思い出があるし、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下からいただいた髪飾りも無碍にすることはできない。エクムント様からいただいた薄紫のダリアの髪飾りは当然まだ使いたかったし、リボンの類は大量にあるので困っていない。

 クリスタちゃんも両親から提案されて困っているようだった。

「お姉様とお揃いの薔薇の髪飾りは大事なものですし、ハインリヒ殿下から初めていただいた牡丹の髪飾りも特別なものです。リボンもお姉様からたくさんいただいていますし……」

 悩んでいるところに部屋に入って来たのはまーちゃんだった。

「おねえさま、わたくし、おねえさまのおゆずりのかみかざりがつけたいの!」

 来年にはまーちゃんもお茶会に参加することが決まっている。そのときにはまーちゃんのための髪飾りを作るのが当然と思っていたが、まーちゃんの気持ちは違うようだ。

「おねえさまたちがつかわなくなったかみかざり、わたくしがつけたいの」
「マリアはマリアのものを作りますよ?」
「遠慮しなくていいんだよ」
「えんりょではないの! おねえさまたちがだいすきだから、おねえさまたちがつけていたものがほしいの!」

 強く言うまーちゃんに、わたくしとクリスタちゃんの心も動いた。

「これはクリスタとお揃いで作った薔薇の髪飾りです。マリアにあげましょう」
「わたくしも、お姉様とお揃いで作った薔薇の髪飾り、マリアにあげます。わたくしには子どもっぽくなっていたのは自覚していたのです。マリアが使ってくれるなら、嬉しいです」
「このリボンもマリアにあげましょう」
「わたくしのリボンも」

 薔薇の髪飾りやリボンを両手いっぱいもらって、まーちゃんは満足そうに自分の部屋に帰って行った。
 これでわたくしとクリスタちゃんに髪飾りを作らない理由がなくなってしまった。

「わたくし、アバランチェの髪飾りが欲しいですわ」
「わたくしは、大輪の薔薇の髪飾りが欲しいです。色はピンクで」

 白く咲き誇る大輪の薔薇、アバランチェをわたくしが頼むと、クリスタちゃんは大輪の薔薇をピンク色で頼んでいた。

 わたくしの髪は光沢が紫色なのだが、黒髪なので白はとても目立つだろう。

 出来上がって来た髪飾りを試着してみて、わたくしとクリスタちゃんはお互いに褒め合った。

「その髪飾り、お姉様にとてもよくお似合いですわ」
「クリスタちゃんもとても可愛いですよ」

 髪飾りの準備もできた頃に、辺境伯領からエクムント様がディッペル領に来て下さった。
 辺境伯領からはディッペル領は少し遠いので、前日から泊ってお誕生日会に参加してくださるのだ。

 客間に荷物を置いたエクムント様は、まだ日の落ち切っていない庭にわたくしを呼び出した。
 秋薔薇の庭園の前で待ち合わせをして、エクムント様のところに行けば、エクムント様は平たい箱を持っていた。

「お誕生日につけていただきたいと思って辺境伯家の専属の職人に作らせました。辺境伯領のガラスを使っています」
「開けてもよろしいですか?」
「どうぞ、開けてください」

 箱を開けると、淡いブルーの大振りのガラスパーツで作られたネックレスとブレスレットとイヤリングのセットがあった。

「そういえば、辺境伯領はガラスも有名だったのですよね。数年前にクリスタがハインリヒ殿下からガラスのブローチをもらっていた記憶があります」
「そうなのです。このガラスは特に透明度が高くて、貴重なのです」
「ガラスのネックレスは初めて着けます」
「天然石はどうしても重くなってしまうので、エリザベート嬢が気軽に着けられるものを選びたかったのです」

 早速着けてみたくて首にあてると、エクムント様がわたくしの髪を掻き分けて金具を留めてくれる。イヤリングも着けて、ブレスレットも着けたが、全然重くないし、重厚で重苦しい雰囲気もない。

「似合いますか?」
「とてもよくお似合いです」

 褒められてわたくしは嬉しくてすぐにでも鏡を見たくなってしまう。
 庭には鏡がないので我慢したが、エクムント様の目にわたくしが美しく映っていればいいと思う。

「ありがとうございます、エクムント様。大事に使わせていただきます」
「明日のお誕生日に間に合うように渡せてよかったです」
「明日はドレスがますます豪華に見えますわ」

 お礼を言ってわたくしはエクムント様に送られて部屋まで戻った。
 部屋に戻って鏡を見てみると、大振りのクリアな水色のガラスがとても美しくて、天然石に勝るとも劣らない優美さを備えている。
 イヤリングもデザインが凝っていて、ブレスレットも豪華でとても美しい。

「お姉様、エクムント様と秘密のデートでしたの?」
「エクムント様が明日のお誕生日のお茶会で着けられるように、先にお誕生日お祝いをくださったのです」
「そのネックレスとイヤリングとブレスレット、とても綺麗ですわ」
「辺境伯領で作られている特別なガラスのようです」

 辺境伯領にはまだまだこんな素晴らしいものがあるのだ。
 これは宣伝していかなければいけない。わたくしは強く思っていた。

 辺境伯領が豊かになるとわたくしも将来嫁いでいくときに辺境伯領で暮らしやすくなる。

「わたくしもこんなブレスレットやネックレスやイヤリングが欲しいですわ」
「ハインリヒ殿下に言ってみてはどうですか?」
「強請っているようではしたなくはないでしょうか?」

 宣伝効果を狙うのならば、クリスタちゃんも巻き込んでしまった方がいい。何よりもクリスタちゃん自身がこのガラスのネックレスとブレスレットとイヤリングに魅了されているのだ。この美しさを見れば欲しくなる気持ちも分かる。

 前世でこういうジュエリーのことを何と言っていたか、思い出せない。
 貴金属を使わず、デザイン性に富んだジュエリーのことを呼ぶ名称があったはずなのだ。

 貴金属を使わないからといって、安物というわけではない。
 宝石や金やプラチナを使わないだけで、色とりどりのガラスや樹脂や様々な金属を使って、より自由にデザインされたものがこういうジュエリーなのだ。

 何だっただろうか。
 前世の記憶が朧気すぎて、思い出せない。

「クリスタちゃん、普通の宝石を使ったジュエリーを何といいますか?」
「えーっと、お姉様、どういう意味ですか?」
「なんだったかしら……喉元まで出てきているのに、思い出せない。気持ちが悪い」
「お姉様、どうしたのですか?」

 思い出せないわたくしが苦しんでいるのに、クリスタちゃんが戸惑っている。クリスタちゃんに聞いてみたが、クリスタちゃんが知っているはずがない。
 恐らく、わたくしが着けているネックレスやイヤリングやブレスレットが、そのジュエリーの先駆けとなるものに違いなかった。

 これからこのジュエリーを流行らせていくためには、名称が必要になってくる。

 何だっただろうか。

「宝石や貴金属で作られたジュエリーは、ファインジュエリーというのではなかったですか?」

 クリスタちゃんの言葉にわたくしは気付く。
 ファインジュエリーと対になる言葉。
 それは。

「コスチュームジュエリーですわ」
「コスチュームジュエリー?」
「そうです。デザインを重視して、素材を選ばずに作られたジュエリー。それがコスチュームジュエリーです」

 やっと出て来た。
 名称が思い出せてホッとしているわたくしに、クリスタちゃんが目を輝かせている。

「お姉様が名前を付けたのですか? コスチュームジュエリー、素敵な名前ですわ」
「あ、そ、そうです」

 さすがに、前世の記憶から思い出したとは言えるはずがない。
 わたくしが誤魔化していると、クリスタちゃんが拳を握る。

「流行らせましょう、コスチュームジュエリーを!」
「辺境伯領のガラスを使ったコスチュームジュエリーを中央で流行らせるのです」
「お姉様が名称を考えたのだから、きっとすぐに広まりますわ!」

 水色の目を輝かせるクリスタちゃんに、わたくしはそういうことにしておこうと決めていた。
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